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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

152話 永遠の別れ 其の1

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 ルミナとタケルが固唾を呑む部屋の向こう、総帥用の執務室外を確認すれば確かにタケルの言葉通り客人達の姿があった。重厚な扉の前に立つのは大柄な男と、その少し後ろに立つやや痩身の男に小柄で妖艶な雰囲気を纏う女性の計3人。

「何用か?」

 ザルヴァートル財団総帥然とした静かだが力強い声が扉を隔てた向こうから静かに響けば……

「フェルム=アヴァルス・ザルヴァートルです。クーラとファルサもおります。総帥に折り入ってお話があり伺った次第ですが、お時間宜しいでしょうか?」

 扉の前に立つ大男が力強く答え、間髪入れずに扉に手を掛けた。ギイという扉を開け放つ音に続き3人が部屋に雪崩れ込む足音、椅子に座る音が立て続けに響く。ソレまで静かだった部屋が騒々しい音で満たされる。こんな時間帯に会いに来たかと思えば総帥の返答を待たずに部屋へと踏み入るその態度には傲慢さと浅慮さしかない。

 更にもう暫くすれば、一際力強い低音の男の大声が聞こえ始めた。部屋の向こうから漂うただならない気配を感じ取ったルミナはタケルに目配せをすると、彼はその合図に間髪入れず無言で頷きながら彼女の元へと近寄る。

(部屋の向こうの会話を盗聴して君の端末に送る。)

(感謝する。)

 タケルは彼女の耳元でそう囁くと同時に部屋の向こうを盗聴し始めた。窓の外からうっすらと漏れる光に照らされた薄暗い部屋に、ルミナの静かな呼吸音に続く形で複数人のやり取りが聞こえ始めた。

『どういうつもりですかな?』

『何がかな?』

『アクィラ=ザルヴァートル総帥とあろうお方がお惚けになるとは?言わずと知れたルミナ=ザルヴァートルの事ですよ!!』

『そうです。財団から出奔した後、紆余曲折の後に事故死したセレシア殿の代わりにされるおつもりでしょうが、しかしそれは大問題だ』

『その女、かつては英雄だったそうですが今や旗艦……いや実質連合から指名手配されているそうではないですか?一度は切った親子の縁がお大事なのは理解いたしますが、しかし総帥の権限を使用してまで犯罪者を継承戦に加えようというお考えは納得いたしかねますわ』

 盗聴故に大きな声で再生する事は出来ず、よってルミナには断片的にしか聞こえないのだが、それでもアクィラ=ザルヴァートルを責め立てる口調を聞いた彼女の口の端が少しだけ歪んだ。

『噂は噂。ですが、審判役を行う総帥を信用してよいかと疑う声もございます。我々としては一度継承戦を白紙に戻し、ルミナなる女と総帥の調査を行いたいと考えておりますが如何でしょうか?これも小耳に挟んだのですが、健康診断の結果は至って良好との事。ならばお時間はまだあるでしょう?』

 続けざまに3人が語る内容を要約すれば、負けそうだから継承戦を白紙に戻したいという事らしい。何とも情けないと思う反面、ザルヴァートル財団と言えば有り余る財を使い各惑星の政財界にまで深く食い込んだ巨大な組織であり、その頂点を決める争いとなれば彼等の様な浅はかな人間が現れても何ら不思議では無い。

 ……ザルヴァートル財団は極めて誠実実直だと聞いていたのだが、やはり情報と真実は必ずしも一致しないようだ。アクィラ=ザルヴァートル現総帥は一族の理念を忠実に守ろうとしているようだが、総帥と対話する3人それとは真逆、何処までも礼儀知らずで浅はかで愚かな普通の人間にしか見えない。

 大体にして現総帥は継承戦についてルミナに一言も話しておらず、彼等が審判役に不適格とする彼等の言は穴だらけの暴論でしかない。

 再び言い争う声が聞こえてきた。内容を聞いてみれば3人が3人共にそれなりの経営手腕を発揮しているようだが、その実は法律ギリギリどころか大きく踏み越えており、挙句に正体不明の相手と取引しているとまで暴露され、更に駄目押しに彼らの稼ぎ頭がよりにもよって軍需関係だというのだ。

 叱責する総帥の厳しい口調を聞けば3人が如何にザルヴァートルの教義から外れているかを物語っている。

 戦争行為は莫大な利益を生む事は幾つもの星系で夥しい程に行われてきた戦争が証明している。故に戦争、取り分け武器製造に加担する事は連合法で禁止されているし、それはザルヴァートル財団も同じく。彼等が積極的に加担する事は無いし、それが継承戦という次代の頂点を決める戦いならば尚の事。

 連合における武器製造はマガツヒとの戦いを想定した武装のみに限定されている事実から見れば、ココに現れた3人は継承戦失格の烙印を押されて然るべきだ。しかし彼等は剛毅ごうきな事に現総帥を審判役として不適格と判断、継承戦自体をやり直せと訴える。

 通常ならば勝算など無いが、しかし今の総帥はルミナ=AZ1を庇っているという傷を負っており、3人はその傷口を躊躇ためらいなく狙い続ける。それは聞くに堪えない醜い言い訳のオンパレードだった。アクィラ=ザルヴァートルが自らの意志で付けた僅かな傷を見つけた彼らは浅ましい位にその傷を責め立て、どうにかして継承戦をやり直そうと理論とは呼べない偏見と独善に満ちた一方的な主張を繰り返す。

『彼女が継承戦に参加するという話は出鱈目だ。本人にも話をしていなければ、参戦を強要するつもりも無い。そして……もう言い訳は良い、引き上げなさい。婚姻の儀が終わるまでは一族に名を連ねる事を許すが、だがそれ以降は知らぬ。生きる道は自らの足で探すがよい。それも又、一族の教えだ』

 だがその言葉は現総帥の耳には届かず、冷酷な言葉で突き放した。直後……

『そんなカビの生えた教えなんてまっぴら御免だって言いたいんだよこのクソ婆がッ!!』

 大男が叫んだ。まるで獣の咆哮の様な叫びを聞いたルミナは反射的に光が漏れる扉の向こうを凝視する。寝室とを隔てる扉から聞こえた怒号が如何に大きいか、盗聴の必要などない程の音量であったかが容易に伝わる。しかしそれ以上に、そう言い放った男がどれ程に怒り狂っていたかよく理解できる。

 が、当然ながら吠えるだけでは終わらない。大柄な男は懐から銃を取り出すと素早い動作で撃鉄を起こした。

「マズイッ!!」

 隣の部屋で息を殺していたタケルとルミナは盗聴越しに撃鉄が上がるカチリという音を聞くや寝室の扉目掛けて走り始めた。が、間に合わず。バァンという発砲音が隣室から寝室までを突き抜けた。

 直後、遅きに失したタケルが扉を開け放つ。視界に映るのは一際大柄な男が手に持っていた銃から硝煙が上がる光景と、その銃口の先で血を流しながら吹っ飛ばされる総帥の姿。

「貴様らッ、どう言うつもりだ!!」

 理解しがたい光景を前に堪らず叫ぶタケルに僅かばかり遅れる形で部屋へと踏み入ったルミナと3人の目が合う。想定外の邂逅。しかし……

「あら、貴方が噂のルミナ=ザルヴァートルね?」

「へぇ、なかなかどうして見れた面じゃないか。しかし中身は随分とお粗末だね?」

「お初にお目にかかる、そしてサヨウナラだ」

 3人は3人共に突然現れた彼女の姿を見ても狼狽える様子は一切ない。

「待てッ、こんな真似をして只で済むと思うなッ!!」

 人を1人殺しながらも落ち着き払ったその態度への怒りにタケルが再び吠える。

「ハハハッ、それは違うなぁ。いや理解している筈だ、この婆を殺したのはお前だ!!お前が殺したんだよ、ルミナ=ザルヴァートル!!お前が居なければコイツは死なずに済んだんだよッ!!」

「何を……」

「丁度良いスケープゴート役って事さ、分かるだろ?」

 何を言っているか分からない、いや頭が拒んだという方が正しい。やはり……彼等はこの場にルミナが居る事を知っており、挙句に総帥殺害の罪を着せるつもりだというのだ。

 大柄な男は有言実行する。無造作に銃を放り投げると、踵を返し部屋から引き上げたのだ。程なく残りの2人もそれに追従した。余りにも堂々としたその言動からは、逃げるといった後ろめたい感情は一切見えない。

 ルミナとタケルは全てを悟った。時を同じくして私も同じ結論へと辿り着いた。即ち、あの3人は総帥殺害の罪を孫娘であるルミナに着せる為の手段を持っているという事に。

 だがしかし、幾ら財団とは言えそんな出鱈目な真似が出来るのか?しかも彼らは証拠となる武器をココに捨て去ってさえいるのだ。さして財団とのつながりも無い旗艦アマテラスという特殊な環境下で行えるとはどうしても思えないが、しかしどんな考えがあるにせよ、どんな計画が動いているにせよ、殺人犯を逃がすわけにはいかない。それがルミナに罪を擦りつけようとするのならば尚の事。

 率先して動いたのはタケル。彼がルミナに目配せを行うと、彼女は即座に頷いた。今、優先すべきは堂々と立ち去った3人を追いかけ、捕縛する事。が、視界の反対側から聞こえた呻き声をにルミナの足が止まった。彼女の決意が……僅かに揺らぐ。
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