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第3章 邂逅

92話 過去 ~ 別れ

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 ――テンペスト領トライブ 中央広場

 戦禍の残るトライブの街で最も活気のある中央市場付近に一際異質で目立つ建造物がある。他とは明らかに違う、石造りのがっしりとした建物は無骨で華美な装飾など一切ない。

 この建物は転移方陣の出口側と言う役目があり、個人国家によらず多くが転移先として指定する施設だそうだ。内部は極めて質素で、床に描かれた魔法陣とその周囲を固める10名以上の護衛を除けば僅かな机と椅子や棚位しかない。

 施設の存在理由は科学による転移と同じく出口側の安全確保の為。具体的に想定しているのは障害物による怪我や悪意ある攻撃。出口側の安全確保は転移という移動手段に於ける最も重要な問題であり、安全確保の為に常時見張りが立てられ、更には戦闘禁止地域として指定された上で幾つもの法とクロス・スプレッドにより厳重に管理保護される。

 まるで頑丈で有ればそれ以外はどうでも良いと言う趣の建造物にはいくつかの窓と大きな鉄製の門があるが、今その門が開き数人がゾロゾロと姿を見せた。真っ先に姿を見せたのは転移方陣を開いた黒魔導士ベランシカ。頑丈そうな施設の門を出た彼女はクルリと後ろを振り向き……

「では、街外れまでご一緒します」

 続いて施設から顔を見せた伊佐凪竜一達に同行を提案したが……

「え、いやここまでで十分ですよ」

 彼はその提案をきっぱり断った。その性格から判断すればこれ以上の助力は不要と考えている可能性が最も高いが、これ以上クロス・スプレッドと行動を共にする危険性を感じているのかも知れない。何せ不法な手段でこの惑星へと降り立ったのだから。

 惑星間の移動は基本的に航宙艦に載り旗艦アマテラスに向かい、寄港後に幾つもの検査を受けた後に航宙艦から当該惑星の宇宙ステーションへ寄港、更にソコから特区内に建造された宇宙ステーションの地上側施設に転移という段階を踏む。例外もあるが、基本は何段階もの手順が必須なのだ。

 だが彼らは大雷の単独転移機能を利用しこの惑星へと降り立った。ソレは連合法に規定された各種検査なども行っていない完全な違法行為状態であり、本来ならば見逃されるなどあり得ない状況。故に懇切丁寧に対応されれば逆に不気味さを感じても不思議ではない。

「それではまた襲われますよ。私達としても評議長のお客様である皆様の安全を守るよう言いつけられておりますので、どうかご容赦を」

「わ……分かりました。分かりましたから」

 柔和な物言いをするベランシカは伊佐凪竜一のすぐ傍にまで近寄ると、彼を見上げながら同時に妖艶な眼差しで見つめる。やや強引な態度に気圧されたのか……いやアレは妖しく艶めかしい雰囲気を放つ女の色香に惑わされただけのようだ。

 とにかくその雰囲気に伊佐凪竜一は仕方ないと受け入れつつも明らかに鼻の下を伸ばし、姫はよく分からないと言った様子で2人を見つめ、ツクヨミは露骨に不貞腐れる。何やってるんですかね。

「しっかしスゲェよな、転移方陣を単独で展開するだけでも一仕事なのに、あれだけ離れたヴォルカノから此処まで運んじまうなんて」

「しかも複数人同時なのに息切れ一つしてない。やっぱりあの人達は別格だなぁ」

 一方、その背後に立つクロス・スプレッド達は要注意人物である伊佐凪竜一達よりも単独で転移を行うベランシカに憧憬の視線を送る。

「では参りましょうか。2人程同行お願いできますか?変な奴が居たら適当に追っ払ってください」

「「はい!!」」

 こうして彼等は街外れまでベランシカを含むクロス・スプレッドの二軍と共に向かう事となった。道中、ベランシカと伊佐凪竜一が仲良く談笑をすると嫉妬全開のツクヨミがその間に割り込むという……まぁ、何やってんだお前達はと突っ込みたい一幕もあった程度で、問題らしい問題は何も起きないまま都市内外を繋ぐ出口へと到着した。

