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第1章 日常 夢現(ゆめうつつ)

13話 伊佐凪竜一の日常 其の4 連合標準時刻:火の節 2日目 アメノトリフネ第5番艦

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「じゃあ、行くぜェ!!」

 タガミはそう叫ぶと全員の視界から姿を消し、次の瞬間には伊佐凪竜一の側面に移動すると淡い輝きを放つ大太刀を振り下ろしていた。一般的な人類の目では追いきれない速度からの一撃。が、その刃は伊佐凪竜一に届かなかった。

「は?」

 その光景を見た反応は大きく3つに分かれた。タガミの様に驚くか……
 
「何と……」

 あるいはスクナの様に冷静に状況を見守るか……

「え?え?何?何が起きたの?」

 もしくはニニギの様に何が起こったか分からず狼狽えるかの何れかだ。しかしその中で一番多かったのはタガミと同じ反応。誰もが驚いたその理由は伊佐凪竜一の持つ刀がタガミの持つ大太刀以上に輝いていた為。タガミが行動を起こす直前、彼の周囲を漂うカグツチが凄まじい勢いで集まると瞬く間に刀身へと吸い込まれた。、直後、淡い輝きを放つ大太刀と光り輝く刀が激突、周囲を震わせる程の凄まじい衝撃を生み出した。

「ハァ?おい、言霊どうした!!」

 桁違いの衝撃の中、タガミは驚き叫んだ。が、驚く間もなく更なる変化が起きる。拮抗する二つの刀の間に引き寄せられ、さながら銀河の様に渦を巻く粒子はその中心で鍔迫り合いを繰り広げる刀の片方に集まり、やがてソレを砕いた。後に残ったのはカグツチで構成された光の刃。

「オイオイオイ、ちょい待ちちょい待ちィ!!」

 伊佐凪竜一の意志に共鳴したカグツチが生み出した光の刃を見たタガミは流石に危険と感じたのか落ち着けと諭すが、戦いに集中する伊佐凪竜一の耳に届かない。彼はそのまま刃を振り下ろしたが……

「そこまで。皆ご苦労だった。いったん休憩にしよう」

 両者の間に割って入ったスクナが光の刃ソレを容易く止めた。伊佐凪竜一の攻撃がタガミに振り下ろされることは無かった。

※※※

 スクナの指示により昇格試験は後日改めての再開となった。今日この日の為に集まった大勢の内、大半が伊佐凪竜一という人物を正しく評価出来ていなかったが故に全力のパフォーマンスを見せることが出来ないと判断したからだ。勿論、そんな有様では実戦では通用しないし、ソレが全知的生命体の敵であるマガツヒとの戦闘を主とするスサノヲならば尚の事。

 だが、伊佐凪竜一の戦闘能力が群を抜いて高いと判明したこともまた事実。現に彼はタガミが行使した言霊を見様見真似で再現して見せたのだから。流石にまだ制御方法も教えていない言霊を使われては最悪人死にが出てしまう、スクナの説明にはそんな理由も含まれている。今はとにかくあらゆる場面において時間が無く、またそういった事情からこの試験が彼の特訓を兼ねていたからでもあるが、スサノヲを増員する試験で人を死なせてしまってはただ消耗してしまうだけ。故に中断は賢明な判断だ。

「いや、訓練だからさ。つい頑張っちゃって」
 
「オイオイオイ。幾らタフな俺でも流石に怪我しちまうよ。もうちょい加減してくれよ」
 
「すまん」

 試験の一時中断を受けると、時間の余ったタガミと伊佐凪竜一は仲良く談笑始めた。2人の様子、特にタガミを見れば先ほどまでの危険な状況などどこ吹く風といった様子であり、流石に暫定とは言えスサノヲになっただけあると納得せざるを得ない。

 一方、今回の試験参加者全員はその様子を遠巻きに眺める。己の不甲斐なさと英雄の実力を過小評価したという2点はどう考えてもスサノヲに不適格であり、一時中断により辛うじて首の皮一枚繋がった程度。だからそんな状況とは無縁に振る舞うタガミと伊佐凪竜一に羨望の視線を向ける。

「いやいやいや。いいよ俺は全く微塵もこれぽっちも気にしてねぇよ。だから今度奢って痛てェよ誰だよ!!」

「やかましい」

 羨望の視線は更に強くなった。伊佐凪竜一とタガミの元に更に2人が合流したからだ。1人はタガミの脇腹を小突いたスクナ。本人は頑なに否定するが連合最強と専ら噂の老兵。今現在は各方面との折衝役の為にその実力を拝む機会は今の今まで無かったわけだが、たった一度……伊佐凪竜一の攻撃を容易く止めたという光景は、ソレを目の当たりにした試験参加者の心に強く焼き付き、程なく憧れや敬意へと昇華した。

