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第11章 希望を手に 絶望を超える
120話 願い 叶わず
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艦橋での戦いはクシナダの勝利で幕を閉じた。少女は艦橋を制圧出来ず、流血し、息も絶え絶えの白川水希を後目にすぐさま出口へと向かったが――
「まだ、よ」
背後からの声に反射的に足を止め、振り向いた。不気味で冷たい声が、少女の背筋をヒヤリとなぞる。白川水希は諦めていない。強気に出る理由は、彼女も同じく切り札を切っていないから。察したクシナダが睨むその先に、仄かに青みがかる白川水希が映る。携帯端末を操作、青白い光が白川水希の傷ついた右手に集まり、マジンを操作する携帯端末諸共に右腕を飲み込んだ。
龍はその姿を維持出来ず完全に消失した。が、構成していたナノマシンは未だ健在。大量のナノマシンを取り込んだ右手が変異する。か細かった腕は青みを増しながら地面にダラリとつく程に長く伸び、不自然に二つに裂け、最終的には小さな龍の頭部へと変異した。例えるならば、腕と一体化した巨大な鞭と表現するのが一番近い。
「コイツ……正気なの!?」
「死は、覚悟している!!」
右腕をしならせ、振り回す白川水希。伸縮自在の龍は5メートル、10メートルと伸び続け、何かに触れるや凄まじい衝撃で破壊した。艦橋のそこかしこから上がる悲鳴と叫び声。床が、壁が、机と椅子が、青白く輝く右腕に触れる度に抉られ、破壊され、吸収され、取り込まれる。腕は周辺の物質を取り込みながらクシナダ目掛けて何処までも伸び続け、先端にある顎は少女を噛み砕こうと大きく口を開ける。
威力は先程までの龍とは桁違い。広大な艦橋を追いかける青白い腕は尚も抉り、貫き、破壊し、肥大化しながら標的を追い詰める。しかも追い付けないと分かるや一旦霧散消滅し、クシナダの死角から再び実体化して襲い掛かる。挙句、無数の分身を生成、幻惑まで行いだした。
音速を超えてしなる腕と、マジンが造り出した偽物の腕による連携。偽物の攻撃力は当然ゼロ。が、分身の正体はマジンで作り出した精巧な偽物。触れたら最後、浸食される。しかも、傍目には見分けなど全くつかない。
凄まじい数の偽物と、その中に紛れる本物。何れも触れたら最後となる右腕による飽和攻撃。僅か前までは整然と保たれていた艦橋上層部分はマジンの能力を解放した白川水希の全力により廃墟さながらの有様へと変貌した。
クシナダの顔に焦りが浮かぶ。無力な分身は防壁で容易く防御可能。但し、その中に紛れる本物は防壁を貫通する威力。苛烈な攻撃と異常な浸食能力は分離していた時とは比較にならない。直撃は即、死亡。
「それが切り札ですね?」
「はッ!?」
不意打ちに近い言葉に白川水希の肩が僅かに震えた。直後、白川水希の周囲の空間が歪む。瞬きする間もない一瞬の違和感に彼女は気付き、動く。が、時既に遅く。彼女がマジンを分解した瞬間を神は見逃さなかった。白川水希は見逃していた、クシナダに意識を向ける余り神への注意を怠っていた。
「防壁ッ、まだ使えたの!?」
「はい。展開した防壁は端末から発する指示を遮る様に調整済み、貴女の負けです」
白川水希の行動が遅かった訳ではない。能力を落としたとはいえ神が相手では分が悪すぎた。言葉は正しく、防壁に閉じ込められた直後、彼女の操るマジンの右腕はその形を維持出来なくなり消失、霧の様に霧散し、艦橋の床を青く染めた。
しかし、それでも諦めない。血が滴る右手は相変わらず青白いまま、携帯も握りしめ続けている。まだマジンを起動し続けている。命を蝕むと知りながらも、その先に死が待っていると知りながらも、それでも彼女は戦いの手を止めない。
勝敗は決した。艦橋のオペレーター達は神の言葉と防壁に閉じ込められた地球人という状況に安堵の声を漏らし、またそれまで緊張しっぱなしだった表情を緩めた。が――
ドン
意識外からの衝撃に、表情が恐怖にひきつった。閉じ込められた防壁が軋む音が聞こえた。一度だけではなく、何度も。
