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第2章 日常の終わり 大乱の始まり

24話 終わりの始まり 其の8  連合標準時刻:木の節 70日目

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 それまでの空気を破る突如の異変は更に異様な光景に変わった。ソレまで誰がどれだけ捜索しても見つからなかった少女がビルの屋上に佇む光景に幾つもの人影が集まり始めた。少女の前に集まってきたのは身形や装備から年齢性別の違いはあれども全員がヤタガラスか、あるいはビルの警備員だった。

「オイ待てッ、どうなっている!!」

「ちょっと誰が指示出したの?」
 
「いや指示にしては早すぎるッ」

 関宗太郎、白川水希、ルミナの3人は同じ違和感を覚えた。ソコに集まった面々は明らかに、不自然な程度に早かったからだ。幾ら治安維持が名目と言えども旗艦では見慣れない衣装を身に着けているというだけで取り締る訳が無いし、それがビルの屋上という極めて目立たない場所ならば尚の事。

 誰もが何かがあると感じ取った予感は正しく、久那麗華はその光景を見ると邪悪な笑みを浮かべながら手に持った刀を鞘から引き抜いた。半分に折れたドス黒い刀身が露になると、ソレは少女の細腕により刃が宙を舞い、その軌跡にキラキラと光る粒子が残る。たったそれだけで少女は周囲のヤタガラス達を行動不能してしまった。ダラリと膝を折り動かないその様子はまるで久那麗華にかしずいている様に見えた。

『聞こえるか、いや聞こえているな?聞けッ!!私の名前は……』

 少女はそう呟くと合図を出した。その先は……予想していた以上に凄惨だった、操られた全員が互いに争い始めた。正気を失った者同士が武器を捨て殴り合う悪夢のような光景を見た誰もが最悪の事態に顔を引きつらせる。が、事態は止まる事なく悪化する。その行為は正気を失っている為に容易くエスカレートした。死者が出るのは時間の問題、止めねば凄まじい数の犠牲を生む。全ては久那麗華という少女の仕業だ。

「なんだあの服は?表も裏も真っ白な……何か意味があるのか、それとも自らを囮にでもするつもりなのか?」

 目の前の悍ましい光景もそうだが、ルミナを含む大勢には少女の着る衣装が何であるか理解できないでいた。正気ではないが、何らかの意図で姿を見せたのならばあの衣装にも意味がある筈。ルミナは少女の真意を探ろうと必死に考えを巡らせるが、しかし文化文明の違いを一朝一夕で乗り越えるのは不可能に近い。

「貴女は日本の文化には疎いだろうから無理は無い。アレは……恐らく死装束のつもりだ。断定は出来ねぇが恐らく死に物狂いでお前さん達に一矢報いるつもりだ」

 故に関宗太郎は彼女に助け船を出した。並々ならぬ覚悟で一矢を報いるという歪んだ決意の表明だと、そう語った。だが……

「そうか、死ぬつもりなのか……ならば止めなければ。彼女もあの戦いの犠牲者なのだから」

『私の名は山県令子』

 少女の言葉を聞いた全員が大きく動揺した。理由は単純明快、周知された情報と食い違っていたからだ。しかし言ってみれば名前が違うだけで、何の意味も無い。そう誰もが思っていた、大半がその意味を理解出来なかった。だがそれに唯一気付く者がいた。

「その名前……ならアレはやはり白無垢なのね」
 
「白無垢ってオイオイ!!それに名字なった男は死んだってオイ、まさか!!」
 
「死後婚。あの子、そう……覚悟を決めたのね」

 "久那麗華"は"山県令子"と名乗った。白川水希と関宗太郎はこの事実から少女が出した結論に到達、2人して合点がいったと納得するが、しかし外野は相変わらず理解できていない。地球の因習や慣習と言った文化はある程度周知されているが、流石に一地方のデータにすら載っていない因習ならば知らずとも致し方ない。

「勝手に納得していないで私達にも教えて貰えると助かるのだが」

 その意見は当然だ。ルミナが白川水希に説明を求めると、映像に映る白川水希は少女の田舎に伝わる忌まわしい因習を淡々とした口調で語り始めた。

「死者と婚姻を結ばせるというその因習は、元々は未婚のまま死んだ者に"仮の"配偶者を充てがう事で安らかな死と死後の世界での幸福を祈るという意味が込められていた。あの子の生まれた地方にもそう言う類の因習があるのだけど、"実在する生者を配偶者に選んではいけない"決まりがあったと聞いている。禁忌とされた理由は死者が配偶者を迎えに来ると言い伝えられていたから。だから死者と婚姻を結ぶのは神主や僧が自らの力を込めて作った人の形をした何かと決まっている。だけどあの子は自らを山県大地……あの戦いの最中に死んだ思い人の妻とした。あの子は死ぬつもりです」

