【完結】G.o.D 完結篇 ~ノロイの星に カミは集う~

風見星治

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第3章 邂逅

52話 遊戯 其の3

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――ゴールデンアックス 一階 応接室

「で、どんなルールを追加するんだ?」

 アックスは再び少女に尋ねた。その口調は勝利を確信し余裕に満ちているが、内心では名状しがたい感情に支配されており、ソレを悟られまいと必死に演技をしているのは明らか。鋭い眼差しで少女を見つめる目の奥に困惑の色が隠し切れない。

「私はこれ以上カードを引きません。これで勝負します。ですから貴方もその2枚で勝負して下さい。チップは全部賭けます。そして、私が勝ったのならば私達と私達の荷物をこの惑星の経済特区まで運んでいただきたいのです」

 誰もがその言葉に何らの反応も返せず、一拍ほどおいて漸く少女がとんでもない言葉を口に出したと理解した。しかし誰もが何を言っているのだと困惑し、呆然とし、驚き戸惑った。何を言ったかは理解できても、が全く分からなかった。が、そんな面々はやがて最も単純な答えに辿り着いた。少女は勝負の意味どころかルールすら理解していないのだと。そして、いち早くその結論に達したアックスは少女の言葉に激昂した。

 少女は全額を勝負した。つまりこの1回限りで勝負が決まる、負ければそのままチップがゼロになり終了する。それはいい。だが自らの手札を晒した状態でそれは明らかにあり得ない、何せ少女の合計は5で最低レベルなのだから。だからこそ彼は激昂した、ルールを知ろうが知るまいが彼から見れば馬鹿にされている様にしか見えなかったからだ。

「ルールは覚えてるよな?」

 アックスはドスの利いた声で尋ねた。

「はい」

 少女は淡々と答えた。まるでアックスなど気にも留めていない。

「カードの合計が少ない方の負けだぞ?」

「はい」

 隠し切れない怒りが滲み出るアックスを見ても尚、少女の返答は淡々としていた。何処までも他人事か、あるいは勝利への確信ゆえか。
 
「お嬢さん、コレは真剣勝負だぜ?練習じゃないんだぞ、それともふざけているのかッ!!」

 勝負事、とくにカード勝負でついカッとなるのは時折見せる彼の悪い癖の1つだ。平常時ならば直ぐに冷静になり、そして"こんな年若い未熟なお嬢さん相手にみっともない"とでも反省するところだが、しかし彼は今複雑な感情に支配されている上に部下の手前引っ込める事も出来ない。少女の態度に激高したアックスは瞬きする間に腰に下がっていた愛銃を引き抜いた。黒く冷たい銃口が少女を捉える。あと、ほんの少し指に力を籠めれば少女の命は軽く吹き飛ぶ。

 一方、アックスの行動に対し青年も何時の間にか持っていた長身の刃を抜き放っており、アックスの首を撥ねようと空中を迷わず突き進んでいた。その初動の速さは実に素晴らしかったが、しかし相対する男も早撃ちには大きな自信を持っている。

「動くなッ!!」

 早撃ちと居合い、僅か1秒にも満たない勝負はほんの僅かな差でアックスが勝った。銃口を少女に向けながらも青年への警戒も怠らない。だがその一方、"俺の相棒の引き金は軽いんだ!!"と、言葉を続けるアックスの顔には苦虫を噛み潰したような何ともバツの悪そうな表情を浮かべている。彼の事だから少々遅いが漸く冷静になり、その上で"なる様になれ"とでも考えているのだろう。

 状況は停滞した。銃口は少女を捉えて離さず、刀は首元のすぐ傍で止まっている。双方がその気ならば少女は撃ち抜かれ、アックスの首は空を舞っていただろう。それはこの場に居る誰もが理解している。只1人を除いて、だ。

 少女は冷静だった。男達のギリギリのやり取りを見ても尚、不気味なまでに冷静さを保っていた。呆然としている訳では無い、真っ直ぐにアックスを見つめるその目を見た誰もがその雰囲気に過大な違和感を覚えた。それはスーツの青年もそうだしその足元を転がる機械ですら同じだった。少女の様子に戸惑っている両者の様子を見たアックスは、当初予測した女主人と地味な護衛という考えが外れている事を理解した。

「貴方は勝負事には紳士的かと思いましたが、どうやら違っていたようです。残念ですが宿泊場所は自分達で探す事にします」

 少女はそう呟くと、トンと軽い音を出しながら椅子から飛び降り立ち上がった。その言葉を聞いた青年はそれまで見せた事が無い少女の兆発的な発言に驚きながらも、即座にアックスが余計な行動を取らない様により強く睨み付る。

