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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い
137話 果て無く続く苦難の始まり 其の3
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エレベーター内部を暫く降下し、整備用のマシンが定期巡回する通路を進んだ終点にあるダクトの外に広がるのは闇の中に明滅する光。上空を見あげれば天井一面には人工の夜空(実際は艦外の映像をリアルタイムで表示しているのだが)が映し出される。
真正面を見れば暗い闇の中、時折キラキラと輝く何かが降り注ぐ。高天原と一般区画を隔てる天蓋、あるいはミハシラを補修するナノマシンが剥離、地上の光に反射して輝く光景はさながら流星の如き儚さと美しさがある。
眼下には星空の如き光と流れ星の如く流れる幾筋もの光が群れを織りなす。ネオンに混じるのは人の営みが作る光。もう後3時間ほどで日付が変わる頃合いだが、夜はまだこれからと言わんばかりに眼下の光は輝き続ける。
そんな……さながら夜空に挟まれる様な錯覚を覚える景色が一望出来る場所に2人は立つ。一般区画からでは拝めない絶景を一望する現在位置は地上から大凡7~800メートル程の上空。これがデートならばさぞ盛り上がるロケーションだろうが、今はそんな呑気な状況でもないし、ましてや2人は落ちれば確実に死ぬその場所から飛び降りようというロマンスなど欠片も無い状態に追い込まれている。
「行くぞ」
「承知した、クナドは常時展開しておく」
「ありがとう……君が迎えに来てくれて良かった」
「そう言われると悪い気はしなイ」
僅かばかり言葉を交わした後、ルミナが先行して夜の闇目掛けて飛び降りた。スサノヲの戦闘技術には空中のカグツチを利用して空中を蹴り上げる機動法がある。壁や地面を蹴るかの如く何もない空中で進行方向を切り替える他、今回の様に高高度からの強襲にも使用する為の戦闘技術。
だが、幾ら習得しているとはいえここまでの高さから微塵の躊躇いも無く飛び出すのは並大抵では出来ない。技術を完璧に習得しても万が一という可能性、恐怖が頭を過るのはごく自然であるし、ソレが戦闘の最中であるなら尚の事。失敗すれば地上に激突、無残に命を散らす。
だが、闇の中に踊り出した彼女に躊躇はなく、その後に続いたタケルもまた同じく。
2人が飛び降りたその下を覗けば、夜の街を照らす街灯とは違うカグツチが生んだ光が所々を淡く照らす。残光の正体は何も無い空を跳躍する様に移動を行った軌跡。しかし、その未来は消えゆくカグツチの残光と同じ様に見えた。余りもか細い儚い抵抗は強大な力の前に為す術も無く掻き消される。私が闇夜に消える儚い残光に2人の未来を重ねた直後……
「やはりかッ!!」
「ッ!!」
頭を過る嫌な予感が現実へと塗り替えられた。視界に映るのは地上から夜を切り裂きながら上昇する流星、白い輝きを纏う弾丸。一足早く地上に転移した黒雷からの射撃には戦闘への躊躇を全く感じない。
冷徹、それ以上に冷酷。黒雷は英雄と最新鋭の式守を相手にする為、あらゆる状況を盾に使い優位に立ち回る。2人共にあの攻撃を回避する事が出来ない。射線はほぼ垂直に降下する彼女達に対し大きく傾いている。ルミナも、タケルも回避するだけならば容易い。だが、背後にはミハシラがある。地上と高天原を繋ぎ、また支える柱。
一本破壊されたところで即落下する程脆弱な構造ではないが、だからといってソレを許して良い代物でも無い。私は腹立たしさを覚えた。真面に戦えばあのコンビを相手取る事など不可能に近い。だから黒雷は戦う場所を選び、自らのペースに相手を巻き込み、徹底して相手の土俵に立たない。
真正面から戦えば確実にルミナが勝利する。だが……だから相手はその選択を絶対に選ばない。故に彼女達は実力で勝りながらも徹底的に追い込まれる。
「この程度ならば問題ない」
タケルは自ら諸共に背後のミハシラ目掛けて繰り出された何発もの銃撃を確認すると、クナドに代わり自らの手を真っ直ぐ正面にかざす。次の瞬間、クナドよりも遥かに強固な防壁が銃弾を防ぐ様に展開され全ての銃弾を容易く防ぎ切った。
彼自身も強固な防壁を展開する事が可能であり、仄かに白く輝く弾丸はその彼が展開する防壁をただの一発も貫通する事無くひしゃげたが、僅か後に強烈な衝撃波を生み出した。
榴弾。爆発の衝撃で破片を吹き飛ばす特殊な弾丸。
「何ッ!!」
直後、タケルは弾き飛ばされミハシラに叩きつけられた。
「油断してはいけませんよ、貴方は高性能だがまだまだ経験が足りないようですね」
慢心ではない。忌々しい程に用意周到な黒雷の男が語る通り、彼は圧倒的に戦闘経験が不足している。事実、通常弾に偽装した榴弾を見抜けなかった。
「大丈夫かッ!!」
「おや、彼の心配をしていても宜しいのですか?」
手近なビルの屋上に着地したルミナがミハシラを見上げ叫ぶ。が、それ以上の行動を黒雷が許さない。不敵な言葉を零しながら、ソレはネオンと街灯が輝く夜の街へと躊躇いなく突っ込んでいった。
「クッ……終始あの男のペースか!!」
ルミナは吐き捨てながら黒雷の後を追う。彼女は理解している。罠だと理解している。しかし、それでも進まざるを得ない。彼女は英雄なのだから。多くの人が彼女を頼みとするのだから、故に彼女も自らの意志でその道を選んだ。だから彼女は自らの意志で罠が待つ場所へと突き進む。だが、その先に待つのは確実に絶望だ。
先行……いや先導する黒雷はルミナの追撃を察知すると彼女に銃口を向けた。振り向かず、速度を落とさず、だが正確に狙撃する。引き金を引く度にドォンという音が周囲に響き、ビルと窓ガラスが衝撃で震え、道行く人は叫び声を上げながらしゃがみ込む。
何処までも忌々しいと私は臍を嚙んだ。この場所も他と同じく彼女に回避と言う選択を許さない。ルミナは銃弾の前に立ちはだかると両手を前面に広げ、防壁を全開で起動させた。眩いばかりの光の粒子が渦を巻くように集まり、彼女を通して防壁に注ぎ込まれる
最大出力ならば宇宙空間に放り出されても問題ない程の堅牢性は巨大な銃弾など造作も無く無効化する。ひしゃげた銃弾がゴトンと彼女の足元に落ちる光景を黒雷も周囲にいる市民達も目撃した。カグツチが霧散するその中心に立つルミナの銀髪が消失するカグツチに反射、美しく輝く。
「フフ……」
黒雷の反応は何処までも神経を逆なでする。勝利への確信から零れたとしか思えない笑みにルミナは露骨な不快感を露わにする。
「何が可笑しい?」
この状況が罠ならば敵は何か仕掛けてくる筈だと……同時、視界の端に市民を捉えた彼女は反射的に意識をそちらに向けると避難するよう指示を飛ばした。
「いや、それよりも早く逃げ……」
「止めておいた方が良いですよ」
黒雷から再び声が零れたが、今度は先程とは明らかに違った。まるで心配している様な、そんな雰囲気と声色はルミナを制止させるには十分だった。何を?と、そんな風に真意を測りかねた彼女は再び黒雷へと視線を向けるが、次の瞬間に言葉の意味を理解する事となった。
最初に起きたのは彼女の足元に何処からともなく飛んできた何か。それはくしゃくしゃになった飲み物の空きカップだった。足元に転がるソレを見つめる彼女の視線はどことなく泳いでいる。心中に不安が押し寄せている様子が伝わるが、まだたった一つだけ。激しい戦闘で舞い上がったゴミが偶然近くに落下しただけ……
カツン
