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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

136話 果て無く続く苦難の始まり 其の2

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 激突する刃と刃。生み出された衝撃、あるいは捌き切れなかった攻撃の一部が壁の向こうにある重力制御装置を破壊する度にエレベーターの床はガクンと不規則に波打ち、無数の破片が遥か遠くの地面に落下する。

 不安定な足場、落ちれば助からない高高度という状況の中で行われるのは戦闘、そして対話。両者は矛盾した2つの行動に互いの意志を乗せる。

「では続けましょうか。何処まで話したか……そうそう、貴女は結論を急ぐべきではありませんよ。さて、男はどうしたでしょう?実は男はその時点で既に別の生き方を見つけていました。優秀な貴女ならば既に調査しているでしょうが、ザルヴァートル一族は有能な他者を一族に引き入れてきました。最優先されるのは一族の教義を受け継ぐか否か、次に優秀であるか否かだけでした。そうして優秀な遺伝子を取り込み続けた結果、時折生まれてしまうんですよ」

「何がだ?」

「貴女の様な人間が、ですよ。商才以外の才能に目覚めた者。例えば桁違いのカグツチ適性と戦闘能力を持つ貴女の様な才能が、ね。そうした人間は貴女以外に何人もいて、多くが歴史に名を残しました。そして、実はその男も貴女と同じような能力を持って生まれました。追放される切っ掛けとなった出来事を通して男は自らの才能に気付き、十全に生かせる強者の元で生きる道を選びました。男は一族を追放されて初めて自らに生きる意味を見出したのです」

「その話と私にどんな繋がりがある?」

 黒雷から聞こえる不気味な声は淡々と、抑揚なくルミナに向け一方的に話し続ける。しかし、一方で語り掛けられる側である彼女はその意味を測りかねている。何を理由にそんな事を自らに聞かせるのか、しかも戦いながらという異常な状態で、だ。

 戦闘の余波で重力制御装置が機能不全に陥れば、エレベーターの挙動は酷く不安定となり、真面な戦闘が行えない程に足場はグラつく。制御を振り切り落下するのは時間の問題。

 敵は対話を望みながらも加減だけは一切ぜず、余裕の態度も崩さない。要領を得ない話を一方的に捲し立てながら、同時に苛烈な攻撃を加え続け、翻弄する。優勢に立ったかと思えば話し始め、形勢が傾きかける一時だけ苛烈な攻撃を加えて優勢に戻すその様はまるで天秤の秤のようだ。

 だが秤の主導権、生殺与奪は黒雷側に握られている。2人共にその事実を理解しており、タケルがルミナと重力制御装置をクナドで守り抜けば、ルミナは常に攻勢を維持し続けるられるよう間断なく攻め立てる。

「さて……どうでしょうね」

 反撃に怯んだのか、それとも会話を続けたいからか。黒雷は暫し攻撃の手を一端止めたが、肝心なルミナの質問にはのらりくらりとかわした。

「ふざけているのか!!」

「答えが必要ですか?では僭越せんえつながら、貴女が不憫に思えたからですよ。貴女は自らの居場所を決めかねている。総帥との邂逅を経て自らの出生を知った貴女は、一族と伊佐凪竜一との間で揺らいでいる。ですから助言をしておこうと思いましてね」

 驚いた。黒雷からの言葉にルミナは一瞬だが硬直した。彼女の性格ならば見も知らぬ誰かの好き勝手な妄言に怒り、拒絶すると思っていたのだが……

 一方、僅かに動きを止めた彼女の隙を突くように黒雷は攻撃を再開した。が、その手に握られた巨大な剣は彼女に触れる事なく弾かれた。タケルだ。彼の専用武装”クナド”が黒雷の攻撃に圧倒的な速度で割り込んだ。

 ――ガキィン

 巨大な剣が勢いのままルミナの横を滑り、エレベーターを叩きつけた音が周囲を震わせた。エレベーターは殊更に激しく揺れ動く。が、ソコに翻弄されるルミナの姿は無い。黒雷が彼女の居場所を知ったのはほんの僅か後。ほんの一瞬の差。エレベーターから跳躍した彼女は、辛うじて原形を保っていた壁を蹴り飛ばすと三角飛びの要領で黒雷の側面に渾身の蹴りを打ち込んだ。

「くぅ、中々……」

 初めて、あるいは漸くともいえる。カグツチを纏った蹴りを受け、体勢を崩した黒雷から初めて動揺が零れ落ちた。僅かな油断。空中を浮遊出来ない2人は否応なくエレベーターで戦わざるを得ないが、極めて不安定で不規則に揺らぐ足場での戦いに対応するルミナとタケルの圧倒的な適応能力を侮っていた。

 それがこんな不安定な場所で、しかも地上数千メートルから地上に向けて降下する巨大エレベーター内部での戦闘となれば尚の事だ。

「まだ続けるのか?」

「当然でしょう?」

 ルミナの問いかけに黒雷は即答、直後にルミナを標的に攻撃を再開した。無論、会話を挟みながら、だ。攻撃の合間に器用にルミナに語り掛けるその様子を見れば"いい加減何方か一方にしないのだろうか"という感想が浮かぶ。

