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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い
135話 果て無く続く苦難の始まり 其の1
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「色々あったな」
「あぁ。一言で片づけるには余りにも沢山あって、多くを失った」
過去を思い出したルミナの視線は自然と上を向いた。その視線に先ほどまでの強さは無く、重力制御装置が放つ淡い光が流れる様に上へと昇る景色をボウッと眺めている。
確かに一言で片づけられない程度には面倒な問題が幾つも起きた。旗艦の生命線、空気を浄化する空調設備から散布されたナノマシンは数万単位の人間を汚染、暴動を引き起こした。地球との戦いが終わり、これから復興が始まるという矢先の出来事は勢いを挫くには十分で、事実あれから復興は遅々として進んでいない。
悪いことが起きれば、まるで傷口に塩を塗る様に不幸は続いた。治安の悪化、暴動、素性不明の新興宗教の台頭、出鼻を挫かれた新政権の発足は遠のき、且つて楽園と呼ばれた場所は見る影もない程に落ちぶれた。
「思い返しても頭が痛い」
溜息と共に零すルミナの言葉は、彼女がこれまで抱えた苦悩を吸い上げたかの如く重い。
「話を戻すが、その時にかの少女を匿いタナトスを引き入れた罪状で現在拘束中のヤハタから協力の申し出があった」
そう切り出したタケルは何処か不満そうだ。
「彼が?しかし何を?」
「最初は雑然としていた回帰主義者の暴動だが、徐々にだがある傾向が見られるようになったとヒルメが分析した。年齢も性別もバラけてイて特徴が無イと思われた暴動、時を経る毎に若年層の数に目立った増加が見られ始めたそうだ」
「なるほど。だから協力したい、か。確か彼の支持基盤は若年層だったな」
「しかも裁判はアイツの影響力を鑑みた特例措置により秘密裏に行われた。そのうちスサノヲ経由で直接連絡が来るだろう」
僅かな光明にルミナの視線がタケルを向いた。唇は内容を反芻するかのように小さく動き、化粧を知らない薄いピンクを時折指がなぞる。彼女が考え事をする時に良く見せる仕草だ。
今、彼女が考えている事は1つだけ。ヤハタは敵か味方か。現状を考えれば信用したいが、もし彼が内通者であったならば味方に引き入れる行為は正しく自殺行為。が、彼が法廷で証言した内容が事実ならば、彼は二重スパイとしてタナトス側の情報を引き出そうとしていたという話だそうだ。最もその企みは筒抜けであり、まんまとタナトスに踊らされた挙句に切り捨てられた訳だが。
エレベーターは尚も下降を続け、静かな空間に2人の声だけが響く。だがそんな時間は長く続かなかった。どうして気付いたのかは分からない。或いは偶然か、はたまた長考の末の気分転換か。ルミナがエレベーターを見上げ、釣られる様にタケルも見上げたその視線の遥か先に灰色の光が見えた。
ハイドリの輝き。何かが短距離転移を行ってきた、そう告げる光を捉えた2人の表情が一気に強張る。
「馬鹿な、こんな場所でかッ!!」
「信じ難イが、どうやら余程貴女に生きていてもらっては困るようだ。だが襲撃のタイミングにせよ、転移が妨害されているミハシラ内への強制転移と言イ、此処まで露骨な真似をする理由は何だ?」
驚く2人がその次に見たモノは、灰色の残光を纏いながら突進してくる黒雷型の機体。スマートで華美な装飾が一切ない両碗にはそれぞれ巨大な剣と銃が握り締められている。明らかに戦闘目的だ。
――ドシンッ
機体がエレベーターに着地すればまるで激突する様な音と衝撃を生んだ。着地直前で行った逆噴射程度では相殺できない勢いが生む凄まじい衝撃が周辺に異常をもたらし、エレベーター内部と周囲に赤いランプが灯り、警報がけたたましく鳴り始める。
