158 / 345
第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い
146話 再会 其の3
しおりを挟む
時刻は連合標準時刻の午後10時を少しばかり過ぎた頃。同時に入室した筈が何時の間にやら姿を消した総帥が寝室の扉の奥から白いトレイと共に姿を見せた。トレイには二人分のカップに透明なティーポットが乗せられている。どうやら彼女自らが茶を振る舞うようであり、部屋の中央の机にそれを置くと椅子に座るよう声を掛ける。
ルミナはその申し出にややぎこちないながらも了承すると、総帥に言われるままに金色の豪華な革張りの椅子に腰かけ、タケルは2人を見つめる程度の後方に移動した。拙いながらも人間関係について学んだ彼なりの配慮、血を分けた家族の邪魔をするべきではないという考えの一方で、退室するつもりは微塵もない行動の中に、ルミナを守るという己の役割だけは絶対に放棄しない意固地さが垣間見える。
「紅茶、飲めるかい?」
「水分程度ならば」
「そうか、良かった。ならば食事は?」
「多分大丈夫だと思いますが、正直自分でも良く分かっていません」
「その身体、殆ど人と見分けが付かんがまだ機械なのかね?」
「誰もが全く分からないと匙を投げたのですが、今の私の身体は脳以外……肉も骨も内臓も血液も全部ナノマシンなのに、殆ど人と変わらない機能と性質を持っているそうです。違うのは代謝活動がないから体温が低い位で、後は人とほとんど変わりません」
ルミナの話に総帥は目を細めた。その様はまるで我が事の様に心を痛めている様にも見え、また血を分けた孫に何もできない無力感に苛まれている様にも見えた。桁違いの財産、極めて高い社会的地位、名声、豊富なコネクション。しかしその全てを惜しみなく使っても彼女の傷を癒す事が出来ない、そんな無力感だ。
「そうかい。事故の事も粗方調べたよ。アマテラスオオカミが管理する神代三剣の複製計画、"天下五剣"といったか。だがムラクモの制御に失敗し研究艦は大破、か」
その言葉にルミナは驚き固まった。彼女にとって人生を狂わされた忌まわしい事故、過去の思い出は未だ彼女の中に燻り、忘れる事を許さないと言わんばかりに苛んでいる。財団総帥が、血を分けた祖母が目の前に置かれたティーカップに紅茶を注ぐ様を見ても何らの反応を返さない状態からも明らかだ。
……私も同じだ。もう何度も、彼女にこの話題が振られる度に、私は過去を懺悔したい気持ちに駆られる。出来れば謝りたい。だがそうしたところで何の慰めになるのか。いや、それ以前に、私は私の役目故にそうする事が出来ない。私は監視者。特定の文明とソレを享受する人類を見守る者。いや、嘘だ。こんなもの詭弁でしかない。
"天下五剣計画"、アレを立案したのは神ではなく私だ。フォルトゥナ=デウス・マキナの影響力に押され続けるアマテラスオオカミ、ひいては旗艦アマテラスの影響力を五分に戻す。一進一退を続ける銀河探索を加速させる。ソレは私の心を揺さぶり、動かすには十分に都合の良い言い訳だった。
「それが原因で人生を大きく歪められ、そして今も苦しんでおるのか」
総帥は自らのティーカップに紅茶を注ぎ終えるとゆっくりと椅子に座り、彼女を真っすぐ見据えると労わる様に声を掛けた。
「貴女も、貴女の人生も歪んだはずです。母が……自分の娘を失ったのですから」
「そうじゃな。事故の犠牲者の中に娘とその夫、そして孫までがいると知らされた時は夜通し泣き明かしたよ。どうしてあの時止められなかったのか、もし止めていれば……そんな意味の無い後悔に頭が埋め尽くされた。娘と孫をいっぺんに失ったのだからね」
「私も……泣きました。悲しくても涙が出なくて、だから余計に泣いて、気が付けば意識を手放して、でも起きればまた同じ事を繰り返して……」
だが、その結果が目の前の光景だ。知らなかったとは言え、よりにもよってザルヴァートル財団総帥とその家族を巻き込んだ挙句に計画は白紙に戻り、ダメ押しに連合内での立場が更に悪化した。
「じゃがそれでも私が立ち直れたのは、悲しむ暇も無い程の仕事に忙殺されながらもそれでも正気を保てたのは死んだと思われていた孫が生きていると知ったからじゃ。最初に教えてくれたのはアマテラスオオカミ、じゃが生きている以上の情報は終ぞ教えてはくれなんだ。しかし、とある女から教えられて納得したよ」
「タナトスですか?」
「そう、その女が貴女に関するデータを送ってきた。肉体の殆どを機械に置き換えた事、特別措置という形でスサノヲに入隊した事。あの女の名前ががココに住む者にとってどれほどに重く苦しいかは十分に承知しておる」
「私達が最初に出会ったあの時……そしてそれ以前から旗艦を支配したアラハバキの"オオゲツ"として活動していたあの女により、旗艦は大打撃を受けました」
「済まないねぇ。だが、利用されていると知りながら、それでも動かない訳には行かなかった」
「謝る必要はありません。元凶は目的の為ならば一切の躊躇なく実行するあの女です」
懺悔に近い総帥の言葉をルミナは否定した。真っ直ぐに総帥を見つめ返すその目に先ほどまでの弱さは見えず、何時もの彼女がソコに居た。私が、大勢が頼る英雄の姿がソコにあった。
「もう三ヵ月以上も前か……懐かしい。よう覚えておるよ、漸く孫の顔を見る事ができたあの日あの時は忘れたくても忘れる事など出来ない」
総帥とルミナは同じタイミングで紅茶を啜りながらあの時の出来事を話し始めた。重く苦しい過去。決して楽しい話ではない筈だが、気が付けば2人共に……どことなく楽しそうな雰囲気で当時を思い起こしている。まるで、互いの人生の空白を埋めている様だ。
が、そんな彼女達を見る私の視線と心は酷く揺らぐ。私の汚点。神の影響力の保持は連合維持の絶対条件で、だから計画を止めなかった、止められなかった。覆水盆に返らず、という言葉を仲間から教えてもらった。正しく、過去の私にピッタリの言葉だ。起きてしまった事は変えられない事実が私の心を苛む。
ルミナはその申し出にややぎこちないながらも了承すると、総帥に言われるままに金色の豪華な革張りの椅子に腰かけ、タケルは2人を見つめる程度の後方に移動した。拙いながらも人間関係について学んだ彼なりの配慮、血を分けた家族の邪魔をするべきではないという考えの一方で、退室するつもりは微塵もない行動の中に、ルミナを守るという己の役割だけは絶対に放棄しない意固地さが垣間見える。
「紅茶、飲めるかい?」
「水分程度ならば」
「そうか、良かった。ならば食事は?」
「多分大丈夫だと思いますが、正直自分でも良く分かっていません」
「その身体、殆ど人と見分けが付かんがまだ機械なのかね?」
「誰もが全く分からないと匙を投げたのですが、今の私の身体は脳以外……肉も骨も内臓も血液も全部ナノマシンなのに、殆ど人と変わらない機能と性質を持っているそうです。違うのは代謝活動がないから体温が低い位で、後は人とほとんど変わりません」
ルミナの話に総帥は目を細めた。その様はまるで我が事の様に心を痛めている様にも見え、また血を分けた孫に何もできない無力感に苛まれている様にも見えた。桁違いの財産、極めて高い社会的地位、名声、豊富なコネクション。しかしその全てを惜しみなく使っても彼女の傷を癒す事が出来ない、そんな無力感だ。
「そうかい。事故の事も粗方調べたよ。アマテラスオオカミが管理する神代三剣の複製計画、"天下五剣"といったか。だがムラクモの制御に失敗し研究艦は大破、か」
その言葉にルミナは驚き固まった。彼女にとって人生を狂わされた忌まわしい事故、過去の思い出は未だ彼女の中に燻り、忘れる事を許さないと言わんばかりに苛んでいる。財団総帥が、血を分けた祖母が目の前に置かれたティーカップに紅茶を注ぐ様を見ても何らの反応を返さない状態からも明らかだ。
