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第3章 邂逅

91話 過去 ~ 収束

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 ――自由都市ヴォルカノ領 ナイトギア闘技場入口付近

 時刻は正午を1時間ほど回った頃。情報収集の為にツクヨミが飛ばした調査用の端末が捉えた映像に先ず映ったのは運営委員会達。全員が一様に頭を抱える原因は言わずもがな、正午に開始された武術大会決勝戦が未曽有の事態を受け中止を余儀なくされたからだ。

 多数の死傷者が出た現状を正しく把握すれば祭りムードなど即座に吹き飛び、更に各地から訪れた観光客が落とした金程度では修繕費で相殺どころかマイナス、また勝者による凱旋パレードなどのイベントも丸々潰れてしまった事により被害額の計算は誰もが拒否するレベルに膨れ上がっているようで、運営委員会は紛糾と混乱により真面に機能していない。

 更にもう一度開催するには余りにも悪い状況が拍車を掛ける。出場者の大半が突如出現したデアボリカとの戦闘で大なり小なり負傷しているからだ。最も、1、だが。

 しかし運営委員会は余計に頭を痛める。寄りにも寄ってその人間が目の上のたん瘤である評議長が推薦した伊佐凪竜一であるからだ。そう、彼だけは大会参加者中でただ1人だけ無傷に近く、だから余計に委員会の面々は喧々囂々に議論をする。

「あー、どうしよう」

「あの、余り気を落さないで」

「アンタは気楽でいいよなぁ。結局、大会中止になっちゃったし、評議長からの信用も貰えたんだからさぁ」

 混乱する委員会から何らの指示も飛んでこず、そうなってしまえば司会担当の自分がこの状況を同市民に説明しなければならないと気落ちする男に伊佐凪竜一は慰めの言葉を掛けるが、しかし精神的に余裕が無いのは相手の善意好意を受け入れる余裕が無いというのと同義。その彼を見れば、伊佐凪竜一の言葉など完全無視して頭を抱え続ける。

 この人物、どうやら不測の事態に滅法弱いらしく、何をするでもなく周囲をウロウロとしながら何時まで経っても来ない運営委員会からの指示をひたすらに待ち続ける。

 一方、優柔不断な男とは真逆に動く人物もいる。ブラッド評議長は怪我人の介護、瓦礫の除去を中心とした復興準備を独断で決定、更に実行に移していた。

「リリスは教会まで飛んで白魔導士の派遣依頼後、商会に寄って救援用物資を提供してもらえ」

「はーい」

「カイルは自由都市軍の騎士と連携して治安維持、バルネルは戦後復興委員会に瓦礫除去に人員を回すよう掛け合ったらクロス・スプレッドウチから何人か連れて特区の警備に回れ。不審と判断したヤツは理由をでっち上げて拘束して構わん」

「お任せください!!」

「お任せを。ところで勝手に仕切って良いんですか?評議会アイツラまーた難癖付けてきますよ?」

「どうせグダグダと責任の所在を話し合うだけで何も決められん、手柄を譲れば何時もの如く黙るだろうから放っておけ。次、ベランシカ。お前は伊佐凪竜一達の元に向かえ。もうそろそろ戻りたいと愚痴り始める頃合いだろうからトライブまで送ってやれ。別れたら情報収集だ、些細な情報でも全て集めて報告しろ」

「はい」

 手慣れた様子で指示を飛ばすブラッドの言葉にクロス・スプレッドの面々は当然の如く即答、颯爽とこの場を後にした。

「我々兄妹は何を?」

 今、ブラッドの前に立つのは最後まで名前を呼ばれなかった学生服に身を包んだ少年少女。緊張の面持ちで指示を待つその様子からは、クロス・スプレッドになってまだ日が浅いと思える未熟さが垣間見える。

「ミスク、それからメル。お前達には重要な任務を与える。多少強引でも良い、迅速に実行し俺に報告しろ」

「はい。それで一体何を?」

「この大会の関係者全員を洗い直せ。運営委員会から参加者、スポンサーに至るまで全部調査し直してこの馬鹿騒ぎの黒幕を見つけ出せ。一時的に団長権限を与えるから暇そうにしている連中を好きなだけコキ使って良いぞ」

