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第4章 神
48話 安息 補給 微かな希望
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密閉された空間、あるいは容易に密閉ができる狭い場所を貸してほしい。そんな突飛な依頼に嫌な顔一つせず老婆が貸してくれたのは、少々汚れの目立つ小さな風呂場。逃走前に密閉する空間を作る助けになりそうな物と言う漠然とした要求に対しナギが買ってきた「がむてーぷ?」なる道具を使い、風呂場を密閉した。
「ハァ」
小さなため息が零れた。辛うじて持ち堪えたが、度重なる戦闘による損耗は酷い。特にカグツチ。以降の生存確率を上げる為には損失分の補充が必要不可欠だが、地球の濃度が低すぎる為にままならず。
なら、存在する場所から取り出すしかない。バッグから幾つかの武器を実体化、犠牲にする武器を選定する。接近戦が比較的不得手、損傷を可能な限り抑える為、相手に近づきたくない、護身用に小型の武器は持っておきたい。幾つもの条件から最終的に中、大型の近接用武装に絞り込んだ。
必要な分を実体化、解体する。方法は過去に教わっているので難しくはなかった。いや、それだけに止まらず何時か何かの役に立つだろうと戦闘とその手助けになりそうなあらゆる知識を無理矢理詰め込んだ。あの時を思い出せばそんな時が来る訳がないと高を括っていたが、本当に役に立つ日が来るとは思っても見なかった。
「緊急時の充填方法も覚えておけ。特に密閉は忘れるな。カグツチは意志の影響を受け、振る舞いを変える。強ければ強いほど、純粋であればある程に。密閉する事で霧散するイメージを少しでも消すのだ。無論、微々たる差でしかな。が、戦場ではその差が生死を分けるぞ」
脳裏に師の配慮が過った。ただ、感謝したくとも直接伝える事はもう出来ないだろうな。そんな寂しさを紛らわす為、作業に没頭する。武器を分解し、カグツチ貯蔵器とそれ以外に分け、積み重ねたカグツチ貯蔵機に拳を振り下ろした。
粉々に砕け散りながらカグツチが放出された。非常に高い濃度のカグツチが白く発光し、辺りを浮遊し始める。とても幻想的な輝き――が、不自然に揺らめいたかと思えば急速にその光を弱め始めた。霧散する。
意識を集中する。
揺らぐ輝きは徐々に私の周囲に集まり、渦を巻くように動きながら、やがて私の中に消えた。同時に摂取したナノマシンが活性化を始める。修復を開始したのか、身体の奥が少しむずがゆいようないそんな感覚に襲われた。
カグツチが全て吸収され、密閉された空間が暗闇に沈んだ。急造の処置だが、一先ずは問題なく終わった。身体の修復も大分追いついたようで、来る前よりも調子が大分良くなった。
とは言え、状況は何も変わらない。いや、寧ろ手持ちが減った分だけ状況は悪い。こんな裏技染みた真似も精々、後一度が限界。ソレまでに事態が打開できなければ――取りあえず、今日はこれで良しとしよう。調子が良くなった影響か、幾分か気持ちも落ち着いた。前向きになろう。
ふと、今更だが風呂場に鏡がある事に気付いた。鏡。自分を映す道具。気が付けばバイザーを外し、白い汚れが付着した鏡に顔を晒していた。相変わらず、この顔は喜怒哀楽が薄いな。そう思い、顔を抓ってみた。
自然な表情を作り出す為に顔のパーツだけは柔軟性のある素材が使用されている。その柔らかさは一見すれば生身と判断が付かない程に精巧だ。なのだが――鏡の向こうに映る顔に生気や人間味を感じなかった。生身ではない、生きている気配も全くない仏頂面を恨んでいるような、嘆いているような、そんな顔が闇の中に無表情で佇んでいる。
※※※
風呂場を綺麗に片づけ、灯りの付いた部屋へと顔を出した。私が色々としている間、ナギは老婆が用意した簡素な食事を食べながらここまでの経緯を説明していたらしかった。
「ほひゃへい。あいおえんあ?」
(おかえり、なにしてだんだ?)
