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第3章 邂逅

59話 神話 其の2

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 ――連合標準時刻:火の節 84日目 深夜

 途中で補給を挟むことはあるものの基本的に停止せず経済特区へと一直線に向かう超豪華観光列車だが、襲撃事件の影響により次の駅で緊急停車し破損車両を丸ごと交換することと相成った。同時に破損の酷い車両の立ち入りは禁止された為、その車両で話し込んでいた1人と1機は当該客室の接客担当員に追い出され、仕方なく来た道を引き返しながら話を続ける。

「神の愛を忘れ、同じ人を愛する事を忘れた人の世界は暴力に支配された。"見守る者"は、世界を生み出すと同時に作りだしたセイレイの一体を目覚めさせ地上を火で清めた。生き残った人々は神との約束を胸に再び世界に散っていったが、長い時の果てに再び神との約束を破った。愛情を忘れた人は利己主義に走り他者を傷つける事を厭わなくなった。"見守る者"は再び世界を清めた。再びセイレイの一体を目覚めさせると極寒の氷で清め、世界は厚い氷の下に埋もれた」

「まるでこの星の有様をなぞっているようです」

 アックスが足元を転がるツクヨミに神話を語り聞かせると、彼女は転がりながらそう答えた。この星の神話が歴史と密接に関わっているのでその感想は間違いではない。

「神話だしな。で、2度の裁きを経て今の世界へと変わった今が3回目の世界って訳だ。そんで2回目の裁きを生き残った僅かな人の元に"見守る者"が現れ、予言の石板と伝言を託した。なんでも来るべき崩壊の時を予言するとされるらしい」

「予言の内容は覚えていないのですか?」

「あー。伝言の方は確か滅びが迫ると白い……えーと、輝きが……済まねぇ、忘れちまった」

 伊佐凪竜一とフォルが待つ客室へとゆっくり向かいながらこの星の歴史を辿ったアックスは、長い話の終わりに"フー"と大きな溜息を付いた。小難しい話は彼の領域なのだが、それは仕事などの現実的な分野であって神話は専門外。記憶の底から無理矢理引っ張り出してきた話には穴だらけだ。

 が、そもそも現在に伝わる神話ですらその意図が曲げられるか紛失するかしている。僅か数人の伝言ゲームですら正しく物事が伝わらない現実を考えれば、数千年単位の神話が正しく伝わる道理など存在しない、私はその事実に少々もの悲しさを覚えた。

「満足したか?」

 アックスは足元を転がるツクヨミを見下ろすと簡潔に尋ねたものの、当のツクヨミは質問を華麗に無視すると暫くコロコロと転がり続ける。何か考えているのだろうと悟ったアックスは黙って見守っていたが、やがてその動きがピタリと止まった。
 
「成程、同じですね」

 彼女はポツリとそう呟いた。

「同じ?旗艦アマテラスとか?」

「そう、そして地球もです」

「地球……そういやつい最近連合に加盟したとかナントカって話を聞いたな」

「正確には準加盟です。正式な加盟には……まだ乗り越える壁が多いです」

 ツクヨミは相変わらず淡々としているが、しかしその言葉だけは複雑な感情が籠っていた。アックスは知らない。足元を転がる機械が且つて地球で起きた戦いの渦中にいた神であり、伊佐凪竜一がその戦いを止めた英雄であることを知らない。そして……恐らく最後まで知ることは無いだろう。銀河の端に位置する地球で起きた小さな小さな戦いの余波は余りにも過大故に、その中心に居た人物の情報は完全に秘匿されているからだ。

「そういや確かその星、俺達と同じ位の文明レベルなのに旗艦アマテラスと互角に戦ったとかって噂を聞いたが……まぁいいや。でその神話だが、実は色々な解釈がされててさ……」

 如何に頭が切れようとも謎の異邦人と地球を結びつける事など出来やしないし、ましてや碌に交流の無い謎の惑星程度でしかない。名前しか知らない惑星への関心を急速に失ったアックスはその後もこの星の神話に関する情報を提供し続けた。2度の裁きを経て覚醒したセイレイは、その後も人が堕落したり約束を忘れないか見守り続けていると言うありふれた話だ。

「神の命を受けた炎の帝と氷の女王の裁き、ですか」

 ツクヨミがポツリと呟くと同時、足を止めた。一通りの話を聞き終えた頃には既に第5車両に戻ってきていた。が、未だに考え続けるツクヨミは部屋の扉を開けることなく廊下をコロコロと転がり続け。そんな様子に何かを感じ取ったアックスはそんな無意味な行動に付き合うように足を止めた。

「そうだな。ま、地域によって多少食い違いはあるがね。例えば実は裁きでは無く神と悪魔の戦いが行われたとか、炎の帝と氷の女王が戦った結果だとかいった具合だな。しかし、何れにせよ話の大筋は概ねそんな感じだよ」