十分にあり得た予測は儚い希望だった。程なくもう一つゴミが飛んできた。今度は彼女の肩に当たると吸い込まれる様に地面に落下、足元に転がった。最初は足元に転がるゴミ、続いて周囲を見回したルミナは気が付いた。己に注がれる無数の視線全てに含まれる異様な感情に気付いた。それは且つて地球という星で伊佐凪竜一と共に逃げていた時に感じた恐怖を伴い、再び彼女の心中に現れた。
敵意だ。
真正面を見れば暗い闇の中、時折キラキラと輝く何かが降り注ぐ。高天原と一般区画を隔てる天蓋、あるいはミハシラを補修するナノマシンが剥離、地上の光に反射して輝く光景はさながら流星の如き儚さと美しさがある。
眼下には星空の如き光と流れ星の如く流れる幾筋もの光が群れを織りなす。ネオンに混じるのは人の営みが作る光。もう後3時間ほどで日付が変わる頃合いだが、夜はまだこれからと言わんばかりに眼下の光は輝き続ける。
そんな……さながら夜空に挟まれる様な錯覚を覚える景色が一望出来る場所に2人は立つ。一般区画からでは拝めない絶景を一望する現在位置は地上から大凡7~800メートル程の上空。これがデートならばさぞ盛り上がるロケーションだろうが、今はそんな呑気な状況でもないし、ましてや2人は落ちれば確実に死ぬその場所から飛び降りようというロマンスなど欠片も無い状態に追い込まれている。
「行くぞ」
「承知した、クナドは常時展開しておく」
「ありがとう……君が迎えに来てくれて良かった」
「そう言われると悪い気はしなイ」
僅かばかり言葉を交わした後、ルミナが先行して夜の闇目掛けて飛び降りた。スサノヲの戦闘技術には空中のカグツチを利用して空中を蹴り上げる機動法がある。壁や地面を蹴るかの如く何もない空中で進行方向を切り替える他、今回の様に高高度からの強襲にも使用する為の戦闘技術。
だが、幾ら習得しているとはいえここまでの高さから微塵の躊躇いも無く飛び出すのは並大抵では出来ない。技術を完璧に習得しても万が一という可能性、恐怖が頭を過るのはごく自然であるし、ソレが戦闘の最中であるなら尚の事。失敗すれば地上に激突、無残に命を散らす。
だが、闇の中に踊り出した彼女に躊躇はなく、その後に続いたタケルもまた同じく。
2人が飛び降りたその下を覗けば、夜の街を照らす街灯とは違うカグツチが生んだ光が所々を淡く照らす。残光の正体は何も無い空を跳躍する様に移動を行った軌跡。しかし、その未来は消えゆくカグツチの残光と同じ様に見えた。余りもか細い儚い抵抗は強大な力の前に為す術も無く掻き消される。私が闇夜に消える儚い残光に2人の未来を重ねた直後……
「やはりかッ!!」
「ッ!!」
頭を過る嫌な予感が現実へと塗り替えられた。視界に映るのは地上から夜を切り裂きながら上昇する流星、白い輝きを纏う弾丸。一足早く地上に転移した黒雷からの射撃には戦闘への躊躇を全く感じない。
冷徹、それ以上に冷酷。黒雷は英雄と最新鋭の式守を相手にする為、あらゆる状況を盾に使い優位に立ち回る。2人共にあの攻撃を回避する事が出来ない。射線はほぼ垂直に降下する彼女達に対し大きく傾いている。ルミナも、タケルも回避するだけならば容易い。だが、背後にはミハシラがある。地上と高天原を繋ぎ、また支える柱。
一本破壊されたところで即落下する程脆弱な構造ではないが、だからといってソレを許して良い代物でも無い。私は腹立たしさを覚えた。真面に戦えばあのコンビを相手取る事など不可能に近い。だから黒雷は戦う場所を選び、自らのペースに相手を巻き込み、徹底して相手の土俵に立たない。
真正面から戦えば確実にルミナが勝利する。だが……だから相手はその選択を絶対に選ばない。故に彼女達は実力で勝りながらも徹底的に追い込まれる。
「この程度ならば問題ない」
タケルは自ら諸共に背後のミハシラ目掛けて繰り出された何発もの銃撃を確認すると、クナドに代わり自らの手を真っ直ぐ正面にかざす。次の瞬間、クナドよりも遥かに強固な防壁が銃弾を防ぐ様に展開され全ての銃弾を容易く防ぎ切った。
彼自身も強固な防壁を展開する事が可能であり、仄かに白く輝く弾丸はその彼が展開する防壁をただの一発も貫通する事無くひしゃげたが、僅か後に強烈な衝撃波を生み出した。
榴弾。爆発の衝撃で破片を吹き飛ばす特殊な弾丸。
「何ッ!!」
直後、タケルは弾き飛ばされミハシラに叩きつけられた。
「油断してはいけませんよ、貴方は高性能だがまだまだ経験が足りないようですね」
慢心ではない。忌々しい程に用意周到な黒雷の男が語る通り、彼は圧倒的に戦闘経験が不足している。事実、通常弾に偽装した榴弾を見抜けなかった。
「大丈夫かッ!!」
「おや、彼の心配をしていても宜しいのですか?」
手近なビルの屋上に着地したルミナがミハシラを見上げ叫ぶ。が、それ以上の行動を黒雷が許さない。不敵な言葉を零しながら、ソレはネオンと街灯が輝く夜の街へと躊躇いなく突っ込んでいった。
「クッ……終始あの男のペースか!!」
ルミナは吐き捨てながら黒雷の後を追う。彼女は理解している。罠だと理解している。しかし、それでも進まざるを得ない。彼女は英雄なのだから。多くの人が彼女を頼みとするのだから、故に彼女も自らの意志でその道を選んだ。だから彼女は自らの意志で罠が待つ場所へと突き進む。だが、その先に待つのは確実に絶望だ。
先行……いや先導する黒雷はルミナの追撃を察知すると彼女に銃口を向けた。振り向かず、速度を落とさず、だが正確に狙撃する。引き金を引く度にドォンという音が周囲に響き、ビルと窓ガラスが衝撃で震え、道行く人は叫び声を上げながらしゃがみ込む。
何処までも忌々しいと私は臍を嚙んだ。この場所も他と同じく彼女に回避と言う選択を許さない。ルミナは銃弾の前に立ちはだかると両手を前面に広げ、防壁を全開で起動させた。眩いばかりの光の粒子が渦を巻くように集まり、彼女を通して防壁に注ぎ込まれる
最大出力ならば宇宙空間に放り出されても問題ない程の堅牢性は巨大な銃弾など造作も無く無効化する。ひしゃげた銃弾がゴトンと彼女の足元に落ちる光景を黒雷も周囲にいる市民達も目撃した。カグツチが霧散するその中心に立つルミナの銀髪が消失するカグツチに反射、美しく輝く。
「フフ……」
黒雷の反応は何処までも神経を逆なでする。勝利への確信から零れたとしか思えない笑みにルミナは露骨な不快感を露わにする。
「何が可笑しい?」
この状況が罠ならば敵は何か仕掛けてくる筈だと……同時、視界の端に市民を捉えた彼女は反射的に意識をそちらに向けると避難するよう指示を飛ばした。
「いや、それよりも早く逃げ……」
「止めておいた方が良いですよ」
黒雷から再び声が零れたが、今度は先程とは明らかに違った。まるで心配している様な、そんな雰囲気と声色はルミナを制止させるには十分だった。何を?と、そんな風に真意を測りかねた彼女は再び黒雷へと視線を向けるが、次の瞬間に言葉の意味を理解する事となった。
最初に起きたのは彼女の足元に何処からともなく飛んできた何か。それはくしゃくしゃになった飲み物の空きカップだった。足元に転がるソレを見つめる彼女の視線はどことなく泳いでいる。心中に不安が押し寄せている様子が伝わるが、まだたった一つだけ。激しい戦闘で舞い上がったゴミが偶然近くに落下しただけ……
カツン
十分にあり得た予測は儚い希望だった。程なくもう一つゴミが飛んできた。今度は彼女の肩に当たると吸い込まれる様に地面に落下、足元に転がった。最初は足元に転がるゴミ、続いて周囲を見回したルミナは気が付いた。己に注がれる無数の視線全てに含まれる異様な感情に気付いた。それは且つて地球という星で伊佐凪竜一と共に逃げていた時に感じた恐怖を伴い、再び彼女の心中に現れた。
敵意だ。
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