G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第2章 遥か遠い 故郷

36話 死線 其の4

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「やっぱりさー、お前から始末するわ。女ぁ」

 引き金を引いた瞬間、殺意に濁った男と目があった。ナギを嘲笑していた不快な顔が私を捉えた。全身を駆け巡る死の予感。攻撃の隙を探っていたのは私だけではなかった。奴も、私が足を止める瞬間を待っていた。直後、ヘビが急転換、私目掛けて突撃してきた。

「お、オイ!!」

 ナギの叫ぶ声が聞こえたが、問題ない。威力は驚異的だがあれだけ馬鹿みたいに連発すれば操る側の癖を掴むのも、あの巨大な体躯からの大振りな攻撃も単調で読み易い。まだ何か隠している可能性も見越して、それでもあの速度では私の最大機動に追い付けないのは計算済み。

 寧ろ私を見下し過ぎだ。頭に次の作戦を描く。即座に回避、強引に一足飛びで近づき、接射すると見せかけ足元に攻撃する。逃げられる前に実行すれば僅かだが可能性はある。

 が、動こうとした瞬間――身体が悲鳴を上げる音が聞こえた。力を籠めて踏みしめた足に激痛が走り、身体中に伝播でんぱする。頭は特に酷く、意識が飛びそうになる程の酷い痛みに襲われた。無理に力を使い過ぎた。それ以外の原因が思いつかない。今までとは比較にならない激痛が全身をのたうつ。

 運が悪い。

 なんでこんな状況で、と必死にもがくが、身体はまるで自分の物ではないかの様に動かない。視界を巨大な青い何かが覆い、そして大きな振動と共に視界全体が激しく揺らぎ、ガシャーンと言う大きな音が聞こえ、最後に鈍い衝撃に身体が貫かれた。

 意識ははっきりしているが、頭と視界が揺らぐ。意識が朦朧もうろうとする。僅かに遅れる形で痛覚が痛みを脳に伝える。波の様に送られる激痛が、認識を妨げる。霞む目で状況を確認する。

 眼前には大きく開いたヘビの口、少し上には鋭いヘビの牙、視界の端には駅入口側のガラス張りの壁。どうやら最悪の場所に居るらしい。その口が小刻みに震える。噛み砕こうと大きく開いた顎が、幸運にも奥に挟まった金属製の柱の破片に阻まれているのが見えた。

 運が良い。

 が、事態を打開する手立てはない。ギリギリ展開した防壁で致命傷こそ防いだが、出力不足により威力の相殺は行えなかった。痛みで集中出来ず、激痛と衝撃により破損した身体は真面に動かず、口部から逃げる事も出来そうにない。現状、私の命を繋ぎ止める金属製の破片は嫌な音を立て、今も軋み続ける。折れるのは時間の問題。武器も何処かに落としてしまった。

「ちょっと呆気ねぇけど、良い練習にはなったかな。じゃあ、さようならだ」

 砕けたガラスの破片を砕く音が近づく。暫く後に、男の不快な顔が私の視界に映った。満身創痍の私を見下し、嘲笑う。忌々しい。手も足も出ない状況を笑う男の顔が、一層醜く映る。

 油断したわけではない。ただ、私が出せる力は思った以上に大きかったが、身体の方がついて行けなかったと言うだけだ。その事実が私を追い詰め、殺そうと牙を剥く。鍛錬でどうにか出来る問題ではない。これが、私の限界だった。口惜しいがもうどうにもできない。そう諦めかけたその時――

「止めろ、彼女を離せ!!」

 遠くから声が聞こえた。辛うじて動く視線の先、一階のホールにナギがいた。私が落とした銃を拾い上げ、銃口をダイチに向けている。だが、効果がないのは君も散々に見て知っているだろうに。それに、君ではまともに扱えない。そう、言おうとしたが力が入らない。

 生身部分が酷く痛み、意識が混濁こんだくする。喋るどころか、集中力すら奪われている、そんなひどい有様。辛うじて機能している聴覚とぼんやりとした視界だけが、目の前で起こる絶望的な状況を正しく捉えている。

「で?俺が離すと思うか?戦うのが怖いお前が俺を撃てるのか?無理だね。口だけだよ、お前は。あぁ、復讐ってのも口だけだったんじゃないか?盗む準備だけ、それっぽい行動するだけ、それで満足して悦に浸ってたんじゃないのか?」

 口だけ、そう指摘されたナギの顔が青ざめた。図星だったらしい。事情も理由も分からない。復讐の動機も、行動しなかった理由も。ただ、誤魔化しや言い訳、臆病とは違う気がした。

「出来ない奴って大体そうだよなぁ?俺は出来る、何時でも出来るって必死で言い訳してさ。惨めだよなぁ……そんな奴を必死で守るどこぞの阿呆もな」

 阿呆、か。他人からはそう見えるのだろう。不条理で非合理的、確かに冷静に考えれば身勝手についてきた彼を助ける理由はない。だが、見捨てるなど出来なかった。助けてくれた。その意志に報いたかった。

 多分、彼も同じ気持ちなんだろう。だが、彼は戦えない。恐怖ではなく、自身が目を背けていた本心を他人に抉られた。銃を持つ手は震え、目の焦点は合っていない。彼は失意で動けず、私は戦いたくても戦えない。ここまでだろうな。漸く諦める決心がついた。

 いつか死ぬ、その覚悟を決めて戦場に降り立ったつもりだった。その時がいざ来ればもっと必死に抵抗するかと思ったが、生きる事を諦めたからだろうか、不思議と心が落ち着いている。

 目を閉じれば、身体の奥で私の体躯を動かすカグツチが抜けていくような引っ張られていくようなそんな感覚を覚えた。死ぬってこんな感覚なのか、と暗い感情に身を委ねた。

「惨めだよ、それでいいよ。だけど彼女は、彼女を否定する事だけはッ!!」

 彼の声が良く聞こえた。今のところ正しく機能している聴覚が、ナギの叫びを捉えた。澄んだ、透き通った声は、まるで私に直接語り掛けているかの様に鮮明に――

 ドォン

 直後、凄まじい音が響いた。炸裂音の様な音と同時、身体が小刻みに震える。カタカタと、直ぐ近くの瓦礫が震える音が聴覚機能を掠める。閉じた瞼の向こうに、流星の様な何かが通り過ぎるのを感じた。

 何が起きた?誰がやった?攻撃か?だが、そんな事を出来る人間はいない。もしかして仲間が助けに来たのか?そんな都合のよい予感に一縷の望みを託しながら目を開けた私の目に映ったのは――
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