G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第6章 決戦前夜

70話 実を結ばぬ努力

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 20XX/12/21 2000

 清雅市に隣接するK区にある超巨大複合商業施設。名前は確か、アウトスラッシュだったか。名の通り隠れる場所は幾らでもある広大な施設。中央には大きな休憩所がある。様々な木々や色とりどりの花が植えられ、更に中央から巨大な噴水が透明な水を吹き出し、噴水に溜められた水は川の様に中央から休憩所を四分割する様に四方へと流れ、下層へと消える。

 流れる水に四分割された休憩所の一角で私は休息をとった。対するナギは銃を構え、10メートルほど離れた場所に生えた木に括りつけられたぬいぐるみを睨む。引き金を引く。

 パン パン

 乾いた銃声が数発、施設に反響した。弾丸はぬいぐるみを僅かに掠め、遠方の壁にめり込んだ。フ、と聞こえないよう溜息を押し殺す。

 決戦を明日に控えた夕刻。闇に紛れやすいとは言え今は無人、動けば嫌でも目立つ。加えて私達は追われる身。こんな場所に隠れていると知られたら追手を差し向けられる可能性は十分にある。

 出来る事はただ待つだけ。何かをしたいが出来る事は皆無というもどかしい状況に対し、銃の使い方を教えて欲しいとナギが頼んで来たのは昨日の昼過ぎ。この施設に到着して一息ついた頃だった。

 確かに今後を考えればその必要はあるだろう、とその時は考えた。何より、好機だ。そもそも今まで教える時間どころか、そんな場所を探す事さえ出来なかった。ナギの話によれば、清雅市のあるG県は世界でも抜きんでて治安が良いと評価されているそうだ。

 こんな平和な国で銃を撃てば嫌でも目立つ。そう考えれば施設も周囲にも誰もいない状況は教えるには余りにも都合が良い。幸か不幸か。おあつらえ向きに場所が確保でき、更に決戦の日まで纏まった時間が取れる――というのもあるが、正直に言えばナギの精神状況の方が大きい。

 彼は目の前で母方の祖母の死を目撃した。助けられなかった重責に心が壊される前に、何か別の事に集中させた方が良い。暇があると人間、余計な事ばかり考えてしまう。それに、少しでも――

 パン パン

 再び反響する銃声。渇いた破裂音が四方八方から重なり、思考を遮る。結果は先ほどと変わらず。弾丸はどれ一つ目標として設置したぬいぐるみに命中する事なく、その向こうの空間へ綺麗に吸い込まれた。

 彼が原因、という訳ではない。燦々さんさんたる結果を見るまで、誰かに何かを教えるなんて簡単だと高を括っていた。しかも得意分野となれば尚更。が、見積もりが甘かった。誰かに何かを教えるという事がこれ程に難しいとは予想外だった。

 見守る振りをしながら教えた内容を再確認する。渡した銃は片手撃ち前提の小型サイズ。とは言え、今の彼にはそれでも酷だろうと判断、先ずは両手で撃つ事を教えた。

 最初に利き手でグリップを握り、次に反対側の手で残りをしっかりと包み込ませる。身体は前傾姿勢を保ち、目標を常に正面に捉え、視界を決して外さず、肘と膝に力を入れ過ぎない。私の教え、銃撃の基本姿勢と所作は素直に守っている。だというのに――

 パン

 取りあえず手ごろな目標を撃ってもらったが、銃を扱った経験が皆無という点を差し引いても尚、という有様。いや、もしかしたら近接戦闘の方が向いているのかもしれない。ゲイルと羽島。二度の戦いにおいて彼は拳を使っていた。ただ、彼曰く「トリガーとなる感情が分からない」そうだ。力の引き金が不明な以上、安易に頼る訳にもいかない。

 やはり教え方か。当時の自分はどうだったかな、と記憶を辿る。
 
 過去――

 スクナへの師事、彼が不適格と判断すれば即座にその座を失うなど幾つもの特例を条件にスサノヲへの特別編入を許可された。適性試験の結果け、射撃専門の上官に師事した。ただ、指導はあったが厳しくはなかった。過去の事故から無理をさせられないと判断したのか、それとも本心を見透かされたから。

 ともかく熱心な指導は最初だけ。後は私が撃つ姿を見守る以外の記憶しかなく、何度聞けども「自信を持て」とか「君の素質は十分だ」とにごすばかり。程なく別の任務との理由で上官と離れてしまい、以後は独学で技術を習得し、今に至る。

 駄目だな、とごちる。

 何の参考にもならない。知識は一通りでも技術方面はほぼ独学で我流。加えて彼は地球人。精神を研ぎ澄まし、カグツチの流れを読み、次に起こり得る事象や対象の挙動を予測するという基礎中の基礎でさえ難易度が高い。

 失敗から改善案を模索する為、過去から必死で手助けになりそうな情報を掘り起こすが、やはり解決策は浮かばない。思考を一時中断、ナギを見た。姿勢よく、私の教えを守っている。引き金を引く姿に、愚直な彼の内面が垣間見えた。しかし成果は良くない。相変わらずぬいぐるみは私が持ってきたままの綺麗な状態を維持している。

 本当に難しい。いや、違うか。私が下手なだけだな。歯がゆいと思う。何かをしてあげたいのに、自分の能力のせいでままならない。一方で、だというのに思うほどに嫌な気持ちはならない。

 そうだったか?

 疑問が、霧の掛った記憶の底から何かを拾い上げた。遠い、過去の思い出――

「むずかしい」

「■■■■■。ほら、ねないの。ちゃあんと分かるまで教えてあげるから、ね?」

「分からない事が分かるってのは楽しいことだぞ、■■■■■」

 が、途中でブツリと途切れた。大切だった何か。けど――いや、今は過去よりもナギだ。理由はともかく、彼がやる気になったのだから可能な限り応えたい。どうしてそんな風に思うのか?この感情は何か?自分でも良く分からないが、不快感はない。もしかしたら、彼に影響されたのかもしれない。別に、特別どうこう思っている訳でもないが。

 傍と気付けば、発砲音が止んでいるのに気付いた。ナギを見た。苦虫を噛み潰したような顔に、銃を持つ手も震えている。反動相殺機能は正常に作動している。手の痛みじゃないとすれば単純な疲労か、あるいは結果に納得いかない苛立ちかが隠し切れないだけか。

 一日中訓練したのに殆ど進歩がない。そんな現実に、大きな背が小さく見えた。ともすれば、不甲斐なさを理由にその辺の椅子とか植物か八つ当たりしそうな雰囲気もあった。だけど、子供っぽいとか、情けないとは思わなかった。焦る彼の心情が痛いほどに理解できてしまっているから。
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