G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第2章 遥か遠い 故郷

25話 一夜明け 其の2

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「買った服、以外と似合ってるな」

 どことなく嬉しそうな声に視線を向ければ、私をジッと見つめる伊佐凪竜一と目が合った。不意に視線が重なり少々驚いた。とは言え、彼が見ていたのは私ではなく服。今頃気付いたらしい。

「少し前に見つけた。流石にあの格好で逃走するのは目立ちすぎると考えて買ってきてくれたものだろうと判断した。昨日、私の身体をずっと観察していたのはこの為だったか、礼を言う」

 いや、一先ずは素直に褒めてくれた事に感謝しておこう。しかし、本音を隠し続けるのはストレスが溜まる。

「いや、良かったよ。思った以上にピッタリで」

 彼は安堵しているようだが、実はサイズが少々合っていない。具体的には腰回りが少しばかり緩い。私が細いのかこの星が太いのか分からないが、どうにもならない程ではないから特に何も言わないでおこう。

 彼が私の為、良かれと思って買って来た服はビジネス用タイトスーツというらしい。白いシャツ、黒のスカートにジャケット、後は「すとっきんぐ」なる黒い靴下。

 昨日、チラと覗いた市街地の様子を思い出す。大勢の男女でごった返していたが、大半が似たような服を着ていた。男は伊佐凪竜一のような服を、女は私が着ている服を。脳裏に浮かぶ光景が、この服なら一般人の中に紛れ込み易いと後押しする。

「ありがとう」

 感謝すべきは私の方なのだが、何故だか彼が先んじて口に出した。

「何がだ?」

「いやぁ。勝手に用意したから嫌がるかな、と」

 なんだ、そんな事か。

「いや、なんだって」

「私を思っての行動なら気にする事ではないよ。昨日、私をジロジロと見ていたのもこの為なんだろう?感謝する」

 と、取りあえず彼の行動に感謝を伝えた。彼は私の言葉に酷く満足気だ。感情が表に出やすいのか?しかし気は抜けない。袖を通したのは逃げるに好都合というだけではなく、入念に調査して何もない事を把握したから。まだ彼を完全に信用した訳ではない。

 それに引っ掛かる点がない訳ではない。この「すとっきんぐ」、妙に煽情的な気がするのだが?後、食い入るように見ている様な気がするのだが?コレ必要?もしや君の趣味か?

「じゃあ、後は上の方を」

 やや遠慮がちに伊佐凪竜一が続ける。気にしていたのは脚ではないのか、と思っていたがどうやら違うらしい。何が?と問う私に彼は申し訳なさそうに「へあからー」なる物を投げ渡した。要は髪が目立つと、そう言いたかったようだ。だが髪の色ならある程度は、と言い出そうとした矢先――

「いやその顔のソレ、出来れば取って欲しいんですけど」

 更に重ねてきた。髪の色だけでは不服らしいが、一理ある。一般的な服装と余りにも不釣り合いな首から上の奇妙な状態は、ファッションや装飾だと強引に納得しようとしても出来ない。非常にアンバランスで、別の意味で目立つ。返答代わりに溜息が零れた。私、この手の話は苦手で、だから避けていたのだが。

「無理だ。索敵から解析まで戦闘に必要な全てを完璧にこなしてくれる。外せば敵の接近を見逃してしまう」

「なら口元のマスクを、ってもしかしたらその下に大きな傷でもある、とか?」

「いや、そんな事はない。これも色々な役目があって、だから」

 善意か、悪意を隠す為の嘘か。伊佐凪竜一が必死に食い下がる。私とて好きで顔を隠している訳ではないのだが、言ったところで――いや、言いたくない、が本音か。

「そんなに重要なのか?」

「いや、済まない」

「だけどなぁ。それつけたままだと、なまじ服が普通なだけに逆に目立っちまうよ」

 彼の言い分は私も理解している。が、感情を制御するのは難しい。ならば、利害で判断するしかないか。

 敵だとして、私にマスクを外させる理由は思いつく限り見当たらない。毒物などの搦め手は恐らく使わない。奴等は初戦で快勝したのだから、あの力が通じる内は力押しを続けると考えた方が自然。居場所はこの男が何らかの手段で逐一伝えれば事足りるから、目立つ格好をさせる意味は皆無。

 一方、無関係ならば無意味に信頼を損ねた上、不信感まで与えかねない。事実、焦り始めた私に向ける視線にどことなく不信と不安が滲んで見える。

「分かった。じゃあ、コッチだけ」

 こうするのが無難だ。意を決し、首筋のチョーカーを操作した。

「ン?おぉ、凄いなぁ」

 マスクが溶ける様にチョーカーに吸い込まれる光景を見た伊佐凪竜一が感嘆の声を漏らした。頼むから余り見ないで欲しい、とは言い辛い。

 私の心情はともかく、伊佐凪竜一は私の決断に納得してくれた。言動の全てを好意として受け取りたい反面、未だに彼が敵か無関係の市民か判断に悩む。余り深入りはしたくない。そうする事で攻撃を躊躇ちゅうちょさせる目的があるかもしれない。とは言え、無関係なら無関係で人質にされる可能性もある。

「後は、市外まで行ければ」

 これで逃げる準備は完了した。そう言わんばかりに伊佐凪竜一がボソッと呟いた。その一言を信じるならば、市内と比較し市外の監視は緩いらしい。しかし、その目と鼻の先が酷く遠い。

 でも、本当に大丈夫か?

 他愛ない会話が出来る程度には良好な関係を築けている事への安堵、今のところ上手く事が運んでいる様に見える安心感が広がる一方で、打ち消すような不安が心の隅からじわりじわりと広がっていく感覚も確かに感じる。
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