G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

文字の大きさ
49 / 273
第2章 遥か遠い 故郷

40話 迫る別れの時

しおりを挟む
 20XX/12/16 2025

 初めて見る異星の景色は直ぐに様相を変えた。地上を彩る夜景は姿を消し、旗艦で見慣れた景色へと切り替わる。自然、木々の割合が少しずつ増えていった。何ともつまらないと泳ぐ視線と思考は興味を求めて彷徨い、やがて運転席の男へと向かった。

 掛け値なしの善意で私を助けた伊佐凪竜一。疑いはしたが、幸いにも信頼に足る人物であるとは分かった。何とも頼りないという評価は残るが。

「何?」

「いや。少々退屈だと、ね」

 うっかり視線を重ねてしまった。何か言いたげに問う彼に、正直な理由を話した。少し前なら、こんな風に本心を晒すなどしなかっただろうが、随分と心境が変化したものだと我ながら思う。が、この気持ちは内緒にしておこう。

「そうか。寄り道は余り出来ないぞ。雪が降ってきそうだし」

「ゆき?」

「昨日、逃げる時に少しだけ降ってたアレだよ」

「あぁ、あの白い」

 その言葉に空から降る幻想的な自然現象を思い出した私は再び外を眺めた。どんよりと濁った空は昨日と同じで仄かに青くに輝く月は見えないが、もしかしたら雪が降って来る可能性があるかも知れない。

 戦いが終わって以降、頭を巡るのはこんなどうでも良い事ばかりだった。だけど、コレで良いと自分を納得させる。地球に降下する前は肩身の狭い思いをし続け、降下以後は死の恐怖と敵と味方の判断が付かない状況に精神をすり減らし続けた。

「ちょっと買い物」

 この逃避行は何時まで続くのか、仲間とはいつ合流できるのか、明日か、明後日か――と、否定的な思考に傾きそうになった矢先、車の移動先が急に変わった。

 フロントガラスから見える真っ暗な夜道が途切れた。煌々とした明かり、街灯よりも濃い光が徐々に視界を占拠する。見れば、恐らく何かの店。こんな夜まで営業している店があるのか、と物珍しさに様子を窺う。文字が読めないから何とも判断できないが、恐らく一日中経営している店らしい。

「コンビニだよ。色んな物を売ってる24時間経営の小売店、で伝わるかな?清雅グループ傘下の会社が事業展開してて、日本各地に合計5万以上こんなのがある」

 なるほど。法令はともかく、こんな夜まで経営しているのは何とも好都合。周囲を見回せば駐車場に車はなく、店内には一人で品出しする店員の姿しかない。絶好の好機――

「それで買い物に行くつもりか?」

 じゃない。慌ててナギを制止した。彼は何事かと私を見返すが、ややもすれば――

「あぁ、そうか」

 と、零した。漏れた溜息が私の視線を追いかける様に衣服へと落ち、その酷さにまた一つ溜息を零した。清雅市で起きた騒動を知らずとも、明らかに何か面倒事を起こしてきた程度に汚れた服は嫌でも記憶に残る。追う追われる以前に通報される可能性も否定出来ない。

「いや、でも君も」

 憔悴した視線が今度は私に向かった。彼と同じ位に私も酷い有様だ。流石に何着も同じ服を買えなかったのか予備の服はなく、仮にあったところであの戦闘で守り抜ける余裕などなかった。が、手詰まりではない。

「誤魔化すだけなら、多分」

 何とかなる筈と端末を操作、外装用ナノマシンを彼の衣服に付着させた。

「ン、お……直った!?」

 僅か数秒で破れ、開いた穴は塞がり、汚れが消えた。その様子を彼はただただ茫然と見つめる。

「見た目だけだが、これでも十分だろう」

「あぁ、と。ありがとう」

「どういたしまして」

 完璧とは言い難いが、少し前まで派手に戦っていたとは誰も思えない程度には自然な身形となった。問題なく買い物ができると、彼は小物入れを漁り、紙束を取り出す。

「現金だよ」

 物珍しそうに見つめていたからだろうか、彼は紙束の正体を端的に説明した。連合内には紙幣や硬貨が現役の惑星も多いと聞いた記憶があるが、実物を見るのは初めて。だから、珍しかったのは本当だ。

