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第3章 邂逅

41話 地球 其の3

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 ――連合標準時刻:火の節 81日目 旧清雅市近郊 午後
 
 時計を見れば日付は6月21日、時間は12時を少し回った頃。見知った光景を見ながらゆっくりと車は道路を進み続け、出発から大体1時間が過ぎた。人払いを済ませたのだから道中はスムーズに行くかとおもいきや、亀裂や陥没や瓦礫その他諸々でアチコチが通るには危険な状態となっている為、結果として今も車の中だ。

 この街を復興させるには相当以上の時間と金銭が必要で、それならば他に回した方が良いという合理的な理由と共に放棄された清雅市は、連日の猛暑と豪雨が重なった事で想定以上に損傷を早めていた。コレがかつての故郷、世界最大の都市の末路と言うのは何とも寂しい……と、そんな風に窓の外を見つめる俺とは対照的にクシナダはやけに楽しそうに今後の行動の予定を微調整ているし、ツクヨミはその隙間を縫うように新たに手に入れた機能を誇らしげに説明している。

 一見すればかなりシンプルな球形の身体は特兵研が不眠不休で製造した最新技術の塊のようで、元から持ち合わせていた超高性能演算能力の他に超長距離通信、短時間の浮遊、高性能マニピュレータの内蔵による操縦補助、旗艦アマテラスと地球双方の全情報の閲覧など俺の補佐をするに足る機能を一通り有しているそうだ。

「便利ねぇ、私も1つ申請しようかしら?」

 ツクヨミの話を聞き終わるとクシナダがそんな一言を漏らし、そして後部座席に控えたスサノヲ達も賛同し始めた。対面に座っていた彼女達は今のツクヨミの姿が気に入ったのか、それともその機能が気に入ったのか、しきりにツクヨミの丸っこい身体を眺めている。

「確かにあれば便利この上ないですね。そう言った補助はスーツとかバイザーにも内蔵されていますし、索敵とか情報収集も後方支援の仲間が助けてくれるんですけど、あくまで補助程度。それに若干のタイムラグありますからね」
 
「そーそー、最新モデルを超えるモンがあれば色々と融通が利きそうよね」
 
「性能次第では直接的な戦闘補佐も期待できそうですし、羨ましいですよ」
 
「確かにスサノヲから見れば私の性能は魅力的でしょうね」

 クシナダ達は現状の体制への不満と共にツクヨミの性能に感嘆の声を漏らした。確かに、且つて地球全域を監視した性能ならばスサノヲ全部隊の補佐など朝飯前だ。
 
「やっぱ無理よねぇ」

「そうですね、特兵研が所有する製造ラインはフル稼働しています。携帯端末の電源周りの改良は終了したかと思えば次は居住区域の復興支援、更に今まで外部に頼っていた幾つかの製品……とりわけ医療用ナノマシンの製造。量産化の話は当分無理そうですね」

 が、物理的に無理らしい。

「はー、やっぱりそうよね。良いなぁ、ナギ君とルミナは……」

「良ければ貸そうか?今してるってもスケジュール調整と管理程度だし暫くなら……」

 正直に言えば本音だ。俺よりもクシナダ達の方が有用に使えるのは明らかだし、ちょっとだけツクヨミと距離を置きたいというのもあるが……

「駄目です」

 即断で否定された。彼女はどうあっても俺の補佐をしたいらしい。一体どういうつもりなのか、と少々落胆する俺を他所にツクヨミは俺の提案をあっさり却下するとフワリと浮き上がり窓の景色を眺めはじめた。

 何か思うところがあるのだろうか?且つての神を想起させる人型のボディでは無い、簡素な機能を持ったボール型のボディへと移されて以降、彼女は過剰な位に俺の世話をしてくれた。小さい身体でちょこまかと軽い補助をしつつ、同時に俺が一番困る旗艦アマテラスで生きるに必要な知識全般を教えてくれたが、その間にただの1度として不満らしい不満を漏らさなかった。