「貴女は一族と生きるべきだ。貴女の身体能力も、頭脳も常人を大きく引き離している。並み以上のレベルでもとうに奈落の底に落ちる状況で反撃を入れながら私の正体を探るなど桁違いですよ。ですが、その能力は不幸でしかない。人は自らと同じレベルの存在しか認識できません。例え伊佐凪竜一であってもいずれ貴女に付いていけなくなる。貴女も同じですよ。彼を格下と認識したアナタは必ず彼を切り捨てる。悪い事は言いません、今からでも遅くは無い。ザルヴァートルの元に行くべきですよ」

「さっきから随分と親切に助言してくれるが、一体何のつもりだ!!」

「誓って他意はありません。ただ、その方がより良い人生を送れるというだけです。例えあと僅かだとしてもね」

 苛烈な攻撃に挟む会話は極めて混沌としている。"より良い人生を"、そう語る黒雷は、しかし次の瞬間には躊躇いなくルミナに攻撃を加える。その様はどう考えても悪意に満ちている。彼女が死んでしまえばよい人生も何もあったものではないのに。

「私の生き方は私が決める!!」

「果たして本当にそうですか?貴女は本当に自らの生き方を自らの意志で決めたと思っておられるのですか?」

 その言葉にルミナは再び黙った。苛烈な攻撃は周囲の重力制御装置を破壊し続け、そして遂にエレベーターは底の見えぬ穴の下に向け落下した。

 戦闘の継続に必要な足場が無くなったその意味は、それを頼りに戦う2人が奈落の底に落ちる事を意味する。が、しかし何時の間にか彼女の足元には見えない足場があった。

 ルミナと黒雷の会話を傍観していたタケルはこの事態を予測し、あらかじめエレベーターの下にクナドを潜り込ませていた。円筒状の壁面に突き刺さる様に展開するクナドと防壁に飛び移った2人は黒雷を睨み付ける。戦いは、まだ終わらない。

「フフフ、素晴らしい。それに……何時の間にか随分と下ってきたようですね。ホラ、アレを見て下さい」

 男はそう言いながら下を覗き込むと、ミハシラの壁面に一定間隔毎に設置される強化ガラス窓の外の景色にまるで夜空の様に明滅する光が見える。居住区画から届く光だ。男に促される様にルミナとタケルもその様子を見つめるが……

「まさか、お前ッ!?」

 次の瞬間、ルミナは黒雷目掛け叫んだ。

「ご名答、流石に理解が早くて助かりますよ」

 黒雷は彼女の様子に厭味ったらしい口調で賛辞の言葉を送った。直後、機体の前面が灰色の光に照らされた。その意味に少し遅れる形でタケルと私も理解した。

 正気では無い。彼は人の住む居住区画で戦いを継続するつもりだ。そんなド派手な真似をすれば即座にスサノヲとヤタガラスが駆けつけてくる。が、ソレだけではない。今は婚姻の儀を間近に控えた極めてデリケートな時期。気の早い連合の一部惑星の代表者は護衛を伴い旗艦内の治外法権に身を寄せているが、場合によっては彼等も出張って来る可能性がある。

 誰も彼もが連合最重要の儀式を前にピリピリしている最中に戦闘を行うという暴挙は、何度でも言うが正気の沙汰では無い。それは当然ながらルミナとタケルも理解しており、故に黒雷の行動に対する対応が僅かに遅れた。

「それではお先に失礼します。まだ話の続きがありますので是非追ってきて下さい。最も、貴女に私を追わないという選択肢は無いでしょうがね」

 ソレは既に灰色の門を通り過ぎており、残響音だけが虚しくエレベーター内に響いた。

「クッ、何処か出口は無いのかッ!!」

「今情報を確認してイる……換気用のダクトが少し降りた場所にある。かなり大きなサイズだから大人程度の身長ならば苦も無く通る事が出来る」

 ルミナはその言葉を聞くやクナドから飛び降りダクトを目指す、タケルは"詳しい場所はまだ行っていないのだが"と、少々不満げに呟くと彼女の後を追いかける。

 急がねばあの黒雷は一般市民を攻撃する筈だ、エレベーター内で重力制御装置を攻撃した時と同じく。罠だ。猛烈に嫌な予感が私の頭を過る。だが、罠があろうがなかろうが彼女は向かわざるを得ない。

 何もかもが織り込まれている。彼女が来なければ一般市民を犠牲にした上でルミナは逃げたと喧伝、さりとて向かえば予測不能の罠が待つ。ルミナの目に迷いはない。彼女は自らが誘い込まれていると知りながら、罠が待つと理解しながら、それでも向かう。向かわねばならない。大勢を守る為、彼女に退くという選択肢は無い。

 しかし……その選択肢は間違いなく敵に強制されたものだ。
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