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第3章 邂逅

78話 過去 ~ 地球篇 其の8

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「お嬢さん、休めるかねぇ?」

 居間に戻れば、伽藍洞の中央を占める机の傍には数枚の座布団、その上には小麦色の液体が半分ほど残ったグラスが水滴を滴らせたまま放置されていた。先んじて部屋へと入ったセオが手慣れた手付きでグラスを片付け、アレムは机を拭き座布団を部屋の端に積み上げ、僅か1分程度で落ち着いて話をできる程度に部屋が整理されるや、関宗太郎はおもむろに切り出した。

「難しいでしょうね。そもそもココはあの少女とは明らかに違う文明。身形から考えれば床に敷いた寝具で寝た経験など無いでしょうから、どれだけ休めるかも気掛かりです」

 対面のツクヨミは淡々と回答した。

「そう……そうだな」

「どうなされました、何か気になる事でも?」

「それはお前さんもだろう?だが今はいい、別の問題がある。例の件、駄目だったよ」

 話題は唐突に切り替わった。"駄目だった"、関宗太郎のストレート且つ不明瞭な一言にツクヨミは"やはりそうですか"と落胆の色を隠せない。表情こそ不明だが、イントネーションや言葉を切り出すタイミングがソレを如実に物語る。

「それは通信端末が全て使えない件でしょうか?」

 彼等の話題は今日の昼過ぎからで発生している通信障害。関宗太郎経由でその話を聞いているアレムは僅かな情報から会話の内容を推測する事は出来た。が……

「そうです。ですが、もしかしたら故障ではない可能性もあります」

 想定外の回答に面食らった。

「え?故障……じゃないんですか?」

「神様がそう判断したんならそうかもしれねぇな。続きだ。俺の通信端末も全く繋がらないから向こうに何か原因があるのかも知れないと考えてね、現在都内に建造中の羽田宇宙空港から直接旗艦に向かって貰おうと思ったんだが、どうにも運が悪い事に外務省の連中が全員出張ってるらしくて連絡がつかんのだ」

「……致し方ありませんね」

 旗艦アマテラスへの転移が行えない状況に変化なし。そう理解したツクヨミはやはり淡々と反応を返したが、先ほどよりも更に強く濃い落胆の色に支配されている。

「まぁそっちは俺の伝手を利用して宇宙へ上がるしかないだろう。で、だ。コッチもある意味で本命なんだが」

「何でしょうか?」

 再び話題が移り変わった。本命、そう伝えた関宗太郎に浮かぶ表情には疑問と困惑に染まっている。

「あのお嬢さんだよ。ツクヨミさんよ、アンタなら知っているか、もしくは知らなくても只者じゃないのは何となく察しがついてるんじゃないのかい?謎の機体、それと共に発生した通信端末の故障。こりゃ偶然じゃないだろう、もっと言えば……」

「先生!!」

 やはりあの少女が如何なる人物か気になっていた様だ。が、それ以上の会話は廊下から急いで戻って来たセオの小さな叫びに中断せざるを得なくなった。

 しかも彼の手には凡そ秘書らしからぬ物が握られている、銃だ。鍛えられた彼の右手に握られた黒光りするソレをよく観察すれば安全装置は既に解除され、何時でも弾丸を撃ちだせる状態になっている。

 命の危険を伴う事態が進行していると予想させるには十分だが、更にアレムの様子まで明らかに変わっていた。それまでの柔和な表情から獣の様な鋭さを持つ顔へと一変させた彼女はジッと障子の向こうを睨み付けている。

「アレム。フォル様を起こして」

「お前等、ちょっと待て。一体どうしたンでぇ?」

「襲撃です、誰かは分かりませんがそれは確実です」

「えぇ。恐らく10名以上、正確な人数は不明ですが相当な数を連れてきているようです」

「お、おいおい。どういう事だよ?」

 セオとアレムの変化は敵の襲撃を察知したからであり、次いでツクヨミも2人に追従する。

「お二方ともに素晴らしい気配察知能力ですね」

「まぁ、昔ちょっとありませしてね」

「そうか……なら俺はナギを呼んでくる。それから万が一に備えて逃げる準備もするべきだな」

 セオからの情報は正しく寝耳に水であり、流石にこんな荒唐無稽な事態を想定できなかった関宗太郎はただ狼狽えるばかりだった。が、それもわずかの間。彼は即座に指示を飛ばすと足早に部屋を後にした。

 地球人は誰もがこの様に肝が据わっているのか、それとも映像に映る3人に限った話なのか。関宗太郎の退室を確認したアレムはセオに目配せをすると静かに居間を離れ、ツクヨミは部屋の電源を落とし、セオは僅かに動かした障子の隙間から外の様子を窺っている。

