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第3章 邂逅

60話 夢

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 伊佐凪竜一の独白

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 ――連合標準時刻:火の節 84日目 朝

 夢を見た。まるで走馬灯のように流れるのは……多分、過去の記憶だ。ある程度は思い出したけど、幾つか歯抜けの様に抜け落ちた半年前の記憶。

 最初に見えたのは夜の街だ。俺が運転する車で駆け抜けながら何かから逃げている。バックミラー越しに見えたのは青く輝く恐竜の形状をした何か。直後、バンッという大きな音が車内に響いた。

「今度は何だよ!?」

 迫りくる化け物に思考を逸らされる俺の背後から聞こえた銃声に驚く俺の声……

「気にするな」

「言われなくてもッ」

「なら止まるな」

 そして淡々とした彼女の言葉。改めて思い出せば余裕が無かったんだろうと思う。

「随分と震えているようだが……どうした?今頃になって怖くなったのか?」

 逃走劇の終わり、粉雪が降り始める寒空の中で震える俺に掛けたこんな言葉でさえ冷たく感じたんだから。これは半年前の冬の日。俺と彼女が出会った時の記憶だ。清雅と言う会社をクビになり、自暴自棄のまま車中で眠り込んだ俺は何時の間にか鳴り響いていた警報を無視、戦場となっていた市内中央で彼女と出くわし、助けられ、共に逃げ出したんだ。

 ※※※

 その次の光景はこじんまりとした部屋の中。逃走劇を辛うじて逃げ延びた俺達が当面の隠れ場所として選んだのは市内の端にあるホテル街だった。

「食べながらか、まぁいい。私はルミナ=AZ1-44136541978、多分呼びにくいだろうからルミナと呼んでくれれば良い」

「やはり君も異常と思うか?」

「いや、私は元々はアマツだよ。この身体は……」

 彼女は自己紹介と共に色々な事を教えてくれた。宇宙の事、ソコで発展した文明や技術。地球では未解明な幽霊なんかも既に解明された既知の現象だと教えてくれた。だけど、自分の事だけは頑なに喋らなかった。話したくなかったんだ、不慮の事故が原因で身体が大きく変わってしまった自分を受け入れることが出来なかった。

「何もかもが異常だなこの星は、文明もそこに住む人も……すまない……この星を襲撃するとういう異常な手段に出た私達に非難する資格は無いな。本当に……何処も彼処も……異常で……嫌になるな」

 隠れている場所を特定され再び当て所なく逃げる最中に彼女が呟いた一言は、当初こそ自分を取り巻く環境に向けた発言だと思っていたのだけど、今にして思えば自分も含んでいたのだろう。自分の身体が嫌いで、自分自身も嫌いで、だから何処か捨て鉢になっている。彼女は冷静じゃなく、単に自分の命を勘定に入れていないだけだと理解したのはこの時だった。

 ※※※

 次に浮かんできたのは有り余る資金で作られた豪奢な隣町の駅。だが追手を撒いたと思っていたのは俺達だけ、既に駅に先回りされていた。しかもその相手は俺の知り合いだった。もう且つての関係には戻れない。ソイツは俺を無視すると宇宙から来た彼女を優先的に狙った。

「ナギ。ここまで助けてくれてありがとう、君は逃げろ!!」

 彼女の叫び声と同時に始まった戦闘により構内は滅茶苦茶になり、逃げる場所もどんどんとなくなっていく。そんな中、俺は……逃げ惑いながら必死に彼女の姿を追いかけていた。

「死ねないと言っているッ!!」

 逃げたくなかった。何の力も無いけど、でも逃げるのは……直後、我武者羅がむしゃらに戦う彼女が声高にそう叫ぶ声が聞こえた。そうだ、彼女も死にたくない筈なんだ。だけど力の差は歴然。宇宙開発が全く進んでいない地球の一企業が作った兵器が、宇宙を航行する圧倒的な技術と知識を持つ文明に易々と勝利するという出鱈目な力を前に彼女はとうとう膝を折った。吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた拍子に彼女の武器が俺の傍に落下した。

 その後の事はよく覚えていない。気が付けば彼女が傍にいて、敵もいなかった。辛うじて俺達が勝ったこと、そして……信じ難いが俺が撃退したという情報を彼女は語ってくれたが、正直夢心地で何の実感も無かった。だけど、それでも嬉しかったという感情は覚えている。ただ彼女の役に立てたという喜びがその時の俺を辛うじて動かしていた。

 ※※※

 二度目の避難先に選んだのもやはりホテル街。現金払いだからという単純な理由だ。逃げる間に彼女は仲間と連絡を取っていたのを思い出せば、俺達の短い逃避行ももうすぐ終わりだと思っていた。

