G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第4章 神

47話 清雅市を離れ 恩人の下へ

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 20XX/12/16 2200

「そういえば俺、昔住んでた村を追い出されたんだ」

 暗い夜道を走り続ける最中、不意にナギが切り出した。車中に流れる緊急速報は耳障りがよくないが、かと言って重要な情報が流れる可能性もあるから切るに切れず。

 友人と称する男女数人の評価が車内に流れる度、彼が顔をしかめる。内容は端的に酷いもので「変人」やら「何を考えているか分からない」などなど、赤の他人である私の気が滅入る程度には痛烈な批判ばかりだった。とは言え、清雅の情報操作だろう。もはやテロリストとの評価を覆しようない彼の存在は身代わりとしてこれ以上ない。

「君、変人って評価が多いね」

「まぁ、仕方ないよ。配属部署、かなり良いトコの育ちが多かったし」

 辛うじて空気が良かった会話がこれ位。変人というのは素直に受け取るのか。まぁ、こんな状況に陥る位だから確かに世間一般とはズレた思考をしているとは思うのだが。

「縁故採用、じゃないよね?」

「そもそも清雅関係の知り合いがいたらこんな事態になってないだろ?」

 次も予想通り、近縁に清雅関係者はゼロ。とすれば彼、自力で清雅に入社したのか?本人に言い辛いが、正直彼程度では入社出来たかどうか怪しいのだけど。

「前に住んでいたのは?」

 続ける私の問いに――

「中央区から3つ4つ離れたM区って場所に……」

 彼は何かを言い淀んだ。何か思うところがあったのか、運転席付近のパネルを操作して緊急速報を消すと暫く黙り込んだ。エンジン音以外に何もない闇の中を、車はヘッドライトを頼りに進む。

 窓の外に見飽きたコンクリートジャングルはなく、鬱蒼とした生い茂る木々の隙間に思い立ったかのように街灯が立つ。確認しても監視カメラは設置されていない、ごく普通の街灯。監視が厳しいのは清雅市だけらしい。

 監視が緩い市外に出た――とは言え、油断は出来ない。彼は既に指名手配済み、恐らく私も遠からず手配される。現金払いは目立ち、電子決済は追跡される。が、幾分か冷静さを取り戻すと打開策が朧げながらも浮かんできた。

 一先ず、清雅市から遠く離れる。私達の標的はほぼ確実に清雅本社。とすれば、戦力分散を避ける為に山県大地の様な特殊能力持ちを市外に派遣するとは考え辛い。離れたら離れただけ本社強襲の際に間に合わなくなる。ならば、この調子で本格的な――

 キキー

 甲高いブレーキ音、揺れ動く車体。連動してブレる視界。何があった?が、何にせよ急に止まるならばそう言って欲しかった。しーとべると?なる代物を付けていなければ頭を打っていたところだ。

「そっからもう少し離れたN区にじいちゃんの血縁が一人いるんだ。俺、その人と一緒に村を出てさ。で、高校出るまで世話になってたんだ。たまに食事持ってきてくれたり、後金銭面でも少しだけ。もう何年も連絡とってないし、助けてくれるかも分からないけど、ダメ元で行ってみよう。確か、事情があって一人で暮らしてるって話だったから迷惑は掛からない筈、多分……」

 彼への評価を考え直そう。何の根拠があって迷惑が掛からないと断言したのか。後、じいちゃんて誰だ?君の祖父か?とは言え、他に頼れる者はいない。一時的、あるいは何か物的な支援でも良い。私の同意にアクセルを踏みしめた彼は、新たな目的地に向け走り出した。これが、今から数時間前の話だ。

 ※※※

 霞んだ私の視界に小さな家が映った。急停止する際の震動と私の上からふわりとした何かを取り払う感触が、何時の間にか微睡まどろんでいた私の頭を覚醒させた。車内の時計を見ればこの国の時刻の日付が変わる頃を示している。

 彼の正体に安堵してからもう何度目か、無防備を晒した。もう安全と分かっていても、師と過ごした時間から生まれた価値観は他人に容易く無防備を晒す事を責め立てる。信頼すべきと頭で理解しつつも、他者に踏み込む事に躊躇ためらう自分がいる。

 バタンと、大きな衝撃が左側から突き抜けた。一足先にナギが車外に出たと気付いたのは僅か後。私は――車中から様子を窺う事にした。

 お世辞にも手入れが行き届いているとは言えない、言い方は悪いが粗末な一軒家。その半透明の扉の奥に灯りが灯り、人影が浮かんだ。ややあって扉が開き、眠たい目を擦る老婆が姿を見せた。白い髪と顔に刻まれた皺を見るに、60歳以上には見える。老婆はナギを見て驚いたが、何も言わず中に招き入れた。