……私も同じだ。もう何度も、彼女にこの話題が振られる度に、私は過去を懺悔したい気持ちに駆られる。出来れば謝りたい。だがそうしたところで何の慰めになるのか。いや、それ以前に、私は私の役目故にそうする事が出来ない。私は監視者。特定の文明とソレを享受する人類を見守る者。いや、嘘だ。こんなもの詭弁でしかない。
"天下五剣計画"、アレを立案したのは神ではなく私だ。フォルトゥナ=デウス・マキナの影響力に押され続けるアマテラスオオカミ、ひいては旗艦アマテラスの影響力を五分に戻す。一進一退を続ける銀河探索を加速させる。ソレは私の心を揺さぶり、動かすには十分に都合の良い言い訳だった。
「それが原因で人生を大きく歪められ、そして今も苦しんでおるのか」
総帥は自らのティーカップに紅茶を注ぎ終えるとゆっくりと椅子に座り、彼女を真っすぐ見据えると労わる様に声を掛けた。
「貴女も、貴女の人生も歪んだはずです。母が……自分の娘を失ったのですから」
「そうじゃな。事故の犠牲者の中に娘とその夫、そして孫までがいると知らされた時は夜通し泣き明かしたよ。どうしてあの時止められなかったのか、もし止めていれば……そんな意味の無い後悔に頭が埋め尽くされた。娘と孫をいっぺんに失ったのだからね」
「私も……泣きました。悲しくても涙が出なくて、だから余計に泣いて、気が付けば意識を手放して、でも起きればまた同じ事を繰り返して……」
だが、その結果が目の前の光景だ。知らなかったとは言え、よりにもよってザルヴァートル財団総帥とその家族を巻き込んだ挙句に計画は白紙に戻り、ダメ押しに連合内での立場が更に悪化した。
「じゃがそれでも私が立ち直れたのは、悲しむ暇も無い程の仕事に忙殺されながらもそれでも正気を保てたのは死んだと思われていた孫が生きていると知ったからじゃ。最初に教えてくれたのはアマテラスオオカミ、じゃが生きている以上の情報は終ぞ教えてはくれなんだ。しかし、とある女から教えられて納得したよ」
「タナトスですか?」
「そう、その女が貴女に関するデータを送ってきた。肉体の殆どを機械に置き換えた事、特別措置という形でスサノヲに入隊した事。あの女の名前ががココに住む者にとってどれほどに重く苦しいかは十分に承知しておる」
「私達が最初に出会ったあの時……そしてそれ以前から旗艦を支配したアラハバキの"オオゲツ"として活動していたあの女により、旗艦は大打撃を受けました」
「済まないねぇ。だが、利用されていると知りながら、それでも動かない訳には行かなかった」
「謝る必要はありません。元凶は目的の為ならば一切の躊躇なく実行するあの女です」
懺悔に近い総帥の言葉をルミナは否定した。真っ直ぐに総帥を見つめ返すその目に先ほどまでの弱さは見えず、何時もの彼女がソコに居た。私が、大勢が頼る英雄の姿がソコにあった。
「もう三ヵ月以上も前か……懐かしい。よう覚えておるよ、漸く孫の顔を見る事ができたあの日あの時は忘れたくても忘れる事など出来ない」
総帥とルミナは同じタイミングで紅茶を啜りながらあの時の出来事を話し始めた。重く苦しい過去。決して楽しい話ではない筈だが、気が付けば2人共に……どことなく楽しそうな雰囲気で当時を思い起こしている。まるで、互いの人生の空白を埋めている様だ。
が、そんな彼女達を見る私の視線と心は酷く揺らぐ。私の汚点。神の影響力の保持は連合維持の絶対条件で、だから計画を止めなかった、止められなかった。覆水盆に返らず、という言葉を仲間から教えてもらった。正しく、過去の私にピッタリの言葉だ。起きてしまった事は変えられない事実が私の心を苛む。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる