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第4章 凶兆

114話 神か、悪魔か? 其の3

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 最初に見たのは夜の闇を照らす巨大な光。

「そこまでだ」

 次に周囲を眩く照らすその中から響いた静かな男の声。光源の先には闇夜に浮かぶ一隻の航宙艦。その形状に伊佐凪竜一達は安堵の表情を浮かべたが、彼等は何も知らない。

 アレは旗艦アマテラスに随伴するアメノトリフネ型航宙艦に酷似しているが全くの別物、何より今の地球と旗艦アマテラスは双方が交流を停止、羽田宇宙空港と名付けられた宇宙ステーションもその余波を受け停止中。

 つまり、アレは旗艦から転移発進した艦ではない。混迷する地球の事情を知らないどころか、いかなる事情をも慮る必要の無い連中が搭乗している。主星フタゴミカボシから来たアメノトリフネ型の航宙艦。搭乗するのはもう連合最強たるスサノヲと対を成す守護者。つまり、あの男もいる。先程の声の主。守護者の長、総代アイアース=デュカキス。

 その実力は連合最強と名高いスクナとほぼ同等と謂われる謎の多い男だが、彼曰く"あの男は一度として本気を出していない"と評価する程の猛者であり、デウス家に対し絶対の忠誠を誓うデュカキス家の嫡男。最悪の相手が地球に来た。

「ふむ、どうやら多少は分別があるようだな」

 周囲を猛烈に照らす上空の艦を呆然と見つめる伊佐凪竜一の背後から男の声が聞こえた。振り返るとソコには灰色の光、次いでその光の中から男がゆっくりと歩いて出て来た。

 歳の頃は大凡50歳、穏やかな顔に掛けた眼鏡はその人物の表情をより一層柔和に演出する。が、守護者が身に纏う華美な装飾が一切ないシンプルな黒の正装スーツに赤いマントを羽織ったその男こそが総代アイアース=デュカキス。

 一方、伊佐凪竜一は柔和で物腰柔らかな男を睨みつける。戦闘態勢を維持する理由はただ1つ、誰が敵であるか分からないから。故にその判断は本来ならば正しいのだが……しかし相手が悪かった。その男が眼鏡を外すと胸の内ポケットに仕舞い込み、そしてマントを翻したとほぼ同じくして伊佐凪竜一は盛大に吹き飛ばされた。

 不可視の攻撃の正体は遠当てと言う技術。ソレは且つて伊佐凪竜一が見せた獰猛な程の威力こそないが、流麗で自然な動きから放たれた一撃は誰1人の反応も許さなかった。圧倒的、弛まぬ研鑽の末に宿した技術はそう表現するほかに無い程に静かで鋭かった。

「急激なカグツチの変動と発光現象に何事かと来てみれば、まさか噂の英雄が居るとはな」

「グッ!!」

 伊佐凪竜一が呻き声を上げながら橋の欄干に激突するのを冷徹な視線で見送ったアイアースは、興味など無いとばかりに身を翻すと車へと歩み寄る。セオとアレムはその様子を微動だにせずに見守る……いや、動けない。

 彼等は強い。だからこそ理解出来た、してしまった。悠然と近づく男に歯が立たないという事実を、地球で強いという程度では目の前の男の歩みを止める事など叶わない事実を、圧倒的な実力差を瞬時に悟った。正に蛇に睨まれた蛙、だからこそ状態後部座席の扉が静かに開かれた事にすら気づかなかった。

 少女が、フォルトゥナ=デウス・マキナが車から降りた。直後、アイアースは僅かに歩みを早めた。同時、そこかしこに大量に生まれた灰色の光から守護者達がゾロゾロと姿を現すと、全員が一糸乱れぬ動きで一斉に姫の元へと向かった。

 程なく、姫の元へと到着したアイアースはうやうやしくかしずいた。

「お久しぶりでございます、運命傅く我らが姫君。言い訳などしません、お迎えに上がれなかった不始末は改めてお詫びいたします」

 男が片膝を付いたまま姫に頭を下げれば、後ろの守護者達もまた一糸乱れぬ動きでソレに続く。

「いえ、私こそ申し訳ありませんでした」

「姫がお心を痛める必要はございません……が、やはり貴方様のご意志でございましたか。ならばもうその辺で宜しいでしょう。何を願い英雄と行動を共にしたのかは敢えて問いませんが、貴方様は連合にとって極めて重要な役目を持っておられます事をどうかご理解下さい。それにもう時間もございません」

 アイアースはその言葉と共に立ち上がり後ろの守護者達に合図を送れば、彼等はやはり一糸乱れぬ動きで二列縦隊を作った。その先には煌々と輝く灰色の光。直立不動で立つ守護者達はその名の通り姫を守る盾、あるいは壁となった。連合の頂点は、本来戻るべき場所に収まる。旗艦アマテラスへと向かうようだ。

「ン?」

 不意にアイアースは姫から視線を外した。其処には欄干に叩きつけられた伊佐凪竜一。彼はヨロヨロと立ち上がると守護者が作る壁を呆然と見つめる。

 自分の役割が終わった事への安堵か、それとも少女の安全が確保された事への喜びか、幾分か落ち着いた表情を見れば戦意が無い事など明らかだ。が、そんな心情はアイアースという男には無関係だったようだ。

 男は空中に浮かんだ小さな灰色の光の中から一本の剣を引き抜いた。旗艦で製造される刀とは違う両刃の剣、フタゴミカボシに伝わる最も新しい神話であるデウス家の守護者ケラウロスが使用していた武器を模した武器。

 正しく天から降る雷を想起させる淡い黄金色を含んだ刃が灰色の光を纏いながら夜の闇に揺らめくと、その切っ先は伊佐凪竜一に向いた。刃の先に立つ伊佐凪竜一はその行動に怯む事無くじっと睨み付ける中……

「貴様が姫を誘拐した男か?」

 淡々とした問答が始まった。

「誘拐などしていない」

 澱みない反論にアイアースは動じない、信用もしない。

「では何だと?」

「誰かが俺達を狙っている」

「それがどうした、貴様が生きようが死のうがどうでもいい」

「それだけじゃない、あの子も狙っている」

「そう……そうか。つまり貴様はこう言いたのか?姫と貴様を狙う者から今までずっと守り続けてきたと?」

「そうだ」

 彼は断言した。が、直後に聞こえたのはせせら笑う声。

「フッ、ハハハハハハ……ハァ、無知とは恐ろしい。貴様の行動など何の意味も無いぞ。寧ろ状況を悪化させただけ、それに守れたのは"命"だけでは無いか?」

 アイアースの言葉は鋭い棘となり相対する伊佐凪竜一の心に突き刺さる。彼は何も言い返せず無言を貫くが、その目は折れる事なく相手を睨む。

「はっきり言ってやろう。貴様は彼方此方と意味も計画も無くフラフラ逃げ、行く先々で不幸を撒き散らしただけだ。そうして我らが姫君も犠牲となった」

「旗艦も安全じゃない」

「貴様の傍よりはましだと言いたいのだよ大馬鹿者が。それに安心するがいい、旗艦の守りは役立たずのスサノヲに代わり我ら守護者が固めているのだからな」

 が、畳み掛けるアイアースの言葉に伊佐凪竜一の表情は一変した。それまでの睨み付けるような強い意志に満ちた表情は瞬く間に驚き一色に染まる。その言葉は正しい。スサノヲは……失脚した。それはつまりもう一人の英雄ルミナ=AZ1の失脚も意味する。

 彼の事だ、その原因が自分を逃がした事に起因する事も察しているだろう。だからこそああも表情が大きく変わったのだ。状況は自分が予測したよりも遥かに悪化しており、そしてそれが第三者の口から証明された。伊佐凪竜一は絞り出すようにアイアースに尋ねた、"彼女はどうした?"と。

 アイアースはその言葉にフンと鼻で笑いながら、仕方が無いと言った調子で語り始める。半年前、2人の英雄は死力を尽くし、命を投げ捨てる覚悟で世界を救った……その筈だった。しかしアイアースの口から語られる内容は英雄が辿るには余りにも過酷で、悲惨だった。
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