屈託なく質問する彼の性格が少し羨ましく思う。私は老婆に色々と聞きたいのに。後、食事しながら喋るな。
「エネルギー補給、かな。今後どうなるか分からないけど、やれることはやっておきたいが状況も時間もなくて。おかげで身体も大分良くなった」
「そんな便利なもの、あるんだ」
「無制限ではないよ、幾つか武器が使い物にならなくなった」
私の回答にナギはそっか、と呟くと再び食事に手を付け始めた。よほど腹が空いていたのか、あるいは先のやり取りに触発されたのか。私と同じく彼も孤立無援。老婆の助力がどこまであるか現時点では期待出来ず、今日を逃したら次に真面な食事にありつけるのが何時になるか分かったものではない。何もかもが清雅の掌の上となれば、食事も進む。
「お嬢さん。食事はええと聞いとるが、流石に休まんと身体が持たんやろ?粗末やけど家で休んでいきなさい」
不意に背後から老婆の声がした。振り向けば心配そうに見上げる老婆の視線とぶつかった。本心から心配している、そんな気がした。
「ありがとうございます」
今の気持ちを悟らせまいと平静を装い、感謝の言葉を掛け、素直に提案を受け入れる旨を伝えた。老婆はそれならばと部屋を出て行き、暫くして戻ってくると空き部屋へと私を案内してくれた。
お世辞にも広いとは言えないが、良く手入れはされている。ゴミや埃は一切ないその隅に敷かれた「ふとん」なる物を使ってよい事、電気の消し方を教えると老婆は足早に部屋を後にした。
紐を下げて電気を消す、か。内部の様子を判別し自動で電源を点灯する旗艦とは全く違う、とても物珍しい電源に、そんな状況ではないと理解しつつも間近で見る異文化に僅かな興奮と興味を覚えた。知らぬ事を知るのは楽しい。随分と昔にそんな言葉を聞いた記憶が脳裏を掠めた。
部屋の中央上部にある電灯からぶら下がる紐を優しく引っ張り、電気を消した。真っ暗な空間を扉の隙間から漏れた僅かな明かりが照らす。どうやら2人はまだ話し込んでいるらしい。邪魔をしないで正解だったな――と思うと同時、心の奥に仕舞いこんだ小さな小さな寂しさが心の表層に浮かび上がってくる感覚に襲われた。
「ハァ」
小さなため息が零れた。辛うじて持ち堪えたが、度重なる戦闘による損耗は酷い。特にカグツチ。以降の生存確率を上げる為には損失分の補充が必要不可欠だが、地球の濃度が低すぎる為にままならず。
なら、存在する場所から取り出すしかない。バッグから幾つかの武器を実体化、犠牲にする武器を選定する。接近戦が比較的不得手、損傷を可能な限り抑える為、相手に近づきたくない、護身用に小型の武器は持っておきたい。幾つもの条件から最終的に中、大型の近接用武装に絞り込んだ。
必要な分を実体化、解体する。方法は過去に教わっているので難しくはなかった。いや、それだけに止まらず何時か何かの役に立つだろうと戦闘とその手助けになりそうなあらゆる知識を無理矢理詰め込んだ。あの時を思い出せばそんな時が来る訳がないと高を括っていたが、本当に役に立つ日が来るとは思っても見なかった。
「緊急時の充填方法も覚えておけ。特に密閉は忘れるな。カグツチは意志の影響を受け、振る舞いを変える。強ければ強いほど、純粋であればある程に。密閉する事で霧散するイメージを少しでも消すのだ。無論、微々たる差でしかな。が、戦場ではその差が生死を分けるぞ」
脳裏に師の配慮が過った。ただ、感謝したくとも直接伝える事はもう出来ないだろうな。そんな寂しさを紛らわす為、作業に没頭する。武器を分解し、カグツチ貯蔵器とそれ以外に分け、積み重ねたカグツチ貯蔵機に拳を振り下ろした。
粉々に砕け散りながらカグツチが放出された。非常に高い濃度のカグツチが白く発光し、辺りを浮遊し始める。とても幻想的な輝き――が、不自然に揺らめいたかと思えば急速にその光を弱め始めた。霧散する。
意識を集中する。
