G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第4章 神

49話 伊佐凪竜一の過去

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 傍と、意識が覚醒した。辺りを見回せど薄暗い闇に包まれている。窓の外から街灯の灯りが仄かに漏れる。まだ夜は明けていないらしい。ならばもう少し――と思えども意に反して目が冴え、頭が色々と思考を始める。

 最初に浮かんだのはナギ。彼は信用できる。だが、オオガムツミと言う老婆は?本当は報道を見ているのでは?清雅に密告するのでは?

 そんな可能性が頭から消えない。次に風呂場で見た光景。疑問が確信に変わった。カグツチの不自然な霧散には元から違和感を覚えていたが、あれは何かに反応していた。清雅市から外れたこの街でも起きるとなれば――いや、霧散?と、そこまで考えたところで、部屋の外からキィキィと廊下が軋む音が聞こえ始めた。

 誰かが歩いている。音から判断するに体重はかなり軽い。あの老婆だ。慎重に部屋を仕切る扉を開くと、老婆が眠る前にナギと2人で寛いでいた部屋に入っていく様子を目にした。

 頭に浮かんだ嫌な予測がこびりついて離れない。居ても立っても居られず、起き上がった。最悪のケースを想定し、老婆の後を追い掛け、部屋の扉を開けた。が、現実は――老婆はナギの顔をじっと見つめていただけだった。

「アンタがナギを助けてくれたんだってねぇ。ホント感謝するよ。ありがとう」

 老婆が私へ振り向いた。

「彼に、何をするつもりだったのでしょうか?」

「謝りたかった」

 我ながらストレート過ぎると思う質問に老婆は一言添え――

「長々と話す事になる」

 そう重ねながら部屋を後にした。私に聞いて欲しいようだ。意を汲み、後に続いた。

 ※※※

「聞いて欲しい」

 老婆は寝室へと私を案内すると布団に座りながら呻くように呟いた。疑問は浮かばなかった。ここまで一緒に逃げ続けてきたが、彼が危ない橋を渡る理由が一向に理解出来ないでいた。先に助けられた、と言うだけでは到底納得できない。元清雅社員という肩書ならば尚の事、世界を支配下に置く清雅に歯向う行為が如何に無謀かなど身に染みているだろうに。
 
「元々、ワシ等はココから幾分か離れた小さな村に住んでおったんだが、再開発により立ち退きを強制された。坊主の祖父、弟は立ち退き容認派じゃった。生きていればそれで十分ではないか、相手は汚い手段も平気で使う清雅という超大企業。ならば十分な補償を貰って立ち退いた方が皆の為になると。じゃが悲しいかな、多くの住民に受け入れられんかった」

 ナギの過去を語り出した老婆は話を一旦区切ると水を飲み、口を潤わせた。話したくない事情が、思い出す事さえ避けたい何かがあるから話を止めた。そんな気がした。老婆は再び口を開く。

「住民の多くは清雅に抵抗した。話し合いは成立せんかった、皆は口々に相手を罵り、それだけでは足らぬとそれぞれがネットに憎悪をつづった。憎悪が憎悪を呼んだ。何時しか、悪い噂が流れ始めた。立ち退き容認派は清雅から多額の金を貰い、反対派を切り崩す工作を手伝っているという根も葉もない噂が。皆、踊らされた。お互いを信じず、話を聞かず、そんな流れが限界を超え、悲劇が起きた」

 老婆の顔が険しくなる、目が潤み声が僅かながらに震えが含まれている。

「話し合いでの解決を望んでいた弟が反対派に殺された。拗れた話し合いを一方的に切り上げた反対派の退室を止めようと肩に手を掛けた事が切っ掛けで始まった集団暴行で、な。一番の不幸は……その瞬間を坊主が見てしまった事じゃ。反対派はあろう事か弟を目の前で殺された坊主に黙っていろと恫喝した。皆は通り魔の犯行と口裏を合わせ闇に葬ろうとしたが、悪事は隠しておけんかった。罪悪感に耐えかねた反対派の自首を切っ掛けに、中心人物全員が警察に捕まった」

 語り終えた老婆は最後に小さく呻いた。言わずとも、その場を見ずとも清雅が何を働きかけたか容易に想像がつく。自首すれば便宜を図る、そんな風にそそのかしたのだろう。だが、犠牲者側にすれば最悪だ。取引の為、罪に罰を与えず犯罪者を野放しにされてはたまったものではない。

「反対派を失った住民達は、やがて端金で住み慣れた土地を放り出される事になった。誰も彼も、その恨みを、死んだ弟に向けられない恨みを坊主一人に押し付けた。誰一人からも同情されず、理解されず、それまで仲の良かった幼馴染とも喧嘩別れさ」

 誰一人、か――

「その言い方……貴女も恨んだのですか?そう聞こえました」

 老婆の言葉に微かな違和感を覚えた。しかし、昨日見たあの光景、人が人を思いやると言う光景を見せてくれた老婆がそんな事をするのか。他に良い言い回しが浮かばなかった私の愚直な質問に対し、老婆は潤む目元を手で抑えながら答えた。

「何も、しちゃいないさ。2歳の頃に母親が病死し、父親は坊主を捨てて再婚。じゃから弟は自分がきちんと育てると、心も身体も強くあるようにと老体に鞭打ち必死で育てた。弱音を吐かず、武術も教え、好きだった酒も煙草も趣味も全部辞めてあの子が不自由しない様に、それが理由で虐められぬ様にと両親以上に愛情を注いだ。なのに、なのに……」

 何もしなかった、と。ただ、ナギが無条件で頼った相手だ。育児放棄ではなく、積極的に関わろうとしなかった程度だろう。それでも気に掛けるのは老婆の善性か――

「誰かを恨まずにはいられんかった。少しでも冷静だったら坊主に全部背負わせる事に何の意味も無いと分かるはずじゃった、他の住民もだ。誰もが一時の感情に振り回され流され、バラバラになっちまった。本当は知っとるんよ、坊主が指名手配された事。じゃがそれでも坊主を救うのは……ワシの贖罪しょくざいなのさ」

 語り終えた老婆は少しだけ落ち着いた。老婆の真意とナギの過去を同時に聞く事が出来て運が良かった。何より、彼も私と同じく相当以上の過去を持っていたと知った。行動理由も理解した。清雅への復讐。自分で出来ないなら私達に、というところか。

 黙っていてくれ、と涙ぐみながら頼む老婆の願いを断るなど出来なかった。代わりに私の身体を口外しないよう伝え、承諾を得ると部屋に戻った。

 布団に身体を沈め、身体と頭を休める――のはやはりできなかった。悩みが解決しても別の悩みが生まれる。そんな現状に小さな溜息が漏れた。

 遠くで何か生物が鳴く声が聞こえた。窓を見れば僅かながら光が差し込む。夜が明ける。だが、私達の前途は未だ闇の中。いつか、この闇は晴れるだろうか?それともこのまま沈んでいくだけだろうか?

 だが、それ以上に気掛かりなのはナギの過去。彼は復讐の為、清雅の最期を見届ける為に今後も私に付いてくる。清雅の工作を原因とする悪夢の様な幼少期。その時の憎悪は未だ彼の中でくすぶり、渦を巻いている。だから清雅に入社し、不利な情報を集めようとした。

 だけど、そう思う事が出来ない自分もいる。私に逃げようと言ったあの言葉に復讐や憎悪という後ろ暗さはなかった。彼は一体どうしたいのか?何を願っているのか?考えても分からない事に無駄な時間は使わない。何時もならそうしているのに、今の私は延々とそんな事を考え続けた。意識を手放すまで、ずっと――
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