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第3章 邂逅

62話 神話 其の4

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 話は昨日の昼前まで遡る。
 
 ――連合標準時刻:火の節 84日目 昼

 経済特区から始まり惑星を縦断しながら再び経済特区へと戻るルートを描く超豪華観光列車"黄金郷"は、運行開始以降初めてとなる大規模な襲撃事件により大幅な予定変更を迫られた。

 致し方ない事情とは言え、やはり観光客側にしてみれば面白くはないし納得もし難い。何せこの列車のチケットは超高額であり、連合最大の財閥でさえ入手困難を極め、闇マーケットには露骨な偽物のチケットが乱舞する程の人気商品なのだ。

 厳正な抽選に勝ち抜く運と十分な資金があって初めて叶う旅行を台無しにされた心中は察して余りあるほどであり、だから傲慢な態度で運行会社の社員に詰め寄るのも致し方なしと納得できる。

 が、誰もが被害の爪痕を見ればスゴスゴと引き下がっていった。強襲の痕跡を改めて観察して見れば、よくもまぁこれで緊急停止しなかったモノだと感心する程度には大きな穴がアチコチに開いていたからだ。

 特に酷かったのは侵入経路に使用された最後尾車両であり、過激派の強襲に備えた頑丈な造りの列車本体は見るも無残に破壊され、内部の客室は完全に使用不可能な状態。また、伊佐凪竜一とアックスが敵を撃退した第9車両目も相応に悲惨な有様で、このままでは豪華絢爛と謳われた旅行を堪能できる筈もないと一目で理解できる惨状が広がっていた。

 とは言え、幸いながらそれ以外に大きな損害は出ておらず、"黄金郷"は大きく破損された最後尾と第9号車両を切り離して予備車両に切り替え、入念な再チェックを行った後に出発する事と相成った……のだが、この事態は観光を見込んでいたアックスには少しばかり都合が悪かった。

 ダイヤへの影響と観光客への心理的負荷を考慮した結果、最終的な停車時間はおおよそ2時間という短い時間になってしまった、つまり観光する時間が取れなくなってしまった。この街の中心にほど近い立地には歴史的な遺物の模造品を保管した博物館があり、その中にはツクヨミが是非見て見たかったという予言を記した石碑もあったのだが、結局見る事が叶わないと知った彼女は大層落胆することとなった。

 しかし其処は(自称)切れ者として定評のあるアックス、博物館見学が出来ないと知るや伝手を利用しパンフレットを入手して来た。彼の部屋を訪れたツクヨミはその配慮に感謝すると興味深げに目を通し始めたのだが……

「詳細な情報が載っていません」

「何ィ……」

 程なくアックスに落胆の声を伝えた。まさかそうとは知らなかったアックスは呻き声に近い声を零すと暫し考え込むが、程なく何かを閃いたような明るい表情と共に"ちょっと待ってろ"と大声で叫びながら大急ぎで部屋を抜け出し、程なく接客担当員を連れて戻って来た。この男、行動だけは途轍もなく早い。

「コイツ!!コイツ結構その手に詳しいからコイツに聞いてくれ!!」

 が、行動の速さは思慮の浅さと同一であることも多分にあり、それ故に反感を買ってしまうケースもあるのが玉に瑕だ。アックスに引っ張られて来た青年、実は幼少時から彼の人となりをよく知る数少ない親友なのだが、その顔に浮かぶ表情は間違っても久方ぶりの再会に喜ぶ顔ではない。

「アックスよぉ。俺、今仕事中なんだけど……」

 不測の事態が発生しただけで彼ら接客担当員の仕事が無くなったわけでは無く、寧ろ仕事が増えたと考えるのが当然だ。そしてその予測が当たっているようで、アックスに手を引かれて部屋へと連れ込まれた接客担当者は苦虫を噛み潰したような表情でアックスを睨みつけている。

「ホラコレ。黙って取っとけよ」

 しかし、不満を露わにする彼のポケットにアックスが何かを乱雑に突っ込んだ。大量の札束だ。給料一月分を超える額を渡された青年の目の色と表情はみるみると変化する。

「え、こんなに!!……オホン、何でもお聞きください」

「大丈夫ですよね?」

 その心配はごもっともだ、私は少しだけ彼女に同情した。

 ※※※

「成程、予言書の話ですか。実にお目が高い。先ず件の予言書ですが、今は存在しない"ノースイースト遺跡"から出土した代物でした」

「それは爆破されたという?」

「はいそうです。その予言書に関する資料はノースイースト=ウッドの博物館に収容されたのですが、お客様方の予定では立ち寄るのは難しそうですね。肝心の中身ですが、一部欠落している部分を除いた翻訳は完了しています。予言1、空が割れ石の船が降り立つ。その後、地上に雷と白い輝きが溢れ平和が訪れるだろう。予言2、鉄の車が襲来する。予言3、鉄のヘビが平原を通り大地に石の川が交差する。予言4、巨大な蜘蛛の巣が地上と夜空を覆う。予言5、古き友人が残した足跡を見失う。予言6、天に浮かぶ大きな石船が青い海に落ちる。予言7、全ての終わりに人は新たな神を見る。以上です」