「まだ使っているのか?」

「台風とか地震とか大規模災害でシステムが完全に落ちる可能性があるからって理由で、だからまだ残してる」

「羨ましいな。あ、いや済まない。旗艦むこうじゃ自然現象を経験する事がなくて。精々、雨位かな。それも環境整備や衛生という意味合いが強くて」

「そう、なんだ。と、じゃあ行ってくる」

 彼も私の話に興味があったようだが、話す時間も惜しいと後ろ髪を引かれる様に車外へ飛び出した。

 何もできない私は彼の背中を目で追った。恐らく食事と一緒に私が頼んだ物も買ってくれるだろう。が、大丈夫だろうかと気になる部分もある。電子決済を警戒したのは評価したいが、彼の素性は清雅にバレている。もし――

「いや……えーと……予備まで全……壊しち……これ……修……なんだ」

 何かトラブルか?店内の音声を聴覚機能が捉えた。やはり有事でなければ現金が使えないのか分からないが、何やら面倒な問題に直面しているようだ。店内を見れば、ナギが店員と揉めていた。

「……修理して……から……じゃ駄目で……?流石に……小銭……ない……」

 断片的に聞こえる両者の会話からするに、現金払いをしたいナギとルールと濁しつつ現金払いを拒否する店員と揉めているようだ。助けに行く訳にもいかず、さりとてこのまま揉め続ければ通報から清雅に捕捉される確率が上がるだけ。

 その程度の事はナギも理解しているだろうが、意外と頑固な店員は頑として受け入れず、暫く攻防が続きそう――かに思えたが、何とか懐柔に成功した。釣りはいらない、そんな妥協点に店員は素直に現金払いを受け入れた。

 予定外の収入にほころび、紙幣の数枚を懐に隠す店員と、手痛い出費に顔を少し歪めるナギ。両者の対照的な姿を見た私の顔が車窓に反射した。

 口の端が少しだけ歪んだ顔。私は、何故かその顔を「お待たせ」と呟きながら車に戻って来た彼に見せたくなくて――

「あぁ。早く、行こう」

 だから、不自然な体勢のまま言葉を交わした。私はどうしてしまったのか。清雅の追撃の手は緩んでいないと言うのに。駄目だな、私は。

 急いで離れた方が良いと背中をそっと押せば、彼よどみなく車を発進させた。素直な性格なのは良い事だと、恐らく初めて伊佐凪竜一なる男に好意的な評価を下した私は、以後は黙って運転に身を任せた。車は暫く道なりに進み、やがて視界の端に派手な電飾が映り――

「到着したぞ」

 身体が揺れる感覚に意識が覚醒した。耳元から聞こえたのは聞き慣れた男の声。どうやら色々と考え込んでいる間に到着していたらしい。男の方向を振り向けば何処にでも良そうな平凡な顔が心配そうな表情で覗き込んでいた。

 素性は話した。が、それでもこの惑星の文明レベルでは信じ難い話だった筈なのに彼は私の話を素直に受け入れ、以後も私と行動を共にしている。

 最初は敵かも知れないと疑っていたが、後に誤りであると証明された。が、今でも心の何処かで疑っている。地球に取り残された私を救ったのは、偶然その場に居合わせた元清雅の肩書を持つ男。全てが上手く行き過ぎていると、疑り深い私の一面が囁きかける。

 私が助けたから彼も私を助けたのか。だが、果たしてそれだけで雇用元――しかも世界すら動かす超大企業に弓を引くのは正気とは思えない。怨恨か?ともかく今のところは私の利になる行動しかとっておらず、無防備な私を殺す気配さえ見せなかった。

 信頼出来る。そう分かっているのに、疑り深い自分自身に嫌悪が募る。だが、こんな気分も後少しの辛抱。もうすぐ、もうすぐ仲間が助けに来てくれる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

処理中です...