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第3章 邂逅

73話 過去 ~ 地球篇 其の3

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 ――連合標準時刻 火の節 81日目 夕刻

 T都O町にある関宗太郎宅前。現地時刻は6月21日午後7時30分過ぎ。日が落ちた黄昏時を迎えたこの町は都会の喧騒とはまるで無縁の静けさに包まれている。

 不世出の政治家と名高い関宗太郎を輩出した以外に何のとりえもないと評される町の映像を私も見たが、歴史を感じさせる趣のある建造物が周囲の緑と調和する様に溶け込んだ何とも表現し難い魅力に溢れた町だと感じはしたが、確かに何もない。それは観察したツクヨミの嗜好を差し引いたとしても、だ。しかしソレが良い。ツクヨミは躊躇いなくこの町へと舵を切ったのだが、成程この景観を見れば彼女が選んだのも納得がいく。

 大都会と比較すれば人は左程多くなく、何より町民の多くが関宗太郎に良い感情を抱いている。加えて緑も多く、巨大な機体を隠すにはもってこいだ。今の彼らが一時避難するならばこれ以上に良い条件は早々見当たらない。

 更に幸運な事に関宗太郎は生家に帰ってきていた。しかも当初こそ自宅の庭に突然突っ込んで来た巨大な鳥型機体とその中から現れた伊佐凪竜一達という予想を大きく超える光景に唖然としていたが、それも次の瞬間には怪訝そうな顔色を引っ込めると彼らを快く家の中に案内してくれた。よくもまぁココまで動じない上に即座に切り替えられる人間が存在するものだと私は驚いたが、まぁ今はどうでもいいだろう。

「いやぁ。今日は客が多いがまぁこんな日もあって良いだろう。全く驚いたぜ、なぁハシマ?」

「えぇ、確か別行動している筈の貴方達がお、いやえーと……そう、何と言うか面白い形状と言うか奇妙というか、そんな機体に乗って現れた時は本当に何事かと思いましたよ」

 代々続く政治家一族の関宗太郎の家は一般的な家庭よりも相当に大きいが、その広大な邸宅の広大な庭の半分を埋める様な代物が突然現れたのだからそんな感想を抱くのは当然の話。

 何よりその中から現れた人物がよりにもよって清雅市で分かれた伊佐凪竜一となれば尚更だ。確かに彼は最初こそ目の前の唖然としていたし、伊佐凪竜一を見た途端に目を丸くして驚いた。しかしそこはこの星の政治家、あるいは彼と言う人物だからなのか。ともかく、突発的な事態を前に少々狼狽えこそしたが、彼らを人目につかない様に素早く家に上げ、ツクヨミには目立つ機体を隠す場所を指示し、落ち着いてからでいいと状況の説明を後回しにすると秘書達に何事か指示を出し、自らも何処かへと姿を消した。

 何を指示したのかはその後のやり取りで判明した、彼らが来たと言う情報を周辺住民に黙っておくよう頼みに行ったようだった。関宗太郎という男は2人の秘書にそれを命ずると、時間が足らないとばかりに自分だけに止まらず息子も駆り出してアチコチ説明に回っていたのだ。それも速やかに且つ疑われない程度に納得の出来る適当な理由を即座にでっち上げており、方々の家を周り汗だくで帰宅してきたのがつい先ほどという訳だ。

「ま、細けぇ話は置いておいて、ちょいと早いが夕飯としようかね」

 関宗太郎は嫌味の無い笑みを浮かべながら大きな声で話すと同時、一際大きな居間の襖がパッと開かれると彼の妻と思われる妙齢の女性とその息子夫婦の三人が大量の桶を持って現れた。

「さ、食った食った。人と物流の新たな中心地となったT都に卸された新鮮な魚で作った寿司だ。旨いぞ」

 目の前に置かれたのは高級そうな器に丁寧に盛られた一口サイズの色とりどりの小さな食べ物。どうやらそれは寿司という料理らしく、彼が自慢げに話した内容によれば東京随一の高級店という場所に頼んだようだ。

 しかもその店は本来ならば宅配をしないらしいのだが、どうもこの関宗太郎とその家族が懇意にする店らしく、店主に特別な客が来たと説明したところ特別に許されたそうだ。

 国内外からも客が訪れるとされる名店中の名店は、世界中のレストランを星で評価する某ガイドブックにおいて満点をつけられているらしい……意味が分からないが要は旨いという事だろう。確かに盛りつけられた美しい料理を見ればそう思えてくる。四角い形に固められた白米の上に小さく切り揃えられた生の魚介や卵などが乗っているだけなのだが、その艶やかな色は地味ながらも食欲をそそる。

