G.o.D 神魔戦役篇

風見星治

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第9章 神の過去 想い そして託された願い

101話 音もなく忍び寄る死

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 20XX/12/22 1000

 居住区域中央にある医療施設から誕生した化け物は避難施設へと猛進する。避難施設の被害は甚大で、既に幾つもが倒壊した。逃げ惑う市民は次を求めるが、何もかもが混乱する状況で安全な場所を見つけるなど困難。怯え、狼狽うろたえ、足を止め、その末に命を落とす。

 誰も容赦しない。ある者は恩義の為、ある者は報酬の為、ある者は心酔する清雅源蔵の為、別のある者は自身の内から湧き上がる欲望の赴くままに、各々の戦場で戦闘を継続する。

 清雅の戦力は少数ながら何れも精鋭。ゲリラ戦さながらに身を隠しながら標的を一方的に攻撃する。極小のナノマシン群を霧散させておけば目視での発見はほぼ不可能。加えて数百キロ以上離れた場所から正確に操作を行う為、本体の発見も困難。

 戦場全域へのホムラの散布は完了していた。マジンのエネルギーは尽きず、材料はそこら中にある。しかも、幸か不幸か旗艦にはごく少量の物質からほぼ無尽蔵にエネルギーを生成する深緑の炎ストレンジレットまでもが存在する。ホムラがなくとも深緑の炎が生み出す莫大なエネルギーを使えば継戦は可能。

 もう、旗艦側に勝ちの目はない。

 特にマジンによる被害は顕著。未熟なクズリュウとスサノヲ以下のヤタガラスに現状を覆すのは不可能。最大の懸念、壱号機は弐号機に釘付け。このまま行けば圧勝――では不満なのか、あるいは自己顕示欲、承認欲求か。ゲイルはマジンの利点その他諸々を投げ捨て、逃げ惑う市民の前に姿を現した。

 その絶望的な戦場を俯瞰する位置から誰かが眺めている。数名のスサノヲ達の姿を確認した。勅令により既に鎖から解放されているとは言え、一度発動された。ならば、アラハバキの指示に従い居住区域を離れた筈。だというのに戻るのが早い。とすれば、あの激痛を耐えきったのか。

 拡大し、数名の顔の中にイヅナとワダツミを見つけた。なるほど、精鋭中の精鋭か。が、やはり鎖の影響は大きい。誰もがふらつき、身体は震え、顔には苦悶が滲む。数人に至っては武器を杖代わりにして辛うじて立っている。満身創痍まんしんそうい。とても万全と言い難い状態だが、誰の目も諦めていない。この絶望的な状況下にあっても尚、希望に輝く。まだ、絶望に抗う者がいる。

 イヅナがマジンへ斬りかかり、ワダツミが肩に抱えた大砲から高質量の弾丸を発射する。2人の行動を合図に他のスサノヲ達も一斉にマジンへと突撃する。が、止めるなど不可能。

 周囲の物質を取り込み更に肥大化したマジンが巨大な腕部を大きく振り回した。大ぶり過ぎる為、回避は容易。だが、建造物はただでは済まない。破壊され、周囲に破片が、瓦礫が飛散する。が、スサノヲも止まらず。破片に気を使いながら必死でマジンを食い止める。

 一方、戦場の遥か後方を走る市民達はスサノヲからの指示を受け、破壊を免れた避難施設へと一目散に避難する。ただ、その選択肢は正しくない。対マガツヒを想定した避難施設は分厚い壁と簡易防壁により極めて高い耐久性を持つが、マガツヒ以外を想定していない。

 スサノヲと対峙する巨大なマジンならば施設ごと押し潰すなど容易く、そもそも浸食能力を持つマジンの前に分厚い壁など無いも同然。防壁は特定の性質に特化した簡易型故にマガツヒしか防げない。
 
 スサノヲ達も承知しており、だからマジン討伐に奮起する。が、如何に強靭な精神を持とうとも圧倒的な質量を誇る巨大な人型マジンを僅か数名で倒そうとするのは無謀過ぎる。現状での最善策はゲイルの殺害だが、スサノヲ到着と同時に姿を消した。際限なく増殖を繰り返すマジンを止める術はなく、尚も居住区域を進み続ける。何度も何度も何度も何度も抉り、削ろうが即座に復元する。

 遂に、スサノヲ達の動きが鈍り始めた。万全ならばマジンと互角以上に戦え、逃げ惑う市民に紛れ、姿を消した唯一の弱点であるゲイルも圧倒的な機動力と索敵能力を駆使して即座に発見しただろう。敗因は疲労と否定的な思考が生むカグツチの霧散、弱体化。挙句に鎖による激痛を耐えていたのだから未だ戦闘を継続している現状の方が異常だ。

 スサノヲの誰もがマジンを見上げる。強い意志を秘めた目に僅かずつ暗い影が落ちる。敗北と死という強い影が――

「ァアアアアアア……ウウ……エエエエエエ……」

 消えた。マジンが僅かに動きを止めた。足に攻撃を集中、片側を斬り落とした。が、直ぐに脚部を繋ぎ、動き出す。発光し、叫ぶ。

「助けて?もしや中に……まさか、地球で作られた兵器と言うのは人を操って化け物に変えるのか!!えぇい、今はそれよりもッ」

 無駄ではなかった。イヅナが何かに気付いた。僅か遅れワダツミも。見上げるマジンの全身に現れる目の様な模様、その中でも一際大きい胴体中央にスサノヲが入る度に僅かに動きを止め、叫ぶ。

「待っていろ、すぐに助け出す!!」

 声にならない叫び、動きを止める条件から直感的に悟った。仲間が助けを求めていると。

「気付いたか。ですが、どうせ何も出来やしませんよ。それより、不測の事態の方が問題か……さて、次はどうしますかねぇ」

 既にスサノヲに勝利したつもりでいるゲイルは次の算段を立てる。恐らく旗艦から安全に逃げるつもりだろう。彼の性格は私もアベルも見抜いていた。だからこそ、彼のマジンだけは性能未調整のまま渡した。恐らく彼だけは無関係な市民を攻撃する確信があった。不要な犠牲は停戦交渉の妨げになると、危険を承知で。だが、それでも十二分な成果を発揮してしまった。

 技術だけが発展する危険性は重々承知しているつもりだった。技術と精神は共に発展すべきで、無理ならば正しく導く者が必要だった。だというのに使う側の意志が弱かった。そして、資格のない者が先導してしまった。私が、私ならば導けると己惚れた。

 結果が今の有様だ。確固足る意志と目的を持つ清雅源蔵と己の欲望のままに突き進むアラハバキ。対照的な両者は、己の目的の為に戦争を利用、正当化する点でのみ一致している。両者が止まらねば戦いは止まらない。だが、止める術がない。

 カグツチの淡い光が各戦場に発生し始めた。舞い散る光は戦う者達を優しく照らす。しかし、戦場に立つ者、逃げ惑う者、見守る者、その全てが進む未来は対照的に闇の中へと落ち行く。

 死の世界――黄泉から足音が静かに響き渡る。音もなく忍び寄る死が、必死で抵抗する者達のすぐ後ろまで来ている。もうすぐ全てが終わる。私には、そんな気がしてならなかった。
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