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第3章 邂逅

71話 過去 ~ 地球篇 其の1

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 ――連合標準時刻 火の節 85日目 夕刻

 特区での戦闘から約4時間ほど経過した。それまで搭乗していた超豪華観光列車とは違い、人が宿泊する事など想定しない水運搬用列車の居心地は最悪に近い。

 天井部からは僅かな照明が不安を煽り、硬い床からは線路とぶつかるガタンゴトンという音と振動に強く吹き付ける横薙ぎの風が列車を揺らす三重苦が身体にダイレクトに響き休む間を与えない。空調設備など勿論無く、心も身体も休める事を許さない過酷な状況に真っ先にダウンしたのは当然ながらフォルトゥナ姫。

 無理も無い。こんな過酷な環境に放り込まれるなど今まで一度として遭遇しなかった筈だ。健気にも口に出してはいないが、少女の艶やかな肌に浮かぶ強く濃い疲労の色がその代わりとばかりに雄弁に物語る。

 伊佐凪竜一とアックスの二人は上着を脱ぎ床に敷くとソコに姫を寝かしつけるが、その程度で改善する筈も無く、また自らも命を狙われているという心境も相まって、寝返りを打つ度に亜麻色の髪が照明の中で仄かに揺れ動く。

 ガラリ、と貨車の扉が僅かに開く大きな音がした。映像を見ればアックスが外の様子を一瞥する様子が夕日の赤い色の中に浮かんでいる。

「位置から見れば次まではもう少し時間が掛かるってところだ。姫さんの様子を見ればこれ以上の旅は無理だが、どうする?」

「我々が出発した街までの正確な到着時間は分かりますか?」

「えぇと、確か今の位置は"水ガメの背中"って名前の湖が見えた辺りで、コイツの時速とか通過待ちの停車時間諸々を考慮すると……おおよそだが一日と半日は掛かるんじゃないかな」

「そうですか、では予定通り次で降りましょう。姫の御身に何かあれば言い逃れなど出来ません」

「だな。じゃあ駅で大っぴらに降りる訳にはいかねぇから、準備が出来たら飛び降りるぜ」

 ツクヨミとアックスが入り口付近で今後の計画を話しているが、至極もっともな結論へと至った。少女の身体にこの旅は過酷すぎる。一方、貨車の中央側に視線を向けると、未だ寝付けない姫の傍に寄り添う伊佐凪竜一が声を掛ける光景。

「動けるかい?」

「も、申し訳ありません」

 が、フォルトゥナ姫の口調は非常に弱々しい。

「気にしなくて良いよ。人間なら弱い部分駄目な部分あって当然さ、そんなのを誰も責めない。ツクヨミ、頼む」

「承知しました、では姫。参りましょうか」

 その様子を見た伊佐凪竜一の指示を正しく汲み取ったツクヨミは姫を抱え上げると防壁を展開、同時に全開となった扉から外へ飛び出した。直後、アックスと伊佐凪竜一もそれに続くように列車から飛び降りた。車外に取り付けられた監視カメラは通り過ぎる列車とその向こうに見える小さな街を見つめる4人の姿を捉えた。私は急速に視界から消えゆくその光景をジッと見つめていた。ただ、ジッと……

 ※※※

 ――連合標準時刻 火の節 85日目 夕刻 ~ タートルヴィレッジ

  時を告げる鐘の音は夜を刻む頃合いだが、この星特有の環境により外は相変わらず赤い夕陽が照らしており、更にその光は湖面を赤く染め上げる。

 その湖の畔に佇む大きな街の中に一行が姿を見せたのは貨車から飛び降りて凡そ一時間ほどが経過した頃。相変わらず姫の調子は良くない様で、今はツクヨミに手を引かれる形でヨタヨタと歩いている。

 もう少し時間が早ければこの光景を見る為に観光客が押し掛け、同時にソレ目当ての屋台が軒を連ねているのだが今は後の祭り。が、閑古鳥が鳴いているかと思えばそうでもない。景観の良い場所の屋台は早々に引き上げてしまったが、街の中央部には未だ活気と熱量が渦を巻いている。

「丁度いい感じの時間だ、どっかで飯食って来るといい。先に言っとくがあんまり駅から離れるなよ?何処もそうだが安全な場所なんて存在しねぇからな」

「君がいた方が何かと安全なのですけど?」

「綺麗なお姉様にそう言われると悪い気はしねぇが、別に用と言っても姫様達の荷物の状況を聞きに行って来るだけさ。ヤツ等が何時来るか分からねぇからな」

「なるほど、承知しました」

「それと明日のチケットもとっておきたい。あんな状況では落ち着けねぇだろ?じゃあちょいと行ってくる、金は預けておくけど無駄遣いするなよ?」

 アックスはツクヨミとのやり取りの末、1人雑踏の中へと踏み込んでいき……

「何から何まで、ありがとう」

「ありがとうございます」

 その背中に伊佐凪竜一とフォルトゥナ姫は感謝の言葉を伝え、照れくさそうに帽子を被りなおすと駅方面へと向かうアックスに背を向けるように喧騒と香ばしい香りが漂う繁華街方面へと歩を進めた。

 途中、観光客と間違えられ無数の客引きから声を掛け続けられ、時には強引に引っ張り込まれそうになったり、挙句には客引き同士で喧嘩になったりと彼等からしたら堪ったものではないトラブルに見舞われたものの、その末に入店した店の個室は比較的落ち着いていた。

