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第4章 凶兆

125話 キカン 其の5

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「や、止めろォ!!」

 ドーム入り口から叫び声が聞こえた。只ならない雰囲気を伝える絶叫が天井の照明に床と壁を流れる白色のエネルギーラインの光で満たされた部屋に暗い影を落とす。

『もう勘弁してくれよ、今度は何だ!?』

『な……何アレ……』

 魔女が呆れ気味に放った言葉に監視映像を切り替えた彼は、奇しくも同じタイミングでその光景を見た私と同じく絶句した。

 光景自体を説明するならば至ってシンプル。施設の中で炎の柱が上がった、それだけだ。但しその火柱の中には戦意を喪失したスサノヲがい。

 人が……生きたまま燃やされている。言葉を失う悍ましい光景、それはまだ息のあるスサノヲを無造作に掴み上げた何者かが、その手から生み出した劫火の中に躊躇いなく投げ込む光景。

 そして……骨すら残さず全てを焼き尽くす業炎が放つ怪しい輝きの中に人影が踊る。スサノヲを何の躊躇いも無く殺戮する何かの姿が闇に浮かぶ。

『オイ、聞こえるかッ、化け物が居る!!今すぐ逃げろッ!!』

 魔女の絶叫に全員が反射的にドーム入り口を見つめる。

「や、止めろ!!オイ、話が違うじゃないか、アイツをココに足止めしろってッ!!」

 ドームの外からはスサノヲが何者かと言い争う声が聞こえるが、だが肝心の相手が何を言っているかまでは聞こえない。

 暫しの後、再びスサノヲの絶叫が木霊した。開きっぱなしの扉から赤い光が僅かに届く様子は声の主が辿った結末を容易に想像させる。先ほどと同じく焼殺された。

 コツコツ……

 程なく。ドームに向けて音が響き始めた。靴音だ。それは規則正しくゆっくりと、そして確実にドームを目指す。絶望が迫る。致命傷を受けているとはいえ、それでもスサノヲに何らの抵抗すらさせないまま殺戮する何かが来る。

「約束通り私が時間を稼ぎます。通話相手の方、急げますか?」

『やってはいるが時間的に無理だ!!』

「そうですか。では皆様はココに居て下さい、私は今からドームの入り口を封鎖した上で特殊な防壁を展開します。万能とは言い難いですが、暫くは持つでしょう」

『アンタはどうするんだ?恐らく……いや確実に死ぬぞ!!』

「私の事はご心配なく」

 魔女の言葉にN-10カレは躊躇いなく返答すると伊佐凪竜一を向いた。悲壮な、死を覚悟した目だ。伊佐凪竜一も、私を含むそれ以外の全員が悟った。目の前の名前も知らない誰かは、自分達の為に命を捨ててまで時間を稼ぐ気だと。

「貴方に掛けられた期待は大きい。ですがソレに負けないでください」

「分かった。だけど、どうして其処まで?」

「私は長く生き過ぎました。そして……絶望してしまった。孤独の中で生き続けるうちに自らの進む道が正しいのか分からなくなり、その末に2道を踏み外しました」

「長く?しかしとてもそうは見えないけど?」

「フフ……生き延びれば分かる時が来るかもしれませんよ。ではこれで」

 N-10は何の躊躇いも無く扉の外に向かい、ドームの入り口を締めきると更に防壁で覆った。自らの身を何の躊躇いも無く死の運命へと投げ入れるその態度を見た私は、矢も楯もたまらず彼に通信をいれ……

『貴方も死んでしまう!!』

 そう叫んだ。叫んでいた。

「そうかも知れません」

『ならどうして!!』

「こうして誰かの役に立てるからですよ。誰かが誰かを支え、支えられた誰かがまた別の誰かを支える。人の意志が肉体を動かし、動かされた人がまた別の人を動かす。その流れが連綿と繋がる事で世界は回る。停滞しよどみ腐っていく世界は、そうやって人の意志が起こす流れにより攪拌かくはんされ腐敗を防ぐ。そうやって人は生きていき……私もそうするべきでした。だけど絶望に屈し、自ら道を踏み外した。信ずるべきモノを信じず、短絡的な結論の果てに最も唾棄だきすべき道を選んだ。コレはその罰ですよ」

『でも貴方まで死んでしまったら!!』

「慌てないで。一度ならば大丈夫でしょう?それに、まぁ危なくなれば逃げますよ。それよりも彼らの事、頼みますよ。私に何かあればもう頼りになるのは貴女だけだ」

 N-10はそう言うと通信を切断し、同時に周辺の監視カメラを破壊した。もう私にドーム外の出来事を確認する手段は無い。

 ……程なくドーム外から凄まじい衝撃が幾つも発生した。施設全体を鳴動させる激しい衝撃が防壁と外壁を貫きドーム内にまで届く。伊佐凪竜一、そしてセオとアレムも外の扉をただじっと見つめる。

 突然現れた素性のしれない男が自らの為に命を張る。その事実が彼らから視線を動かすと言う選択肢を奪う、誰もがただジッと凄まじい衝撃が生まれる扉の向こうで死力を尽くしているであろう男の身を案じる。

