45 / 273
第2章 遥か遠い 故郷
36話 死線 其の4
しおりを挟む
「やっぱりさー、お前から始末するわ。女ぁ」
引き金を引いた瞬間、殺意に濁った男と目があった。ナギを嘲笑していた不快な顔が私を捉えた。全身を駆け巡る死の予感。攻撃の隙を探っていたのは私だけではなかった。奴も、私が足を止める瞬間を待っていた。直後、ヘビが急転換、私目掛けて突撃してきた。
「お、オイ!!」
ナギの叫ぶ声が聞こえたが、問題ない。威力は驚異的だがあれだけ馬鹿みたいに連発すれば操る側の癖を掴むのも、あの巨大な体躯からの大振りな攻撃も単調で読み易い。まだ何か隠している可能性も見越して、それでもあの速度では私の最大機動に追い付けないのは計算済み。
寧ろ私を見下し過ぎだ。頭に次の作戦を描く。即座に回避、強引に一足飛びで近づき、接射すると見せかけ足元に攻撃する。逃げられる前に実行すれば僅かだが可能性はある。
が、動こうとした瞬間――身体が悲鳴を上げる音が聞こえた。力を籠めて踏みしめた足に激痛が走り、身体中に伝播する。頭は特に酷く、意識が飛びそうになる程の酷い痛みに襲われた。無理に力を使い過ぎた。それ以外の原因が思いつかない。今までとは比較にならない激痛が全身をのたうつ。
運が悪い。
なんでこんな状況で、と必死にもがくが、身体はまるで自分の物ではないかの様に動かない。視界を巨大な青い何かが覆い、そして大きな振動と共に視界全体が激しく揺らぎ、ガシャーンと言う大きな音が聞こえ、最後に鈍い衝撃に身体が貫かれた。
意識ははっきりしているが、頭と視界が揺らぐ。意識が朦朧とする。僅かに遅れる形で痛覚が痛みを脳に伝える。波の様に送られる激痛が、認識を妨げる。霞む目で状況を確認する。
眼前には大きく開いたヘビの口、少し上には鋭いヘビの牙、視界の端には駅入口側のガラス張りの壁。どうやら最悪の場所に居るらしい。その口が小刻みに震える。噛み砕こうと大きく開いた顎が、幸運にも奥に挟まった金属製の柱の破片に阻まれているのが見えた。
運が良い。
が、事態を打開する手立てはない。ギリギリ展開した防壁で致命傷こそ防いだが、出力不足により威力の相殺は行えなかった。痛みで集中出来ず、激痛と衝撃により破損した身体は真面に動かず、口部から逃げる事も出来そうにない。現状、私の命を繋ぎ止める金属製の破片は嫌な音を立て、今も軋み続ける。折れるのは時間の問題。武器も何処かに落としてしまった。
「ちょっと呆気ねぇけど、良い練習にはなったかな。じゃあ、さようならだ」
砕けたガラスの破片を砕く音が近づく。暫く後に、男の不快な顔が私の視界に映った。満身創痍の私を見下し、嘲笑う。忌々しい。手も足も出ない状況を笑う男の顔が、一層醜く映る。
油断したわけではない。ただ、私が出せる力は思った以上に大きかったが、身体の方がついて行けなかったと言うだけだ。その事実が私を追い詰め、殺そうと牙を剥く。鍛錬でどうにか出来る問題ではない。これが、私の限界だった。口惜しいがもうどうにもできない。そう諦めかけたその時――
「止めろ、彼女を離せ!!」
遠くから声が聞こえた。辛うじて動く視線の先、一階のホールにナギがいた。私が落とした銃を拾い上げ、銃口をダイチに向けている。だが、効果がないのは君も散々に見て知っているだろうに。それに、君ではまともに扱えない。そう、言おうとしたが力が入らない。
生身部分が酷く痛み、意識が混濁する。喋るどころか、集中力すら奪われている、そんなひどい有様。辛うじて機能している聴覚とぼんやりとした視界だけが、目の前で起こる絶望的な状況を正しく捉えている。
「で?俺が離すと思うか?戦うのが怖いお前が俺を撃てるのか?無理だね。口だけだよ、お前は。あぁ、復讐ってのも口だけだったんじゃないか?盗む準備だけ、それっぽい行動するだけ、それで満足して悦に浸ってたんじゃないのか?」