 天井と机には明るい照明が灯り、部屋の内装は壁からカーテンからカーペットに至るまで暖色系の色合いで統一され、2人が座る木製の豪奢な椅子とテーブルには色鮮やかな皿が幾つも並べられ、立ち上る匂いが食欲を大いにそそる。

「どうぞごゆっくり」

 黒地のドレスに白のエプロンを纏ったウェイトレスは皿を運び終えるとうやうやしい一礼と共に部屋から引き上げていった。

「お座りになられないのでしょうか?」

 フォルトゥナ姫はウェイトレスの後ろ姿を見送ると部屋の扉を静かに閉め、そのまま入り口付近の壁に軽く背を預けるツクヨミにそう語り掛けた。その質問、きっと先程部屋を出ていったウェイトレスも同じであっただろう。本来ならば共に椅子に座るのが自然であるのだが、ツクヨミだけは座る事なく常に立ちながら辺りを観察したかと思えば、時折空中に浮かんだディスプレイを見つめている。

「お構いなく。姫様とナギが食事を終えるまで周囲を見張っているだけです」

「そうですか、申し訳ありません」

「気になららないでください。それに私はこう見えてもそこそこ重いので、万が一椅子が壊れてしまえば不審がられてしまいます」

 ツクヨミはにこやかに微笑みながら、まるで姫を安心させるかの様にそんな情報を付け加えた。確かに一見すれば細身の女性にしか見えない彼女の自重で椅子が壊れてしまえばそれなりに怪しまれるだろう。

「それよりも今の内に英気を養っておいてください。何時、何処で誰が襲ってくるか分かりませんから」

「はい……」

 ツクヨミに促されるままフォルトゥナ姫はテーブルの上の料理に手を付け始めた。その表情はとても重く悲し気であったのだが、しかし幾つかの料理が少女の小さな口の中へと消えていく頃には曇った表情は明るさを取り戻していた。どうやら張り詰めた緊張感と空腹が原因となっていた姫の暗い気持ちは上等な食事により改善されたようであり、それを見たツクヨミはホッと一息入れた。

 伊佐凪竜一もまた同じ反応を示し、対面に座る少女が取り戻した明るい笑顔に何とも言えない穏やかな表情を浮かべ……次の瞬間仲良く揃って部屋の扉へと視線を移した。

「よう、開けてくれよ?」

 程なく部屋の扉の向こうから聞き慣れた声が響いた。アックスだ。

「良くここが分かったな?」

「目立ってるんだなぁコレが、自覚してくれよ?」

「成程……余り良い傾向では無いですね」

「って事で目立たない安服買って来たからコイツ着なよ」

 ただ連絡を取ってチケットを買うだけに酷く時間が掛かっているかと思えば、どうやら現地の服を調達していたようだ。やはりこの男は抜け目ない。この星を逃げ続けるならば彼の持つコネと頭脳は必須だ、遠目に診ている私でさえそう感じるのだから間近にいる3人は痛感している事だろう。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。で、本題だ。明日のチケット取って来た。始発なら其処まで人はいない筈だから万一巻き込まれても被害は大きくならないと思いたいが、とは言えこればっかりは向こうの機嫌次第だけどな」

「そうですか、荷物の方はどうなんです?」

「全く進んでいない。デカすぎ重すぎで難儀しているそうだ」

 一方、同じ口が語る荷物の運搬状況は最悪だった。部下と運搬業者に急がせた荷物、つまりは彼らがこの星にやって来る際に使用した大雷なる機体の運搬をこの星の文明で運ぶには少々無理があったようだ。誰もが事が上手く運ばない様子に落ち込んでいるが仕方のない話、それはこの星から脱出して安全な場所へと逃げなければ正体不明の敵から延々と襲撃をされ続けるからに他ならない。

「な……なぁ、聞いていいか?」

 部屋の雰囲気が僅かに重苦しくなる中、唐突に彼は別の話題を振った。

「興味本位で聞くんだがよ、アンタ達どうやって出会ったんだ?状況がどう考えてもチグハグだ。地球近郊から動かねぇ旗艦アマテラスと主星のお姫様、銀河の真反対にいる両者に接点なんか無いだろ?」

 至極もっともな疑問だ。確かにそう考えれば2人に全く接点がなく、アックスに興味が出るのも致し方ない話だ。一方、話題を振られたその言葉に3人は黙り込んだ。

「む、無理に言わなくてもいいんだぜ。ただ興味があっただけさ」

「いえ、もう貴方も無関係ではありません。しかし事の始まりから説明する関係上、どうしても長くなるので食事をしながら聞いてください」

 ツクヨミはアックスの提案に承諾の意志を示すと同時、食事を促しつつ一枚の巨大なディスプレイをアックスの対面となる席辺りに表示させた。伊佐凪竜一とフォルトゥナ姫も斜め前方に現れたソレを見つめると、やがて半年前の映像を映し始めた。

 事の始まりを告げる青白戦役とその後の動乱。大分端折られているが、それでも地球と旗艦アマテラスで何があったかを知るには十分な情報であり、更に僅か数分に凝縮されたソレが終わると伊佐凪竜一が映像に無い部分を補完した。

 そして……いよいよ確信へと移る。僅か4日前に出会った2人と1機がいかかる経緯を経てこの惑星へと降り立ったのか。最初の映像は地球。ツクヨミの語りと共に映し出される未知の惑星にアックスは文字通り言葉を失い、その言葉に耳を奪われた。見た事も無い星の見た事も無い情景、それは彼の心中に封じた童心を蘇らせた。その目は大いに輝き、無心に食事を放り込む口から時折感嘆の声が漏れた。
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