G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第5章 謀略 渦巻く

64話 避難勧告

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「コレ、見てくれ」

 寒空をしばらく眺めた後、車に戻った俺を出迎えたのはルミナの一言。更に見ろ、と言わんばかりに助手席から身を乗り出して来た。視界を予備端末が表示する巨大なディスプレイが占拠する。見れば目下最大の話題、清雅へのテロ活動予告やそれを受けた世界各国の反応を纏めた記事が幾つも羅列されていた。

 が、最新の日付に近づく程に削除された事が一目で分かる不自然な空白が増え始めていた。

「おかしいよね、コレ?」

 同意を求めるルミナに確かにおかしいと反応すると、彼女は助手席から更に身を乗り出し「だよね」と、一緒に画面を覗き込み出した。

 見た目以上に重い彼女が動いた事で車が少し揺れ動く。間近まで迫った真剣そうな顔、そしてサラサラの銀髪が車の震動に合わせて微かに揺れ動く。今までの彼女らしからぬ少々強引な行動に驚いたが、逆に考えればそれ程の興味を引いているらしい。

 少々不自然な体勢となった彼女にも見易いよう、とディスプレイをカーナビがある運転席と助手席の間辺りまで移動させ、暫く画面を見入った。で、2人で見入ったが、やはり何も分からない。雑多な情報を収集し纏めるサイトからは昨日まで存在していた俺達に不利な記事全てが根こそぎ消去され、掲示板も同様にスレッドが全消去されていた。残っているのはどうでも良い記事ばかり。

 今頃になって情報を消す理由は何だ?清雅は俺達を仕留め損なっていて、邪魔だと思っているから追手を差し向けた。だったら消す理由が存在しない。全面衝突が間近に控えていて追跡にリソースを割きたくないからこんな事をしたのに、これでは見失うだけだ。

「なんで急に対応が変わったんだろう?不都合な情報だけを消せばいいのにどうして丸ごと……戦闘前だから?いや、まるで意志統一が図れていないような、別の意図が働いているような……何か気味が悪いな」

 同じく、何だか不気味な感じがした。彼女は助手席のシートを傾け、天井を眺めながら唇を手でなぞり始めた。何やら一生懸命に考えているようだが、暫くもすれば頭を冷やしてくると、外に出て行った。

 シートを傾け、天井に動かしたディスプレイをボケっと見つめる。単純に運が良かった、なんて可能性はゼロだ。誰かが意図したなら一番可能性が高いのは罠だと思う。ただ、どんな罠だ?油断はもう誘えない。逃がせば探すのが難しくなるだけ。何より重要な戦いというなら、動向は把握――と、そこで考えるのを止めた。

 疑問の答えも、今後の指標も全く浮かばない。諦め、ルミナの後を追って外に出た。

 展望台へ向かうと、吹き付ける風に揺れ動く銀色の髪を見つけた。吐息が白くなるほどに凍えそうな寒さの中に平然と立つルミナは、展望台からずっと真っ直ぐ先の空を眺めている。釣られて同じ真似をしてみるが、特に興味を引く光景は見えない。

「遠く離れた道路の片側が渋滞している。市外へ向けた大規模な移動が始まっているらしい」

 遥か遠くを見据えたまま、見ている光景を教えてくれた。片側?混雑?そんな単語に慌ててニュースを確認するや、緊急避難警報を受信した。対象は清雅市、および隣接全区域。内容は用意された避難施設に直ぐ移動しろ、だ。そう言えば世界中の通信を乗っ取った宣戦布告があったことを思い出した。

「猶予は48時間しかないけど、清雅は回避条件のツクヨミの引き渡しを拒否、正面切って戦うつもりだ。避難させるのは多少の良心……いや、違うか」

 避難の理由は正しい。が、その理由を良心と結論しかけたルミナは直ぐに否定した。何となく俺も察しがつく。きっと、世論を味方に付けたいんだろう。世論が動けば清雅も動き易くなる。避難が遅れて犠牲者を出せば清雅憎しの風潮が増大し、最悪は世界全体が敵に回る可能性もある。多分、だけど。

 ともかく、先ずは情報収集と携帯からニュース番組を検索、適当な番組を表示した。映像は市外へと続く道を映したカメラを映し出した。一斉避難により発生した渋滞、遅々として脱出が進まない車の群れ。番組を切り替えると、報道番組が市外に脱出した市民にインタビューをしていた。

「全くいい迷惑だよ。たった数日とは言え県外でしょ?ド田舎になんて住みたくないわ」

「でもさ、清雅はまだ何も言ってないんだよね?なら大丈夫でしょ?今までも間違ってなかったんだしさ」

「大変だねぇ。でも、どうせこの騒ぎも数日だけでしょ?政府も考え過ぎだよ」

「本社のあるここで死人が出る様な大規模なテロなんて起きるワケないでしょ。あの首相、馬鹿じゃないの?」

 頭が痛くなった。ルミナも隣で頭を抱えている。誰も状況を深刻にとらえていない。清雅市内で戦闘が起きる度に避難をしていた事を忘れたのか。それとも情報を鵜呑みにし、疑いなく受け入れているからか。

 ただ、非難は出来なかった。ルミナを助け、清雅を敵に回し、真実を垣間見ていなければこの人達と同じ様に政府の判断を冷笑していた。

 そう考えると、情報というのは知っている知らないと言う差だけでこうも価値観を引っ繰り返してしまうのかと、空恐ろしい気分になった。そして清雅は情報という武器を意のままに操り、何かをしようとしている。

「昨日、17:30頃、清雅の通信システムを乗っ取る形で行われた宣戦布告につきましてツクヨミ清雅に状況の説明を依頼しておりますが、現時点でも返答を頂けておりません。ツクヨミ清雅は本件について一切の情報提供を拒否しております。しかしながら、ここ数日の間に清雅市周辺で大規模なテロ紛いの活動が確認された事実をかんがみまして、昨日行われた宣戦布告は悪戯いたずらの類ではなく、ツクヨミ清雅へ向けた恫喝であり、期限となる48時間後に実力行使に出る可能性が非常に高いと判断いたしました。従いまして、本日7時30分より日本政府はツクヨミ清雅に変わる形で同市及び隣接全区域に対し避難勧告を発令します」

 別の報道番組では政府の緊急会見を中継していた。今から30分ほど前の映像に関宗太郎首相が映る。額からは脂汗が滲み、顔は緊張で固く強張っている。驚いた。避難指示は首相の独断らしい。予想が外れたルミナは険しい表情で空に溜息を吐き出した。

「対象となった地域の皆様におかれましては、どうかくれぐれも焦る事なく、落ち着いて避難に当たって頂きますようお願い致します。また、本対応に関しまして、清雅市に隣接するI県、M県の複数個所に仮設緊急避難施設を設置いたしました。清雅市より避難された皆様は事態が終息すると判断されるまでの間、此方で過ごしていただきますようお願いいたします」

 大丈夫かな?と、我が身の如く老政治家の身を案じた。関宗太郎は自身の政治家生命よりも市民の命を優先したが、彼を含めた政治家や官僚の類は全員、例外なく清雅源蔵の操り人形。口に出しこそしないが、日本も、世界もそう思っている暗黙の了解。

 恐らく、清雅側と関宗太郎の思惑が一致した。元から避難勧告を出すつもりで、ただ先を越されただけ。「現時点でも返答がない」意味と未だ健在の関宗太郎から考えるに、ただ都合が良かったから生かされているだけ。寧ろ、それ以外に考えられない。清雅はそれ程の相手だ。不要と見做みなせば容赦なく切り捨てる。

 薄氷、あるいは細い蜘蛛の糸の上を歩いている感覚。俺達がそうであるように、映像で啖呵たんかを切る関宗太郎も奇跡が重なり、紙一重で生かされている。

 だけど、不要とされれば首相の座から落とされるだけの関宗太郎とは違い、俺達は何らかの打開策を出し、実行しなければ命はない。
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