口だけ、そう指摘されたナギの顔が青ざめた。図星だったらしい。事情も理由も分からない。復讐の動機も、行動しなかった理由も。ただ、誤魔化しや言い訳、臆病とは違う気がした。
「出来ない奴って大体そうだよなぁ?俺は出来る、何時でも出来るって必死で言い訳してさ。惨めだよなぁ……そんな奴を必死で守るどこぞの阿呆もな」
阿呆、か。他人からはそう見えるのだろう。不条理で非合理的、確かに冷静に考えれば身勝手についてきた彼を助ける理由はない。だが、見捨てるなど出来なかった。助けてくれた。その意志に報いたかった。
多分、彼も同じ気持ちなんだろう。だが、彼は戦えない。恐怖ではなく、自身が目を背けていた本心を他人に抉られた。銃を持つ手は震え、目の焦点は合っていない。彼は失意で動けず、私は戦いたくても戦えない。ここまでだろうな。漸く諦める決心がついた。
いつか死ぬ、その覚悟を決めて戦場に降り立ったつもりだった。その時がいざ来ればもっと必死に抵抗するかと思ったが、生きる事を諦めたからだろうか、不思議と心が落ち着いている。
目を閉じれば、身体の奥で私の体躯を動かすカグツチが抜けていくような引っ張られていくようなそんな感覚を覚えた。死ぬってこんな感覚なのか、と暗い感情に身を委ねた。
「惨めだよ、それでいいよ。だけど彼女は、彼女を否定する事だけはッ!!」
彼の声が良く聞こえた。今のところ正しく機能している聴覚が、ナギの叫びを捉えた。澄んだ、透き通った声は、まるで私に直接語り掛けているかの様に鮮明に――
ドォン
直後、凄まじい音が響いた。炸裂音の様な音と同時、身体が小刻みに震える。カタカタと、直ぐ近くの瓦礫が震える音が聴覚機能を掠める。閉じた瞼の向こうに、流星の様な何かが通り過ぎるのを感じた。
何が起きた?誰がやった?攻撃か?だが、そんな事を出来る人間はいない。もしかして仲間が助けに来たのか?そんな都合のよい予感に一縷の望みを託しながら目を開けた私の目に映ったのは――
引き金を引いた瞬間、殺意に濁った男と目があった。ナギを嘲笑していた不快な顔が私を捉えた。全身を駆け巡る死の予感。攻撃の隙を探っていたのは私だけではなかった。奴も、私が足を止める瞬間を待っていた。直後、ヘビが急転換、私目掛けて突撃してきた。
「お、オイ!!」
ナギの叫ぶ声が聞こえたが、問題ない。威力は驚異的だがあれだけ馬鹿みたいに連発すれば操る側の癖を掴むのも、あの巨大な体躯からの大振りな攻撃も単調で読み易い。まだ何か隠している可能性も見越して、それでもあの速度では私の最大機動に追い付けないのは計算済み。
寧ろ私を見下し過ぎだ。頭に次の作戦を描く。即座に回避、強引に一足飛びで近づき、接射すると見せかけ足元に攻撃する。逃げられる前に実行すれば僅かだが可能性はある。
が、動こうとした瞬間――身体が悲鳴を上げる音が聞こえた。力を籠めて踏みしめた足に激痛が走り、身体中に伝播する。頭は特に酷く、意識が飛びそうになる程の酷い痛みに襲われた。無理に力を使い過ぎた。それ以外の原因が思いつかない。今までとは比較にならない激痛が全身をのたうつ。
運が悪い。
なんでこんな状況で、と必死にもがくが、身体はまるで自分の物ではないかの様に動かない。視界を巨大な青い何かが覆い、そして大きな振動と共に視界全体が激しく揺らぎ、ガシャーンと言う大きな音が聞こえ、最後に鈍い衝撃に身体が貫かれた。
意識ははっきりしているが、頭と視界が揺らぐ。意識が朦朧とする。僅かに遅れる形で痛覚が痛みを脳に伝える。波の様に送られる激痛が、認識を妨げる。霞む目で状況を確認する。
眼前には大きく開いたヘビの口、少し上には鋭いヘビの牙、視界の端には駅入口側のガラス張りの壁。どうやら最悪の場所に居るらしい。その口が小刻みに震える。噛み砕こうと大きく開いた顎が、幸運にも奥に挟まった金属製の柱の破片に阻まれているのが見えた。
運が良い。
が、事態を打開する手立てはない。ギリギリ展開した防壁で致命傷こそ防いだが、出力不足により威力の相殺は行えなかった。痛みで集中出来ず、激痛と衝撃により破損した身体は真面に動かず、口部から逃げる事も出来そうにない。現状、私の命を繋ぎ止める金属製の破片は嫌な音を立て、今も軋み続ける。折れるのは時間の問題。武器も何処かに落としてしまった。
「ちょっと呆気ねぇけど、良い練習にはなったかな。じゃあ、さようならだ」
砕けたガラスの破片を砕く音が近づく。暫く後に、男の不快な顔が私の視界に映った。満身創痍の私を見下し、嘲笑う。忌々しい。手も足も出ない状況を笑う男の顔が、一層醜く映る。
油断したわけではない。ただ、私が出せる力は思った以上に大きかったが、身体の方がついて行けなかったと言うだけだ。その事実が私を追い詰め、殺そうと牙を剥く。鍛錬でどうにか出来る問題ではない。これが、私の限界だった。口惜しいがもうどうにもできない。そう諦めかけたその時――
「止めろ、彼女を離せ!!」
遠くから声が聞こえた。辛うじて動く視線の先、一階のホールにナギがいた。私が落とした銃を拾い上げ、銃口をダイチに向けている。だが、効果がないのは君も散々に見て知っているだろうに。それに、君ではまともに扱えない。そう、言おうとしたが力が入らない。
生身部分が酷く痛み、意識が混濁する。喋るどころか、集中力すら奪われている、そんなひどい有様。辛うじて機能している聴覚とぼんやりとした視界だけが、目の前で起こる絶望的な状況を正しく捉えている。
「で?俺が離すと思うか?戦うのが怖いお前が俺を撃てるのか?無理だね。口だけだよ、お前は。あぁ、復讐ってのも口だけだったんじゃないか?盗む準備だけ、それっぽい行動するだけ、それで満足して悦に浸ってたんじゃないのか?」
口だけ、そう指摘されたナギの顔が青ざめた。図星だったらしい。事情も理由も分からない。復讐の動機も、行動しなかった理由も。ただ、誤魔化しや言い訳、臆病とは違う気がした。
「出来ない奴って大体そうだよなぁ?俺は出来る、何時でも出来るって必死で言い訳してさ。惨めだよなぁ……そんな奴を必死で守るどこぞの阿呆もな」
阿呆、か。他人からはそう見えるのだろう。不条理で非合理的、確かに冷静に考えれば身勝手についてきた彼を助ける理由はない。だが、見捨てるなど出来なかった。助けてくれた。その意志に報いたかった。
多分、彼も同じ気持ちなんだろう。だが、彼は戦えない。恐怖ではなく、自身が目を背けていた本心を他人に抉られた。銃を持つ手は震え、目の焦点は合っていない。彼は失意で動けず、私は戦いたくても戦えない。ここまでだろうな。漸く諦める決心がついた。
いつか死ぬ、その覚悟を決めて戦場に降り立ったつもりだった。その時がいざ来ればもっと必死に抵抗するかと思ったが、生きる事を諦めたからだろうか、不思議と心が落ち着いている。
目を閉じれば、身体の奥で私の体躯を動かすカグツチが抜けていくような引っ張られていくようなそんな感覚を覚えた。死ぬってこんな感覚なのか、と暗い感情に身を委ねた。
「惨めだよ、それでいいよ。だけど彼女は、彼女を否定する事だけはッ!!」
彼の声が良く聞こえた。今のところ正しく機能している聴覚が、ナギの叫びを捉えた。澄んだ、透き通った声は、まるで私に直接語り掛けているかの様に鮮明に――
ドォン
直後、凄まじい音が響いた。炸裂音の様な音と同時、身体が小刻みに震える。カタカタと、直ぐ近くの瓦礫が震える音が聴覚機能を掠める。閉じた瞼の向こうに、流星の様な何かが通り過ぎるのを感じた。
何が起きた?誰がやった?攻撃か?だが、そんな事を出来る人間はいない。もしかして仲間が助けに来たのか?そんな都合のよい予感に一縷の望みを託しながら目を開けた私の目に映ったのは――
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる