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第3章 邂逅

72話 過去 ~ 地球篇 其の2

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 ――連合標準時刻 火の節85日目 夜

 タートルヴィレッジ内のとある高級料亭の一室に広がる地球の景色をアックスは食い入るように見つめている。フォークに突き刺した肉はあんぐりと開けた口の目の前で止まっており、肉汁とソースが滴り落ち彼の服を汚そうがお構いなしだ。

 映像が映し出すのは地球の一地方の光景。伊佐凪竜一の故郷であるその場所にはこの星に存在しない四季という自然現象が存在する。丁度今は真夏と呼ばれる灼熱に大地が焦がされる季節だそうで、赤とは違う白い輝きは激しく容赦なくその存在を主張している。そんな真っ青な空から少し視線の外、見上げる様な視線の先に伊佐凪竜一がいた。その姿は当然だが今目の前で食事を取る彼と何ら変わりない姿だ。状況の説明は伊佐凪竜一からツクヨミへと移り、彼女は淡々とした口調で墓参りの後に起きた出来事を映像に合わせて語り始める。

 墓参り後の自由時間を潰すように出現した謎の機体。不意に開いた操縦席の扉から内部へと入った伊佐凪竜一。直後に機体が起動すると何処かへ向けて飛び立とう動き始め、ツクヨミはその場に居たスサノヲに指示を飛ばすと自らも操縦席へと滑り込んだ……

 ※※※

 ――連合標準時刻 火の節81日目。

 時間は今より4日前に遡る。場所は地球の日本と言う地域の丁度中央付近に存在する旧清雅市の近郊。

 操縦席内は無言の間に支配されていた。致し方ない話である。伊佐凪竜一達の視点から見れば何が起きたか分からないまま唐突に機体が発信してしまい、フォルトゥナ姫から見れば目が覚めたと同時に素性不明の男と機械が勝手に乗りん出来たのだから。しかも発信してしまった以上、機体内は当然密室で逃げ場など無い。

「後ろの席、座っていいかい?」

「あ、あの。それは……それは駄目かも……ど、どうしましょう?」

「そうか……じゃあとりあえず座らない様に頑張るから」

「は、はい。ありがとうございます」

 無言の間は長くは続かなかった。少女の隣で中腰という中途半端な姿勢に耐えかね後部座席へと移動しようとした伊佐凪竜一を少女が牽制した事を切っ掛けに、ポツリポツリと会話の応酬が始まった。

「あー、でも君。こんな状況で言うのは失礼かもしれないけど、結構冷静だね」

 しかしそうかと思えばいきなり会話が途切れた。伊佐凪竜一の質問は至極もっともであり、少女は恐怖で震えるとか泣きわめくという当たり前の反応を見せないどころか見ず知らずの青年と当たり前の様に会話を行っているのだ。しかも一切の恐怖さえ感じていない。しかも密閉された空間で逃げ場など何処にも無い。

 だがこれもまた致し方のない話。全ては少女が持つ能力に起因するのだが、この時点の伊佐凪竜一はその事実を知らない。自らの出自を知られる事に何か不利益でもあったのか、フォルトゥナ姫は困ったような顔色を浮かべると黙りこくってしまった。今の彼女にしてみれば、見ず知らずの男の質問に回答できない方がよほど困った事態であるらしい。

「機体制御は今しがた習熟し終えました。本機の制御は今より私が行いますが宜しいでしょうか?」

「だ、そうですけど?」

 両者の間に広がる重苦しい雰囲気を見かねたのか、それとも丁度良いタイミングだったのか、今度はツクヨミが声を上げた。両サイドから伸びる複数のコードが少女が座る座席の肘掛部分へと伸びているところを見れば、どうやらその辺りに外部端子を繋ぐスロットが存在する様で、ツクヨミは其処から制御システムへとアクセスするとごく僅かな時間で習熟して見せた。その性能は本当に500年前の式守なのか疑わしいレベルだ。

「え?あ……はい、ありがとうございます。あの、申し訳ありませんでした、何せこの機体の制御方法は私も知らないものでして」

「差し支えなければ理由を教えて頂けますか?」

「それは聞かないでいいよ」

「分かりました、失礼をお許しください。では、お名前を窺っても宜しいでしょうか?短い間とは言え名前を知らないと言うのは不便でしょう?」

「いえ。え、名前ですか?えと、その……フォ……フォル=ポラリス・アウストラリス……です。どうぞよろしくお願い申し上げます」

「こんな事になってゴメン。俺は伊佐凪竜一、ナギって呼んで良いよ」

「ご丁寧な対応痛み入ります。私はツクヨミ、隣のナギを"公私に渡り"完全にサポートする事を目的に生み出された式守です」

 物腰柔らかな印象を与えるその少女はたどたどしいながらも、同時にこの時点では怪しいであろう伊佐凪竜一達に対し丁寧に挨拶をした。その態度を見れば何処か良い所のお嬢様といった印象を持つには十分であるし、彼女の身に纏う服や装飾品に似つかわしい物腰穏やかな態度がその推測の正しさを後押しする。

