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第4章 凶兆

126話 キカン 其の6

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 私を含む全員の視線が集まる一点、ドームの中央に灰色よりも更に濃く黒い何かが生まれた。短距離転移時の灰色とは明らかに違う、まるで空中に浮かんだ黒い鏡の様な形状のソレは神父が組んだプログラムと魔女の力が作り出した門。

 魔女の行使する魔力の源泉、魔と闇の深淵、その危険性故にA-24あのバカ以外の全監視者が人から取り上げた禁忌の大罪の一端。

 大したものだ。現世に顕現した魔術を目の当たりにした私は素直にそう評価した。あの歳でこんな複雑な儀式プログラムを組み上げた神父も、ソレを独力で展開するだけの魔力を持つ魔女という女も人の枠に収まっていない。流石にA-24が目を掛けただけはある。
 
 ……しかし酷く不安定だ。揺らめき、明滅し、形状を不規則に変える状態は私が予測した不完全という結論を裏付ける。プログラムか、ウィチェット家の文献にミスがあったのかは定かではないが、理由を探る猶予はない。何せ3人を転移させる魔力さえも足りていないのだから。このまま転移を強行すれば良くて不発、悪ければ宇宙空間に放り出され、最悪は制御不能となり宇宙の果てに飛ばされる可能性さえある。

 止むを得ない。今、彼に戻ってきてもらわないとこの混沌とした状況に光りは射さない。分かっている……分かっている筈だ。今はあるじの約束を守っている場合ではない。何より私ならば不完全な転移を補佐出来る。

 やらなければ。私がやらねば誰がこの苦境を救えると言うのだ。そう、頭ではそう理解している。嫌と言う程に理解しているのだ。だけど私は動けない。動くのが怖い。今まで何があろうとも手を出さなかった過去が今の私を縛る。動けない、動くのが怖い。事態が悪化するのが怖い、何より約束を破るのが怖い。あらゆる恐怖が私を苛み、動きを止める。

『これは……駄目だ。人数か?不安定すぎてこれじゃ転移どころの話じゃない!!』

『分かってる!!だから今必死で……ア、アレ?』

『もう驚かねぇぞ、今度は何だ!!』

『どうして……門が安定する?』

『何だとッ……う、ク……なんだ急に!?クソ、力が抜ける……』

 驚かないと言う言葉を最速で翻した魔女が驚き、同時にその状況を監視する私も驚いた。神父が展開した魔法陣は相変わらず抜けがあり、完璧な形での行使は出来ない筈なのに、だがどす黒い門はその形状を急激に安定させ始めた。まるで強力な何かが手助けを行っている様な……

 でも何故?一体何が?私にはその状況が理解出来ず、そして心の何処かで手助けをしないで済んだ事に安堵し、最後にそんな自分を酷く軽蔑した。私は一体何がしたいのだ、どうしたいのだ、どうすれば正解だったのか。今助けないならば何処で助ければ良いのだ、次かその次か、それとも最後まで逃げ続けるつもりか。そんな自虐的な思考が頭を巡る。

 フフ……まぁ良いだろう……

 その時、ゾッとする声が耳元でそう呟いた。底冷えする様な、地の底から響く様な声は魔女と神父、遠く離れた伊佐凪竜一、セオ、アレム、更にもっと離れた場所で監視する私の耳にさえ届いた。誰もが聞いた、この場に居ない何者か、明らかに人ならざる存在の発した呼び声を全員が確かに聞いた。

 もしや※※が助けたのだろうか。いや、そんな事は有り得ないと頭は否定するが、目の前には悍ましい魔術が作り出す黒い門がぽっかりと開く。

『ン?何か言った?』

『アタシが聞きたい位だよ……それより聞こえるか!?』

「もしかして、これが?」

『あぁそうだよ、飛び込めッ!!』

 魔女の言葉に押される形で3人は黒い門へと飲み込まれていった。成功したかどうかは今は分からないが、しかし私ならば即座に理解出来る。だけど今はそんな気にはなれなかった。頭の中は混乱から罪悪感へと変わり、私をひたすらに苛み続ける。

 "いくじなし"、"臆病者"、"本当は変わりたいくせに"、"その癖に言い訳をし続け現状から逃げ続ける"、それは闇から私をひたすらに責める。一方、流される私とは違い自らの意志で伊佐凪竜一達を宇宙に上げた魔女達の目は何かを成し遂げた喜びに満ちている。私とは何もかもが対照的な彼女達を見た私の心に酷い劣等感と嫉妬心が影を落とす。人にそんな感情を向けた事など一度もないのに。

『成功したのかな?でも、どうしていきなり安定したんだろ?』

『分からないけど、出来る事は全部やったよ。後は神様……じゃねぇな魔王にでも祈ろうか』

 目的を果たした2人が煌々と灯る照明の中に浮かぶ黒い門を呆然と見つめると、魔力の途絶により崩壊する黒い門はまるで溶け落ちるかの如く細かな粒子となり、ものの数秒でドームを照らす無機質な照明の中に霧散した。

 全てが終わった。自らの魔力で生成した門の消失した後、無人となったドームを見た魔女はおもむろに眼鏡を外し、目を閉じた。その仕草はまるで何かに祈る様にも見えたのか、隣に座る神父も彼女に続く形で目を閉じ祈りを捧げた。

『アンタか、それとも別の誰かか。誰でもいい、アイツ等が無事に目的地に辿り着けますように……って大丈夫か?』

 魔女と神父という渾名、黒人と白人、男と女。よくもまぁ此処まで対照的な組み合わせでココまで仲良く生きてこられたものだと驚いたが、何よりも全く違うのにまるで同じ考えの元に行動する2人の姿に……私は少しだけ伊佐凪竜一とルミナ=AZ1の姿を見た。

『ハァ……疲れたァ。けど直ぐに逃げないと、命の次に大切なPCコレが壊されるのは御免だからね。魔女は大丈夫?』

『鍛え方が違うんだよアタシはな、じゃあ急ぐぞ』

 短い祈りが終わると、2人は余韻に浸る間もなく撤収の準備を始めた。神父は侵入した痕跡を完璧に消去するとPCを落とし、魔女は既に纏め終えた荷物を運び出し手際よく車に詰め込み、そして何処かへと消え去った。

 故に2人は顛末を知らない。2人が1分足らずで逃げ出した直後、羽田宇宙空港内の中央を隔てる頑強な壁とその外側に展開された防壁が派手に破壊された。一度だけ発生した凄まじい衝撃の影響は内部にも甚大な影響を与え、カメラの対岸が衝撃で悉くが損壊した。

 が、幸か不幸か1つだけ全壊を免れたカメラが悲惨極まりない内部の様子を不鮮明に映す……たった一撃で防壁と頑強な壁を破壊した何者かがもぬけの殻となった事実に驚きもせず佇んでいる光景を。

「見ているか?」

 何者かがそう呟いた。誰に?何を?いや、考えるまでもない、私だ。人類が知る筈も無い私の存在にソイツは気付いている。私の意志は恐怖に沈んだ。

 同時にまるで首根っこを掴まれている様な圧迫感に襲われ、呼吸が不規則になり、やがて出来なくなる。映像越しの悪意に、敵意に、殺意に、あらゆる負の感情に塗り潰される。ついさっきまで見ていた純粋な黒とは明らかに違う、幾つもの感情がない交ぜになった不純な黒に私の意志が絡めとられ、染められ、壊され、砕かれる。

「まぁいい」

 何者かがそう言った直後、最後に残っていたカメラが使用不可能になった。

 気が付けば私の呼吸は荒くなっていて、鼓動も激しく脈打っていた。それはほんの少し前と全く同じ状態なのだが、今はあの時感じた充実感は無い。今の私を支配するのは得体のしれない恐怖。私は正しかったのか、空港で何が起こったのか。全容はようとして知れないが、絶望的な事だけは確かだ。

 ……まだ何も終わっていない。いや、寧ろこれから始まるのだ。
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