揺らぐ輝きは徐々に私の周囲に集まり、渦を巻くように動きながら、やがて私の中に消えた。同時に摂取したナノマシンが活性化を始める。修復を開始したのか、身体の奥が少しむずがゆいようないそんな感覚に襲われた。
カグツチが全て吸収され、密閉された空間が暗闇に沈んだ。急造の処置だが、一先ずは問題なく終わった。身体の修復も大分追いついたようで、来る前よりも調子が大分良くなった。
とは言え、状況は何も変わらない。いや、寧ろ手持ちが減った分だけ状況は悪い。こんな裏技染みた真似も精々、後一度が限界。ソレまでに事態が打開できなければ――取りあえず、今日はこれで良しとしよう。調子が良くなった影響か、幾分か気持ちも落ち着いた。前向きになろう。
ふと、今更だが風呂場に鏡がある事に気付いた。鏡。自分を映す道具。気が付けばバイザーを外し、白い汚れが付着した鏡に顔を晒していた。相変わらず、この顔は喜怒哀楽が薄いな。そう思い、顔を抓ってみた。
自然な表情を作り出す為に顔のパーツだけは柔軟性のある素材が使用されている。その柔らかさは一見すれば生身と判断が付かない程に精巧だ。なのだが――鏡の向こうに映る顔に生気や人間味を感じなかった。生身ではない、生きている気配も全くない仏頂面を恨んでいるような、嘆いているような、そんな顔が闇の中に無表情で佇んでいる。
※※※
風呂場を綺麗に片づけ、灯りの付いた部屋へと顔を出した。私が色々としている間、ナギは老婆が用意した簡素な食事を食べながらここまでの経緯を説明していたらしかった。
「ほひゃへい。あいおえんあ?」
(おかえり、なにしてだんだ?)
屈託なく質問する彼の性格が少し羨ましく思う。私は老婆に色々と聞きたいのに。後、食事しながら喋るな。
「エネルギー補給、かな。今後どうなるか分からないけど、やれることはやっておきたいが状況も時間もなくて。おかげで身体も大分良くなった」
「そんな便利なもの、あるんだ」
「無制限ではないよ、幾つか武器が使い物にならなくなった」
私の回答にナギはそっか、と呟くと再び食事に手を付け始めた。よほど腹が空いていたのか、あるいは先のやり取りに触発されたのか。私と同じく彼も孤立無援。老婆の助力がどこまであるか現時点では期待出来ず、今日を逃したら次に真面な食事にありつけるのが何時になるか分かったものではない。何もかもが清雅の掌の上となれば、食事も進む。
「お嬢さん。食事はええと聞いとるが、流石に休まんと身体が持たんやろ?粗末やけど家で休んでいきなさい」
不意に背後から老婆の声がした。振り向けば心配そうに見上げる老婆の視線とぶつかった。本心から心配している、そんな気がした。
「ありがとうございます」
今の気持ちを悟らせまいと平静を装い、感謝の言葉を掛け、素直に提案を受け入れる旨を伝えた。老婆はそれならばと部屋を出て行き、暫くして戻ってくると空き部屋へと私を案内してくれた。
お世辞にも広いとは言えないが、良く手入れはされている。ゴミや埃は一切ないその隅に敷かれた「ふとん」なる物を使ってよい事、電気の消し方を教えると老婆は足早に部屋を後にした。
紐を下げて電気を消す、か。内部の様子を判別し自動で電源を点灯する旗艦とは全く違う、とても物珍しい電源に、そんな状況ではないと理解しつつも間近で見る異文化に僅かな興奮と興味を覚えた。知らぬ事を知るのは楽しい。随分と昔にそんな言葉を聞いた記憶が脳裏を掠めた。
部屋の中央上部にある電灯からぶら下がる紐を優しく引っ張り、電気を消した。真っ暗な空間を扉の隙間から漏れた僅かな明かりが照らす。どうやら2人はまだ話し込んでいるらしい。邪魔をしないで正解だったな――と思うと同時、心の奥に仕舞いこんだ小さな小さな寂しさが心の表層に浮かび上がってくる感覚に襲われた。
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