G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第6章 決戦前夜

71話 闇からの声 其の2

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「一旦休憩にしよう、何か食べてきたらどうだ?」

 根を詰め過ぎた彼に必要なのは気分転換。となれば、栄養補給を兼ねた食事が一番良い。無意味に時間を使うのは努力ではない。それに、気分を切り替えさせないと身も心も持たない。このままでは、清雅との戦いが始まる前に潰れてしまう。

 幸い施設には食事だけではなく服、装飾品、雑貨から娯楽施設まで気分転換には好都合な物が一通り揃っている。特に気になったのが旅行代理店なる場所。非常に興味深かったので後で覗いておきたい。

 食事も同様に興味をそそる。様々な料理や軽食を提供する店が幾つも立ち並んでいた。味――も匂いも食欲も感じなくなって久しいが、豊富で統一性のない料理の全てが彩り鮮やかに盛り付けられている映像を見た。きっと美味しいのだろう。連合と同じく地球にでも食事は栄養補給だけではなく、それ自体が娯楽になっているようだ。なら、気分も紛れるに違いない。

「じゃあ、行ってくる」

 少し不満そうだったが、それでも割と素直に受け入れた。貸した銃を近くのテーブルに置き、一階へと降りていった。私は、彼の背中を見送った。気の利いた言葉は、見つからなかった。

 周囲が一気に静まり返った。聞こえるのは遠くから聞こえるテレビの音、娯楽施設の機器から発せられる賑やかな音楽、噴水から噴出された水が足元を通り階下に滝の様に流れ落ちる音――そして、靴音。が、直ぐに聞こえなくなった。視界から、少し寂しそうな背中が消えた。

 静かで落ち着く。と同時、幾つもの疑問が頭を過った。

 この答えで良かったか?食事をすれば少しは気持ちが落ち着くか?彼、本当は私と一緒に食べたかったのでは?食べられないとはいえ、傍で話を聞く位は可能だから一緒に行くべきだったか?傷つけやしないか?浮かんでは消える疑問に、何一つ答えを出せなかった。だから、私は一人で一階に追いやった。追いかけるなどせず。その結論が、私を酷くさいなむ。

 本当は――何を話せばよいか分からない。他人とどうやって接すればいいのか分からない。だから食事がストレスを軽減するとか、雰囲気も大切だから1人より2人の方が良いと人づてに聞いたところで理解は出来なかった。

 この身体になってから食事らしい食事は殆ど取っていないし、基本的にその必要もない。そもそも消化器官がないのだから。僅かに残った生身の部分は内蔵AI、専門医療施設での定期健診、食事代わりの専用ナノマシン経口薬と、後は定期的な水分摂取で十分に維持が可能。

 ただ、限界がある。医療機関の担当者はナノマシンの定期的な入れ替えを義務付けた。最大で3カ月程度持つが、徐々に機能が落ちるから月に一度は調整に来るように、と。

 最後の健診は幸運にも数日前。精々、後3ヵ月。それが私の寿命。だが、いうほど絶望感はない。もうすぐ戦いが始まる。恐らく混乱の極みに陥るだろうから潜入はそこまで苦ではない。

 破壊命令を受けた身であっても、法が保障する権利まで剥奪された訳ではない。当人であると身の証を立てる事が出来れば調整を受ける権利はある。犯罪者であってもその辺は保証されている。だから医療機関側は断らない、と思う。アラハバキが余計な手を回していなければ、だが。

 十分に活路はある。希望はある。そう分かっていて――なのに身体が震える。

 数少ない生身、脳の奥から湧き出す感情が血肉の通わない冷たい身体を揺さぶる。死ぬ可能性が再び頭を過る。戦いで死ぬにせよ、生き延びた末に生命維持が不可能になるにせよ、だ。

 楽になれる。死ねば苦悩も恐怖も一切消える。だから、だけど――恐怖に震える頭がそれ以上の思考を拒んだ瞬間、突然周囲が真っ暗になった。誰もいないどころか、音一つない真っ暗な空間。

 此処は何処だ?

