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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

164話 混迷

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 スクナとタケルが手分けして周辺のビルから掻き集めてきた食料や各種栄養剤の影響は大きく、ルミナの体調は驚くほどに快復した。また、その様子を眺めていた2人の様子も同じく。

 崩れ落ちるルミナを見て顔面蒼白、呆然自失状態だったスクナも、最悪の可能性を想定したのか、恐怖、混乱、悲壮などなど様々な感情がない交ぜになった複雑な表情を浮かべ、名前を叫びながらさながら恋人の如く彼女に駆け寄るタケルも彼女の復調に伴い落ち着きを取り戻した。

「さて、まだ落ち着かないだろうが時間が無い。情報を整理しよう」

 漸く落ち着いて会話できる、そんな雰囲気を察したスクナは少々申し訳なさそうな表情と共にそう切り出すと……

「済まない、何の手も打てなかった」

 即座に詫びを入れた。その表情に滲む苦悩と苦悶と苦痛を見れば彼がどれ程に尽力したか察するに余りある。ルミナとタケルはただ黙って耳を傾ける。

「先ずお前が財団総帥を殺害したと言う情報、それと姫を誘拐したナギ君を庇っているという誤情報は既に艦全体に周知されてしまった。少し前までは動揺こそあったが、それでもまだお前を信じると言う声が多数を占めていた。しかし、この件からお前を糾弾する声が一斉に上がり始めた。知りたくはないだろうがな」

 謝罪に続いて語った内容は苦境へと落ち行く悲惨な現状。

「いえ、お気遣いなく」

「そちらも問題だが、一番の懸念は艦長の座ではなイか?」

 何の手も打てず臍を噛むスクナに対し、今度はタケルが切り込んだ。

「その通り。鎖が無い分だけまだマシだが、スサノヲは実質的に守護者の支配下状態だ。アマテラスオオカミの代わりとなる新たな指導者、艦長ルミナの罷免に伴う一時的な措置と言っておったが……」

「姫、ですか?」

「あぁ、実に厄介だよ。連合の頂点、現人神フォルトゥナ=デウス・マキナの命令を盾にされるとこちらは何も出来ん。下手に逆らえば連合全体を敵に回しかねない。実際にそうなる可能性も否定できんが、コレの一番の問題は大々的に喧伝されれば今以上に立場が危うくなる事でな。そう言う訳だからお前達は全力で逃げろ。ワシも次からはお前達の追跡に駆り出される」

「表立って手伝うのはもう無理という事なんですね」

 スサノヲの援護はもう期待できないというスクナの報告を聞いたルミナの表情に暗い影が落ちる。ジワジワと、少しずつ、時間をかけながら追い詰められる現状は嬲り殺しに近い。

「他に何か情報は無イのか?」

 溜息を漏らすルミナに代わりタケルが口を開いた。

「ファイヤーウッドでナギ君とツクヨミ、姫様と行動を共にしていたアックスという男が旗艦に連行されてきた。今頃は恐らく……」

「あの時の?どうして……もしや口封じか」

「いや。尋問中だ。流石にそこまで強引な真似は、と言いたいが末端の政治家なんぞ比較にならん程に市井への影響力が大きいあの"アックス"となると否定は出来んな」

 スクナはそう言うと無精髭をさすると"後は……"とやや言葉を濁した。

「ツクヨミですか?」

「あぁ」

「そうですか、では彼女の内部映像データを取り出してもらうよう特兵研に依頼を出してください」

「それがな……行方が分からなくなった」

 再びスクナは言葉を濁すと、意を決し事実を伝えた。

「なっ!!」

「どうイう事です?」

 暫し言葉を濁したスクナが意を決して伝えた事実にルミナとタケルは動揺を隠せなかった。私も同じく、スクナの言葉に酷く動揺した。確かに連行されるまでは追跡していたのに、だが幾ら調べても行方が分からない。僅か数時間の間に忽然と姿を消してしまった。