「そうよ、彼は私と一緒に食事行くんだから。ネ?」

 2人目。タガミと同じく伊佐凪竜一に臆することなく話しかけるのは伊佐凪竜一の隣に立ったクシナダ。現役のスサノヲにして若干17歳で第3部隊隊長に抜擢された才媛の姿を見た一部参加者、具体的には男連中は感嘆の声を漏らした。それはスサノヲという危険な職に就いているとは思えない可愛らしい顔立ちが一部の心を盛大に鷲掴みしたからなのだが、しかし経歴に違わぬ高い実力に偽りは無い。現にタガミを含む試験参加者達と彼女との間で行われた模擬訓練において、彼女は当たり前の様に全戦全勝するどころか掠り傷の1つさえ負わなかった。

 そんな彼女は年齢や立ち位置などの共通項が多いという理由により、幸か不幸かもう一人の英雄ルミナと比較されてしまうのだが、しかしそんな様子など全く見せず今日も今日とて元気に伊佐凪竜一を引っ張りまわそうと画策しているようだ。
 
「お前もなぁ。マガツヒに動きが無くて暇だからいいものの……」

「えー?良いでしょ。だってそう約束したんだし。ソウヨネ?ナギ君?」

 上司からの苦言を難なくあしらった少女はそう言うや伊佐凪竜一の目の前に立ち、そして上目遣いで彼を見上げた。が、その目は酷く鋭い。"勿論、断らないよね?"、彼女の眼差しはそんな圧を掛けている……様に見えた。

「記憶は無いんですけど、確かそうだった様な気がしてきました」

 一方、その目つきに何か思うところがあった伊佐凪竜一は簡単に折れた。英雄など形無しとばかりの態度を見ればタガミもスクナも少々呆れがちに見つめるが、一方でそれ以上の追及はしない。

 彼女もタガミと同じく伊佐凪竜一のメンタルケアを担当しており、特に彼女は色々な理由を付けては旗艦内を連れまわしている。タガミは主に奢らせるという理由で食事に連れ出す事が多かった一方、彼女は主に気分転換を兼ねた遊戯施設やら風光明媚な景色を見せに行っていたのだが、ソレは相応に成果を上げているのか伊佐凪竜一もなんだかんだで彼女の気遣いには感謝していると語ってたのを知っていたからだ。だから当人もクシナダの申し出を無下に出来なかったという訳だ。

 また、もう1つ理由がある。地球生まれの伊佐凪竜一を旗艦アマテラスで保護するのは単に英雄というからではなく、来るべき戦いに備える為でもあり、だからこそ地球という環境ではなくスサノヲが滞在するこの場所の方が都合が良かった。しかしソレは本人の都合を無視した取り決めであり、故に心的な負荷の除去ないし低減は最重要の議題。

 スクナは良く理解している。ここで2人の自由行動を制止すれば、その後に待つのは医療機関から苦言を呈される羽目になると分かっているからこそ、それ以上を何も言わない。
 
「じゃあ行きましょ?今日は第64区域ネ」

「64?って何があるの?」

「ソコに一部惑星で行われるレースの予選コースがあるのよ。しかも平原や山中を踏破するかなーり長いヤツ。ホラ?前に車の運転したいって言ってたじゃない?」

「あぁ、そういえばポロっと言ってたっけ」

「そうそう。ここ最近の情勢もあって余り整備されてないけど、でも走る分には問題ない筈よ。じゃ、行こっか?」

 そう言うとクシナダは伊佐凪竜一の腕を引っ張る様に試験会場から姿を消してしまった。後に残るのは羨望の視線と、そして……

「まぁ良いけどよォ。でも俺達の気持ちも少しは考えてほしいよなァ、爺さん?」

「全く。少しは考えて……いや、考えているからか?」

「つまり?」

「若いからな。自由恋愛への憧れもあるんじゃないだろうか?しかしなぁ……」

 タガミとスクナは楽しそうなクシナダの背中を少しばかり忌々しいそうに見つめる。両者がそうする理由は明確で、2人が仲良く旗艦内をウロチョロしていれば嫌でも目立つからであり、要は報道機関の格好の餌食となっているからだ。それが戦争を止めた英雄とスサノヲの若く美しい才媛となれば尚の事であり、要は忍んでいないデートと世間で報道されている。

「仕事ではあるんだけどよォ、隠すのも限界だぜ?」

 タガミがそうボヤくのも必然。伊佐凪竜一の体調を殊更に心配する人物は相当に多い。それは彼の医療担当もそうだが、目下最大の懸念はもう一人の英雄ルミナ。彼女は特に未だ戻らない記憶に執心している節があるのだが、当の本人が女と楽しそうに遊んでいるとなればどんな反応を返すか戦々恐々としているというのがタガミとスクナの正しい心境のようだ。

「なる様にしかならんさ。人と人の関係はな。まぁ、成り行きに任せてみても良いかも知れんな」

「適当だなァ、爺さんは」
 
 日常を謳歌する伊佐凪竜一とオマケのクシナダを見送る2人の背中には、何とも言い難い哀愁が漂っていた。
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