 が、当の本人はその言葉に僅かに引いた熱が頭に再び集まってしまった。抑えよう思ってもこらえきれない程の熱は怒りを呼び、アックスは盛大にキレた。それまで感じていた疑問や違和感は全て吹き飛んでいる様子は、それまで誰も見たことが無い程の怒りに満ちた表情を見て唖然とする部下達の様子からも一目瞭然だ。

 明確に馬鹿にされた、そう感じたのだ。この少女は俺を、勝負を小馬鹿にしている、と。そうなると彼の行動は実に単純になる。頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出すのだ。

「オイ待てよ!!良いぜ、だが負けて吠え面かくなよッ!!」

 アックスは頭の中に浮かんだ言葉をそのまま目の前にいる忌々しい女にぶつけるように吐き出すと、怒りのままにカードを1枚めくった。が……その瞬間、彼の表情から、頭から、肉体から怒りとソレが生む熱量全てが吹き飛んだ。正に一瞬の出来事だった。彼はめくったカードを見るや、まるで別人のように変わり果てた。激しい熱量を伴う怒りは瞬く間に霧散し、何が起こったのかとばかりに唖然呆然とカードを見つめたまま動かなくなった。

「バ、バカな……」

 漸く、絞り出すように呟いたその一言は彼の脳内が混乱一色に染まっている事を如実に物語っていた。その余りの変わりように周囲を取り巻く彼の部下の1人が恐る恐る傍に寄って来たが、アックスがめくったカードを覗き見た反応は彼と同じく混乱に満ちていた。そして……私もまた同じだった。

 カードに印字された数は2。こんな事は有り得ない、アックスは勝算を見込んだからこそ自信満々でいられたのだ。そして確実に勝利するならば最大の役、つまり絵札とエースで構成されたブラックジャックでなければならない。

 その筈なのに彼の驚き様は尋常では無い。恐らくアックスがレンズを通し覗き見た数字と実際の数字が乖離していた、そう考えるのが妥当だし、寧ろそれ以外の可能性が見当たらない。事実、"こんな事は有り得ない"と、彼はポツリと呟いた。一方、対面の少女はその表情を無言で見つめる。先程までとは見事なまでに対照的な状況に誰もが過大な違和感を肌で感じとる。何かがおかしい、と。

「どういう事だ?まるでこの数字ではオカシイみたいな口ぶりだな?」
 
「う、うるせぇ!!まだ……まだ1枚目だろう!!まだだ、まだ、まだ……」

 青年が未だ思考が纏まらないアックスに言葉を掛けるが、その口からはしどろもどろな反論しか出てこない。だが一方でまだほんの少しだけ冷静な部分もある。その根拠は伏せられた2枚目の札。そう、まだ彼は負けていない。

 アックスが負けるとするならばもう1枚の手札が"2"の場合のみだ。故に彼は手札をめくろうとする。決して勝負を降りるなどと言う真似はしない、寧ろ出来ない。負ける可能性は低いと、そう彼は考えている。

 しかしそれは敗北への道と同義だと彼は気付かない。そしてそれ以上……今まで散々に負かし続けてきた観光客達と同じ思考になっている事に気付かない。それは自らの思考が大きく揺さぶられているからであり、これまでのあらゆる勝負事において自らが圧倒的な力で叩き潰される側に回った経験が無いが故に恐怖という感情の制御方法が分からず、その思考を大いに鈍らせているからだ。

「コレで負けるとなりゃぁ奇跡みたいな確率しかないだろうが!!」

 アックスは自らを鼓舞するようにそう叫ぶと2枚目のカードに触れた。だが言動に反し指は震えており、目はまるで何かに怯える様にカードを凝視し、呼吸はまるで手負いの獣の様に激しい。

 確信している。どの様な手段を講じてかは見抜けなかったが、それでも彼は確信している。目の前で泰然と振る舞う少女は何かをした、それは確実だが何をしたかさっぱりわからない。アックスが感じる恐怖の源泉はその一点に集約されるが、ソコには大きな問題がある。この場には彼やその部下達を始めとした無数の視線が全方位を見張っていた、そんな中で何をどうすればイカサマを仕掛けられるのか、という問題だ。

 しかし……もしそれが出来たならば、何かをしたならばアックスがめくろうとするカードは確実に2だ。アックスは虚ろな目で少女を見た。

 私もその目を見て……心底震えた。こんな経験は無かった。無法者の群れ、町の外をうろつく危険な獣、時には厳しく私達を導いた主、そのどれとも違う目をしていた。その目は途轍もなく暗く冷たかった。アレは獲物を見る獣とは断じて違う、弱者を見る強者の目とも違う、まるで……まるで遥か上空から人を見下ろす神か冷たく暗い闇から人を見上げる悪魔だと私は感じた。暫しその目に射抜かれ動きを止めていたアックスは、やがて震える手でカードをめくった。
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