防壁でも中和しきれない僅かな衝撃で空気が震える度に、オペレーター達は恐怖で顔を歪めた。攻撃の度にスサノヲに付けられた傷口が開き、血が滴り落ちながら、苦痛に顔を歪めながら、それでも白川水希は旗艦の神目掛けて攻撃を行い続ける。
神を真っ直ぐに睨む目に、諦める事が出来ない本心が抑えきれず噴出する。しかし、抵抗も空しく白川水希は終ぞ防壁の中から出られなかった。予想以上の疲弊とスサノヲから受けた傷が原因だ。
「もう、いーい加減諦めてよ!!」
反対側から叫び声がした。誰もが声の主を見た。クシナダ。精鋭スサノヲに入隊を許された少女は、命を投げ捨て抵抗を続ける白川水希の行動を暗に批判する。
真意は当人以外には分からない。ただ、少女が浮かべた苦々しい顔は無駄に死んで欲しくないといった印象をその場の全員に与えた。白川水希は同情に等しい視線に気付くと抵抗を止め、防壁の向こうから抵抗の理由を語る。
「欲しい物、簡単に諦められられるんですか?最初は、最初は復讐の為だった。その男に近づき、全てを奪う。だが、出来ないと知った。一人では無力だと。私は私の望むモノを手に入れられないと、願いが叶えられないと知った。この世界に私の願いはないと思い知らされた。だけど、彼もそうだった」
誰もが白川水希の独白に聞き入る。彼――とは清雅源蔵だろう。誰ともなく、艦橋の巨大ディスプレイに映る男へと視線を向けた。
「この世の全てを独占出来る男は、その実この世で一番欲しい物を手に入れる事が出来ないと知った。ツクヨミは決して彼に微笑まなかった。最初は高揚感を覚えた。天罰と思った。だけど、暫くもすると奇妙な親近感に変わっていた。後は、覚えていない。気が付けば私は彼の為に生きるようになっていた。安っぽい、バカな女と笑われるだろうけど、それでも私は……彼を……彼を?……グッ!?」
今まで誰にも告白する事のなかった胸の内を晒した白川水希は、全てを語り終えるや途端に苦しみ、右腕を押さえ始めた。マジンの稼働時間が長すぎた影響か。切り札を失い、戦う力さえ残っていない彼女にこれ以上の行動を取ることは出来ず、神が防壁を解除しない限りもう何の手出しも出来ない。
艦橋での戦いもようやく終わりを告げた――と、誰もが思っていた。疑うことなく。安堵し、油断した。ただ一人を除いて。
「まだ、よ」
背後からの声に反射的に足を止め、振り向いた。不気味で冷たい声が、少女の背筋をヒヤリとなぞる。白川水希は諦めていない。強気に出る理由は、彼女も同じく切り札を切っていないから。察したクシナダが睨むその先に、仄かに青みがかる白川水希が映る。携帯端末を操作、青白い光が白川水希の傷ついた右手に集まり、マジンを操作する携帯端末諸共に右腕を飲み込んだ。
龍はその姿を維持出来ず完全に消失した。が、構成していたナノマシンは未だ健在。大量のナノマシンを取り込んだ右手が変異する。か細かった腕は青みを増しながら地面にダラリとつく程に長く伸び、不自然に二つに裂け、最終的には小さな龍の頭部へと変異した。例えるならば、腕と一体化した巨大な鞭と表現するのが一番近い。
「コイツ……正気なの!?」
「死は、覚悟している!!」
右腕をしならせ、振り回す白川水希。伸縮自在の龍は5メートル、10メートルと伸び続け、何かに触れるや凄まじい衝撃で破壊した。艦橋のそこかしこから上がる悲鳴と叫び声。床が、壁が、机と椅子が、青白く輝く右腕に触れる度に抉られ、破壊され、吸収され、取り込まれる。腕は周辺の物質を取り込みながらクシナダ目掛けて何処までも伸び続け、先端にある顎は少女を噛み砕こうと大きく口を開ける。
威力は先程までの龍とは桁違い。広大な艦橋を追いかける青白い腕は尚も抉り、貫き、破壊し、肥大化しながら標的を追い詰める。しかも追い付けないと分かるや一旦霧散消滅し、クシナダの死角から再び実体化して襲い掛かる。挙句、無数の分身を生成、幻惑まで行いだした。
音速を超えてしなる腕と、マジンが造り出した偽物の腕による連携。偽物の攻撃力は当然ゼロ。が、分身の正体はマジンで作り出した精巧な偽物。触れたら最後、浸食される。しかも、傍目には見分けなど全くつかない。
