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第6章 運命の時は近い
181話 鳴り響く開戦の轟音
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「上だッ!!」
エレベーターに轟く誰かの叫びに全員の視線が同じ場所に吸い寄せられる。閉ざされたエレベーター内外を繋ぐ扉の前に立つ男、オレステスが握る抜き身の刀に。
次の瞬間、男は腕に嵌めた黒い腕輪を投げ捨てると固く閉ざされた扉に斬撃を入れた。鈍色の刃が光を反射すると鋼鉄製の扉はまるで紙のように斜めに崩れ落ちた後、更にバラバラの細切れとなる。
超硬質の物体を刀で切り裂くだけならば難易度は高くないのだが、カグツチを刀身に纏わせ、強化した刃で力任せに切断するだけではああも美しく両断する事は出来ない。才能を持つ者が更に不断の努力を重ねた末に漸く会得する高等技術だ。
煌めく刃の輝きと殺意を含んだ男の視線が眼下に届いた直後、男は何もない空へと踊り出た。空中を舞い、重力制御装置が生み出す力のまま落下するオレステスは刀の切っ先を下に向けたまま一直線にエレベーター目掛け突っ込み、ほんの僅か1秒2秒の後、降り注ぐ扉の破片がエレベーターの床に叩きつけられる音が響き、少し遅れる形でエレベーター内に男が乱入して来た。
金髪の男の揺れる髪が人工太陽の光を反射しキラキラと輝く。これが味方であればどれだけ頼もしかったか、娯楽作品ならばどれだけ見入っただろうか。だけどこれは現実であり、目の前の男は敵だ。男の着地と共に不規則に揺れるエレベータは緊急警報とアナウンスを同時に流し始める。
「エレベーターに問題が発生しました。本機は次の避難用フロアにて緊急停止します。停止まであと12秒……」
が、アナウンスが途中で途切れた。視線は自然と制御パネルへと向かい、程なく全員が小刀の突き刺さったソレを目撃する。男が着地と同時に投げたのだろうが、しかしその光景を誰一人として視認していない。パチッという嫌な音を立てるソレを見た誰もが油断を悔むがもう遅い。
「俺はこう言った筈だ。婚姻の儀が恙なく終われば恩赦を受ける事が出来る。主星のパルテノン大聖堂で行われる二度目まで待て。まさかもう忘れたのか、伊佐凪竜一ィ?」
無数の中から伊佐凪竜一を正しく捉えるオレステスの声は何処までも暗く冷く、睨みつける目もまた恐ろしく冷たい。遠目から見た私でさえ背筋が凍り、男から視線を外せなくなったのだから、間近で見たスサノヲ達が同じ状況に陥るのも当然だった。もし、僅かでも視線を逸らせばその手に握られた鈍色に光る刃に首を撥ねられてしまうと、そう考えた誰もが硬直する。
「演技は中々うまかったよ。特に俺が兆発したのに全く動じなかったのには驚いた。何か反応を見せると思っていたのだがな。それとも、あんな女どうでもいいか?確かにそうだろうな。あの女、堅物で融通が利かなそうで、それにああいう手合いは愛情へと発展した途端束縛が激しくなる、所謂"重い"とか"病的に依存する"タイプだからなぁ?」
男は尚もベラベラと喋り続ける。一見隙だらけに見えるが、だがそれは間違いだ。スサノヲの誰もが一歩どころかほんの僅かすら動けない事実が証明している。動けば即座に斬り捨てられる、男は軽口を叩きながらも、恐ろしく冷たい目で周囲を見回す。隙が、全く無い。
「本題だ。貴様等、このまま大人しくしていろ。地上には俺の部下達が黒雷共々控えているから逃げようなんて考えるなよ。まぁ跡形も残さず死にたいならば話は別だがな。どうせ死ぬなら人間らしく死にたいだろう?」
男はそう伝えると階下の部下達に連絡を飛ばした。
「俺だ、馬鹿共を確保した。無い知恵を絞った下らん茶番に付き合ってみたが、所詮は無能。詰めの甘さに反吐が出る。精々歓迎してやれ」