「故あって自己紹介は出来ませんが初めまして。貴女の出自はよく存じておりますよ、ルクセリア=ザルヴァートル。どうでしょう、少しばかりお話でもしませんか?但し、戦いながらとなりますが」
警報に混じる第一声は何とも滅茶苦茶だった。自己紹介などと言う気の利いたやり取りを潔くすっぱり切り捨てたこの機体に搭乗する何者か……やや皮肉っぽい印象を与える声色の男は、あろうことか話がしたいと言ってのけた。
一方、ルミナはその言葉に無言を貫く。この状況に対し必死で回答を探し出そうと試みるが、しかしこんな出鱈目なアプローチは流石の彼女も予想外だったようで、また周囲を騒がす警報の音に集中力を散らされるのか、やがて睨み付ける様に機体目掛けて叫んだ。
「お前は守護者か?こんな場所で戦いを仕掛けて只で済むと思っているのかッ!!」
「さぁどうでしょうね?」
「のらりくらりと相手をはぐらかすのがお前のやり方か?」
「貴方は……そう、確かタケミカヅチ二号機のタケル殿ですね?出来れば部外者の貴方には大人しくして頂きたいのですが?」
「断る」
「でしょうね。では、参りましょうか」
宣言通り、男は微塵の躊躇もなく戦闘を開始した。衝撃でぐらつくエレベーター内部で黒雷は躊躇いなく剣を横薙ぎに振り抜いた。円筒状の壁はあっさりと崩壊し、その衝撃でエレベーターの挙動が余計に不安定となる。
「クッ、正気か!?」
「それに何故エレベーターが止まらない?まさか緊急停止機能を止めているのか?」
「正解ですよ、ルクセリア=ザルヴァートル。さぁ、続けましょうか」
「ではお前も覚悟して貰おう」
「はい、どうぞお手柔らかに」
機体から聞こえる声は不気味な程に落ち着き払っており、意志を持っているかどうかすら疑わしい程に無機質な印象を与えた。ルミナは黒い腕輪を投げ捨てるとタケルからプレートを受け取り、強く握り締めると銃を実体化させ、間髪入れず黒雷目掛けて発砲した。
タケルも又、彼女の行動に合わせる様に刀を握り締めると黒雷に斬りかかる。が、その攻撃は容易く防壁を貫通するものの、一方で機体の行動を止める程の致命傷は与えられない。攻撃は本命である胴体部分に直撃しなかった。黒雷は視認不可能の銃撃を間一髪で回避、その直後に襲い掛かった斬撃を片腕を剣で斬り払った。
「流石ですね。こうも容易く防壁を貫くとは、いやはや才能とは恐ろしい」
「才能?ザルヴァートルは商家の筈だ!!」
「あぁ、漸く乗り気になって頂けたようで何よりですよ」
「答えろッ、お前は何を言いに私の元に来たんだ!!」
「では少しずつお話させて貰いましょう。私の知り合いに貴女と同じザルヴァートルの血を引く男がおりました。しかしその男、悲しい事に商才が全く無く、全てにおいて凡庸以下でした。一族はそんな男をそれでも辛抱強く雇用し続けましたが、とある事件を切っ掛けに追放しました」
「それと私に何の関係がある!?」
機体から聞こえる不気味な声は一方的に話をしつつも、的確に2人の攻撃を捌き、回避しながらも反撃を入れた。黒雷が大ぶりに振りかぶった剣を横薙ぎに払った……が、何も起きない。振り抜かれた剣は円筒状の壁を削り取る前に停止した。タケル専用の兵器、遠隔操作型防壁発生装が完璧にその動きを止めた。
「ほぉ……それがクナドですか。聞けば武器への転用も出来るとか?」
「随分と詳しイな」
「これでも色々と暗躍しておりましたので」
男は余裕の態度を微塵も崩さない。英雄と連合最新鋭の式守を相手に有利に立ち回れる理由は、不安定な足場で戦うルミナの武装が貧弱な点、そして男の桁違いに高い操縦技能。これらの要素を理由に圧倒的な優勢を維持する。
が……劣勢を強いられるルミナとタケルを追い詰める様な真似は決して取らない。優勢を維持しながらこの男が何をするかと言えば、当初に語った通り話す事だった。とは言え、ほぼ一方的に話しているだけなのだが。
男は2人を狙いながらも、同時に重力制御装置を的確に破壊する。轟音と共に発射された弾丸が撃ちだされる度、鋭く巨大な剣が衝撃波を生むその度に装置が破損し、足場が不安定になる。
