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第2章 日常の終わり 大乱の始まり

25話 終わりの始まり 其の9  連合標準時刻:木の節 70日目

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 ――第2居住区域

 ルミナがその場所へと転移した頃には、既に黄泉の現出と思える様な悍ましく、凄惨で、無慈悲な光景が広がっていた。山県令子が逃走経路とした場所にいた人間は1人残らず操られ、互いを攻撃している。

 殴り、蹴り、噛みつき、引っ掻き、頭突き……年齢性別の区別無く原始的な攻撃を行う人の群れは一様に赤く染まっており、さながら悪鬼、餓鬼、亡者に見え、だからこそ誰もがココは死者の国ではないかと錯覚する。更に周辺には大量の血しぶきで作られた赤い花が咲き、その周囲にはまるで花に栄養を奪われた搾りかすの如く倒れたまま動かない幾つもの人が転がる。

 そんな絶望の中にある唯一の幸運は小さな子供が居ない平日の昼下がりである事位だが、それも少女が居住区域を離れ教育機関が立ち並ぶ第12居住区域へと向かえばご破算となる。そして不幸な事にそれはこの第2居住区域に隣接している。操られ、互いを攻撃し合う人の群れを辿りながら山県令子を追跡するルミナはその事実を事前にヒルメから教えられており、だからこそ必死で追撃する。

 またソレは彼女以外の全員も同じだが、広大な区域を逃げ回るたった1人を探すのは困難を極める。艦橋は勿論、スサノヲもヤタガラスもあらゆる手段を用いて山県令子を追跡するが、少女は操った市民を巧みに使い逃げおおせる。ある時は派手に暴れる事で監視を集中させ、ある時は監視カメラを破壊し、ある時は大勢を壁にして隠れながら等々、あらゆる手段を用いた。

 不自然だと、誰もがそう結論した。旗艦の内情を知っている……まるで勝手知ったる故郷の様に逃げる少女の姿は余りにも不自然。だが最も不自然なのは山県令子の行動。少女は逃げる事だけに腐心し続けた。死を覚悟して、刺し違えてでも殺す決意を白無垢と死後婚という形で表現したのに、だが現実の少女はただ逃げ続けるばかりで何らの行動もとらない。

 しかしその行動はルミナと旗艦アマテラスを苦境に追い込み続ける。山県令子が逃げ続ける限り被害は拡大し続ける。

「がァァァぁァアアアアアアああッ!!」

 まるで獣の様な咆哮にルミナの足が止まった。操られた市民の1人と偶然目を合わせた彼女が見たのは、山県令子により異常な精神状態へと変貌した市民の1人。その足元には血まみれとなり動かなくなった市民の姿が確認出来る。ルミナは察した。恐らく次の標的は自分なのだろうと……彼女は舌打ちをすると急いでその場を後にするが、その直後にその動きは止まった。ソレ等は彼女の姿を視認しているにも関わらず、その存在をまるで無視するかのように別の誰かを狙い始めた。

 周囲では声にならない叫び声が幾つも木霊し、互いが互いを攻撃する光景が視界一杯に広がる。しかし1ルミナ=AZ1という格好の標的を視認しながら一様に無視した。彼女に攻撃したところで軽くあしらわれるか無力化されるだけだし、何よりも……ナノマシン機能を不活性化させるナノマシンの存在だ。

 元清雅社員から提供されたデータを元に対山県令子用の特製ナノマシンは、元を辿ればバグにより暴走したナノマシンの駆除用に調整された技術を応用した物。かなり際どいタイミングではあったがギリギリ実用化に間に合ったそうで、もし少女が何がしかの行動を起こした場合に集中散布する事で被害の拡大を防ぐ態勢も出来上がっていた。なのに、あの少女はどんな手段を用いてか不明だが超広範囲に拡散した挙句にルミナを攻撃しない様に指示まで出している。

 ルミナの顔色が苦悶に歪んだ。山県令子という少女は恐ろしい程に冷酷で冷静だと理解したからだろう。非力な少女は己の力を最大限に有効活用し英雄を追い詰める……その為にどれだけが犠牲になろうが何の躊躇いも無く、淡々と冷酷に実行する。

 恐ろしい。私はこの年若い少女が心底恐ろしくなった。アレはかつての清雅源蔵という男以上に歪んでいると、そう感じた。清雅源蔵……500年前に地球に逃がされた当時のカガセオ連合が誇る最新鋭の女性型式守を地球の神という歪んだ役割から解放する為に旗艦アマテラスが仕掛けた戦いを利用し、その末に敗死した男。

 私はこの少女と清雅源蔵という男が重なって見えた。そしてそれはこの事態を遠目から見守る全員が同じであっただろうと推測する。理解を拒み、自らの内に作り出した幻想に縋りついた男と、死んだ男の幻想に縛られた女。よく似た両者は戦火を広げながら目的の成就を果たそうと命を捨てる覚悟で臨んでいるが、清雅源蔵よりも残虐な選択を躊躇いなく実行する分だけ山県令子の方が厄介極まりない。

 清雅源蔵という男は、歪みこそすれ地球の神=ツクヨミの為に行動していたが、少女の思い人は既に死んでいる。何を語りかけようが何も語らない死人への思慕は、程なく自分の都合の良い様に解釈をし続け、歪み、その果てに暴走する。

 が、殊更に厄介なのはこの少女の異様なまでの冷静さ。ソレはこの暴動に幾つもの意味がある事からも明白。一番は旗艦アマテラスへの打撃、その次にルミナと伊佐凪竜一への精神的な攻撃、最後にヤタガラスとスサノヲを釘付けにする目的も兼ねている。

 事実、彼らの多くはこの事態への対処の為に後方で釘付けされている。もし操られた市民達が他の区域へと一斉に移動する事態が発生した場合に備えているからだ。全てはたった1人の少女のいい様に動かされている。

 その山県令子の逃走経路を辿れば、最も人通りが多い第3居住区域との境目を目指す事がわかった。そこは第2居住区域から少しばかり低地に造られた居住区域。元々第1から第10区域は連合各惑星の主要大都市を模して造られた居住専用の区域であり、大小様々な企業に働く社員達の住居が軒を連ねる為に他区域と比較しても人の数は多い。

 続く第11から30までの区域は教育と各専門分野への研究、及び労働訓練を目的とした総合教育施設群が立ち並び、区分け上では居住区域と隣接しているものの人の数は其処まで多くはない。31以降は人も住めるが主に連合各惑星の風光明媚な観光地域を再現した区域、及び旗艦の主要産業である農業と工業を含む大多数の企業の工場が立ち並ぶ区域であり、先の30までの区域よりも更に人は少なくなる。

 山県令子はそうやって合計100に区切られた居住区域の内、取り分け人が多い第3居住区域を目指した。理由は言わずもがな、最大効率を狙ってのことだ。

 各区域への直接的な移動には簡素ながら手続きが必要となる他(※遠く離れた各区域間の移動には短距離の空間転移が可能なハイドリを用いるが、隣接する区域などそこまで離れてない場合は自動運転が主に使用される)、簡単に移動できない様な仕切りも存在している。しかし、ここまで入念に計画を練る位だから恐らく機能していないだろう。

 山県令子を追跡するルミナは、居住区域全域に広がる光景に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも駆け抜ける。周囲に倒れる夥しい数の負傷者は生きてはこそいるが誰もが虫の息と言った様子であり、起きている者は次の標的を探して回るという絶望的な光景を見続ければ誰でもそんな顔色に変わってしまうのは仕方のない話だ。

 彼女は目の前の行動を止めたい衝動を抑えながらも走る事を止めない。自らの身に危険が及ぶからでは無い危険なのは我が身を顧みず諦める事無く暴れまわる市民側であり、彼らの最後に待つのはいずれ力尽きて死ぬと言う事実があるからだ。止めなければ彼らは死ぬ、そして一々止めている余裕は無い。

「ヒルメ、聞こえるか?此処まで大規模に操るには通常の手段では無理だ」

 想像した通り、いやそれ以上の回答だ。ルミナは後方に広がる不気味で残酷な光景に気圧されてはおらず、寧ろこの状況を冷静に判断している。

 確かに彼女の言葉を元にコレまでの光景と山県令子の能力を照らし合わせれば違和感を覚える。他者の思考を制御不能にするその能力は、山県令子が振るう刃から零れ落ちるナノマシンを吸収した者に限られる。だからその光景は少女が逃げたほんの一部でしか起こらないが、現実の暴動は超広範囲に渡っている。風に乗って広まったにしては余りにも不自然だ。何処かの空調設備を汚染し、ソコからばら撒いてると考えれば

「既に予測している、空調設備にスサノヲを向かわせた。もう1つ、残念な知らせがある。白川水希から提供された情報を元にした解毒薬は大した効力を発揮しない」
 
「どうして?」
 
「ナノマシンの性能は飛躍的に向上していたものの、それでも効果は確認された。だが犠牲者の数が余りにも多すぎる。操られた市民の数は数千から万単位、出鱈目過ぎる。想定される犠牲者の数はかつての戦争の比では無い上に纏まる気配が全く無い。現在量産を急がせているが……何としても止めてくれ、君が望まない手段……いや、すまない」
 
「それは最後の手段だ、必ず止める」
 
「承知した、それから今助っ人をそちらに向かわせた」
 
「助っ人?」

 この状況下で助っ人が来る。ヒルメの言葉に疑問を抱くルミナだが、その次の瞬間に灰色の光の中から爆音と共に現れたバイクに驚いた。ソコに乗っていたのは……
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