「それでは私達は此処までです。どうやって、何処に向かうかは分かりませんが御機嫌よう。またお会いできる日をお待ちしておりますわ」

「はい、ありがとうございます」

「あの、怪しまないんですか?」

 社交辞令的な挨拶に丁寧に頭を下げる姫とは対照的に伊佐凪竜一はストレートな本音を口に出し、本来ならば彼の言動を諫めるであろうツクヨミは不貞腐れているのかジッとベランシカを見上げたまま何も語らない。

「ウフフ、正直な方ね。評議長の見立て通り、嘘が苦手なのですね。ではコチラも正直に、恥を晒すようですが戦後復興の最中で何処も余裕が無いのですよ。だから不審なお客様が素直に帰ってくれるならばそれに越したことはない、と言う訳。それにもしアナタが本当にスサノヲならば必ず会う事になりますから。恩義に感じて頂けるならばその時に改めてお願いいたします」

「分かりました。どんな形になるか分からないですけど、必ず」

「本当に素直で正直な方ですね。ソレでは御機嫌よう」

 伊佐凪竜一は未だ何も語らないツクヨミに代わり礼の言葉を伝えるとベランシカは優しく微笑み、そして踵を返し人ごみの中へと姿を消した。

「さて……じゃあ戻ろうか。自己修復機能がちゃんと働いてるならもう直ってるんだよね?」

「はい。機体もどうやら見つける事は出来なかったようですね」

「恐らく違うと思います」

 ここに来て漸くツクヨミが口を開いた。

「え?」

「つまり、見つけたけど放置したと言う事か?」

「そこまでは何とも。ですが、僅かなやり取りと私の記録からブラッド=エデンは相当な切れ者と判断します。私達の置かれた状況もほぼ理解しており、だから何らの追及もしないまま見送ったのでしょう。特区のデータベースを監視していたのですが、私達に関する一切の情報を報告していませんでした」

「あの、でも……何も喋っていませんよ?」

「スサノヲが正規の手続きを経ることなく姿を見せた時点で何かあると考えるのは別に不思議ではありません。それにあの女……」

「あの人が何か?」

「色目……いや、雑談しながらも情報を引き出そうとしている節がありました」

「え?そんな風には見えなかったけどなぁ」

「独断か評議長の指示かは不明ですが、いずれにせよ早急に立ち去った方が良いでしょう。さぁ行きますよ」

 状況を呑みこめない伊佐凪竜一にツクヨミは発破をかけつつ、同時に率先して街はずれから森の中へと姿を消した。約30分後、トライブの街に居を構える星読みは空へと立ち昇る一筋の流星を目撃した。

 ※※※

 ――テンペスト領トライブ 中央広場

 伊佐凪竜一達が食事を摘まみながら過去の経緯に花を咲かせる間、私は別の映像への目をやる。それは彼等が無事にエクゼスレシアを脱出した後の話。

 夕暮れに沈む恒星と同じく中央市場の熱気も引き、人々は戻るべき家へと戻り始める。喧騒に満ちた広場の人影はまばらとなり、もう後1時間程度もすれば人通りは完全に途絶え、遥か遠くの山々に恒星が消え、夜の帳が降りる。周囲の様子を窺えば、灯りの中に店じまいをする店主達の姿や家々から漏れ出る明かりが淡く街を照らす光景。

 そんな時刻、市場の中央に最後まで出店する店の前に姿を見せたベランシカは椅子に腰を下ろし何かを注文した。閉店準備をしていた店主が木製のカップに並々と注がれた黒色の飲み物を快く手渡した直後、彼女の元に数名の部下が駆け寄り何かを報告した。が、どうやら成果は芳しくなかったようだ。敬礼と共に消えゆく部下に感謝の言葉を掛けた彼女は黒い液体を飲み干すと大きなため息を零した。

 時刻はもう少し進み、程なく恒星が完全に地平線へと消えゆく黄昏時。

 闇に小さな光が浮かび上がった。彼女の胸元からふわりと浮かび上がった小さく光る何かは程なく彼女の耳元へと近くと翼の生えた小人……妖精へとその姿を変えた。アレは人工妖精ベル。遠く離れた相手との通話用に作りだされた人工の妖精であり、その通信可能範囲は惑星全域程度と記録されている。

 妖精は遠く離れた対となるもう片方の妖精と繋がっており(※量子的な繋がり、エンタングルメント)、もう片方の情報が距離を超えてもう片方へと伝わる。当然ながら連合の通信技術と比較すれば大きく劣るが、それでもこの星の生活基盤を支える重要な通信手段の一つだ。

「どうだった?」

 妖精の口が低い男の声で語った。この声はブラッド=エデンだ。

「聞き込みについては何人かが"空へと立ち昇る流星を見た"と話した位で後は何もありませんが、彼と少しだけ話をして地球と言う惑星の話を聞く事が出来ました」

「"彼"か。なら信用してもよさそうだな。で、成果は?」

「推測ですが文明レベルは旗艦アマテラスよりも相当下、私達よりは上ですけど連合内においては中位の部類と考えて良いかと」

「成程、神魔戦役の情報と符号しているな。それ以外は?」

「そうですね。後は……年上が好みと言う位かしら?」

「オイオイ、色仕掛けでもするつもりか?」

 ベランシカが大真面目に話すどうでも良い情報に人工妖精ベルから聞こえる声は大いに呆れた。碌な情報が得られない中で得た数少ない情報が不審人物の女の好みでは笑えないだろう。

「ウフフ。許可、貰っておけば良かったかしら?」

「やめとけ。奴のツガイに殺されるぞ。どうもあの2人それなり以上の関係だと専らの噂だそうでな、ココからも生まれ以外に何の取り柄もないボンボン共が何の根拠もなしにバカ面下げて押し掛けたそうだ。で、そいつ等が高い渡航費出して手に入れた唯一の土産と称してあちこちに吹聴していた」

「あら、それで運命の相手ツガイなのね?」  

「直接会って聞いた訳ではないが、旗艦むこうでも専らそう言われているそうだ」

「でも噂ならまだ可能性が無いわけじゃないでしょ?」

 番。そう聞いたベランシカは諦める素振りどころかすぐさま食って掛かった。確定している訳ではないならば可能性はあるというのが根拠らしいが、なんというか……そこまでして情報を得たいのか、それとも単に気に入っただけか?

 しかし、ベランシカに惚れたというならば説得力がある程度に彼女の容姿は整っているが、彼の容姿は余りにも普通だ。間近で接して何かを感じ取ったというならば無きにしも非ずだが、果たしてどんな意図から飛び出した発言なのか、その心境は科学でも入り込めない彼女の心の内にしか存在しない。

「お前なぁ、そもそもオマエ妙にナイーブだからその手のヤツは苦手だろうが。そもそも、なんでそんな性格なのに露出が……いや、もうそっちはいいから少女の方はどうだ?」

「取り立てて何も。ですが歳不相応な知識と落ち着き払った雰囲気に星読みが見たと言う赤い流星、それに年齢から判断すれば、"フォルトゥナ=デウス・マキナ"様の可能性もあるでしょうけど、確たる根拠は見つけられませんでした」

 鋭いな、と私は感嘆した。連合の頂点、姫に関する情報は辛うじて年齢が推測できる程度で、それ以外の容姿含めた一切が守護者に阻まれ開示されていない。

 そんな状況で素性不明のスサノヲと連れ立って歩く少女というたったそれだけの情報、今現在の連合を取り巻く状況から少女をフォルトゥナ=デウス・マキナと予想出来る人間が果たしてどれだけいるだろうか。このベランシカという女もそうだし、ブラッドと言う男も含むクロス・スプレッドは極めて冷静に物事を判断できる逸材が揃っているようだ。

「そうか。ある程度は予想していたが、やはり碌な情報が無いな。何にせよご苦労だった、と言いたいがもう一つ頼めるか?バルネルと旗艦うえに向かう人員を見直せ」

「構いませんが……まさか何か起こると?」

旗艦うえも"ココ"も、何かが起きる前提で動く。任せたぞ」

「承知しました。では直ぐにバルネルと合流します」

 ベランシカはそう言うとすぐさま転移方陣を展開、恒星が完全に隠れ夜の闇が支配する中央広場から姿を消した。
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