眼下を見れば地上は遥か遠く、損壊した足場や制御装置の破片が吸い込まれる様に落下し、視界から消えゆく。常人ならばとうに戦闘を放棄する様な状況の中、戦いは続く。
「あぁ。一言で片づけるには余りにも沢山あって、多くを失った」
過去を思い出したルミナの視線は自然と上を向いた。その視線に先ほどまでの強さは無く、重力制御装置が放つ淡い光が流れる様に上へと昇る景色をボウッと眺めている。
確かに一言で片づけられない程度には面倒な問題が幾つも起きた。旗艦の生命線、空気を浄化する空調設備から散布されたナノマシンは数万単位の人間を汚染、暴動を引き起こした。地球との戦いが終わり、これから復興が始まるという矢先の出来事は勢いを挫くには十分で、事実あれから復興は遅々として進んでいない。
悪いことが起きれば、まるで傷口に塩を塗る様に不幸は続いた。治安の悪化、暴動、素性不明の新興宗教の台頭、出鼻を挫かれた新政権の発足は遠のき、且つて楽園と呼ばれた場所は見る影もない程に落ちぶれた。
「思い返しても頭が痛い」
溜息と共に零すルミナの言葉は、彼女がこれまで抱えた苦悩を吸い上げたかの如く重い。
「話を戻すが、その時にかの少女を匿いタナトスを引き入れた罪状で現在拘束中のヤハタから協力の申し出があった」
そう切り出したタケルは何処か不満そうだ。
「彼が?しかし何を?」
「最初は雑然としていた回帰主義者の暴動だが、徐々にだがある傾向が見られるようになったとヒルメが分析した。年齢も性別もバラけてイて特徴が無イと思われた暴動、時を経る毎に若年層の数に目立った増加が見られ始めたそうだ」
「なるほど。だから協力したい、か。確か彼の支持基盤は若年層だったな」
「しかも裁判はアイツの影響力を鑑みた特例措置により秘密裏に行われた。そのうちスサノヲ経由で直接連絡が来るだろう」
僅かな光明にルミナの視線がタケルを向いた。唇は内容を反芻するかのように小さく動き、化粧を知らない薄いピンクを時折指がなぞる。彼女が考え事をする時に良く見せる仕草だ。
今、彼女が考えている事は1つだけ。ヤハタは敵か味方か。現状を考えれば信用したいが、もし彼が内通者であったならば味方に引き入れる行為は正しく自殺行為。が、彼が法廷で証言した内容が事実ならば、彼は二重スパイとしてタナトス側の情報を引き出そうとしていたという話だそうだ。最もその企みは筒抜けであり、まんまとタナトスに踊らされた挙句に切り捨てられた訳だが。
エレベーターは尚も下降を続け、静かな空間に2人の声だけが響く。だがそんな時間は長く続かなかった。どうして気付いたのかは分からない。或いは偶然か、はたまた長考の末の気分転換か。ルミナがエレベーターを見上げ、釣られる様にタケルも見上げたその視線の遥か先に灰色の光が見えた。
ハイドリの輝き。何かが短距離転移を行ってきた、そう告げる光を捉えた2人の表情が一気に強張る。
「馬鹿な、こんな場所でかッ!!」
「信じ難イが、どうやら余程貴女に生きていてもらっては困るようだ。だが襲撃のタイミングにせよ、転移が妨害されているミハシラ内への強制転移と言イ、此処まで露骨な真似をする理由は何だ?」
驚く2人がその次に見たモノは、灰色の残光を纏いながら突進してくる黒雷型の機体。スマートで華美な装飾が一切ない両碗にはそれぞれ巨大な剣と銃が握り締められている。明らかに戦闘目的だ。
――ドシンッ
機体がエレベーターに着地すればまるで激突する様な音と衝撃を生んだ。着地直前で行った逆噴射程度では相殺できない勢いが生む凄まじい衝撃が周辺に異常をもたらし、エレベーター内部と周囲に赤いランプが灯り、警報がけたたましく鳴り始める。
「故あって自己紹介は出来ませんが初めまして。貴女の出自はよく存じておりますよ、ルクセリア=ザルヴァートル。どうでしょう、少しばかりお話でもしませんか?但し、戦いながらとなりますが」
警報に混じる第一声は何とも滅茶苦茶だった。自己紹介などと言う気の利いたやり取りを潔くすっぱり切り捨てたこの機体に搭乗する何者か……やや皮肉っぽい印象を与える声色の男は、あろうことか話がしたいと言ってのけた。