 居所は完璧に追跡できると油断した。彼女が記録した映像データは確かに重要だが、結局のところ姫の一言で幾らでも覆されてしまう。且つての地球の神としての威光など連合の頂点の前では豆電球に等しい。迂闊だった。が、どれだけ責めても事態は何一つ好転しない。

「こっちにも分からん、守護者によって男と一緒に連行されてきた記録は確かにあるのだが、その後の行方が全くつかめない」

 耳を覆いたくなるような悲惨な状況は尚も続く。要約すれば次の通り。守護者に逆らった者は問答無用で黄泉に送られる、特兵研や旗艦動力源など複数の施設が守護者の支配下に置かれた、守護者どころか連合ですらない謎の戦力の存在を確認した、等々。

 どれもこれもルミナが知る由も無く、彼女は報告を聞く度に頭を抑えた。その話の最後、守護者に状況を報告しなければならないと理由を告げるとスクナはその場を後にした。

 今生の別れという訳では無いが、しかしそれでも2人はスクナの背中が見えなくなるまでその姿を目で追い掛ける。

「最早何処も彼処も守護者の監視が入ってイるだろう。何処か当てはあるか?」

「……こう言う場合は人目に付き辛い場所に入るのが無難だけど、何処が安全と問われるともう分からないな」

 タケルの問いにルミナは即答できなかった。休息もままならない状況での連戦に加え自身を取り巻く状況が悪化する現状を前にどうにか踏みとどまっている。

「では第5居住区域を提案する。深夜時間帯の労働者用に解放されたアンダーグラウンド。治安は余り良くなイが、だからこそ俺達の様な立場が身を隠す分には問題なイと判断する。何よりココから左程遠くない」

「流石だな。本当に頼りになる」

 タケルの返答を聞きルミナは少しだけ安堵した。且つて地球で逃げ回っていた時もそうだったのだろうか、ともかく頼りになる誰かが傍にいると言うだけでも精神的にかなり落ち着けるのだろうが、それが人を大きく超える性能を持つ式守となれば尚更だ。しかもココは勝手知ったる旗艦アマテラス、逃げ回るにしても未知の環境で逃げ続けるよりもずっと楽な筈だ。

「随分と落ち着イたようだ。俺では少々心許なイと考えてイたのではないか?」

「そんなことは無い、と言うよりも昔一緒に逃げていた彼は少々頼りなかったからね」

「そうか。だがそれでもまだ緊張が残ってイるようだ。ともかく急ごう」

 ルミナはそんなタケルに急かされるように夜の闇が濃い場所へと足を進める。だけど、彼女の表情を見た私は直感的にその言葉が嘘であると見抜いた、いやどうしてかそう思えてしまった。その表情は力無いながらも前を向いており、この苦境にあっても精神は折れていない事をはっきりと私に伝えてくれる。でも、それでもその瞳の奥を見た私は彼女がとても揺らいでいる様に思えた。

「大丈夫、まだ戦える。だから君も……君は……」

 ルミナはそうポツリと呟いた。"君"が誰であるかなど聞かずとも理解できる。やはり彼女は揺らいでいる。彼の事を心配し、そして出来れば傍にいて欲しいと願っている。

 ……だけどこの状況を仕掛けた何者かはあらゆる手段を講じて2人を引き離す筈。2人ならこの状況を覆せる力を秘めているからだ。神魔戦役の起こりから顛末に至るまの一連の情報をその何者かが知っているならば、奇跡に等しい力で戦いを終息させた事実も当然知っている。

 全てがまだ霧の中ではっきりとしないが、それでも私は確信している。この一連の流れは何者かが……恐らくで起こる何かの為に仕掛けた。だがそれは力づくで止められる。だからあの2人が邪魔だと考えればココまで執拗に追い詰める理由にも納得がいく。

 だけどそれは2人の英雄があの奇跡をもう一度起こす事が出来ればこの状況は大きく好転するが、万が一揃わなければ何者かの思惑通りに事が運ぶ事を意味する。止められなかった時に何が起こるか分からない。ただ、想像を絶するほどに悍ましい何かと言う以外の何も分からない。
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