 一連の様子から察するに今まで眠っていたらしい。なら、彼が指名手配されたという偽情報はまだ見ていない――のか?私の常識がこの世界の常識と同じなら、血縁とは言えテロリストを家に上げる真似は流石にしない。

 ただ、待ち伏せの可能性は低い。車は直線時に200キロ以上は出していた。情報戦を圧倒的しているとはいえ、物理的な時間まで飛び越えられやしない。危険なのは今この時ではなく、これから先。ならば、信用に値する人物か見極めるのが最優先。逃げるのはその後でも遅くはない。

 ナギに遅れ、ゆっくりと扉を開けた。飛び込んで来たのは極めて質素な風景。壁や床は木製。廊下と部屋の境目を分ける扉は紙製だろうか?この国理由はよく分からないが、恐らくこの地域の文化なのだろう。見た目以上に重い私が歩く度に廊下がギシギシと音を上げる中、道なりに進んだ奥に光が漏れている扉を見つけた。ゆっくり扉を開け――

「元気だったかい?」

「あ、うん」

「そうかそうか、よく戻って来たの」

 労わり、抱き締める老婆の姿を見た。人が人を労わるありふれた光景に、何とも表現しようのない感情が生まれた。嬉しさと、寂しさ。相反する感情に胸の奥が痛むと同時にフッと一瞬、過去が蘇った。

「よく頑張ったわね、■■■■■」

「うん、わたしもしょうらいはおかあさんとおなじ……」

 そう言えば、私もあんな風に――

「ごめん」

 意識が過去に向かいかけた矢先、ナギの声に引き戻された。何時の間にか彼が目の前に立っていた。

「昔さ、色々あってね。で、逃げる様にこの辺に引っ越してきて。そん時に俺を世話してくれた人」

 続けて、棒立ちする私に私に老婆を紹介した。詳細は聞き辛いが、要は数少ない恩人という事らしい。初めて彼の過去に触れた。人となりを知るには情報が少なすぎるが、どうやら相応に暗い過去を背負っているらしい。

 紹介されたその恩人は私を見て、驚き目を丸めた。ナギは私が修復したから多少はマシだが、私は明らかにボロボロで、事故か事件に巻き込まれたと考える方が自然な位には酷い有様だった。

 ボロを出すのを期待して、意図してこのままにしていたのだが、思惑に反し老婆は積極的に聞こうとしなかった。やはり何も知らないのか?ごく普通の老婆だから腹芸が得意とは思えない。となれば、一先ず何も知らないと考えて良い。

 となると、後はこの身形をどう説明するかだが、流石に良い言い訳が思いつかなかった。駄目だな私は。戦闘以外はからっきしだ。いやそもそも――

「俺達、清雅市内で起きたテロ騒動に巻き込まれて逃げてきたんだ。その中で……えーと、テロリストに間違えられちゃって。あ、彼女はルミナ、俺の恩人。あー、ルミナにも紹介とかないと。この人は大賀睦美おおがむつみさん、俺のじいちゃんの姉さんなんだ」

 何とも頼りなく押し黙る私に代わり、ナギが率先して口を開いた。こういう時は頼りになるな、と素直に感心する。

「改めて、ルミナと言います。彼の説明では不十分ですが、私達は市外の戦闘行動から逃げ延びて、幾つかの区画を経てココに辿り着きました。出会った経緯については、その……偶然です」
 
 清雅市で戦闘を行っていたのは私です――なんて馬鹿正直な告白は出来なかった。流石に老婆との仲を引き裂きたくはないし、何より正直に話したら逃げ場を失うだけ。が、老婆の目は私への不信に満ちていた。

 無理もない。となれば、テロや戦闘以上の情報で不信を押し流すしかないか。リスクは高いが、一先ず今日を凌ぐ事さえ出来れば良い。それに清雅と繋がっているならば無意味な情報でしかなく、知らなければ信頼の証になり得る。

「信じられないでしょうが、宇宙から来ました」

「い!?そ、ソレ」

 私の告白にナギは驚き、老婆は再び目を丸くした。普通は信用などしない。なので直に証拠を見せる、これが一番手っ取り早い。服の袖を捲り肘までを露出させ、肘部分の皮膚直下にある連結部分を操作し、バイザーから腕部に指示を出す、肘に幾つもの線が浮かび上がる。肘を持ち、引き抜き、金属で出来たと肉体と肉体を稼働させる白色のエネルギー供給路の断面を老婆に見せた。

「信じて貰えましたか?」

 私の問いかけに老婆は無言で頭を縦に数回振った。一先ずは、と腕を再接続した。一連の動作を2人は揃って見つめる。だがナギ――君、一度見てるよね?さてはコイツ、意外と忘れっぽいな。評価を上げては直ぐに下げてと、忙しいな君は。
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