「予言はある程度当たっていると考えられているのですね?」

 予言を説明し終えた青年にツクヨミが問い詰めると、青年はにこやかに淀みなく説明を続ける。

「はい。予言1は200年前に遭遇した旗艦アマテラスとの邂逅。予言2は車でしょう。列車は有りましたけどそれ以外の交通手段は権益確保の為に発明する事を許されなかった歴史がありますからね。予言3は鉄道と道路、旗艦アマテラスとの交流を経て道路も鉄道網も強化された頃と一致します。予言4は恐らくをカグツチを利用した超長距離通信ネットワークだと思われます。徐々にではありますがこの星にも入ってきはじめていますから。予言5、コレは数十年前に起きた遺跡爆破事件では無いかと推測されていますが確証は有りません。そして最後の2つの予言なのですが、実はコレが何を指すかは歴史学者でも分からないと言う話です。既に起きたのか、それともこれから起きるのか」

「感謝します、それ以外に何か見つかった物はありますか?」

「そうですね、後は"見守る者"が我々人類に残した戒律書なる石板があったそうですよ」

「覚えていますか?」

「勿論。"人よ大罪を犯す事無かれ。驕ること無かれ、怒ること無かれ、怠けること無かれ、邪淫に溺れること無かれ、妬むこと無かれ、欲張ること無かれ、貪り食うこと無かれ、そして……」

 青年は淀みなく説明を続けるが、しかし7つ目まで説明を終えたところで言葉を濁した。

「どうしました?」

「いえ、実はあと1つ存在するのですが、実は石板に刻まれた文字が風化して肝心な部分が読めなかったそうです。でも不思議ですよね、これ等は"七つの大罪"を現していると思われるのですが、そう仮定すると数が1つ多いことになってしまいます」

 一連のやり取りを私はただ黙って見つめた。ツクヨミがこの事実から、注視せねばならない。

「この星でもそうなのですか?」

「おや、やはりお客様の出身惑星もですか?しかし特に珍しい話では無いようですけどね」

「そうなのですか?」

「はい、私こうして接客担当として様々なお客様とお話しさせて頂くのですが、彼方此方を旅する方とか、後は考古学者の先生方も貴方様と同じ疑問を持つそうですよ。数千光年離れているのに文化文明が余りにも似通い過ぎているなんて話は噂以上に認識されています」

「成程……ありがとうございます」

「いえ、話のタネとして覚えたのですがお役に立てて光栄です。それでは私はコレで失礼します……オイ、アックス。今度酒奢れよ」

「ああ、幾らでも奢るよ」

 そうアックスに伝えると饒舌な接客担当係はそそくさと仕事に戻っていった。

「どうよ?役に立ったかい?」

 喧騒が去り静まり返った部屋で得意満面の笑みを浮かべるアックス。が、ツクヨミはそんな事など無関心と言った様子だった。表情を読み取る事は出来ないが何かを考えているのだろう、時折球形の中央に嵌り込んだカメラに青い光が灯る。

「大罪……欠けた最後の1つ。神話……同じ……」

 且つて起きた戦いにおいて辣腕を振るい、数千年の文明差を覆し旗艦アマテラスを敗北間際に追い込み、終戦後の紆余曲折を経て小さな躯体へと魂を移す事になった神。彼女程の性能ならば断片からでも答えに辿り着くだろうが、果たしてそれで良いのかという疑問が私の中に浮かぶ。

 地球のアレは幾つもの幸運が重なった末の出来事であり、であるのか私も仲間達も判断し兼ねている状態だ。それなのに、一方では心の何処かに奇妙な高揚感を覚えているのも確かだ。

 最後の指示を受けってからもう随分と長い時間が経過した今でも私の耳には主の声が鮮明に残っている。"その日が来るまで……"、私はその声に従いながら、同時に与えられた監視という命令を遵守する為に彼らを見守り続ける。

 しかしその一方で……いや、だからこそ私情を挟んでも良いとさえ考えた。彼らの旅が平穏の内に終わるよう、私は心の中で強く願った。だが、直後に酷く冷静になった私の心は自問自答を始める。何故そう願ったのだろうか、私には私自身の心の内が理解できなかった。
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