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第5章 謀略 渦巻く
66話 灰色の空に誓う覚悟
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「もう一度、清雅市に行こうと思う」
不意に声がした。携帯から特番をずっと見ていた視線を声に向けると、俺を見つめるルミナの顔が目と鼻の先にあった。隠れて見えないが視線が重なった――様な気がした。
「清雅市は監視が厳しいから、ギリギリで待つのか?」
言いたい事は何となくだが察した。人目が少なければ隣接する区までなら問題ないと、そう提案すると彼女は少し微笑み――
「君、ちゃんと考えるようになったね」
褒めてくれた。初めて評価されたような気がする。
「執拗な追跡は時間の余裕があったからこそ。損耗しても立て直せるし、武装の改良も不可能じゃない。だけど後2日で全面衝突だから、無理をしてまで追跡する利はなくなった。その前提に立てば、私達は可能な限り遠くに逃げる……と、奴等は考えるだろうから逆を行く。色々考えた結果、馬鹿げた争いを止める手段は……」
一つしかない。そう結んだルミナは展望台の先から空を真っ直ぐ見上げた。あぁ、と相槌を打つ。双方の思惑はツクヨミを中心としている。だから、横から強奪するつもりなのだと。
「そう。ただ、本命は恫喝。両者の争いの理由がツクヨミなら強奪して、破壊すると脅して強引に戦いを止める。私達が受けた清雅市への襲撃指示だけでは推測でしかなかったけど、清雅源蔵の『今すぐ戻れ』でほぼ確定した。ツクヨミは清雅本社に存在する。と、すれば主戦場も清雅市中央の本社。私達は戦闘に紛れて市内に潜入、ツクヨミの場所を特定、確保後に停戦を呼びかける」
「止まらなければ?」
どうするつもりか。双方共に強硬的だから止まる可能性は低い。素直な疑問に空を見上げるルミナは俺を見つめ、一言――
「破壊する」
言い切った。不退転。彼女も俺も居場所を失った。逃げよう。あの時そう言ったが、逃げ続けたところで何時か殺される。彼女もそう結論して、だから破壊すると言い切った。奪ってこいとの指示に背いてまで。漸く目的が決まった。このままずっと何もしないで逃げ続けるなど選ばない。何れ清雅の追手に殺される。
死――
寿命、殺害、自殺、病気。誰かが死ぬという報道は何時も世を駆け巡った。だけど、どこか他人事だった。現実に起こっているのに、メディアを挟むとまるで別世界の出来事の様に感じた。現実と現実の間に透明な壁が作られた感覚だった。だから現実感がなくて、楽観していた。大多数と同じく、誰かや何かに流され自らを放棄していた。危険なのは清雅ではなく、そんな生き方をしてきた自分だった。
理不尽と死が自分の身に降りかかるその瞬間まで気付かなかった。死は、日常のすぐ近くにある。
だけど瞼を閉じ、耳を塞いで生きてきた代償は俺ではなく、あの人が払わされた。だからこんな生き方はもう止めると誓った。だけど、それだけじゃない。彼女が戦うというのだから、俺もそうしたいと――単純にそう思った。役に立てないのは承知で、それでも必死で食らいつくのは、もう誰にも死んでほしくないと願ったから。本音を言えば、その気持ちの方が強い。
「私達を仕留めていない以上、護衛は存在するから別行動する。本格的な戦闘開始の混乱に乗じて中継地点に戻って武器を補給してくる。君はその間に本社に潜り込んでツクヨミの場所を特定して欲しいのだが、心当たりは?」
心当たり、と聞かれると一つしか浮かばかった。本社地下に存在する、全世界から収集したデータを集約管理する通信制御システム。セキュリティが厳し過ぎて社員の大半が存在を知っているだけで現物を見た事がない。その名が、ツクヨミシステム。恐らく、ソレがツクヨミそのものだろう。