 神だから、あるいはそう言う性格なのか、あるいは神であっても疲れる事もあるのか。今日までを思い出してみれば、どう考えても過剰な件を除けば非常に献身的という表現が正しく当て嵌まる。神であった時も気が休まらず、今は今で俺の世話で休む暇もない。ならば必要なのは休暇だと思うのだが。

「もうすぐですね」

 外を眺めていたツクヨミは不意にそう呟いた。

「ええ、どうかした?」
 
「こうして地球の景色を直接見るのは随分と久しぶりで、だからとても興奮しています」
 
「あぁそうか、地球の神様やってた頃は派手に外遊なんて出来ないよね」
 
「えぇ、歴代の清雅源蔵は私が外に出る事を良しとしませんでしたし、特に私が神として地球を監視する様になってからはその傾向が一層酷くなりました。私の為と言う事はよく分かっていたのですけど、それでも幾分か窮屈だった記録が残っています」

「ゴメン、そんな事考えもしなかった」
 
「ナギ、君が謝る必要はありません。寧ろ私は感謝しているのです。やはり私は地球の神になるのではなかったと、そう後悔しながらも巨大な流れの前にそれを言い出す事は出来ませんでした。私を助けてくれた君に謝られると私としても心苦しい」
 
「私達もそうだったよ、アラハバキが明らかに危険だって誰もが分かり切ってたけど結局止められなかった。暗殺でもなんでもやっておけばあんなに犠牲も出なかっただろうって事位誰もが考えたよ、だけど結局それも出来なかった。それが最善なのかも分からなかったし、もしからしたら最悪へ転げ落ちるんじゃないかって考え始めたら結局誰も動けなくなっちゃってね」

 ツクヨミとクシナダの懺悔は車内の空気を少しだけ重くした。戦いは終わったが、誰もが半年前の戦いの尾を引きずっている。終わったという事実だけで過去と決別するのは難しい。

「ではこうしましょう」

 そんな空気をはねのけるような勢いでツクヨミが突然声を上げた。

「反省と言うならば、今度私を何処かに案内して欲しいのですが如何でしょう?日本に限らず世界の大抵の地域の情報は持っているのですが所詮タダの情報。だから実際に見てみたいのです。それ位ならば問題ないですよね?」

 妥当な提案に俺はホッとした。このまま死ぬまでお世話させて下さい、だったらどうしようかと思っていたところだ。

「いいんじゃない、神様にも気分転換必要だろうしさ。行っておいでよ、あの子も怒らないよ?勿論、私もネ」
 
 更にクシナダからのお墨付きももらった。が、何故"あの子"、ルミナの名前が出てくるのか分からない。彼女が語ってくれた半年前の清雅市での逃走劇に関する情報は粗方聞いたのだが、まだ何か問題になるようなことがあったのだろうか。もしやラブホテルに逃げ込んだ時に?いや、それは無い筈だ。だって、あの時はまだ生身の部分が殆どないって話していたし。後、なんで君まで?
 
「そうです、今は2の問題です」
 
「えぇ……」

 俺が色々と考えている最中、"自分達の問題だ"とはっきり言い切ったツクヨミの言葉にクシナダはそれ以上を語れなかった。まぁ、ルミナの件は考えすぎだから置いておこう。休暇が必要という考えは間違いではなかったのならば、今はツクヨミが行きたいと思う場所を探す方が重要。過剰にべったりとくっつくのは止めて欲しいが、それ以外に限れば彼女は極めて有能。今の俺は彼女の知識に頼りっぱなしなのだから、従ってへそを曲げられたりストレス(機械が感じるかはともかく)で機能停止されては堪らない。
 
 今の時期、夏場に連れ出すとなると意外と場所が無い様な気もする。特に人目には気を付けなければいけない事を考慮するならば海水浴や川遊びは無理だろう。何よりこの身体で泳げというのは無理がある。人目につかず、且つ彼女が喜びそうな場所と考えて……ふと昔の事を思いだした。清雅によって家族がバラバラにされる前、幼い日の最後の夏に見に行ったあの光景が不意に脳裏を過った。

 肝心なことは未だ霧の様に掴み処が無いのに、一方で昔の事となると鮮明に思い出せる。どうにもそんな自分がもどかしい。
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