『何が起こってるかもうアタシ達にも分からねぇ、だが名前も知らねぇあの兄さんの意志に報いようと思うならさ……』

 不意に聞こえた言葉に全員の視線が動いた。声の主は魔女。映像に浮かぶ彼女の顔は、まるで現場にいるかのように憔悴している。

「思うなら?」

『賭けてみるか?』

「魔女、何を言っているんだ?」

『詳しい説明は省くが、実は神父が開発した転移プログラムがある』

「ちょっと、それどういう……」

『信じられないのは承知の上。何せ魔術と科学が奇跡的にブレンドして生まれた奇跡の産物だ。だが、アタシはソイツで過去に一度だけ1万キロ以上飛ばされた経験がある。今からソイツを使う』

「ふざけるな、そんな危険な代物!!保証は……ってうわッ!!」

 一か八か、危険な賭けに出ようと言う魔女の言葉にセオが反射的に口汚く罵る。が、次の瞬間に発生した大きな揺れに足を取られた。彼の言葉は途中で途絶えた。いや、飲み込んだと言った方が正しい。

 激しい振動と共にドームが大きく揺れ動く。一度、そしてもう一度。桁違いの揺れは、戦闘の激しさと正体不明の敵の強さをこれ以上無くシンプルに証明する。ドーム内の空気が焦燥で満たされる。外からの立て続けの衝撃は考える暇さえ許さない。

『揺れたッ!!おい大丈夫か?』

「大丈夫だけど……この施設持つの?」

「ハイドリがある施設は頑丈に造られているって話をツクヨミから聞いた事がある。万が一、侵入者の侵入を許した際に速やかに封鎖して閉じ込められる様にって」

『だがこの揺れ……一体何がどうすれば施設中が揺れるんだ?ミサイルでも持ってるのか?』

「冗談はいいから。それよりも先ほどの件、お願いします。これじゃあ開門の前に施設自体が壊されてしまう」

 アレムは魔女に懇願した。現状は思考する時間さえ許してくれない。相手がどんな手段を使っているか分からないが、このままでは施設諸共全員殺される。ドームに閉じ込められた伊佐凪竜一達の命運は2つ。ドームと共に死ぬか、一か八か魔女達の行使する転移魔術に賭けるか。

 だがその決断は、同時に私にも1つの選択肢を突きつける。

 手助けをするか、否か。

 彼女達のプログラムの完成度がどうであれ、太陽を挟んだ地球の反対側を巡行する旗艦アマテラスに辿り着く事など到底できない。その距離、約3億キロ。高々1万キロ程度では全く足りない。但し……私が手伝えば話は別だ。

 望みはある。私が手伝えば転移プログラムの修正は容易く、また転移先をある程度誘導する事も可能。この危機を脱する要素は不気味なくらいに揃い過ぎている。

 私の助力、神父が作り上げた魔術補佐用のプログラム、魔女が行使する禁忌の魔術とその源流。そして……欠片ハバキリを通して繋がる伊佐凪竜一とルミナ。全てを駆使すれば地球から旗艦アマテラスへの道は繋がる。

 私は大きく深呼吸をし、心の中にN-10の姿を思い描いた。彼は恐らく生きてはいない。そして今、伊佐凪竜一を助ける事が出来るのは私だけ。

 それは間違っている。私達の役目は名前の通りする事。故に監視者と名乗った。名前を決めた理由はその役割を違えない為、決して忘れない為。誰かに肩入れしてはならない、それは世界のバランスを歪め、監視の意味を無くしてしまうから。分かっている、そんな事は分かっているのだ。

 だけど今の私は、正直おかしくなっている。アマツミカボシが出航して3000余年の間、私はずっと変わることなく使命に殉じ続けた。疑問を持つ事なく、主の言葉のままに忠実に監視して来た。ソレこそが主の望みであると、私の使命であると言い聞かせてきた。だから私は他の連中と違うと、今の今までそう思っていた。

『気休め程度だが、目的の場所を強く念じてみてくれ。アノ時のアタシがそうだった』

『ホーンと気休めだね。じゃあ行くね、プログラム展開、サバトプログラム起動、機械詠唱代行準備完了。最初の詠唱の準備始めるよん』

 やり取りの裏で準備を進めていた神父がそれまで見せた事が無い真剣な顔つきで複数のプログラムを展開すると……

『……黒い死、契約の証……八番目の大罪、初代魔女ヤーガ=ウィチェット……遵守し続けた契約……理を拒絶する力……』

 スピーカーから無機質な機械音声が流れ始めた、更に映像の向こうに所狭しと現れた無数のディスプレイ全てに幾何学模様が浮かんだ。

 同時に魔女の身体に彫られた紋様が不気味な赤色の光を放ち始めると、その輝きが皮膚から滲出し空中に魔法陣を描いた。魔女は指を刃物で傷つけ、滴る血で魔法陣をなぞるとソレは更に不気味に怪しく輝く。

 監視者が禁じた力、他とは一線を画す危険性を理由に世界からことごとく滅した禁忌の力が地球の一角に顕現する。
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