上 下
60 / 346
第3章 邂逅

53話 遊戯 其の4

しおりを挟む
 ――連合標準時刻:火の節 83日目 早朝
 
 夕焼けに照らされる朝。この星の交通と物流の中心である南部首都サウスウエスト=ウッド駅に入るとまず簡素で薄汚れた大きな入口と豪奢で整然と美しい小さな入口の二股に分かれる。今は丁度出勤時間と重なっており、仕事へと向かう労働者が織り成す人波は駅入り口から見て左手側の大きな入り口に吸い込まれる様に消えていく。

 情勢の悪化への悲観に始まり仕事や上司への不満等々、人々が吐き出したくてたまらない現状への憤りが作る喧騒は日常茶飯事である。が、しかし全体がそうでは無い。ノースト鉄道公社が運営する超豪華観光列車の搭乗口は毎日繰り返される喧騒とは真逆に静まり返っている。

 超豪華観光列車"黄金郷"は、サウスウエスト=ウッドの反対に位置するノースイースト=ウッドに本拠を構えるノースト鉄道公社の主導により実現した。その目的は資源に乏しいファイヤーウッドを支える観光資源とする為であり、その実現に大量の資金を投入されたのだが……結果としてそのチケットは一般市民がおおよそ手に入らない程の値段に膨れ上がってしまった。

 貧富。資本主義。公平で残酷な現実は能力のない大多数をふるい落とし、また同時に奪う。大半の市民達は小奇麗な入口を恨めしそうに見つめるか、あるいは存在しないとして無視するか、いずれかの態度を取りながら泥と落書きと煙草の焦げ跡で汚れた大きな入口へと進む。

 だがそんな無関心、あるいは怨嗟に満ちた視線に変化が訪れる。3人の男女とその足元を転がる機械が静寂に包まれる小奇麗な入口へと向かっていく光景が見えたからだ。基本的に観光客が地元で夜を明かすなど天地がひっくり返ってもあり得ず、また先頭を歩く男がこの周辺でもとりわけ有名であった為、無数の視線は一気にその一点に集まった。

「お待ちしておりました。お話はノクス=カディナ様より窺っております、どうぞ良い旅を」

 羨望と嫉妬の入り混じる視線の先、入口に待つ守衛と駅員に見守られながら入口の奥に見える小さな門の向こう、整然で美しさを保つ廊下へと消えていく背中を見ながら私は昨日の事を思いだした。半日前にこの3人で行われた勝負の結末……それは悪夢のような現実であり、未だに夢ではないかと疑う位に荒唐無稽な勝負だった。

 ※※※
 
 ――ゴールデンアックス 一階 応接室

「こんな、こんなバカな事が……」

 誰もが予測し、誰もが認める事が出来ない結末がそこにあった。アックスがめくった2枚目のカードは2だった。対する少女は2と3、つまりアックスは勝負に負けた。

 今この場には2つの視線がある。僅差で有りながら一方的という矛盾した勝負を唖然呆然と見つめる無数の視線。そして只1人、この結果と敗者を無情に見下ろしす少女の視線だ。しかし、その目は先程までの冷淡さとは打って変わりどことなく悲壮さに溢れていた様な気がしたのだが……今は置いておこう。

 今の心境を一言で説明するならば"有り得ない"だ。先程までの少女の態度を見れば自分が勝利する事を確信していた。それは間違いないのだが、合計5という数字が勝利する条件を満たす数字は4しか無い。しかしその可能性は余りにも低く、博打とさえ呼べない無謀を通り越した自殺行為でしかない。つまり少女が何かをしたとしか考えられないのだ。

 ガクリと力無く椅子の背もたれにもたれ掛かるアックスは半ば放心していた。彼の部下達はその姿を見るとざわつきはじめ、次にスーツの男と少女に武器を向けると、口々に何をしたと責め立てる。アックスと言う頭が機能不全に陥った彼等はもはや統制が取れないタダのゴロツキ同然。が、スーツの男はそんな状況にも冷静沈着。それを制しながら握った刀を構え、彼等の動きを牽制する。

 その鋭い視線に射抜かれた部下達は一瞬狼狽えるが、しかし浅慮な彼等には青年との力量差が理解できない。数人が少女を捕まえようと動き始めたが、青年はその動きを察知すると少女を素早く自らの後ろに下がらせ、少女に向かって来たゴロツキ達を目にも留まらぬ速度で殴り飛ばした。
 
 見た感じでは軽く殴ったようにしか見えなかった一撃の衝撃は凄まじく、常人では視認すら出来ない一撃を受けたゴロツキの1人は大きく吹き飛びながら壁に叩きつけられ、もう1人は窓を突き破り外へ放り出されてしまった。