「な……どうして……何故だ!!そんな……そんな筈ッ!!」

 最初に聞こえたのは彼女の狼狽する声。彼女もこんなに感情を露にするのかと驚いたが、聞いてみれば仲間から見捨てられたと知って納得した。そして、同じタイミングで俺もテロリストの汚名を着せられた。地球を実効支配する情報通信総合企業ツクヨミ清雅ならばそんな程度など朝飯前。

 孤立無援となった俺達はその場から動けなくなった。絶望すると本当に身体が動かなくなるんだな、とまるで他人事の様に感じていた。病気と似ているが身体が軽い反面、心だけが酷く重い。

「どうする?」

 まるで縋りつくように呟いた彼女に俺は逃げようと、そう一言伝えた。そうして俺達はまた逃げ出した。生きる為に、当て所なく逃げ出した。だが、逃げよう、そう提案し部屋の外へと出た辺りで事態は一変した。

 闇だ。気が付けば俺は真っ暗な闇の中にいた。ついさっきまで歩いていたホテルの廊下も、外気が吹きつける冷たい空気も一切感じない無風で何もない闇に包まれていた。

『本当は違うだろう?怖がりで弱くて臆病な自分の代わりに復讐して欲しいのだろう?』

 その闇から声が聞こえ、同時に赤く小さく丸い2つの点が視界の遠くに灯った。目だと、そう直感した。赤い目が俺を見つめている。

『殺したくて殺したくて、でもそれは嘘。本当は怖くて怖くて仕方が無いのだろう?』

『自らの手を汚さず、結果だけを望むのだろう?お前はお前が思うような人間ではない、理由を付けて戦いから逃げる臆病者だ』

『逃げたいのだろう?戦いたくないのだろう?そうすれば良い、楽になれるぞ?』

 闇からの声は俺の本性を暴き、責め苛む。間違いじゃない。正しい。でもそれは一面でしかない。違う。俺は闇に向け否定した。

『ならばその意志の光の先を私に見せろ。その覚悟が偽りでない事を、己の全てをかけて証明しろ。そしてその先を、その意志が進む先を私に見せろ』
 
 答えに反応した闇の中の赤い光は徐々に近づき、やがて俺の耳元でそう囁いた。直後、闇は晴れ……

『そう。君はまだ見せていない。だから私に見せてくれ。私とが託すに相応しい意志を持つか、私に見せてくれ』

 夢の終わり、胸に軽い何かが伸し掛かる感触と共に耳元ではっきりと声が聞こえた。あの時の声だ。闇から俺を見つめる……いや、見守るあの声が聞こえた。

『さぁ、起きたまえ』

 耳元から囁く声、吐息が耳をくすぐると俺の意識がぐにゃりと歪むような感覚に襲われた。

※※※

「……分離脳患者の脳を研究した結果、右脳左脳は別々の状態であり、脳梁を通し互いに入力された情報を逐次やり取りしている事が明らかとなりました。この事実を元にした更なる研究を行い、ココから人の意志がどの様に発生するか、意志発生のメカニズムが解明されるに至りました。それまでの定説であった脳全体が1つの意志を発生しているとの認識は否定され、新たに"脳は大量の意志を発生させる機能が有り、ソレ等が1つに集合し意志を形成する"、つまり人の意志とは無数の意志の集合体でありそれが表出したモノが意志と断定されました。コレはカグツチをエネルギーに変換して戦う戦技の発展に大きく寄与する画期的な発見となりました。意志の中に存在する無数の意志は強力な力の変換の邪魔になると判明、無数の意志を統合し1つにするための訓練"禅"が考案されるきっかけとなり、禅の有用性は、精神鍛錬を行う事で自らの内面に存在する無数の自我、意志を感じ取りその合一を果たす事です」

 次に聞こえてきたのは長々としていて、且つ訳の分からない説明。これは……ツクヨミだ。起きている間にそんな時間を取れないと言う理由で彼女が睡眠学習と言う形で座学を教えるというアレだ。半年前の夢を見ていたかと思えば、その余韻に重ねるかのように彼女の声が聞こえてくる。ついさっき聞こえて来た声質とは違う、眠気を誘う甘く優しい声が鼓膜に直接響けば嫌でも意識は覚醒に向かう。

 "意味はあるのか?"、そう尋ねたが、彼女はやらないよりマシというだけでそれ以上を語らないし、"眠っている間も気が休まらない"と言っても"駄目です"と、どことなく楽しそうに答えるだけ。なんだか釈然としないと、そんな風に思いながらも重い瞼を開こうとすると同時に身体が大きく揺れた。意識は更に覚醒し、薄く瞼を開けば相も変わらず真っ赤な夕焼けが目に飛び込んで来た。

 心休まる夢は終わり、また現実との戦いが始まる。
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