「そうですか、とにかくありがとうございます」

「なぁ……何を疑問に思ってるんだ?」

 アックスはおもむろにそう切り出した。これまでそんな素振りを一切見せなかったのに、いきなりこの星の神話を教えてくれとくれば疑問符が浮かぶのは自然な話。

「この星の神話は惑星の成り立ちや環境と密接な関わりがある事は疑いようが無いです」

 ツクヨミはカメラを彼に向けながらそう切り出した。

「そうだな」

「しかしそれ以前の神話の導入部分に違和感を覚えます」

「何か変な部分でに有ったか?それともアレか、他と同じって方か?」

「はい。そして恐らくですが他星系とも同じでしょう。そう言った論文も見ましたし資料も残っていました」

「へぇ。で、それがどうしたんだ?」

 知らぬ人間に暴露すれば大層汚毒情報だが、しかしアックスの反応は鈍い。彼は自らが負かした観光客達を含む様々なコネを通す形で連合の歴史をある程度知っているからだ。そして歴史を知るならば、直径10万光年以上という途轍もない範囲に分布する幾つもの惑星とソコで発展した文明に奇妙な共通点があるという事実もまた知っている。

「分かりません、ですがここまで判を押した様に同じ序章が他星系に語られている事には何か意味がある筈です」

 しかしツクヨミの言葉を聞くやその表情が一瞬だけ険しくなった。

「それが今回の襲撃と関係あるって事か?」

「いいえ」

 が、表情を崩しながら盛大にずっこけた。
 
「何だよソレ!?じゃあ個人の趣味かよ」

「ですが、これには何か理由がある筈なのです。こうなった理由が。私はどうしてもソレを突き止めたい、いやそうしなければならない、そんな気がしているんです」

 ツクヨミは相も変わらず淡々とそう答え、長々と不得手な神話を語り聞かせた理由が特にないと知ったアックスは悪態をつく……かと思われたが、彼女の言葉に思うところがあったのか黙り込んでしまった。

 彼は良くも悪くもリアリストであり、御伽噺や神話をご婦人方の噂話より価値が無いと常日頃から笑っていた。だから昔からこの手の話が筋金入りと言えるほどに大嫌いであり、神学を真面に学ばなかった理由もその思考が源泉にある。しかし、今の彼は必死にその神話に関する情報を思い出そうとしている。微かに伸びた無精髭を摩りながら考え事をするその仕草は頭をフル回転させる時に良く見せる仕草だ。

「そうだ!!」

 アックスは暫しの思考の末に思い立ったかのように叫んだ。

「どうしました?」

 その唐突な反応にツクヨミが驚き、コロコロと地面を転がりながらカメラ部分を彼に向け……

「なんだ?っていつ戻って来たんだよ?」

 客室でくつろいでいた伊佐凪竜一が盛大に扉を開け放った。彼は驚いた表情で両者を見つめるが、話の内容が神話と知るや話しに付いて行けないと悟り、眠たそうな表情を浮かべながら客室の奥へと無言で戻っていった。

「思いだしたんだよ、その神話に関する出来事だ。どれ位昔か忘れたがお……じゃない、ノースト鉄道の連中が、確か新しい線路を作る途中に大きな遺跡を発見した事でその工事が遅れたって話があったんだ」

 眠たそうな表情を浮かべながら背を向ける伊佐凪竜一に軽く詫びを入れながらも、アックスはツクヨミに今から20年ほど前に起きた出来事を話し始めた。今、彼等を乗せる黄金郷の運行ルートは幾つにも枝分かれする事で異なった景色を楽しませる……と説明すれば聞こえは良いが、その為には土地が必要であり、時には強引な地上げも行われた。彼が話すのはその際に起きた出来事だ。

「それで?」

「調査の結果、それは炎帝と氷の女王に代表される神話とは明らかに違うどころか全く未発見の文明の痕跡だったそうだ。で、事件ってのは良くある話でこの遺跡を巡るイザコザだな。著名な歴史学者はこの遺跡を保存、研究してからにしてくれって提案したんだが、一方の金持ち側は当然工事が無駄になるから反対した。結果、流血沙汰にまで発展した。そこまでなら別に良くある話なんだがこの先がおかしくてよ」

「おかしい?」

 神話とは無関係な話にツクヨミは盛大に食いついた。彼女の性質上、仕方のない話だ。

「遺跡が完全に跡形も無く爆破されたんだ。工事反対派は当然のことながら賛成派だってそんな真似はしねぇって位に派手な爆発だったそうでよ、結局その遺跡周辺は線路に使えなくなったんで迂回路が作られる事になった。最終的にこの話はどっかの大馬鹿野郎が爆破の匙加減を間違えたって事で決着、同時に歴史的建造物に関しては調査を優先するよう法が整備されるきっかけとなった」

「既存の神話とは全く違う未知の文明の痕跡。確かに興味深いです、その事件もですが貴方の出身もそのノースト鉄道……」

「それ以上は言わねぇでくれ」

 ツクヨミの関心が事件からその背後にあるノースと鉄道へと移り始めた矢先、彼は唐突に話を切り上げた。その表情と反応を確認したツクヨミは何事かを察すると"承知しました"と呟き、丸い身体からアームを伸ばすと伊佐凪竜一が休む客室の扉を器用に開け、その中へと消えていった。

 ツクヨミに表情は無く、言葉にもそれ程の抑揚が無いので相変わらずどんな感情でいるか分かり辛いが、しかし明らかに触れて欲しくない話題に触れてしまった事への戸惑いと、そう言った場合の対処方法をへの無知さが垣間見えた。

 一方、アックスはツクヨミが消えた後も暫く列車の廊下から1人窓の外を眺めていたが、やがて"クソッ"と力無く吐き捨てると自らの部屋へと戻っていった。
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