 誰もが驚き、動きを止め、青年を睨みつけた。多少鍛えた雰囲気は見せているが、それでも頼りなさげな雰囲気を出していたスーツ姿が突如として剛腕の戦士に豹変したからだ。自信に満ちた目とまるで姫を守る騎士の如く女の前を一歩も退かないその姿は実に堂々としている。

 負けると言う雰囲気がゴロツキ達を飲み込みだした。スーツの青年よりも遥かに大柄な体格をした男は吹き飛ばされ壁に叩きつけられたまま一向に動かないし、風通しが良くなった窓の向こうを見ても仲間が起き上がる気配は一向に無い。

 どれだけの力で殴ればああなるのか。何が起きたか理解出来ないまま放心するゴロツキ達は呆然とその光景を見つめ、勝負に負けたアックスは放心状態で未だ何も語らず。先程までの喧騒から一転、アジトはシンと静まり返った。

「ばれなきゃぁイカサマじゃないってのはソイツの言葉だ。それにもしイカサマしたってんならどうやったか説明して貰おうか。勝負を有耶無耶にする為に言い出したってんなら容赦しない!!」

 しかし静寂は長く続かない。勝敗は決したが相手が納得するかどうかは別問題であり、場合によっては負けを認めないと力づくの行動に出る可能性もある。そう判断した青年はゴロツキとアックスを牽制するように叫んだ。
  
「何だテメェは!!」
 
「野郎!!コッチが下手に出てりゃつけあがりやがって!!」

 が、どうやら逆効果だったようだ。青年の言葉に対し浅慮なゴロツキ達は激昂した。完全に頭に血が昇った彼等は次々にホルスターから銃を引き抜く。目は血走り、顔は怒りで紅潮している。が……

「あ、あの。こちらの方、スサノヲですよ。貴方達も名前位は知っていますよね?」

 少女が唐突に言い放った言葉を聞いた直後、彼らの顔から血の気が一気に引いた。同時に壁に叩きつけられたまま時折ピクピクと動く仲間と窓ガラスの向こうを見つめた。確かに相手がスサノヲならばこの程度の芸当など苦も無く出来る。間違いない。少女が発した"スサノヲ"と言う言葉に偽りがないと確信したゴロツキ共の身体は一気に硬直し、銃を持つ手は震え始めた。あれでは真面に狙いを付けられないだろう。

「嘘だろオイ……」
 
「アマツミカボシの守護者、神の犬……いやカガセオ最強の……」

 スサノヲ。その言葉を聞いたゴロツキ達がそれまでの態度を翻し、一気に意気消沈したのには理由がある。この星に住む誰もが"スサノヲ"と言う名前を特別視するのは約200年前まで遡る彼等との最初の出会いにある。

「スサノヲ……?」

 ゴロツキにやや遅れるようにスサノヲの名を呟く声が聞こえた。それまで放心状態を貫いていたアックスは、突然の暴露に驚いた様にスーツの青年を見た。両者の目が合い、暫し互いを見つめ合うとアックスは口を開いた。

「止めろ、みっともない真似はするな。オイ、誰か運搬業者に連絡を入れろ。お嬢さん、アンタ達の荷物の場所は?」

「ボス、どうして!!」

「こんな勝負チャラに決まってますよ!!」

「止めろってんだろ!!いいか、俺は負けたんだ。何をどうしようが結果は変わらねぇ。それをご破算にした挙句、スサノヲ相手に喧嘩して負けましたなんて事になってみろ。俺達はこの星で1番の笑い者に昇格だ!!目出度いだろうぜ、向こう100年はこの星の恥として歴史に名前を残す事になるんだからな。お嬢さん、1日だけ時間をくれ。観光列車の一等席チケットを手配する、金持ち御用達の特上客室でアンタ達を特区まで運ぶ。当然荷物も一緒だ。物と量次第じゃ少し時間差が出来るがその分の宿泊代、当然今日分も含んで全部俺が持つ、それでいいかい?」

「はい、でもそこまで……」

「いいかお嬢さん、俺は負けたんだ。経緯なんてどうでもいい、俺のルールで負けた。負けたヤツが損するのは世の常識だ。オイお前等、何ボケっとしてんだ、早く行け!!」

「で、でもボスッ!!」

「馬鹿か!!力の差を理解しろッ、その男は俺達位ならものの数秒で皆殺しに出来るぞ!!見逃されてたって位理解しろ!!」

「は、ハイっ!!おい、皆行くぞ!!」

「「「「はいっ!!」」」」

 アックスの怒号にゴロツキ達の目は一瞬で変わった。ソレまで無軌道に感情を剝き出していた連中は彼の一言で即座に"アックス=G・ファーザーの部下"に戻り、その命令を忠実に実行するべく早々にアジトから姿を消した。また同時にアックスも諸々の手配の為にその場を後にし、残ったのは放心状態の男と、無言を貫く少女、そしてコロコロと転がりながら辺りの様子を窺う妙な機械だけとなった。