「つまり……何も変わらないじゃないか?何が違うんだ?」

 白川水希の答えにルミナは懐疑的だった。それはそうだ、結論が同じなのだから。しかし映像の向こうで青ざめる白川水希は言葉を続ける。
 
「死ぬつもり。その答えは正しいけど間違っている、覚悟が違う。死者が迎えに来るのは婚姻の直後。ならばあの子は今日この日この瞬間より先を見ていない。恐らく伊佐凪竜一か、もしくは貴女と刺し違えるつもりです。殺して、最愛の人に迎えに来てもらう。あの子の心はソレに黒く塗り潰されている」

 恐ろしくも奇妙な異星の風習を聞いた全員は黙ってしまった。まだ年若い少女がたった一人の為に命を投げ捨てる覚悟を決めたという事実はそれ程に衝撃的で、自由に恋愛するという文化が衰退した世界で生きるアマツミカボシの価値観と淡々とした白川水希の口調と相まって、大勢の心に恐怖を植え付けた。
 
 誰もが黙るしかない。先程までルミナと白川水希の間を茶化していた連中も一様に黙り、白無垢という服を身に纏う少女を呆然と見つめる。アレも愛情の形の1つなのだろうが、その覚悟が余りにも強烈すぎる。凡そ旗艦ココにいては理解どころか知る事すら出来なかった事実はその場の全員から思考する力を奪った。

 それは恋愛に浮かれていた者ほど酷かった。誰もが自由恋愛に浮ついていた、愛情とは素晴らしく尊く美しく儚く最も価値があり、そして強い感情だと思い込んでいた。だがそれは一歩でも外れるとああなってしまう、呪いと憎しみの果てに死すら厭わない怪物に変えてしまうと知ってしまった。

『私から大切な人を奪ったあの男が守る全てを壊す!!お前等はその次だッ!!』

 そう叫んだ少女は完全に歪んでいた。整った顔にほんのりと乗った化粧に純白の衣装とは正反対にどす黒く歪んだ意志を見れば、内面は外面に現れるという一説は誤りだと誰もが感じる。

 次の瞬間、少女は逃げ出した。時間稼ぎをながら同時に被害を広げるという意図は明白であり、このまま逃がせば夥しい数の犠牲者が出るだろう。

「頼めますか?ルミナ。私が頼めた義理では無い事は承知していますが、でも現状であの子の力の影響を受けないのは貴女だけです」

 それは殺す側と殺される側という複雑な間柄だった白川水希の苦渋の決断だった。苦悶の表情には、本来ならば頼みたくはないというそんな思いが滲んでいる。
 
「そうらしいな」
 
「暫定政権としてもアナタに事態収拾を頼みたい、真面な政権すら発足できてない現状でこれ以上の混乱と遅れは致命的だ。コノハナ氏には俺から伝えておく。それから……」

 関宗太郎もまた同じく。今のルミナは一時退院しているが、その身体の大半は未知の粒子と融合したナノマシン。その桁外れ且つ底の見えない性能は彼女の肉体を異物から完全に防御しているのだが、誰がどれだけ努力しようとも未だ解析出来ない為、"彼女にどんな影響をもたらすか不透明"と関係機関が口を揃える状態なのだ。未知数故に何が起こるか予想出来ず、ともすれば命を落とす可能性さえ過る。英雄の死は復興を阻むこと必至だからこそ誰もが神経過敏な程に守ってきたのだが、ここにきてソレを覆さねばならない。頼りたくないが、頼らざるを得ない。

「大丈夫、私1人で止める。彼に連絡は不要だ、そもそも久那麗華の意中の相手を殺した彼では真面に戦えない」
 
「ありがとう。コチラも可能な限り手伝います」

 逃げる少女を追いかける事が出来るのは現状でたった2人。あらゆる毒どころか異物一切を無効化出来る伊佐凪竜一と自分だけ。ルミナはそれを正しく理解しており、だからこそ白川水希の最後の言葉を聞く前に颯爽と艦橋を後にした。

「やはりあの子を巻き込むべきじゃなかった。地球で只1人だけの特異性、それがまさかこんな形で……」

 慌ただしくなった艦橋に白川水希の懺悔の声が響いたが、無情にも誰一人としてそれを気に掛ける事は無かった。
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