「拙い、行き当たりばったりな計画だけど、でもこれが今の最善策。ここまで生き延びれたのは奇跡だ。出来れば、最後までお互い生きていると良いな」
俺の推測にルミナが笑顔を見せた。が、最初だけ。話が進めば進むほどに内容は物騒になり、最後には自嘲を含んだ言葉で締め括った。
言葉通り、確かに行き当たりばったりだ。特に、敵と認定されたのに上手く戻ることが出来るのか、という点が気に掛かる。ただ、今まで生き延びて来たのは確実に彼女の戦闘能力と頭脳、決断力。その彼女が可能と言うのだから疑う理由はない。今までを思い出せば、今回も成功する様な、そんな感覚がした。
「ソレ、どうする?まだ特定されていない可能性もあるが」
ルミナが俺が持つ携帯を見つめる。最後の予備端末。正規店以外のルートで購入した物で、決済も一切行っていない。
「端末がなければ何も出来ないけど、持っていれば居場所を特定される。この世界はつくづく清雅に都合の良いように出来ているな」
呆れがちに言葉を重ねたルミナは再び空を見上げた。釣られるように俺も空を見上げる。視界を埋め尽くすのは一面を覆う重苦しい灰色の雲。ここ数日、太陽を見ていない。暗い景色が自分達の未来に重なっている様に見え、気が滅入る。溜息とともに視線を下ろせば、彼女と視線が交わった。
「行こう」
先んじてそう声を掛け、携帯の電源を落とし、崖から眼下に広がる森へと放り投げた。踵を返し、車へと向かう。目的はツクヨミを使った恫喝、最悪は破壊。軽々しく決めてみたものの、それが意味するところは清雅で働いていたからよく分かる。
今現在、通信関連の全てはツクヨミシステムを経由し維持、運営、管理されている。その破壊は世界全ての破壊と同じ。だが、宇宙から来る連中に奪われても結果は同じ。タイムリミットは後2日。ふと気づけば、空からチラチラと雪が降ってくるのが見えた。
道理で寒い筈だ、と思えば車へと戻る足取りが僅かに早まる。隣を見れば全くそんな素振りを見せず、真っすぐ隣を歩くルミナの姿が僅かに映った。
不意に声がした。携帯から特番をずっと見ていた視線を声に向けると、俺を見つめるルミナの顔が目と鼻の先にあった。隠れて見えないが視線が重なった――様な気がした。
「清雅市は監視が厳しいから、ギリギリで待つのか?」
言いたい事は何となくだが察した。人目が少なければ隣接する区までなら問題ないと、そう提案すると彼女は少し微笑み――
「君、ちゃんと考えるようになったね」
褒めてくれた。初めて評価されたような気がする。
「執拗な追跡は時間の余裕があったからこそ。損耗しても立て直せるし、武装の改良も不可能じゃない。だけど後2日で全面衝突だから、無理をしてまで追跡する利はなくなった。その前提に立てば、私達は可能な限り遠くに逃げる……と、奴等は考えるだろうから逆を行く。色々考えた結果、馬鹿げた争いを止める手段は……」
一つしかない。そう結んだルミナは展望台の先から空を真っ直ぐ見上げた。あぁ、と相槌を打つ。双方の思惑はツクヨミを中心としている。だから、横から強奪するつもりなのだと。
「そう。ただ、本命は恫喝。両者の争いの理由がツクヨミなら強奪して、破壊すると脅して強引に戦いを止める。私達が受けた清雅市への襲撃指示だけでは推測でしかなかったけど、清雅源蔵の『今すぐ戻れ』でほぼ確定した。ツクヨミは清雅本社に存在する。と、すれば主戦場も清雅市中央の本社。私達は戦闘に紛れて市内に潜入、ツクヨミの場所を特定、確保後に停戦を呼びかける」
「止まらなければ?」
どうするつもりか。双方共に強硬的だから止まる可能性は低い。素直な疑問に空を見上げるルミナは俺を見つめ、一言――
「破壊する」
言い切った。不退転。彼女も俺も居場所を失った。逃げよう。あの時そう言ったが、逃げ続けたところで何時か殺される。彼女もそう結論して、だから破壊すると言い切った。奪ってこいとの指示に背いてまで。漸く目的が決まった。このままずっと何もしないで逃げ続けるなど選ばない。何れ清雅の追手に殺される。
死――
寿命、殺害、自殺、病気。誰かが死ぬという報道は何時も世を駆け巡った。だけど、どこか他人事だった。現実に起こっているのに、メディアを挟むとまるで別世界の出来事の様に感じた。現実と現実の間に透明な壁が作られた感覚だった。だから現実感がなくて、楽観していた。大多数と同じく、誰かや何かに流され自らを放棄していた。危険なのは清雅ではなく、そんな生き方をしてきた自分だった。
理不尽と死が自分の身に降りかかるその瞬間まで気付かなかった。死は、日常のすぐ近くにある。
だけど瞼を閉じ、耳を塞いで生きてきた代償は俺ではなく、あの人が払わされた。だからこんな生き方はもう止めると誓った。だけど、それだけじゃない。彼女が戦うというのだから、俺もそうしたいと――単純にそう思った。役に立てないのは承知で、それでも必死で食らいつくのは、もう誰にも死んでほしくないと願ったから。本音を言えば、その気持ちの方が強い。
「私達を仕留めていない以上、護衛は存在するから別行動する。本格的な戦闘開始の混乱に乗じて中継地点に戻って武器を補給してくる。君はその間に本社に潜り込んでツクヨミの場所を特定して欲しいのだが、心当たりは?」
心当たり、と聞かれると一つしか浮かばかった。本社地下に存在する、全世界から収集したデータを集約管理する通信制御システム。セキュリティが厳し過ぎて社員の大半が存在を知っているだけで現物を見た事がない。その名が、ツクヨミシステム。恐らく、ソレがツクヨミそのものだろう。
「拙い、行き当たりばったりな計画だけど、でもこれが今の最善策。ここまで生き延びれたのは奇跡だ。出来れば、最後までお互い生きていると良いな」
俺の推測にルミナが笑顔を見せた。が、最初だけ。話が進めば進むほどに内容は物騒になり、最後には自嘲を含んだ言葉で締め括った。
言葉通り、確かに行き当たりばったりだ。特に、敵と認定されたのに上手く戻ることが出来るのか、という点が気に掛かる。ただ、今まで生き延びて来たのは確実に彼女の戦闘能力と頭脳、決断力。その彼女が可能と言うのだから疑う理由はない。今までを思い出せば、今回も成功する様な、そんな感覚がした。
「ソレ、どうする?まだ特定されていない可能性もあるが」
ルミナが俺が持つ携帯を見つめる。最後の予備端末。正規店以外のルートで購入した物で、決済も一切行っていない。
「端末がなければ何も出来ないけど、持っていれば居場所を特定される。この世界はつくづく清雅に都合の良いように出来ているな」
呆れがちに言葉を重ねたルミナは再び空を見上げた。釣られるように俺も空を見上げる。視界を埋め尽くすのは一面を覆う重苦しい灰色の雲。ここ数日、太陽を見ていない。暗い景色が自分達の未来に重なっている様に見え、気が滅入る。溜息とともに視線を下ろせば、彼女と視線が交わった。
「行こう」
先んじてそう声を掛け、携帯の電源を落とし、崖から眼下に広がる森へと放り投げた。踵を返し、車へと向かう。目的はツクヨミを使った恫喝、最悪は破壊。軽々しく決めてみたものの、それが意味するところは清雅で働いていたからよく分かる。
今現在、通信関連の全てはツクヨミシステムを経由し維持、運営、管理されている。その破壊は世界全ての破壊と同じ。だが、宇宙から来る連中に奪われても結果は同じ。タイムリミットは後2日。ふと気づけば、空からチラチラと雪が降ってくるのが見えた。
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