 綺麗な刺繍の入ったワンピースにとても高価そうなイヤリングや指輪、ふわりとした亜麻色の髪は美しい光沢を纏っている上にとてもきめ細かそうで、触り心地が非常に良さそうである。とても大切にされている、一目でそう分かる位の身形をしており、佇まいも気品に溢れている。

 伊佐凪竜一もそれを敏感に感じ取り、意識して少女と距離を離そうと必死になった。それなりに良い身分のお嬢さんに何かあれば自らの身に不利益が生じる事を彼はよく理解しており、ソレだけを取って見ても彼という人物像を予想するに容易かった。

 生真面目であり、少なくとも女性と見れば取りあえず口説くアックスの様な性格では無いだろう……とは言えやはり男のサガか、すぐ傍にいる少女の可憐な見た目に目を奪われたのか、その様子を不自然ではない程度に観察している。

 だがその甲斐があってか、彼は少女の身に付ける物の中に一つだけ明らかに異彩を放つ存在に気付いた。それは少女が首から下げたネックレスだ。それ以外の装飾品はとても高額な印象を持ったのだが、ネックレスだけが奇妙な程に古びていた。

 そう言えば、と私は少し前の出来事を思い出した。アレは確かアックスが賭けの対象とした物でもあった。少女がそれまでの沈黙から一転、アックスと勝負を行うと言い出してまで、つまり自らの力を行使してまで守りたかった代物。しかし今にして思えばそれで良かった。フォルトゥナ姫から賭けの対象に大切なネックレスを奪ったと知れればどんな問題に発展するかなど想像したくも無い。

「ナギ……苦しい姿勢で辛いでしょうがもう少しだけ待って下さい。現在T都へ向かっています」

 一見すればタダの古びたネックレスを眺める伊佐凪竜一に気付かず、彼がただ単に無理な姿勢に疲れたのだと勘違いしたツクヨミは見当違いな言葉で伊佐凪竜一を慰める声が操縦席内に響いた。

「T都……あぁそう言えば清雅市から首都機能移転したんだっけか。でもどうして?」

「再開発が進むT都中心部の反対側に位置するO町に関宗太郎宅が有ります。現在の我々の事情を知り、且つ受け入れられるだけの土地を持つのは彼だけです。ハイドリを使用すれば到着まであと3分もかかりません。フォル、貴方には見ず知らずの相手ばかりとなり心配を掛ける事になりますが、関宗太郎は信用するに足る人物ですのでどうかご安心下さい」

「は、はい。あ、あの。一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「何なりと。信頼と理解には言葉と行動も重要だ。私が知る範囲ならば何でも」

「ちk……いえ、この地域一帯に何かあったのでしょうか?首都機能移転という事態はそうそう起きないと思うのですが?」

 フォルからの質問に伊佐凪竜一とツクヨミは黙り込んだ。過去に起こった戦いを思い出したのは間違いないだろう、何せ両者はその渦中にいたのだ。伊佐凪竜一は戦いに巻き込まれた末に異形の力に覚醒し戦いを終結させ、500年前に地球に落着した連合最新鋭の式守であるツクヨミは、後に神魔戦役と呼ばれる戦いの発端だ。地球と旗艦アマテラス、両陣営が彼女を守る為、あるいは奪う為に戦端を拡大させた。

「あ、あの、申し訳ありません。何かお辛い事情があるのですね。申し訳ございません」

「いえ、大丈夫です。しかし簡潔に説明するには少々問題が複雑なのです。ですから落ち着き次第お話しさせて頂きたいのです」

「は、はい。ご丁寧にどうもありがとうございます」

 フォルは前部操縦席から後方へ振り向きながらペコリと頭を下げると、操縦席のほぼ全面に映し出される外界の映像を興味深げに眺めはじめた。その眼差しは真っ直ぐであり、瞳はキラキラと輝いている。余程に物珍しい光景だったのだろうか。

 だがその映像は直ぐに変化してしまう。人気のない市街地と緑のコントラストに灰色の光が混ざる様になり、次の瞬間になると機体前方に灰色の円が出来上がった。ハイドリと呼ばれる短距離転移用の門だ。

 操縦席内の映像が一瞬だけ灰色に染まり、その色が引くころにはそれ以前まで見えていた景色は消え失せ、その代わりに再開発が進むT都の大都市が映し出されていた。少女はその光景に再び瞳を輝かせ、伊佐凪竜一は"もうすぐか"と、不自然な体勢が漸く終わる事に安堵した。が、ツクヨミだけは何故か押し黙ったままでいた。恐らくこの時点で少女の正体にアタリを付けていたのだろう。
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