「チッ……」
下で待ち構える仲間に向けて通信を飛ばすオレステスの口汚い罵倒にタガミが舌打ちしたその瞬間……
ヒュ――
視認不可の刃が空を薙いだ。男は早業でタガミの首筋に刃を当てていた。もう少し止めるのが遅ければその刃は彼の防壁を貫き、首を切り裂いただろう。首は血飛沫と共に空中を踊り、切り離された胴体からは赤い鮮血が吹き出し、力無く地面へと横たわり床を地に染め上げる。圧倒的な実力者は、相対する者に無残な敗北、死を幻視させる。
脳裏に生まれた死の光景を見たタガミは動けない。僅かなやり取りから桁違いの実力差を感じとった彼は、故にオレステスを睨みつけるしか出来ない。残念でもない、当然の結果。彼程度ではあの男に太刀打ちなどできない。睨み付ける以外の行動を何一つとる事が出来ないでいるのが確たる証拠。力の差が、余りにも大きすぎるのだ。
「無様だな、身の程を弁え大人しくしていれば無難な人生を送れたものを。一度の奇跡に己惚れて、次も起こせると無駄に足掻いた。所詮、奇跡なんてその程度のものだ。そして一度きりの奇跡なんて意味が無い。寧ろ、より絶望的な未来を引き寄せるだけだ。そして訪れてしまった絶望的な運命は誰にも変えられない……それに気づかなかった貴様はタダの馬鹿と言う事だよ、伊佐凪竜一」
「アンタねッ……」
伊佐凪竜一を責める言葉にクシナダが反射的に動いた。動いてしまった。直後、タガミの首筋にあった刃は一瞬の光と共にクシナダの首筋へと移動していた。彼女の肩まで伸びる黒い髪が刃に触れただけでパラパラと宙を舞い、防壁と刃がかち合う衝撃と光が周囲を包んだ。
「黙って待て、俺にこれ以上加減させるな。次は斬る、とは言ってもどうせ貴様ら全員"旗艦法"により全員処刑される運命だがな」
緊急避難通路に到着した事をエレベーター内に告げる自動音声だけがこの場に木霊す中、オレステスは全員に死刑宣告を突きつけた。
「なっ……」
「フフフ……ハハハハッ!!馬鹿がッ、こんな浅はかで雑な計画なんぞお見通しなんだよ!!そのまま反逆者として処刑されておけ!!楽に死ねるぞッ!!」
堪らずスサノヲ達が驚きの声を上げると、その様子に男は笑い始めた。零れる笑みには狂気が混じり、男の端整な顔を酷く歪める。
「オイオイオイそのセリフ、聞きようによっちゃあ俺達悪だくみしててお前等が邪魔ですよって白状してるように聞こえちゃうんだがなぁ?後、ココに死刑なんて無いっつーの!!」
「馬鹿は何処まで行っても馬鹿かッ。良いだろう、じゃァここで死ねよッ!!」
タガミの挑発を受けた男に殺意が滾る。押さえつけていた衝動が解放されるに伴い瞳孔が開く。が……
「馬鹿はお前の方だってのッ!!私達が保険も用意しないで行動起こしたと思う?」
クシナダの言葉に一瞬で冷静さを取り戻した男の目は透明な強化ガラスの向こうの景色、林立する緑の間に等間隔で建つ幾つかのビルを凝視する。
直後、何層もあるエレベーターと外部を遮る超強化ガラスが一つ残らず粉々に砕け散り、更に次の瞬間、桁違いな勢いで迫り来る真っ白な弾丸が吸い寄せられるようにオレステスが握る刀を砕いた。
「馬鹿な、何処から撃って来たッ!!狙撃場所は可能な限り抑えているんだぞ!?」
正しく針の先を狙うような超超高度の精密射撃にオレステスは精神を揺さぶられ……
「な?」
「言ったでしょ?」
「馬鹿はテメェだっての!!」
「馬鹿はお前だっての!!」
この光景を予見していたタガミとクシナダは一糸乱れぬ連携で動揺から立て直し掛かったオレステスを派手に吹き飛ばした。
とうとう始まった。ガラスが四散する音を合図に、守護者達とスサノヲ達の戦いの火蓋が切って落とされた。もう戻れない。こうなってしまった以上、後にも引けなければなかった事にも出来ない。本格的な戦いは明日の午前、婚姻の儀。その前哨戦の狼煙が遂に上がった。
