G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第4章 神

62話 空は何時か晴れても 行く先に光は射さない

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 シン、と静まり返った街を眺める。一定間隔に並ぶ街灯以外に光源がない街は夜の闇に沈み、ほんの数分前までが嘘のようで、どこか現実感がなかった。

 まるで世界から切り離されたような状況に甘える様に、私達は時間を無為むいに使った。ナギは呆然と老婆を見つめ、私はそんなナギの小さな背をジッと見つめる。動かなければいけない。そんな程度は分かっている。分かっていて、それでも動けなかった。

 遠くから老婆の顔を見た。なんだか、とても安らかそうに見えた。何時か告白された願い「謝りたかった」が、こんな悲惨な形であっても叶える事が出来たからだろうか。

 ザリ

 と、地面を蹴る力ない音。唐突に立ち上がったナギが老婆の亡骸を抱え、家に向かい始めた。私も無言で後を追う。掛ける言葉は見つからなかった。やがて老婆の家の前についた。思い出の場所は見るも無残に崩れ落ちている。ナギはそのまま玄関横の小さな庭に老婆を置き、私を見た。覇気のない目は今にも老婆の後を追いそうな程に弱々しく――

「いつかさ、武器使って床に穴開けたよな?あの時の奴、また貸してほしいんだけど」

 懇願する声も消え入りそうな程に小さかった。何をしたいか察し、用済みとなった近接用の槍を一本手渡した。恐らく亡骸を埋めるつもりだろう。法的に問題はあると思う。だけど言えなかったし、どんな形であれ弔いたい気持ちは私にもあった。

 彼は無言で庭の土を掘り返し始めた。服を手を顔を、全身を土にまみれながら、それでも掘り続けた。静かな町に無言で土を削る音だけが響き、それ以外には時折吹く風の音以外は何も聞こえない。やがて地面を掘る音が止まると、一軒家の庭先に人一人を埋めるに丁度良い位の楕円形の穴が出来上がった。

「本来は駄目なんだけど、でもそうしてあげたい。他に、何も出来ないし」

 掘った穴に老婆を埋めながら、彼はそう呟いた。相変わらず涙は見せていない。だが、長い付き合いではない私であっても彼の痛みは理解できる。

「引き取られた時はものすごく口数少なくてさ、怖い人なんだなって思ってた。でも何だかんだ言いながらここまで育ててくれて嬉しかったんだ。迷惑かけたくないから早く働こうって伝えた時も『大学位は出ておきなさい』って言ってくれて。だから悲惨な目にあっても、それでも前向いていられたんだ。ホントは清雅への復讐なんてやめようって思ってた。迷ってた、迷惑掛かるからって。アイツの言う通りなんだ。出来なかった、迷惑掛かるからって……言い訳に使って、臆病な自分を誤魔化して……」

 穴に埋めた亡骸に土を被せながら、捲し立てる様に本心を話すナギ。ともすれば古傷を抉り出す様な告白は、自分を傷つけないと正気を保てないと暗に語り掛ける。

「泣いてもいいんだぞ」

 だからだろうか、それとも見ていられなかったのか――本心がつい口を衝いた。理由は、自分でも分からなかった。

「大丈夫、だ」

 服も顔も土で汚れたナギが振り向く。言葉に反し、足元はふら付き、目も虚ろだ。彼はそのまま歩み出し、途中で力なく崩れ落ちそうになった。

 だからそう言ったのに――と言える雰囲気ではなく、代わりに倒れそうになる彼を支えようと手を差し出した。が、その手をすり抜け、彼の身体が私に近づく。

 ゴッ

 嫌な音。同時に身体が少し揺れた。意図せず、彼を抱き締めてしまった。胸元に目線を落とすと、しだれかかるナギの顔が間近に見えた。疑似的に再現された表皮の下は固い機械の身体。多分、痛かっただろうな。生身の女ならもっと優しく受け止められただろうか、とそんな疑問が過り、直ぐに霧散した。今の私には分からなかったし、余計な事を考える余裕もなかった。

「俺のせいなのかな……そうだよな……」

 彼は私の胸にもたれ掛かりながら、必死で声を押し殺しながら、小さく呻く様に尋ねた。泣いているかどうかは分からないが、確認しようという気持ちは湧かなかった。

 私も、そうしたい気分だった。いや、寧ろ私の方が泣きたい気持ちに駆られていた。昔を、もういない――顔も名前も忘れてしまった父と母を思い出した。だが、だからだろうか。それとも身体のせいか、涙が出ない。悲しいと思っても、表現する手段を失った。

 だけど、泣いた。心の中で。泣けぬ我が身を嘆くよりも、ただ悲しいという感情が勝り、彼と共に泣き続けた。押し殺した嗚咽と共に吐き出される呻き声だけが周囲に木霊し、時折びゅうと吹きつける風の音がその僅かな声を掻き消した。

 ※※※

 黙って彼を支え続けること数分。その甲斐があったかは分からないが、気持ちの整理がついたナギはおもむろに私から離れ、崩れ落ちそうな家の中へ消えていった。

 今の内に立ち去るべきだ。彼の心は既に折れた。それに、もう十分協力してもらった。彼の力と知識は有用だが、だとするならば今後を生き抜く為に使うべきだ。私の為に死地へと飛び込む必要はない。

 だから――きっとこの選択は正しい。そう言い聞かせ、背を向けた。直後、扉を開ける音。反射的に振り向いてしまった。ナギがいた。手には袋。中身を見れば無造作に詰め込まれた女性用の衣服。どうやら私の分の着替え探していたらしい。

「同じような服を探してきた。サイズは分からん。ばあちゃんの子供と孫の奴だろうけど、もう随分と会ってなくて」

 その言葉に、何処か安堵する自分がいた。良くはないと理解しながら、だが車へと向かうナギに何も言葉をかけられなかった。確かに私は地球の情勢には未だ疎い。同行してくれれば彼の知識はこれまでも通りに私を助けてくれる。

 ふと気が付けば、心の中に確かな感謝の気持ちを自覚した。いや、これは嬉しいのだろうか。こんな状況でもまだ一緒についてきてくれる事に――

 しかし、状況は変わらないどころかより悪化した。ここで過ごしたほんの僅か、心穏やかに過ごした日々。心を満たした小さな温もりと言う名の重石を抱き、より深い絶望に沈んでゆく。不安、恐怖に押し潰されそうになる。辛うじてそれを止めているのは――やはり、彼の存在なのか?

 だが、仮にお互いに折れそうな心を支え合う事で辛うじて立っていられたとしても、今のままでは状況が何一つ好転しない事は明白。何より時間制限もある。3日後の夜明けになれば、清雅と旗艦アマテラスの両者が激突する。戦いが、始まってしまう。

 この星に降り立ってから一度も恒星が照らす眩い空を見ていない。上を見上げれば相変わらず分厚い雲で覆われている。まるで私達の心境と未来を現しているかのようで、見ているだけで気が滅入る。空は何時か晴れるかもしれない。だけど、私達の行く先に光は射すのだろうか。暗鬱な気持ちを抱えながら、私達は夜の闇に旅立った。

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4章終了
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