G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第2章 遥か遠い 故郷

39話 夜の街と月を背に 市外へ

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 駅入り口からほんの僅かに離れた位置に設置された長椅子に腰かけ、一息ついた。暫くしてナギも同じ椅子の反対側に腰かける。

 詰めれば3,4人は座れそうな長い椅子の両端辺り。近いようで何となく遠い私達の位置関係は、そのまま互いの距離感を示している様に思えた。何となく、自分でも良く分からないがそんな状況を見るのが嫌になり、ぼんやりと空を見上げた。

 漸く落ち着ける。背もたれに身体を預け、空を見上げた。が、一面の灰色。地上を優しく照らす衛星は分厚い雲に隠れ、見えなかった。星一つ見えない曇天であっても自然の景色だから文句を言うつもりはないが、戻る前にもう一度あの綺麗な光を見たかった。果たして願いは叶うかな、と少し寂しい気持ちが痛みとは別の場所から湧き上がって来た。

「イテテッ」

 思考が呻き声に引き戻される。隣を見れば傷だらけのナギが、ポケットから取り出した布で傷口を縛っていた。

「効くかどうかわからないが、一応飲んでおくか?」

 痛みと疲労で思考が鈍っていた。助けようと考えたのに、助けた後の事はどうでもいいという訳にもいかない。どんな理由か不明だが、それでも彼が私を助けてくれた事実は変わらない。だからココまで来れた。だから生き延びる事が出来た。痛みに苦しむ彼に、経口用のナノマシン治療薬を手渡した。

「ありがとう」

 彼は疑いもせず飲み込んだ。カグツチと反応する事でより強力な修復能力を発揮する支給品だが、この星では十全に機能はしないだろう。加えて、人体への影響をほぼ完全に近い形で抑えた治療薬とは言え、全く未知の星域の彼にどれほど効果が出るかも不明。

 だが、それでも飲まないよりはマシだったらしい。暫くもすれば呻き声は少しづつ小さくなり、やがて消えた。苦痛に歪む彼の顔を見ているのは辛かったが、治ったようで良かった。

 そういえば――と気付く。自分で渡しておいてこんな事を思うのもおかしいが、どうして彼は私を無条件に信じるのだろうか。私ならそんな簡単に信じる様な真似はしないのだが。しかし彼に尋ねる事が出来ず、そのまま心の隅にそっと置いた。

 私も薬を飲み込んだ。本来ならば即座に効果を発揮する筈だが、やはり思うほどの効果は見られなかった。通常ならばこの程度の傷、時間を置かずに修復されるのだが、やはりこの星特有の環境が原因か。

 しかし、それでも旗艦の製薬会社が開発した一品。痛みは変わらず酷いが、外傷が少しずつ塞がり始めた。少し待てば痛みも引き始めるだろう。万全ではないが、逃げるだけならば問題はなさそうだ。

「そろそろ」

 出発しようと隣に声を掛けた。が、ナギの姿がない。先に逃げた、というのは彼の性格から有り得ない。予想通り直ぐに見つかった。無造作に停車する車の前をウロウロする彼は、窓越しに運転席を確認している。

「見つかったか?」

 声を掛けてみたが、成果が芳しくないようだ。返答代わりに手をヒラヒラと上げ、聞こえているとの合図が返って来た。彼は尚も視界内の車中を覗いて回っている。そんな動きを何度か繰り返した最後、私に向け大きく手を振った。どうやらお目当ての物を見つけたらしい。

「鍵つけたまま逃げた奴が絶対いると思ってさ、ホラ」

 誰のとも知れない車のドアを勝手に解放した彼は、そのまま前部左側座席に腰を下ろした。改めて確認したが、やはり自動運転はまだらしい。座席には車を操縦する為の機能が集約されていた。遠からず自動運転も実用化されるだろうが、やはり異常だな。

 ふと、彼が座席と座席の間に向けて無造作に置いた携帯端末に視点が移った。この星において最も奇異で、異常な物体。私達の文明とほぼ変わらないレベル|(流石に私達の方がサイズは小さいが)の機能を持つ通信端末。いや、もう一つあったな。私達と交戦した敵が使っていた生物型兵器も含め、この星は何故か特定の一分野だけが異常に突出している。

「どうした?早く乗らないのか?」

 屈託ない声が思考に割って入った。一先ず、先の事は落ち着いてからにしよう。反対側の扉から車に乗り込むと、彼はまるで自分の所有物の様に動かした。

「どうする、これも後で返すか?」

「んー、取りあえず安全な場所に逃げてから考える」

 勝手に拝借する後ろめたさもあるだろうが、相も変わらず彼らしい。とは言え反対はしない。後ろめたさは私も感じないわけではないが、ともかく落ち着く余裕が欲しかった。

「取りあえず、人が戻らない内に色々買っておきたい。それと、助けてくれてありがとう」

 傍と、彼の言葉に息を吞んだ。考えていない様に見えても彼なりに色々と考えているらしい。それに、面と向かって改めて感謝された。先に助けてくれたのは君の方だと――

「私のほ」

 感謝を口に出そうとして――

「だけど、俺が言えた義理じゃないんだけどあまり無茶しないでくれよ。なんか自分犠牲にしてそうでさ、その……言い辛いけど」

 彼が重ねた言葉に止まった。その台詞が心に突き刺さる。本当に意外と考えているし、見ているのだな。恐らく、彼に会って初めて感心した。

「可能な限り善処する」

 否定するでもなく、曖昧に回答した。いや、そうとしか答えられなかった。それ以上を語らず語れず、そんな私に彼は「そうか」と呟くと、勢いよく車を発進させた。

 急がねば、追い付かれたら今度こそ助からない。そんな緊張感を他所に、彼の運転に身を任せながら流れ行く夜の街を見入った。見知らぬ惑星の、見知らぬ景色は酷く古めかしく、冷たい。だというのに一方では未知の光景に心を踊らせていた。景色の何処かで散った仲間への悲哀よりも興味と興奮が勝ったのは安堵が生む余裕だろう。

 もう直ぐ助かる。この逃避行もあと少しの辛抱。仲間との連絡も取れたから、後は救援が来るまで凌ぐだけを考えれば良い。揺れる車の中で私に出来る事は何もない。ナギに買っておいて欲しい物を告げ、引き続き外を眺めた。

 相変わらず灰一色の空とは対照的に、地上はまばらに、規則正しく並ぶ街灯が夜空の星の様に明滅し。その光は車が走り出せばがまるで流星の様に後方に消えゆく。美しい景色と心地の良い定期的な揺れに、色々な景色が脳裏を過った。戦いではなく、この星で見た形式。特に、と空を見上げた。

 月

 地上から見るあの丸い衛星ををもう一度直に見てみたいと思った。この星から離れてしまえばもう二度と拝む事はない。同じく、彼とも――その事実が頭を過った瞬間、ほんの少しだけ私の心の奥に何かが引っかかったような感覚を覚えた。
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