凄まじい数の偽物と、その中に紛れる本物。何れも触れたら最後となる右腕による飽和攻撃。僅か前までは整然と保たれていた艦橋上層部分はマジンの能力を解放した白川水希の全力により廃墟さながらの有様へと変貌した。
クシナダの顔に焦りが浮かぶ。無力な分身は防壁で容易く防御可能。但し、その中に紛れる本物は防壁を貫通する威力。苛烈な攻撃と異常な浸食能力は分離していた時とは比較にならない。直撃は即、死亡。
「それが切り札ですね?」
「はッ!?」
不意打ちに近い言葉に白川水希の肩が僅かに震えた。直後、白川水希の周囲の空間が歪む。瞬きする間もない一瞬の違和感に彼女は気付き、動く。が、時既に遅く。彼女がマジンを分解した瞬間を神は見逃さなかった。白川水希は見逃していた、クシナダに意識を向ける余り神への注意を怠っていた。
「防壁ッ、まだ使えたの!?」
「はい。展開した防壁は端末から発する指示を遮る様に調整済み、貴女の負けです」
白川水希の行動が遅かった訳ではない。能力を落としたとはいえ神が相手では分が悪すぎた。言葉は正しく、防壁に閉じ込められた直後、彼女の操るマジンの右腕はその形を維持出来なくなり消失、霧の様に霧散し、艦橋の床を青く染めた。
しかし、それでも諦めない。血が滴る右手は相変わらず青白いまま、携帯も握りしめ続けている。まだマジンを起動し続けている。命を蝕むと知りながらも、その先に死が待っていると知りながらも、それでも彼女は戦いの手を止めない。
勝敗は決した。艦橋のオペレーター達は神の言葉と防壁に閉じ込められた地球人という状況に安堵の声を漏らし、またそれまで緊張しっぱなしだった表情を緩めた。が――
ドン
意識外からの衝撃に、表情が恐怖にひきつった。閉じ込められた防壁が軋む音が聞こえた。一度だけではなく、何度も。
防壁でも中和しきれない僅かな衝撃で空気が震える度に、オペレーター達は恐怖で顔を歪めた。攻撃の度にスサノヲに付けられた傷口が開き、血が滴り落ちながら、苦痛に顔を歪めながら、それでも白川水希は旗艦の神目掛けて攻撃を行い続ける。
神を真っ直ぐに睨む目に、諦める事が出来ない本心が抑えきれず噴出する。しかし、抵抗も空しく白川水希は終ぞ防壁の中から出られなかった。予想以上の疲弊とスサノヲから受けた傷が原因だ。
「もう、いーい加減諦めてよ!!」
反対側から叫び声がした。誰もが声の主を見た。クシナダ。精鋭スサノヲに入隊を許された少女は、命を投げ捨て抵抗を続ける白川水希の行動を暗に批判する。
真意は当人以外には分からない。ただ、少女が浮かべた苦々しい顔は無駄に死んで欲しくないといった印象をその場の全員に与えた。白川水希は同情に等しい視線に気付くと抵抗を止め、防壁の向こうから抵抗の理由を語る。
「欲しい物、簡単に諦められられるんですか?最初は、最初は復讐の為だった。その男に近づき、全てを奪う。だが、出来ないと知った。一人では無力だと。私は私の望むモノを手に入れられないと、願いが叶えられないと知った。この世界に私の願いはないと思い知らされた。だけど、彼もそうだった」
誰もが白川水希の独白に聞き入る。彼――とは清雅源蔵だろう。誰ともなく、艦橋の巨大ディスプレイに映る男へと視線を向けた。
「この世の全てを独占出来る男は、その実この世で一番欲しい物を手に入れる事が出来ないと知った。ツクヨミは決して彼に微笑まなかった。最初は高揚感を覚えた。天罰と思った。だけど、暫くもすると奇妙な親近感に変わっていた。後は、覚えていない。気が付けば私は彼の為に生きるようになっていた。安っぽい、バカな女と笑われるだろうけど、それでも私は……彼を……彼を?……グッ!?」
今まで誰にも告白する事のなかった胸の内を晒した白川水希は、全てを語り終えるや途端に苦しみ、右腕を押さえ始めた。マジンの稼働時間が長すぎた影響か。切り札を失い、戦う力さえ残っていない彼女にこれ以上の行動を取ることは出来ず、神が防壁を解除しない限りもう何の手出しも出来ない。
艦橋での戦いもようやく終わりを告げた――と、誰もが思っていた。疑うことなく。安堵し、油断した。ただ一人を除いて。
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