一方、ルミナはその言葉に無言を貫く。この状況に対し必死で回答を探し出そうと試みるが、しかしこんな出鱈目なアプローチは流石の彼女も予想外だったようで、また周囲を騒がす警報の音に集中力を散らされるのか、やがて睨み付ける様に機体目掛けて叫んだ。
「お前は守護者か?こんな場所で戦いを仕掛けて只で済むと思っているのかッ!!」
「さぁどうでしょうね?」
「のらりくらりと相手をはぐらかすのがお前のやり方か?」
「貴方は……そう、確かタケミカヅチ二号機のタケル殿ですね?出来れば部外者の貴方には大人しくして頂きたいのですが?」
「断る」
「でしょうね。では、参りましょうか」
宣言通り、男は微塵の躊躇もなく戦闘を開始した。衝撃でぐらつくエレベーター内部で黒雷は躊躇いなく剣を横薙ぎに振り抜いた。円筒状の壁はあっさりと崩壊し、その衝撃でエレベーターの挙動が余計に不安定となる。
「クッ、正気か!?」
「それに何故エレベーターが止まらない?まさか緊急停止機能を止めているのか?」
「正解ですよ、ルクセリア=ザルヴァートル。さぁ、続けましょうか」
「ではお前も覚悟して貰おう」
「はい、どうぞお手柔らかに」
機体から聞こえる声は不気味な程に落ち着き払っており、意志を持っているかどうかすら疑わしい程に無機質な印象を与えた。ルミナは黒い腕輪を投げ捨てるとタケルからプレートを受け取り、強く握り締めると銃を実体化させ、間髪入れず黒雷目掛けて発砲した。
タケルも又、彼女の行動に合わせる様に刀を握り締めると黒雷に斬りかかる。が、その攻撃は容易く防壁を貫通するものの、一方で機体の行動を止める程の致命傷は与えられない。攻撃は本命である胴体部分に直撃しなかった。黒雷は視認不可能の銃撃を間一髪で回避、その直後に襲い掛かった斬撃を片腕を剣で斬り払った。
「流石ですね。こうも容易く防壁を貫くとは、いやはや才能とは恐ろしい」
「才能?ザルヴァートルは商家の筈だ!!」
「あぁ、漸く乗り気になって頂けたようで何よりですよ」
「答えろッ、お前は何を言いに私の元に来たんだ!!」
「では少しずつお話させて貰いましょう。私の知り合いに貴女と同じザルヴァートルの血を引く男がおりました。しかしその男、悲しい事に商才が全く無く、全てにおいて凡庸以下でした。一族はそんな男をそれでも辛抱強く雇用し続けましたが、とある事件を切っ掛けに追放しました」
「それと私に何の関係がある!?」
機体から聞こえる不気味な声は一方的に話をしつつも、的確に2人の攻撃を捌き、回避しながらも反撃を入れた。黒雷が大ぶりに振りかぶった剣を横薙ぎに払った……が、何も起きない。振り抜かれた剣は円筒状の壁を削り取る前に停止した。タケル専用の兵器、遠隔操作型防壁発生装が完璧にその動きを止めた。
「ほぉ……それがクナドですか。聞けば武器への転用も出来るとか?」
「随分と詳しイな」
「これでも色々と暗躍しておりましたので」
男は余裕の態度を微塵も崩さない。英雄と連合最新鋭の式守を相手に有利に立ち回れる理由は、不安定な足場で戦うルミナの武装が貧弱な点、そして男の桁違いに高い操縦技能。これらの要素を理由に圧倒的な優勢を維持する。
が……劣勢を強いられるルミナとタケルを追い詰める様な真似は決して取らない。優勢を維持しながらこの男が何をするかと言えば、当初に語った通り話す事だった。とは言え、ほぼ一方的に話しているだけなのだが。
男は2人を狙いながらも、同時に重力制御装置を的確に破壊する。轟音と共に発射された弾丸が撃ちだされる度、鋭く巨大な剣が衝撃波を生むその度に装置が破損し、足場が不安定になる。
眼下を見れば地上は遥か遠く、損壊した足場や制御装置の破片が吸い込まれる様に落下し、視界から消えゆく。常人ならばとうに戦闘を放棄する様な状況の中、戦いは続く。
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