「なるほど。だからさっきバルネルさんに特区の警備を依頼されたのですね」

「どれだけ考えても理由が分からんから念の為だがな。では任せたぞ」

「はっ、はい!!」

「しかし、それならばあの男に……ってまさか?」

「メギンから報告があった、突然死だとさ。死人に口なし、意図したかどうかは不明だが真相は闇の中だ」

「分かりました。クロス・スプレッド一軍を総動員します」

「何を仕掛けているか分からんから、死にたくなければ常に注意を怠るなよ。馬鹿の行動は神でも予測困難で何をやらかすか完全に読めんらしいからな。俺はメギンのところに戻る」

「「お任せくださいっ!!」」

 最後に残った若輩者の兄と妹はどんな仕事が割り振られるかと心中穏やかでは無かったが、しかしブラッドの口から零れた"重要な任務"という言葉に舞い上がると脱兎のごとく評議長の前から姿を消した。

「あらあら。随分と目に掛けてるのね?」

 仲睦まじい兄妹の背中を眺めていたブラッドは、不意に掛けられた声を聞くや背後を振り向いた。其処にはつい先ほどまで怪我人の治療に当たっていた来賓の女性、歳の頃30代後半の穏やかそうな雰囲気を持つメギンの姿があった。

 負傷者の手当てを行っていた彼女が闘技場の入り口に姿を見せれば、年齢性別の区別なくその姿に祈りを捧げ始める。ココは彼女の出身惑星では無いのだが、その政治的手腕を含めた能力と人望は連合中に広く知れ渡っており、密かに信徒を増やす要因ともなっているそうだ。

「当然だろう……さて、取りあえず、だ。改めて惑星アールスター代表、聖女メギン=メイヴの助力に感謝したい。この礼は……」

「ウフフ、今更よしましょうよ。それに私も打算あっての行動よ?」

「情報か?」

「当然でしょ。さ、知ってること全部話してね」

 メギンは相変わらず柔和な笑みを浮かべたままそう話すが、しかしその目の奥は極めて冷静に先を見通している。

 連合における病気怪我の治療手段は大別して3種類ある。ナノマシンを使用した最先端医療、医師による投薬及び手術、最後に人体の治癒能力を促進させる白魔導(または白魔法、白魔術とも呼ばれる)。

 メギン=メイヴはエクゼスレシアと同じく魔導技術が文化文明の中心である惑星アールスター最高峰の白魔導の使い手であり、死者の蘇生さえも可能と噂される桁外れの治癒能力は最先端医療に肉薄、あるいは超えていると評される傑物でもある。

「さて、では先ずあの男からだな」

「確か、伊佐凪竜一だったかしら?」

 メギンはそう言うと入口から少し離れた位置に立つ伊佐凪竜一を見つめた。彼女はああ見えても相応の修羅場を何度も潜り抜けている。聖女の守護者、惑星アールスターの最高戦力Dフォースを帯同させているとは言え、危険を顧みず戦場を巡り凄まじい数の傷病者を献身的に治療してきたからだ。そんな彼女は直感的に理解している。今回の一件には何かあると、柔和な視線の奥に宿る光はそう物語っている。

「残念だが奴に関する情報は殆ど持ち合わせていない。あの妙なオートマタの話が真実ならばそのうちスクナから連絡が来るらしいが、それ以外はさっき話した通りだ。後はデアボリカが明らかにあの男を意識した位か」

「アレ、やっぱり気のせいじゃないわよね?」

「あぁ。あの中でヤツが一番強いからと考えるのが無難だが、正直なところどうだろうな。まぁ何にせよ大人しく帰った以上、どうにもしようがない」

「ところで、そのデアボリカって資料によれば桁違いに強かった筈でしょ?どうしてあんなに弱いの?」

「10年前の傷が癒えていないか召喚主が少なすぎたか、さもなくばその力量の内の幾つか、あるいは全部が重なった結果だろう。それよりも次はあの少女だ」

 伊佐凪竜一とデアボリカとの関連など幾ら考えても分かる筈も無いから思考を回すだけ無駄、そんな態度を隠しもしないブラッドはそう断じると目下最大の関心事へと話題を移した。その鋭い目が見つめる先には伊佐凪竜一を心配する1人の少女。この時点では誰もその素性を知らぬフォルトゥナ=デウス・マキナ。

「何かあったの?」

「デアボリカ出現の余波で振動が発生した時、バルネルがカイルに少女と一緒に逃げるよう提案したんだが、ミコトが却下した」

「どうして?さっぱりわからないわ」

「ソレがな……カイルにだけこっそりと教えたそうなんだが、どうやらあの中の誰かが命を狙われているらしい。だから分断は危険だと、そう言っていた」

「それってつまり、まさか逃げてきたの?」

「断定は出来んが、そう考えれば表立って行動出来ない理由も素性を明かせぬ理由にも一応納得がいくな」

「でもそうなると……」

 メギンはブラッドから提供された情報に面食らったようだが、その顔が今度は神妙な面持ちへと変わり、同時に何方かと言えば目の前の男を責めている様な、そんなジトっとした視線を含んだ表情へと変わる。

「あの時はまだ何も分からなかった。だからああしてベランシカを付けたし、引き止める様な指示は出していない。無論、特区と連合への報告もしていない」

 メギンの責めたてる様な視線にバツの悪そうな表情を浮かべながら再び伊佐凪竜一達を見つめると、2人と1機の姿が転移方陣の向こうに消えた直後だった。良くも悪くも惑星エクゼスレシアの話題を独占した男はまるで台風一過の様に余韻すら残さずこの星を後にした。

「それに奴等も正直に全てを話してはいない筈だ。名前だって、伊佐凪竜一は多分本名だろうがミコトは本当かどうか怪しいものだし、聞きそびれたが少女も恐らく本名を語らなかっただろう」

「へぇ、聞かなかったんだぁ?」

 少女の名を聞き忘れたブラッドの告白にメギンの態度が一変した。その顔は酷く嬉しそうに"失態"と責め立てている様に見えるが、ソコに悪意は見られず何方かと言えば仲の良い友人が茶化している様な雰囲気に近い……ように思えたのだが対面のブラッドは露骨に顔を歪めた。

「チッ、もういいだろう。それよりも連合の敷いた惑星防衛網を突破した方が問題だ。転移に限れば大雷だと納得できるにしても、無数の監視システムを騙すなど異常だぞ?」

「それが可能なのは知る限りアマテラスオオカミだけ……まさか、ミコトがアマテラスオオカミだと言いたいの?」

「現状では情報が少なすぎて何とも言えん。だから目の届く位置で監視したかったのだが、このザマだ」

 ブラッドは大いに不満気な表情を浮かべながら消失する魔法陣を睨みつけた。最初の切っ掛けが何であったかは定かでは無いが、今ははっきりと認識している。何か只ならぬ出来事が起きると。

「素性不明のスサノヲ、そのスサノヲに帯同する謎の少女、新型のオートマタ。そしてその内の誰かが狙われていると言う事実。分からないことだらけだけど、でも随分とキナ臭くなってきたわね」

「そうだな、しかも場合によってはもう一つ追加されるかもしれん」

「もしかしてこの大会も?」

「あぁ。不発に終わったとは言え10年前に討伐した筈のデアボリカの再召喚、そして散々に引き延ばし続けたバカ騒ぎの開催日」

「あぁ……そう言う事。と関係あると言いたいわけね」

「誰かは知らんが、よっぽど俺達に出席して欲しくないらしいな。ソッチの出発は何時だ?」

「これから直ぐにでも、と思いましたけど歩調合せます?」

「そうだな。ギリギリまで情報を集めたい」

 神妙な面持ちで話し合う両者の間には誰も割り込む事が出来ず、従って情報交換はスムーズに終了したようだ。口頭とは言え互いに共同歩調を取る事を約束した両者エクゼスレシアとアールスター、両惑星のトップは今日ここで起きた出来事からその裏に何かが蠢く気配を感じ取った。

 現時点では杞憂と言われたならば納得してしまうレベルだが、しかしそれでもこの2人は微かに見え隠れするその気配を察するや慎重に事を進める選択を選んだ。

 また、漠然とこの2人が感じる様に、今日この出来事を見た誰の心中にも同じ思いが渦巻き始めている。何かが起こるという漠然とした不安が心の隙間から浸透し、浸食し、蝕んでゆく。
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