「あ、あ、あのあの。コレは一体……」

 暫くすると伊佐凪竜一とフォルトゥナ姫が姿を見せた。大急ぎで寝巻から着替えた為か、やや服装が乱れているものの逃げられる準備は整っているようだ。

「敵、ソレだけしか分かりません」

「敵?」

「その様です。フォル、宜しければ私を抱えて頂けますか?いざとなれば防壁を展開してお守りします」

「は、はい」

 敵。そう聞いた伊佐凪竜一はフォルトゥナ姫の前に壁の様に立ちはだかり、ツクヨミは姫の両手に収まった。

「ところで先生、ハシマ様は?」

「それがアイツ何処にも居ねぇんだよ。ったく広いっても迷うほどに広い訳じゃないのによぉ」

「致し方ありません。先生、俺が外で気を引く内に2人と一緒に逃げてください。アレム、頼んだぞ」


 状況は膠着している様に見えた。敵の気配があると言いながら、その敵は一行に行動を見せない。ならば今の内にとばかりにセオは自らを囮にすると提案すれば、アレムはまるで彼がそう指示するのを知っていたかの如く行動を開始、ポケットから車のキーを取り出すとフォルトゥナ姫の傍に寄り肩に手を掛け部屋の外へ出るよう促す。

 一方、ハシマを探しに向かおうと部屋の襖に手を掛けた関宗太郎は"どこ行きやがったんだアイツ"と愚痴りつつもその提案を了承した。見殺しにはしたくないが数は圧倒的に不利。伊佐凪竜一という桁違いの戦力はいるが、相手の正体が不明と言う事実に数を頼りに押しきられれば誰かが死ぬ可能性は捨てきれない。

 セオもアレムも覚悟している。死ぬのが自分ならば構わないが、関宗太郎と少女は何としても生かさねばならないと、その覚悟が両者を突き動かしており、関宗太郎も長い付き合いから2人の思考理解している。

「大丈夫よね?」

「やってやるさ。正面に10、周囲を取り囲む人数は不明だが何人かがそっちに向かうからお前も気を付けろ。それから正体不明の反応が……不味いッ!!」

 1人で10人を相手にすると言い切った時点で……いや、その前に日本と言う国で銃を所持する時点で只者ではない気配を漂わせるセオだったが、外を睨み付けながら指示を飛ばす最中、何かに気づいた様子を見せ……

「伏せろッ!!」

 指示を中断し大声で叫んだ直後、外から破裂音が幾つも鳴り響いた。窓ガラス、障子、木製の柱に机に箪笥から土壁に至る全てがいとも容易く砕け、その衝撃に吹き込む外からの風が合わさり部屋が微かに揺れ動く。銃撃だ。セオとアレムとツクヨミの言葉は間違いではなかった。

 だが放たれた銃弾が夜の闇を切り裂きながら部屋に飛び込み、そして壁に大きな穴を幾つも穿ったその痕跡を見た伊佐凪竜一とツクヨミは呆然自失とした。私も同じく、だ。一方、状況が飲み込めないセオとアレムは言葉を失う伊佐凪竜一とツクヨミに怪訝な視線を向けるしか出来ない。彼等には今、何が起きているか理解できないから致し方ない。

「コレは……なんで!?」

「地球製ではない、そんな馬鹿な!!」

 1人と1機が一斉に驚きの声を上げた。それは私もその言葉を聞くまでも無く理解していた、銃弾が壁に開けた穴はサイズと比較し明らかに大きかった。ソレだけならば両者は疑わなかっただろうが、しかし銃弾が黒い夜を切り裂くように仄かに輝いていたという決定打が重なる。

 関邸を包囲しているであろう敵が凄まじく強力な武装を所持しているが、それが少なくとも連合の何処かからの刺客である可能性もあるという事実は伊佐凪竜一とツクヨミを思考停止状態に陥らせるには十分な衝撃があった。

「出て来い!!そこに居るのは分かっているッ!!」

 今度はセオとアレムが思考停止状態に陥った。外からドスの利いた低い男の声を聞いたセオとアレムは大いに動揺した。伊佐凪竜一とツクヨミは自分達の代わりとばかりに思考停止した二人の秘書を見つめるが、直後にボロボロになった窓の向こう側を睨み付ける。1つの大きな影がゆっくりとコチラに向かってくる様子を確認した伊佐凪竜一は懐に手を伸ばすが……

「まさか……」

「この声……」

 その行動を制するかのように意識を取り戻したセオとアレムはボロボロになった障子と窓ガラスを蹴り飛ばし外へと飛び出した。2人の秘書が睨みつける視線の先、月明りが照らす夜の庭の中央には硝煙立ち上る銃を握りしめ仁王立ちする男。

 白髪交じりで極めて高い身長にガッチリとした体格、顔にはいくつもの傷跡がある大男を見た秘書達はその男を知っているようだったが、月明かりに浮かぶ顔を見た瞬間に絶句し動きを止めると絞り出すように何かを呟いた。
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