 疑問が恐怖を押しのけ、正常な思考に戻す。先ず、敵襲の可能性を疑った。が、調べようとしても何一つ反応せず、起動すらしない。何の前触れもなしに機能停止したバイザーは納得出来るが、予兆なしでの転移は私達の技術ですら不可能な領域。黒い闇に侵食され、精神が、思考が揺らぎ始める。

 同じく揺らぐ視界が、前方に光る赤い何かを見つけた。目だと、何故かそう思った。真っ赤に光る目が私を見る。

(ドウシタ?シネバラクニナレルゾ)

 闇の中から声が聞こえた。音もなく言葉を紡ぐ。聴覚機能は何らの反応も捉えていない。そんな、脳に直接語り掛ける声に私は心底から震えた。遥か遠くからの様でいて、耳元で囁かれている様な気もする、口調も声色もトーンも何もかもが出鱈目で、聞いているだけで不安になる声。

 何だアレは?人か?だとするなら誰だ?だれだ、ダレダ――

 あの目を見つめていると、闇からの声に耳を傾けていると思考が霧散がする。が、視線を外す事が出来ない。頭で理解するのに、行動が伴わない。まるで闇に縛られた様に身体が動かせない。聴覚機能も切断出来ない。動かせるのは、精々口だけ。

「お前は誰だ……私……私か?」

 恐怖に、疑問を口走る。しかし闇の中に飲まれた。声は、尚も止まらない。

(ナゼシナナイ?イキルクツウヲセオッテナゼイキツヅケル?オマエヲイカスキボウハナニヒトツ、ドコニモソンザイシナイ)

「希望……何処にも……」

 それも知っている。認めたくないだけで、とっくに結論に辿り着いてる。だが知っていて、無駄と分かっていてそれでも抵抗するのは――

(イマハッキリトニンシキシタナ?シヲ、コドクニシヌオノレノスガタヲ。オマエハドコマデモコドクダ。タニンモ、オマエミズカラスラオマエヲウケイレナイ、ミズカラニスラセヲソムケル。ソンナオマエガ、ココロヨワイオマエガ、クライセカイデヒトリイキツヅケテモタダクルシミガナガビクダケダ)

 頭に流れ込む言葉は私の認めたくない部分を抉り続ける。昨日、今日と無意味に時間があったせいだ。冷静に考えれば生き残れる可能性なんてゼロに等しい。何時しか、忘れていた選択肢が頭の片隅から広がり始めていた。

 死にたい――

 だけど結局できなかった。都合の良い希望など何処にもないと知っていて、どう足掻いても死ぬと理解していて、それでも諦めない理由。私は――

「私を助けてくれた彼の為に、私は諦められないッ。希望がなくても、私はまだ死ぬ訳にはいかない!!」

 行動に移せる全く自信など全くない強がりを叫んだ。思考を放棄し、心のままに。いや、赤い目に精神をすり減らされ続け、もう真面な思考さえ出来なかった。あともう少しで私は闇へ落ちる。が、訪れなかった。赤い目が、フッと消失した。何が?どうして?

(デは、証明してみせろ)

 闇からの言葉が、脳内に響いた。聞いているだけで不安になる、何もかもが不安定な声ではない、はっきりとした、何者かの声が私に囁く。

(お前の内に宿る意志の光は絶望の闇になど染まらぬと、全てを闇に染める絶望の中でも輝き続けられると証明しろ。その意志を……私に見せろ)

 直後、いきなり目の前がパッと開けた。

 私は、何時の間にか元居た場所に戻っていた。時間を確認すれば彼の背中が見えなくなった瞬間からほんの数秒しか経過していなかった。アレは何だ?恐怖が見せた幻覚と言うには余りにも生々しい、まるで本当に誰がと話していたような感覚が確かにあった。
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