「では頂きましょうか、ナギ。それから、えーと……フォルト……いやフォル?アトラストラス……」

「フォル=ポラリス・アウストラリスです。ハシマ様で宜しいでしょうか?」

「も、申し訳ない。異星の名前はどうにも覚え辛くて。僕の事はどうぞお気遣いなく、ハシマで結構ですよ」

「そういやツクヨミから軽く紹介は受けたがお嬢さんはどうやら別の星からの来客らしいね。コッチの文化には疎いだろうし、ましてや食い物となれば口に合うかも分からないが取りあえず一つ食ってみねぇかい?魚介類を生で喰うって説明はしたものの、どうしても食べる物ってのは他の何よりも文明や文化の差が出る。説明してもなかなか理解し貰えないかも知れないが」

「は、はい。ありがとうございます宗太郎様。貴方様の説明とツクヨミ様の解析の結果から特に問題ないと判断します。生で食した経験はありますが、この様な形と言うのは初めてです。文化と言うのは私の予測以上に広いですね」

 そこまで言うや、フォルは覚束ないながらも教えられた通りに箸を動かし寿司を一つ掴むと口の中へと移動させた。その小さい口にはそれでも大きすぎたのか半分ほどで噛み切り、残りの半分を小皿に置いた、暫く咀嚼し飲み込んだ彼女の口からは一言"美味しですね"というありふれた感想が出たのだが、それを聞いた誰もが安堵し、またそれを合図に本格的な夕食が始まる事となった。

「それにしても驚きました、日本を救った貴方にこうも早く会う機会が来るとは思いもしませんでしたよ」

「オイ、食いながらでもいいけどまず自己紹介しとけよ」

「失礼しました。私、関宗太郎の息子で新自由党党員の関与一せき・よいちです、隣は秘書兼妻の青梅椿あおうめ・つばき

「どうぞよろしくお願いします」

 2人は揃って伊佐凪竜一に頭を下げると、一方の伊佐凪竜一も救ったという言葉に少しだけむずがゆい気持ちを覚えているようで、少しだけ照れ笑いを浮かべながらも半ば反射的に関宗太郎の息子とその伴侶に頭を下げた。

「先生、ただいま戻りました」

 直後、居間の襖の向こうから声が聞こえた。同時、静かに襖が開くとやや暗い廊下から一組の男女が姿を見せた。関宗太郎の秘書だ。男性の方は身長180以上は間違いなく、その高い身長に短く切り揃えられた金色の地毛は清潔感に溢れている。また、ガッチリとした体格に加え顔も整っており、にこやかに微笑むその容姿を見れば簡単に記憶に焼き付く程度には見た目が良い。

 もう片方の女性に目をやれば、身長は隣の男性よりは低いが女性としては相当に高い、恐らく170以上は確実にある。やや濃いめの褐色の肌と緩やかなウェーブの入った黒く長い髪を後ろで一つに束ねたその容姿と眼鏡の奥の黒い瞳が見つめる穏やかな視線から端的に評価すれば、活発的な印象を与える肌の色とは対照的に理知的な印象が先行する、落ち着いた大人の女性と言う表現が一番似合っている。

 だがそれ以上に両者共通した特徴があった。2人共、明らかに鍛えられている様な身体つきをしていると言う点だ。男性は服の上から分かるほどに筋肉が付いており、女性も流線形の美しいプロポーションをしつつも僅かに露出した肌には筋肉がその姿を主張している。それは明らかに政治家の秘書と言う職には似つかわしくなく、ともすれば秘書とは名ばかりの護衛であると言われても納得がいく程だ。

 そんな只者では無い雰囲気を持つ2人がエアコンが利いた部屋へと足を踏み入れると、ポケットからハンカチを取り出し額を拭った。関宗太郎の指示を受ける形で方々の家を回っていたが、漸く全てが終わり帰宅したといったところだろう。

 しかし……一体何をどうしてこの2人は関宗太郎の秘書を務めているのだろうか?日本人でもなければ政治家秘書とは思えない程に鍛え上げられた肉体。その奇妙な噛み合わなさ、チグハグさは伊佐凪竜一とフォルトゥナ姫に通ずるものがあるのだが、一方でこの2人が浮かべる笑みには二心や反意悪意といった後ろ暗い感情を全く感じない。だからこそ、尚のこと気になる。彼等は一体いかなる理由で関宗太郎と関り、その秘書に収まったのか。
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