「助かりましたねー」

 少女が突然屈託なく呟いた。だがその言葉には明らかに無理がある事を青年は承知している。

「あぁ、そうだな……ゴメン、もう少し冷静になるべきだった」

「え、いえ……あの、私こそごめんなさい」

「謝罪は私がするべきでしょう。勝算を見込んでいたのですが……」

「俺の責任だ。それと、俺がこんな事を言える義理じゃないけど……何したのかさっぱり分からないが余り危ない橋を渡らないでくれよ」

 男が見せた神妙な態度に少女は驚きを隠さなかった、何時の間にか少女はタダの少女へと戻っており、"大丈夫です、大丈夫……"と、そう呟いた。しかしそれを最後に誰一人、何も喋らなくなってしまった。

 壊れた窓から吹きつける風の音、時計の針がコチコチと動く音だけが響く中、誰もが何を言い出せば良いか分からず座ったり立ったりを繰り返したかと思えば、少女は無数に並ぶ酒瓶やアックスが蒐集した本を収めた棚を眺めたりと部屋の中を探索し始め、青年は無言でその様子を見つめる。

「ゼーゼー……お、お待たせしました。宿の手配が出来ました。こ、コチラへどーぞ」

  見ているだけで重苦しくなる空気だが、やがて廊下の向こうからバタバタを大きな足音が聞こえ始め、次に扉を勢いよく開け放つバンという音が部屋に木霊した事で漸く終わりを告げた。結構強面な男は開口一番にそう伝えると扉が閉まらない様に手で押さえつつ2人と1機に外へ出るよう促した。

「ありがとうございます」

「いえ、ですが急な話でしたので余り良い部屋は取れませんでした。済みません。それから、簡素ながら食事も用意しました」

 その言葉を聞き少女は率先して外へと出ていき、1人と1機はその背中を見送った。少女が視界から消えると、それを待っていたかの様に機械が青年に向けて語り始める。

「あの少女。何をしたのでしょう?イカサマには間違いないでしょうけど、その方法に皆目見当がつきません」
 
「やっぱりそうだよな?俺もだよ、あの子がどうやって切り抜けたのかさっぱりわからない。まぁ、これ以上は止そう。それよりもあの男。最初は話とは違うと思っていたけど、でも思ったより誠実な奴だったな」

 1人と1機が気に掛けるのはやはり少女がどうやってアックスを打ち負かしたか……であったのだが、青年はその話題から逸らすようにアックスの話題へと切り替えた。少女に余計な悪感情を向けたくない心遣いが窺い知れる。

「スイマセン、そろそろ移動しませんか?」
 
「あぁ、わかった。取りあえず行こうか……どうしたツクヨミ?」

「いえ。確かにイカサマをしたと思います。手札も状況も全部彼女に不利でした。なのに現実は完璧且つ一方的な勝利。でも一体どうやって。まさか……でもそんな……」

 ツクヨミと呼ばれた妙な機械は何かに気付いたようなそぶりを見せた。だがそれが何かは分からない、理解できるはずなど無いだろう。1人と1機は未だ息が上がり続ける男に促されるままにアジトを後にした。

 ※※※

 清掃が行き届いたレンガ造りの通路は駅の外観と同じく歴史的な趣に溢れている。3人の内、スーツを着た青年とその隣を歩く少女はその趣溢れるレンガ造りの通路を物珍しそうに眺めているが一方、最前列で2人を先導する様に歩く男はそれとは対照的に渋い表情を浮かべている。

 男の名はアックス=G・ファーザー。彼は自らの伝手を使い観光列車のチケットを手配したのだが、それだけならば彼がこうして駅の中までついていく意味も理由も無い。彼はそうする理由、ソレは……
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

Hey, My Butler !

SF / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

僕の日常

K.M
青春 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:0

うたかた謳うは鬼の所業なり

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:34,677pt お気に入り:789

9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,876pt お気に入り:102

斬奸剣、兄妹恋路の闇(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:434pt お気に入り:0

日常歪曲エゴシエーター

SF / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:3

色とりどりカラフルな世界に生きている

N
SF / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

ただ前に向かって

SF / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

転生したら魔王軍幹部だったんだが…思ったより平和な世界だったんですよ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:285pt お気に入り:2

処理中です...