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第6章 運命の時は近い

180話 予感は確信へ

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「じゃあ俺達はこれで失礼させてもらうぜ」

 威勢の良い声を合図に全員の足が動き始める。真っ先に動いたタガミが危険極まりない守護者達に背を向けるよう堂々と歩き出せば、スサノヲ達もそれに続く。

 向かう先はホール中央にある円形の巨大なエレベーターを出た後、敷設された専用の螺旋通路の降る途中に合計4カ所用意されたエレベーターの内の1つ。数としては2つめ、位置的には巨大エレベーターの出口の丁度反対側にある。ソコが最短で居住区域に繋がる場所だ。

 しかし、短いが……とても遠い。矛盾する理由は睨みを利かせる守護者達。オレステスを含めた守護者全員は明確な殺意と共に一挙手一投足を常に監視する。何か不穏な動きを見せれば即座に斬り捨てる、そんな無言の圧を籠めた視線が四方から注がれる状況は相当に神経をすり減らす筈。

 無数の足音が不規則に、乱雑にフロア内に反響する。誰の足も止まる事なく目的地へとゆっくり進むに従い、不信と殺意に塗れた視線は次第に背中へと集束し、なだらかな螺旋階段を降り始めると今度は冷たく降り注ぐ。誰の目もスサノヲを凝視する、目を逸らさない。

 そんな、ほんの僅かでも隙を見せる事が出来ない緊張に動く影があった。小柄な人影は大柄でガタイの良いスサノヲ達の間を縫いながら、やがて伊佐凪竜一の隣で止まった。クシナダだ。彼の隣に移動したクシナダは無言で彼に腕を絡めた。が、恋人のソレとは違う。

 明らかに引っ張られているような状況を見るに、どうやら彼の様子を鑑みての判断の様だ。オレステスを見た事で黄泉での一幕がフラッシュバックしたのか、それとも単なる疲労か、あるいは現状への不安か。目深に被った帽子の下から僅かに覗く表情に平静を装うが、隠し切れない複雑な感情が滲む。

 無理もない。脱獄の好機とは言え、クシナダ達とは違い心の準備が完了していた訳ではない。巨大エレベーターを乗り継ぐ長い時間の間を使い落ち着きを取り戻したとて、ほんの僅かな切っ掛けで再び揺らぐのはごく自然な反応だ。しかもココは地球とは何もかもが違い、逃げた先で何が起こるか想像もつかない。

 故に、クシナダがそれとなく寄り添うと……

「上手く言ったでしょ?アイツ等を怒らせて思考を逸らす、今のアイツ等は君の事なんか抜け落ちて私達への怒りでいっぱいだよ」

 そう囁いた。伊佐凪竜一の目線の少し下に位置するまだあどけなさが少し残った顔にほんの少しだけ笑みが零れる。確かにその通りだが、随分と無茶をするというのが正直な感想だ。遠くから監視する私がそう思うのだから、当人は一入ひとしおだろう。

「無茶をするなぁ」

 僅かな驚きと過大な呆れが混じった複雑な表情を浮かべる彼は当然の感想を零した。

「大丈夫。全ては明日、その為に無茶してる訳だからご破算にするような真似は絶対にしない。アイツまでいるのは計算外だったけど、でも結構成功率は高いと踏んだのよ?」

 未だ彼に腕を絡めるクシナダは伊佐凪竜一の様子に耳元で囁きながら、もう一度微笑んだ。但し、相変わらず後ろから殺意交じりの視線を送る守護者達にばれない様に、だ。この子も随分と度胸が据わっていると私は感心させられた。ベテランとは言い難いが、それでも死線を何度も潜り抜けたスサノヲだけはあり、まだ年若い少女の外見とは裏腹に頼りになる。

 恐らく彼も同じ感想を抱いている。クシナダの態度に何せ彼女には地球で一度助けられているのだから。しかしその表情には先ほどよりも一層濃い緊張に支配されている。何故……?