エレベーターに轟く誰かの叫びに全員の視線が同じ場所に吸い寄せられる。閉ざされたエレベーター内外を繋ぐ扉の前に立つ男、オレステスが握る抜き身の刀に。
次の瞬間、男は腕に嵌めた黒い腕輪を投げ捨てると固く閉ざされた扉に斬撃を入れた。鈍色の刃が光を反射すると鋼鉄製の扉はまるで紙のように斜めに崩れ落ちた後、更にバラバラの細切れとなる。
超硬質の物体を刀で切り裂くだけならば難易度は高くないのだが、カグツチを刀身に纏わせ、強化した刃で力任せに切断するだけではああも美しく両断する事は出来ない。才能を持つ者が更に不断の努力を重ねた末に漸く会得する高等技術だ。
煌めく刃の輝きと殺意を含んだ男の視線が眼下に届いた直後、男は何もない空へと踊り出た。空中を舞い、重力制御装置が生み出す力のまま落下するオレステスは刀の切っ先を下に向けたまま一直線にエレベーター目掛け突っ込み、ほんの僅か1秒2秒の後、降り注ぐ扉の破片がエレベーターの床に叩きつけられる音が響き、少し遅れる形でエレベーター内に男が乱入して来た。
金髪の男の揺れる髪が人工太陽の光を反射しキラキラと輝く。これが味方であればどれだけ頼もしかったか、娯楽作品ならばどれだけ見入っただろうか。だけどこれは現実であり、目の前の男は敵だ。男の着地と共に不規則に揺れるエレベータは緊急警報とアナウンスを同時に流し始める。
「エレベーターに問題が発生しました。本機は次の避難用フロアにて緊急停止します。停止まであと12秒……」
が、アナウンスが途中で途切れた。視線は自然と制御パネルへと向かい、程なく全員が小刀の突き刺さったソレを目撃する。男が着地と同時に投げたのだろうが、しかしその光景を誰一人として視認していない。パチッという嫌な音を立てるソレを見た誰もが油断を悔むがもう遅い。
「俺はこう言った筈だ。婚姻の儀が恙なく終われば恩赦を受ける事が出来る。主星のパルテノン大聖堂で行われる二度目まで待て。まさかもう忘れたのか、伊佐凪竜一ィ?」
無数の中から伊佐凪竜一を正しく捉えるオレステスの声は何処までも暗く冷く、睨みつける目もまた恐ろしく冷たい。遠目から見た私でさえ背筋が凍り、男から視線を外せなくなったのだから、間近で見たスサノヲ達が同じ状況に陥るのも当然だった。もし、僅かでも視線を逸らせばその手に握られた鈍色に光る刃に首を撥ねられてしまうと、そう考えた誰もが硬直する。
「演技は中々うまかったよ。特に俺が兆発したのに全く動じなかったのには驚いた。何か反応を見せると思っていたのだがな。それとも、あんな女どうでもいいか?確かにそうだろうな。あの女、堅物で融通が利かなそうで、それにああいう手合いは愛情へと発展した途端束縛が激しくなる、所謂"重い"とか"病的に依存する"タイプだからなぁ?」
男は尚もベラベラと喋り続ける。一見隙だらけに見えるが、だがそれは間違いだ。スサノヲの誰もが一歩どころかほんの僅かすら動けない事実が証明している。動けば即座に斬り捨てられる、男は軽口を叩きながらも、恐ろしく冷たい目で周囲を見回す。隙が、全く無い。
「本題だ。貴様等、このまま大人しくしていろ。地上には俺の部下達が黒雷共々控えているから逃げようなんて考えるなよ。まぁ跡形も残さず死にたいならば話は別だがな。どうせ死ぬなら人間らしく死にたいだろう?」
男はそう伝えると階下の部下達に連絡を飛ばした。
「俺だ、馬鹿共を確保した。無い知恵を絞った下らん茶番に付き合ってみたが、所詮は無能。詰めの甘さに反吐が出る。精々歓迎してやれ」
「チッ……」
下で待ち構える仲間に向けて通信を飛ばすオレステスの口汚い罵倒にタガミが舌打ちしたその瞬間……
ヒュ――
視認不可の刃が空を薙いだ。男は早業でタガミの首筋に刃を当てていた。もう少し止めるのが遅ければその刃は彼の防壁を貫き、首を切り裂いただろう。首は血飛沫と共に空中を踊り、切り離された胴体からは赤い鮮血が吹き出し、力無く地面へと横たわり床を地に染め上げる。圧倒的な実力者は、相対する者に無残な敗北、死を幻視させる。
脳裏に生まれた死の光景を見たタガミは動けない。僅かなやり取りから桁違いの実力差を感じとった彼は、故にオレステスを睨みつけるしか出来ない。残念でもない、当然の結果。彼程度ではあの男に太刀打ちなどできない。睨み付ける以外の行動を何一つとる事が出来ないでいるのが確たる証拠。力の差が、余りにも大きすぎるのだ。
「無様だな、身の程を弁え大人しくしていれば無難な人生を送れたものを。一度の奇跡に己惚れて、次も起こせると無駄に足掻いた。所詮、奇跡なんてその程度のものだ。そして一度きりの奇跡なんて意味が無い。寧ろ、より絶望的な未来を引き寄せるだけだ。そして訪れてしまった絶望的な運命は誰にも変えられない……それに気づかなかった貴様はタダの馬鹿と言う事だよ、伊佐凪竜一」
「アンタねッ……」
伊佐凪竜一を責める言葉にクシナダが反射的に動いた。動いてしまった。直後、タガミの首筋にあった刃は一瞬の光と共にクシナダの首筋へと移動していた。彼女の肩まで伸びる黒い髪が刃に触れただけでパラパラと宙を舞い、防壁と刃がかち合う衝撃と光が周囲を包んだ。
「黙って待て、俺にこれ以上加減させるな。次は斬る、とは言ってもどうせ貴様ら全員"旗艦法"により全員処刑される運命だがな」
緊急避難通路に到着した事をエレベーター内に告げる自動音声だけがこの場に木霊す中、オレステスは全員に死刑宣告を突きつけた。
「なっ……」
「フフフ……ハハハハッ!!馬鹿がッ、こんな浅はかで雑な計画なんぞお見通しなんだよ!!そのまま反逆者として処刑されておけ!!楽に死ねるぞッ!!」
堪らずスサノヲ達が驚きの声を上げると、その様子に男は笑い始めた。零れる笑みには狂気が混じり、男の端整な顔を酷く歪める。
「オイオイオイそのセリフ、聞きようによっちゃあ俺達悪だくみしててお前等が邪魔ですよって白状してるように聞こえちゃうんだがなぁ?後、ココに死刑なんて無いっつーの!!」
「馬鹿は何処まで行っても馬鹿かッ。良いだろう、じゃァここで死ねよッ!!」
タガミの挑発を受けた男に殺意が滾る。押さえつけていた衝動が解放されるに伴い瞳孔が開く。が……
「馬鹿はお前の方だってのッ!!私達が保険も用意しないで行動起こしたと思う?」
クシナダの言葉に一瞬で冷静さを取り戻した男の目は透明な強化ガラスの向こうの景色、林立する緑の間に等間隔で建つ幾つかのビルを凝視する。
直後、何層もあるエレベーターと外部を遮る超強化ガラスが一つ残らず粉々に砕け散り、更に次の瞬間、桁違いな勢いで迫り来る真っ白な弾丸が吸い寄せられるようにオレステスが握る刀を砕いた。
「馬鹿な、何処から撃って来たッ!!狙撃場所は可能な限り抑えているんだぞ!?」
正しく針の先を狙うような超超高度の精密射撃にオレステスは精神を揺さぶられ……
「な?」
「言ったでしょ?」
「馬鹿はテメェだっての!!」
「馬鹿はお前だっての!!」
この光景を予見していたタガミとクシナダは一糸乱れぬ連携で動揺から立て直し掛かったオレステスを派手に吹き飛ばした。
とうとう始まった。ガラスが四散する音を合図に、守護者達とスサノヲ達の戦いの火蓋が切って落とされた。もう戻れない。こうなってしまった以上、後にも引けなければなかった事にも出来ない。本格的な戦いは明日の午前、婚姻の儀。その前哨戦の狼煙が遂に上がった。
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