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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い
145話 再会 其の2
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「すみません。自分の名前、呼ばなくなって久しいので。つい……」
祖母を前にしたルミナは何処までもしおらしく、つい十数分前までの戦闘で見せた冷静さや苛烈な性格は完全に鳴りを潜めている。
「良い名だよ。大切にすると良い。セレシアがアウルムの奴と一緒に名付けた名前だ」
「父はお嫌いですか?」
「神に最も近いと言われようが所詮は人間。可愛い一人娘を誑かしたとなれば、多少は思うところもあるよ」
総帥の口から零れるのは娘と離れる原因を作った男への小さな怨嗟。後悔、怒り、憎しみ。短い言葉の中には様々な負の感情が渦を巻いている。
「そうですか。でも、確かにぶっきらぼうで口も悪くて妙に自信家なところもあったけど、でも本当は不器用で……最後に私を助けてくれました」
「そうか。あの男が……」
「事故の前、母を探しに保育施設から出た私を捕まえて手近な緊急避難所に放り込んだのは父でした。もし私が外に出なければ、父も母もきっと……」
だがそれは祖母の視点での話。総帥が知らない父親としての一面がルミナより語られると、皺を刻んだ顔が僅かに崩れた。感情の奔流、本来ならば抱き寄せ共に泣き明かしたいが、総帥としての立場がソレを許さない。そんな風に見えた。
一方、語り終えたルミナの表情にも暗い影が落ちる。人生を大きく歪ませた過去の事故、より正確には父と母の死因が己ではないかという負い目は未だ癒えず、彼女の精神を今も苛み続けている。
「失礼ながら総帥。お話の続きは中でもよろしいのではないでしょうか?」
「うむ。そうじゃな。確かに、まぁ長くなりそうじゃしな。手続きは任せて良いか?」
「お任せください。ではルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートル、タケミカヅチ弐号機。手続きは我々に任せて中へお入り下さい」
一向に動かない両者の心情を察したのか、セラフの長であるミカエルが総帥に代わり事を進める。手早く手続きを済ませつつ端末を操作し門を開け放つと、巨大な鉄柵の門が隔てた祖母と孫娘が直に対面する。
最初の出会いは山県令子の反乱が終息した直後、タナトスに呼ばれる形でルミナの前に姿を現したのは約四ヶ月前の事だ。あの時はタナトスの知己であるとの誤解から彼女は祖母の申し出を強く拒絶した。そして、その苦悩を誰にも語る事無く今日まで過ごしてきた。
唯一腹を割って話せる伊佐凪竜一にさえ秘密にしたのは余計な負担を掛けない様にとの配慮からだが、理由はまだある。反乱の日を境にルミナに声を掛ける人間が激増した。
大半はヒルメとスクナによって適当にあしらわれたのだが、しかしそう言った他人の事情を考えない者ほど何故か妙な行動力を発揮するもので、彼女が漸く休める僅かな隙を見つけては押し掛けるを繰り返した。その結果、彼女は拗れた血縁問題を誰にも相談出来ないままこの日を迎えてしまった。
"彼なら何というか"、そんな呟きはヒルメとスクナの耳には入らなかったが、彼女の同行を影から追う私は何度もその言葉を耳にした。
今の彼女は酷く揺らぎ、迷っている。普通の人間ならば即断で庇護下へと入るザルヴァートルと距離を置きたがる一方、血を分けた祖母がそこにいるという理由でその決断を下せない。
神魔戦役の折に幾度となく英断を下した彼女らしからぬ曖昧な態度にタケルとセラフの面々は困惑する。迷う理由など無い。人の姿形をしながら人とは違う彼等の表情は語らずとも雄弁に結論を物語る。彼等には迷う原因が分からない。が、それは決して機械の肉体と言う理由ではない。
ルミナに幸福と呼べた時期は極めて短い。事故により両親を失い、無意識的に臨んだとはいえ機械の身体に置き換えられた事で謂われない差別を受けた事もあったそうだ。元は研究者を目指した筈がなし崩しにスサノヲへと入隊、多感な時期の大半を占めたのが孤独と戦闘訓練という人生の何もかもの原因は彼女ではない。
そんな望まぬ人生を歩む内、彼女の中にはどうにもし難い感情が澱の様に堆積していったのだろう。誰に向けて良いか分からない苛立ち、悲嘆、絶望。
幸福にも伊佐凪竜一という理解者を得た事で彼女は正常な道へと戻れたようだが、しかし人間すぐさま変われる訳ではない事はよく知っている。彼女を苛み続ける積もりに積もった感情の大半は、本来ならば伊佐凪竜一と共に少しずつ解決していけばよかった筈なのだが、現実は未だ健在。これが今の彼女の現状と思われ、だから迷っているのだ。
「では、どうぞ此方へ」
総帥は開け放たれた扉の前から一歩も進めないでいたルミナに優しく声を掛けると、彼女の傍に近寄りその顔をじっと見つめた。
「申し訳ありません」
実に彼女らしくない、そう思える様な態度だった。彼女は総帥、いや祖母が近づき顔を覗き込んでいる事に全く気付かなかった様子であり、それに気づくと申し訳なさそうに祖母の背中を様にホテルの入口へと歩き始めた。
※※※
――ホテル テネブラエ内
「どうやらお疲れの様子、宜しければ本日はコチラでお休みになられては如何でしょうか?」
「俺からも頼む。今日は色々あり過ぎた、流石に休まねば身体が持たなイ筈だ」
「しかし私は……」
「その件についてはアヴァロンのカルナ代表から事情を窺っております。守護者と思わしき黒雷型の機体が貴女が回避できぬよう市民や建造物を射線に入れながら攻撃していたという話。俄かには信じ難い一方、code35-2000が発令されたのならばありえない話ではありません。しかし、いや……だからこそ不審極まりない。如何にコード発令下とは言え、傍若無人な真似は婚姻の儀に影を落とす事は必死です」
「それも問題だが、一番の懸念点はそのコードを理由にホテルに強制立ち入りをする可能性があると言う事です」
「その為のセラフです。直接争ったわけではありませんが、それでも連合最強の一角と呼ばれる身。守護者に後れを取るつもりはありません」
「しかしそれでは貴方達に迷惑が……」
外観と同じく質素な造りの廊下を歩みながら、ルミナとタケルはセラフ達と話を続ける。前方をゆっくりと歩く総帥は会話に参加せず、彼女達の会話が平行線を辿る様子をひしひしと感じ取りながらも無言で案内を続ける。その表情から何を考えているか読み取る事は困難だが、しかしほんの僅かだがその歩みが早まった様な感覚を私は覚えた。
「ヤレヤレ、無駄に広いというのも考え物じゃな」
やがて老女は大きな扉の前で足を止めた。金に輝くドアノッカーに黒塗り両開きの扉はそれまでの質素な光景とは少しだけ趣が違う様に見えた。恐らく総帥の執務室兼寝室だろう。ミカエルは先行した総帥の前に立ちつと片手で扉を押し開け、もう片方の手で部屋へと入るよう手振りした。
「我々は守護者が近づかぬよう周囲を警護します。どうぞごゆっくり」
最後に入室した総帥に向けミカエルは一礼と共にそう言づけた。ルミナは守護者と言う単語に反応しミカエルへと視線を移すが、彼は酷く冷静沈着、無言かつ無表情のまま彼女にも一礼を行い部屋の扉を静かに閉めると何処かへと去っていった。
「言葉通りセラフは外を警邏してイるようだ」
「疑っていた訳ではないよ」
「そうか。要らぬ心配だったか?」
「いや、ありがとう。それよりも、やはりここは執務室か?」
どうやらルミナが気に掛けていたのはセラフの動向らしかった。が、タケルがセラフの言動に偽りが無いと証明すれば、懸念の1つが払しょくされたとばかりに彼女の意識は部屋の内装へと向かった。漸く周囲を見回す心の余裕が出来たらしい。
部屋は予想通りに財団総帥の執務室だった。最奥を見れば豪華な机に幾つものディスプレイが表示されたままとなっており、その周囲を見渡せば他星系の書物や高価そうな遺物等が丁寧に陳列されている。中央には来客用のソファと椅子が並べられており、その上には綺麗な花が飾られている。
「待たせたの」
暫く茫然と部屋を眺めていたルミナの背中からそんな声が聞こえた。その表情は未だ硬く、久方ぶりの肉親の再会を喜ぶ様子は感じない。困惑。彼女は迷っている。唐突に知った出生への折り合い方と、それ以上に肉親とどうやって接すれば良いか測りかねている。
祖母を前にしたルミナは何処までもしおらしく、つい十数分前までの戦闘で見せた冷静さや苛烈な性格は完全に鳴りを潜めている。
「良い名だよ。大切にすると良い。セレシアがアウルムの奴と一緒に名付けた名前だ」
「父はお嫌いですか?」
「神に最も近いと言われようが所詮は人間。可愛い一人娘を誑かしたとなれば、多少は思うところもあるよ」
総帥の口から零れるのは娘と離れる原因を作った男への小さな怨嗟。後悔、怒り、憎しみ。短い言葉の中には様々な負の感情が渦を巻いている。
「そうですか。でも、確かにぶっきらぼうで口も悪くて妙に自信家なところもあったけど、でも本当は不器用で……最後に私を助けてくれました」
「そうか。あの男が……」
「事故の前、母を探しに保育施設から出た私を捕まえて手近な緊急避難所に放り込んだのは父でした。もし私が外に出なければ、父も母もきっと……」
だがそれは祖母の視点での話。総帥が知らない父親としての一面がルミナより語られると、皺を刻んだ顔が僅かに崩れた。感情の奔流、本来ならば抱き寄せ共に泣き明かしたいが、総帥としての立場がソレを許さない。そんな風に見えた。
一方、語り終えたルミナの表情にも暗い影が落ちる。人生を大きく歪ませた過去の事故、より正確には父と母の死因が己ではないかという負い目は未だ癒えず、彼女の精神を今も苛み続けている。
「失礼ながら総帥。お話の続きは中でもよろしいのではないでしょうか?」
「うむ。そうじゃな。確かに、まぁ長くなりそうじゃしな。手続きは任せて良いか?」
「お任せください。ではルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートル、タケミカヅチ弐号機。手続きは我々に任せて中へお入り下さい」
一向に動かない両者の心情を察したのか、セラフの長であるミカエルが総帥に代わり事を進める。手早く手続きを済ませつつ端末を操作し門を開け放つと、巨大な鉄柵の門が隔てた祖母と孫娘が直に対面する。
最初の出会いは山県令子の反乱が終息した直後、タナトスに呼ばれる形でルミナの前に姿を現したのは約四ヶ月前の事だ。あの時はタナトスの知己であるとの誤解から彼女は祖母の申し出を強く拒絶した。そして、その苦悩を誰にも語る事無く今日まで過ごしてきた。
唯一腹を割って話せる伊佐凪竜一にさえ秘密にしたのは余計な負担を掛けない様にとの配慮からだが、理由はまだある。反乱の日を境にルミナに声を掛ける人間が激増した。
大半はヒルメとスクナによって適当にあしらわれたのだが、しかしそう言った他人の事情を考えない者ほど何故か妙な行動力を発揮するもので、彼女が漸く休める僅かな隙を見つけては押し掛けるを繰り返した。その結果、彼女は拗れた血縁問題を誰にも相談出来ないままこの日を迎えてしまった。
"彼なら何というか"、そんな呟きはヒルメとスクナの耳には入らなかったが、彼女の同行を影から追う私は何度もその言葉を耳にした。
今の彼女は酷く揺らぎ、迷っている。普通の人間ならば即断で庇護下へと入るザルヴァートルと距離を置きたがる一方、血を分けた祖母がそこにいるという理由でその決断を下せない。
神魔戦役の折に幾度となく英断を下した彼女らしからぬ曖昧な態度にタケルとセラフの面々は困惑する。迷う理由など無い。人の姿形をしながら人とは違う彼等の表情は語らずとも雄弁に結論を物語る。彼等には迷う原因が分からない。が、それは決して機械の肉体と言う理由ではない。
ルミナに幸福と呼べた時期は極めて短い。事故により両親を失い、無意識的に臨んだとはいえ機械の身体に置き換えられた事で謂われない差別を受けた事もあったそうだ。元は研究者を目指した筈がなし崩しにスサノヲへと入隊、多感な時期の大半を占めたのが孤独と戦闘訓練という人生の何もかもの原因は彼女ではない。
そんな望まぬ人生を歩む内、彼女の中にはどうにもし難い感情が澱の様に堆積していったのだろう。誰に向けて良いか分からない苛立ち、悲嘆、絶望。
幸福にも伊佐凪竜一という理解者を得た事で彼女は正常な道へと戻れたようだが、しかし人間すぐさま変われる訳ではない事はよく知っている。彼女を苛み続ける積もりに積もった感情の大半は、本来ならば伊佐凪竜一と共に少しずつ解決していけばよかった筈なのだが、現実は未だ健在。これが今の彼女の現状と思われ、だから迷っているのだ。
「では、どうぞ此方へ」
総帥は開け放たれた扉の前から一歩も進めないでいたルミナに優しく声を掛けると、彼女の傍に近寄りその顔をじっと見つめた。
「申し訳ありません」
実に彼女らしくない、そう思える様な態度だった。彼女は総帥、いや祖母が近づき顔を覗き込んでいる事に全く気付かなかった様子であり、それに気づくと申し訳なさそうに祖母の背中を様にホテルの入口へと歩き始めた。
※※※
――ホテル テネブラエ内
「どうやらお疲れの様子、宜しければ本日はコチラでお休みになられては如何でしょうか?」
「俺からも頼む。今日は色々あり過ぎた、流石に休まねば身体が持たなイ筈だ」
「しかし私は……」
「その件についてはアヴァロンのカルナ代表から事情を窺っております。守護者と思わしき黒雷型の機体が貴女が回避できぬよう市民や建造物を射線に入れながら攻撃していたという話。俄かには信じ難い一方、code35-2000が発令されたのならばありえない話ではありません。しかし、いや……だからこそ不審極まりない。如何にコード発令下とは言え、傍若無人な真似は婚姻の儀に影を落とす事は必死です」
「それも問題だが、一番の懸念点はそのコードを理由にホテルに強制立ち入りをする可能性があると言う事です」
「その為のセラフです。直接争ったわけではありませんが、それでも連合最強の一角と呼ばれる身。守護者に後れを取るつもりはありません」
「しかしそれでは貴方達に迷惑が……」
外観と同じく質素な造りの廊下を歩みながら、ルミナとタケルはセラフ達と話を続ける。前方をゆっくりと歩く総帥は会話に参加せず、彼女達の会話が平行線を辿る様子をひしひしと感じ取りながらも無言で案内を続ける。その表情から何を考えているか読み取る事は困難だが、しかしほんの僅かだがその歩みが早まった様な感覚を私は覚えた。
「ヤレヤレ、無駄に広いというのも考え物じゃな」
やがて老女は大きな扉の前で足を止めた。金に輝くドアノッカーに黒塗り両開きの扉はそれまでの質素な光景とは少しだけ趣が違う様に見えた。恐らく総帥の執務室兼寝室だろう。ミカエルは先行した総帥の前に立ちつと片手で扉を押し開け、もう片方の手で部屋へと入るよう手振りした。
「我々は守護者が近づかぬよう周囲を警護します。どうぞごゆっくり」
最後に入室した総帥に向けミカエルは一礼と共にそう言づけた。ルミナは守護者と言う単語に反応しミカエルへと視線を移すが、彼は酷く冷静沈着、無言かつ無表情のまま彼女にも一礼を行い部屋の扉を静かに閉めると何処かへと去っていった。
「言葉通りセラフは外を警邏してイるようだ」
「疑っていた訳ではないよ」
「そうか。要らぬ心配だったか?」
「いや、ありがとう。それよりも、やはりここは執務室か?」
どうやらルミナが気に掛けていたのはセラフの動向らしかった。が、タケルがセラフの言動に偽りが無いと証明すれば、懸念の1つが払しょくされたとばかりに彼女の意識は部屋の内装へと向かった。漸く周囲を見回す心の余裕が出来たらしい。
部屋は予想通りに財団総帥の執務室だった。最奥を見れば豪華な机に幾つものディスプレイが表示されたままとなっており、その周囲を見渡せば他星系の書物や高価そうな遺物等が丁寧に陳列されている。中央には来客用のソファと椅子が並べられており、その上には綺麗な花が飾られている。
「待たせたの」
暫く茫然と部屋を眺めていたルミナの背中からそんな声が聞こえた。その表情は未だ硬く、久方ぶりの肉親の再会を喜ぶ様子は感じない。困惑。彼女は迷っている。唐突に知った出生への折り合い方と、それ以上に肉親とどうやって接すれば良いか測りかねている。
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