 コツン、コツン――

 最初こそクシナダが絡める腕に力を入れ過ぎているのではと疑っていたのだが、程なく正しい理由を耳が捉えた。靴音だ。映像をフロア中央に切り替えると、オレステスが移動を始めていた。

「1つ、良い事を教えてやろうか?」

 広大なフロアの中央から端を歩く一行に向けてオレステスは声を張り上げた。低くドスの利いた声にスサノヲ達の動きがピタリと止まる。さながら雨の様に響いていた無数の足音はその瞬間に消失、1人分の靴音だけが無音となったホール全体に木霊する。

「シッ、黙って。何があっても反応しちゃダメ」

 囁くクシナダは直後に彼の腕をぐっと掴み、誘導する様に歩き始めた。同時、その行動に仲間達も同調する。が、その小さく華奢な身体からは考えれない位に強い力で伊佐凪竜一を引っ張る表情は極度の緊張に支配されている。心中を悟られない様に平静を装っているが、内面は相当に不安なのだろうと察する。必然、彼女の心境を察した伊佐凪竜一の表情も強張る。

「貴方達の元艦長、見つかったそうですよ。遺体でね」

 忌々しく太々しい男の大声がフロア中に響き渡る。

 挑発。ソレはスサノヲ達への意趣返しと言わんばかりに露骨な挑発だった。危険を冒してまで脱獄する、その手伝いを行うのは2人の英雄を揃える為。目的が無に帰しかねないその言葉に一部のスサノヲが反応する。動きを止め、怒気の籠った目で睨み返す。

「暴行され、殺され、見るも無残な有様らしいぞ?どうだ、確認させてやろうか?」

 動揺は更に広がる。目的の場所は目と鼻の先。今、止まるべきではない。特に伊佐凪竜一が止まるのも振り向くのも危険だ。彼が動揺すれば、あの男はソレだけで伊佐凪竜一を特定しかねない。

「冷酷な奴等だ。用済みになれば……」

「あぁ?必要ねぇよ。じゃあなオウジサマ!!」

 咄嗟の判断か、タガミがオレステスを遮るように叫ぶと歩幅を広げ、居住区域へと向かうエレベーターの前に一足早く到着するとパネルを乱雑に操作し始めた。

 しかし……正直なところタガミがどう行動しようがさしたる影響はない。オレステスの関心はただ1つ、スサノヲの中から伊佐凪竜一の反応を見つける事。挑発に動きを止める否か、動揺するか否かの方が重要なのだ。

 が、彼の動きは淀みなく、クシナダと共に目的の場所へ向けて歩き続ける。動揺など微塵も無い、彼女が死ぬはずないと言う確信でもあるのか、未だ腕を組み続けるクシナダに歩調を合わせて歩く姿は他のスサノヲに紛れており、その正体を悟るのは不可能な程に自然で……

「そうか。善意だったんだが、まぁいいさ」

 故に、伊佐凪竜一の存在を誤認した。いないと思い込んだオレステスは負け惜しみ以上の何も語らず、ただ冷めた視線で一行を見下ろす。程なく、閉じ切った扉が両者を断絶した。

 ※※※

 ミハシラの中央を貫く超大型よりは幾分か小さいが、それでも全員が余裕をもって搭乗出来る最後のエレベーターはミハシラの最下層にあるエントランスの先に広がる地上を目指し降下を始めた。

「どうやら上手く誤魔化せたようだな、心臓止まるかと思ったぜ」

「あー、緊張したぁ!!」

 タガミとクシナダが漏らした本音を切っ掛けにスサノヲ達も口々にそんな言葉を口に出した。エレベーター内の空気は一気に弛緩する。

 確かに良く誤魔化せたものだ。変装はしているが、しかし帽子と眼鏡と髪型と服装を弄った程度でここまで上手くいくものなのか……とは言え、成功した事実は疑いようない。追撃の手が止む事はないが、少なくとも今この瞬間ではないと言う楽観論を含んだ安堵が各々の心に生まれ、広がり、満たす。

「コレを下れば目的の一つは完了、後はハイドリを経由すれば幾らでも撒ける。皆、お疲れさま」

 クシナダの言葉を皮切りに全員がエレベーターの外に広がる景色を覗けば、無色透明の強化ガラスの向こうには見慣れた道路や街路樹、建物などがひしめく光景。ミハシラから覗いた最初の景色、灰色の天井に続いて人口の白い雲、そして見渡す限り何も無い空間を経て漸く地に足をつける事が出来る。その実感が湧きあがる。

 逃げる場所が何処にもないミハシラ内の移動という最大の障害が漸く終わりを告げると、誰もがそう考える。油断。ほんの一瞬、時間にして数秒程度の隙。

 不意に1人が上を向いた。視界の端で捉えた光の反射に目を覆うような仕草と共に中継地点を見上げたスサノヲは……

「上だッ!!」

 あらん限りに叫んだ。
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