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第7章 世界崩壊の日
79話 ただの新人だ
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20XX/12/22 0947
地上29階。エレベーターの扉が開き、最上階フロアへと到着した。インタビューの写真で見た通りの光景が出迎えた。エレベーター前には専用の受付窓口が、その奥には小さな会議室が、その更に一際豪華な扉が見える。漸く到着した社長室の重苦しい雰囲気の黒い扉をゆっくりと開けた。
先ず目に入って来たのは部屋の大きさ。写真よりも圧倒的に広い。正面の壁は一面ガラス張りで市内を一望できると同時に日光を室内に取り込み、照明がないのにとても明るい。床に敷かれたカーペットはふかふかで弾力十分、壁を見れば高価そうな本棚に一面にずらっと本が並べられていた。
部屋の両側の壁一面を埋め尽くす本の数々は経営に始まり法律、科学、宇宙まで様々なジャンルがきっちりと整理されていた。どれもこれも大して珍しくもない、ありふれた小難しい題名がつけられていてまるで関心を引かなかった。
が、本棚の一部に奇妙な物を発見した。整然と並べられていた書籍とは明らかに違う物、酷く不釣り合いな絵が一枚飾ってある。社長が座る椅子を90度左に回転させると丁度目に止まる位置、本棚の中央段に不自然に置かれたその絵だけが、それ以外とはまるで違う扱いをされていた。
綺麗な額縁に飾られ、専用のスペースに収められた絵。しかも、子供がクレヨンで描いた子供相応の――はっきり言えば凄い下手くそな絵だ。絵には黒く乱雑に塗りつぶされた空間に白や黄色で描かれた星型のマークに2人の人物――小さな子供ともう1人、青く長い髪をした女性と思われる人物が描かれている。
でも、何故こんな物がこんな場所にあるのだろう?社長室とはあまりにも不釣り合いで、嫌でも気になる。誰が描いたのか、と言われて思い浮かぶのは清雅源蔵以外にいない。だけど、ならこの絵に描かれた青い髪の女性は一体誰だ?
そんな奇天烈な色をした髪の知り合いが一族に居るとは思えないが、一方で社長室に飾る位だから相応以上の相手と見ていい。社長のインタビューや著書なんかはうんざりする位に見させられた記憶があるが、幾ら記憶を辿ってもこんな分かり易い特徴の女性は出てこなかった。
いや、ならこの女性がもしかし――と、考えた直後に大きな振動が一度、立て続けにもう一度起きた。振動に我に返る。
余りにも社長室に不釣り合いな絵がつい気になってしまった。気にはなるが、今は時間がない。戦闘から随分と時間も経過している。何方が優勢か分からないが、時間を掛ければ掛ける程に被害は大きくなって、遠からずその中にルミナが混じる。確実に。
気を取り直し、部屋を見渡す。社長室の最奥に位置する一際大きな机、社長席の机上には複数のディスプレイが表示されたまま周囲を仄かに照らしていた。どうやらPCを起動したまま戦場に向かったようだ。忌々しいアイツが使っている席、量産品とは明らかに違う高級な椅子に腰を下ろし、PCを操作する。
目的はツクヨミ。その場所の手がかりがここにある――と思ったのだが、幾ら調べてもそれらしい場所は見当たらなかった。
逸る心を抑え、無心にキーボードを叩く。が、空回り。段々と焦りが浮かび、鼓動も早まる。もしかしてここにもないのでは?よくよく考えてみれば、自分さえ知っていれば別に地図なんて形に残る物に残さなくてもいい訳だし、と今更な考えが頭を過った。
無駄な行動かも知れない。ジワジワの浸食する否定的な思考を抑えながら、それでも必死でツクヨミの場所を探し続け――どれだけ時間が経過したただろうか。机上に所狭しと並んだ大量のディスプレイが、出口さえ見えない程に幾つも折り重なっていた。
駄目だ。椅子にもたれ掛かり、目を閉じ、一息ついた。そんな事している暇はないのだが。と、そんな矢先――
「無駄な努力を好む奴は何処にでもいるな」
PCが新しいディスプレイを開いた。外で行われている戦闘の中継映像だった。聞こえた声は清雅源蔵のものだ。いつの間にか余計な場所に触れていたらしい。驚かせるなよ、と思いながらも映し出された映像に目を向ける。
清雅源蔵は相変わらず竜に乗り、空から地上を見下ろす。あぁ、何時もと変わらねぇな。ただ、映像が目まぐるしく動く。どうやら誰かと戦いながら会話をしているようだ。特に気になったわけではないのだが、興味が勝る。PCを操作し、戦場の音声を拡大させた。内容は――
「あぁ、そういえば地上にも一際無駄な努力をするのが2人いるな」
「2人……か。1人は不明だが、もう片方は良く知っている。まだ実戦に出た経験すらなないまま、こんな悲惨な状況に放り込まれた……ただの新人だ」
今、なんて言った?清雅源蔵とは違うしゃがれた声の語りに、それまでの全てが吹き飛んだ。頭が真っ白になった。アイツの言う2人とは俺達だ。それ以外にいない。話している相手は分からないが、きっと宇宙から来た誰か。だとするならば不明の1人ってのは俺で、って事は新人ってのはルミナの事で間違いない。新人?そんな筈はない。だって、今までを思い出せば、とても新人とは思えない位で――
「嘘だろ?アイツ全然そんな素振り……」
止めようがない感情が、溢れ出る。ちょっと変なところもあったり、想定外に焦って何かに当たったりする事もあったけど、それでも俺と同じで全く戦った事がないなんて話を信じる事は出来なかった。不思議だった。頭の中からさっきまでの焦り、ツクヨミ、その他乱雑な全てが吹き飛び――気が付けば、社長室を後に走り出していた。
アイツは、自分の事なんか全く教えないで全部背負いこんで俺を助けたのか。だとするならば、俺のするべき事、したい事、しなければいけない事が分かった――いや、決めた。
彼女の元へ。役に立たなくても、来なくていいと罵られても、それでも行かないと。混乱していた頭の中は次第に一つの意志で統一される。俺を気絶させ、1人戦場へと向かったルミナの元へという、唯一つの意志が俺の中に生まれた。
地上29階。エレベーターの扉が開き、最上階フロアへと到着した。インタビューの写真で見た通りの光景が出迎えた。エレベーター前には専用の受付窓口が、その奥には小さな会議室が、その更に一際豪華な扉が見える。漸く到着した社長室の重苦しい雰囲気の黒い扉をゆっくりと開けた。
先ず目に入って来たのは部屋の大きさ。写真よりも圧倒的に広い。正面の壁は一面ガラス張りで市内を一望できると同時に日光を室内に取り込み、照明がないのにとても明るい。床に敷かれたカーペットはふかふかで弾力十分、壁を見れば高価そうな本棚に一面にずらっと本が並べられていた。
部屋の両側の壁一面を埋め尽くす本の数々は経営に始まり法律、科学、宇宙まで様々なジャンルがきっちりと整理されていた。どれもこれも大して珍しくもない、ありふれた小難しい題名がつけられていてまるで関心を引かなかった。
が、本棚の一部に奇妙な物を発見した。整然と並べられていた書籍とは明らかに違う物、酷く不釣り合いな絵が一枚飾ってある。社長が座る椅子を90度左に回転させると丁度目に止まる位置、本棚の中央段に不自然に置かれたその絵だけが、それ以外とはまるで違う扱いをされていた。
綺麗な額縁に飾られ、専用のスペースに収められた絵。しかも、子供がクレヨンで描いた子供相応の――はっきり言えば凄い下手くそな絵だ。絵には黒く乱雑に塗りつぶされた空間に白や黄色で描かれた星型のマークに2人の人物――小さな子供ともう1人、青く長い髪をした女性と思われる人物が描かれている。
でも、何故こんな物がこんな場所にあるのだろう?社長室とはあまりにも不釣り合いで、嫌でも気になる。誰が描いたのか、と言われて思い浮かぶのは清雅源蔵以外にいない。だけど、ならこの絵に描かれた青い髪の女性は一体誰だ?
そんな奇天烈な色をした髪の知り合いが一族に居るとは思えないが、一方で社長室に飾る位だから相応以上の相手と見ていい。社長のインタビューや著書なんかはうんざりする位に見させられた記憶があるが、幾ら記憶を辿ってもこんな分かり易い特徴の女性は出てこなかった。
いや、ならこの女性がもしかし――と、考えた直後に大きな振動が一度、立て続けにもう一度起きた。振動に我に返る。
余りにも社長室に不釣り合いな絵がつい気になってしまった。気にはなるが、今は時間がない。戦闘から随分と時間も経過している。何方が優勢か分からないが、時間を掛ければ掛ける程に被害は大きくなって、遠からずその中にルミナが混じる。確実に。
気を取り直し、部屋を見渡す。社長室の最奥に位置する一際大きな机、社長席の机上には複数のディスプレイが表示されたまま周囲を仄かに照らしていた。どうやらPCを起動したまま戦場に向かったようだ。忌々しいアイツが使っている席、量産品とは明らかに違う高級な椅子に腰を下ろし、PCを操作する。
目的はツクヨミ。その場所の手がかりがここにある――と思ったのだが、幾ら調べてもそれらしい場所は見当たらなかった。
逸る心を抑え、無心にキーボードを叩く。が、空回り。段々と焦りが浮かび、鼓動も早まる。もしかしてここにもないのでは?よくよく考えてみれば、自分さえ知っていれば別に地図なんて形に残る物に残さなくてもいい訳だし、と今更な考えが頭を過った。
無駄な行動かも知れない。ジワジワの浸食する否定的な思考を抑えながら、それでも必死でツクヨミの場所を探し続け――どれだけ時間が経過したただろうか。机上に所狭しと並んだ大量のディスプレイが、出口さえ見えない程に幾つも折り重なっていた。
駄目だ。椅子にもたれ掛かり、目を閉じ、一息ついた。そんな事している暇はないのだが。と、そんな矢先――
「無駄な努力を好む奴は何処にでもいるな」
PCが新しいディスプレイを開いた。外で行われている戦闘の中継映像だった。聞こえた声は清雅源蔵のものだ。いつの間にか余計な場所に触れていたらしい。驚かせるなよ、と思いながらも映し出された映像に目を向ける。
清雅源蔵は相変わらず竜に乗り、空から地上を見下ろす。あぁ、何時もと変わらねぇな。ただ、映像が目まぐるしく動く。どうやら誰かと戦いながら会話をしているようだ。特に気になったわけではないのだが、興味が勝る。PCを操作し、戦場の音声を拡大させた。内容は――
「あぁ、そういえば地上にも一際無駄な努力をするのが2人いるな」
「2人……か。1人は不明だが、もう片方は良く知っている。まだ実戦に出た経験すらなないまま、こんな悲惨な状況に放り込まれた……ただの新人だ」
今、なんて言った?清雅源蔵とは違うしゃがれた声の語りに、それまでの全てが吹き飛んだ。頭が真っ白になった。アイツの言う2人とは俺達だ。それ以外にいない。話している相手は分からないが、きっと宇宙から来た誰か。だとするならば不明の1人ってのは俺で、って事は新人ってのはルミナの事で間違いない。新人?そんな筈はない。だって、今までを思い出せば、とても新人とは思えない位で――
「嘘だろ?アイツ全然そんな素振り……」
止めようがない感情が、溢れ出る。ちょっと変なところもあったり、想定外に焦って何かに当たったりする事もあったけど、それでも俺と同じで全く戦った事がないなんて話を信じる事は出来なかった。不思議だった。頭の中からさっきまでの焦り、ツクヨミ、その他乱雑な全てが吹き飛び――気が付けば、社長室を後に走り出していた。
アイツは、自分の事なんか全く教えないで全部背負いこんで俺を助けたのか。だとするならば、俺のするべき事、したい事、しなければいけない事が分かった――いや、決めた。
彼女の元へ。役に立たなくても、来なくていいと罵られても、それでも行かないと。混乱していた頭の中は次第に一つの意志で統一される。俺を気絶させ、1人戦場へと向かったルミナの元へという、唯一つの意志が俺の中に生まれた。
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