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第6章 運命の時は近い

182話 逃げる者 追う者

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「グゥッ!!」

 エレベーター内に反響するくぐもった声。想定を遥かに超える超長距離からの狙撃は、ソレを想定できなかったオレステスの意識を激しく揺さぶる。

 ほんの僅かな隙。コンマ1秒ほど覗かせた好機。圧倒的な実力差に先手を打たれた事でほぞを噛む以外に何もできなかったタガミとクシナダはその瞬間を逃さない。

「貴様!!」

 間髪入れず激高する男の声が轟く。ほんの一瞬で優勢を引っ繰り返された怒りを発露させたオレステスは咆哮と共にすぐさま体勢を立て直そうとするが……

「ナギ君、逃げて!!」

「済まねぇけどまたお前に期待させてくれや!!その代わり今度飯でもなんでも奢ってやるからよ!!」

 2人がソレを許さない。ガタイの良いタガミが身体を、クシナダが顔を押さえつけながら叫んだ。逃げろ、と。明日の儀で何が起こるか分からないが、彼はソレを止め得る希望。その1人。故に命を懸ける。

「よーし!!忘れるなよタガミィ」

「お前じゃねぇ!!」

 伊佐凪竜一はこんな状況でも何時も通りの言動をするタガミ達の様子を最初こそ茫然と見ていたが、やがて覚悟に突き動かされる様に破壊された外壁へと走り出した。

 理解した、タガミとクシナダの覚悟を。死罰、あるいはそれ以上の罰を受ける覚悟で行動しているのだ。壁に開いた巨大な穴を前に後ろを振り向いた伊佐凪竜一は背後を振り向き、無言で頷いた。2人は、彼の目を見て笑みを浮かべた。今生の別れとなるかもしれない不安を押し殺し、笑顔で見送った。

「逃がすと思うかッ!!」

 再び男の怒号が響きわたる。オレステスは先ずタガミを蹴り飛ばし、次にクシナダの頭を掴んで壁に叩きつけた。瞬きする程に短い時間で拘束を振りほどき、刀を実体化させる。

「もう油断はせんッ!!」

 叫び、構える男の怒りに満ちた目は伊佐凪竜一を凝視する。タガミとクシナダ始めスサノヲ達も武器を実体化させ、応戦の体勢を取る。片や逃げる為、片や逃がす為、片や殺す為。交わらぬ三者の視線が交差する戦場。その遥か後方に一瞬だけ白い何かが輝き……

「あの女ッ!!」

 白い輝きを纏った流星の如き弾丸が超強化ガラスを破壊した。が、まだ終わらない。激高する男の声が空気を震わせた直後、混じらない三者の視線を二発目の弾丸が切り裂いた。一発目の弾丸が破壊した強化ガラスから弾丸の後ろに隠れたもう一発の弾丸は、新たな武器を取り出した男目掛けて凄まじい勢いで向かい、男の頬を掠め、後ろで開きかけていた扉を破壊するとその後ろの空間へと消えていった。

「何処から撃っている!?クソ、化け物がッ!!」

 お前も大概だろうという感想は誰もが抱くところだが、それはともかくとして油断しないとの宣言に偽りは無い事をオレステスは証明した。視認不可、物理法則など知った事かと嘲笑う速度の弾丸を寸でのところで回避しきるなど並みレベルでは不可能。

 しかし、効果は十二分にあった。オレステスの動きが露骨に鈍る。形勢が傾いただけではなく、超長距離からの精密射撃をも意識せねばならなくなったからだ。大勢のスサノヲを相手にしながら、更に直撃イコール即死の援護射撃を意識しつつ、その上で伊佐凪竜一の逃亡を阻止するのは如何に人外染みた才能を持つ人間でも不可能に近い。

「聞こえるかッ!!黒雷をこっちに回せッ!!」

 だとするならば次に取るべき選択はそうなる。黒雷を呼び出し壁とするか、さもなくば自ら以外を標的にさせる。オレステスという男はこんな状況にありながらも酷く冷静に、冷酷に状況を判断する。

「逃がすかッ!!」

 しかしオレステスの援護要請を聞いた伊佐凪竜一は当然ながら動くしかない。ボケっと待っていれば千載一遇の機会を失う事になる。彼は躊躇いなく窓から飛び降りると空を蹴り飛ばしながら急加速を行い、その場に居る全員の視界から一瞬で消えた。

 同時、タガミとクシナダは彼の逃走を援護すべく行動を開始した。伊佐凪竜一に一瞬だけ意識を向けたオレステスに対し、先ずタガミが猛然と体当たりを行い再度組み付くと、間髪入れずクシナダが続き破壊された扉の向こうにある避難用フロアへと強引に突き落とした。

 残るスサノヲ達も2人の行動に一歩遅れる形でフロアへと侵入すると同時に全員が銃を実体化、オレステスへと照準を合わせ、最後の1人は不安定ながらも辛うじて停止していたエレベーターに向け手投げ式の爆弾を投げ込んだ。

 上部ホールからの増援を防ぐ目的で投げ込まれた爆弾は大きな爆風と衝撃を生み出し、避難用フロアの壁に大穴を開けながらエレベーターを木っ端微塵に破壊した。

 もはや言い逃れは出来ない。戦闘禁止区域での破壊活動という行為はスサノヲの趨勢すうせいを決定的なものにする。立場の悪化は免れず、最悪は重犯罪者として黄泉に拘束される可能性さえある。正に背水の陣。だがその光景を助けられた側が見る事は叶わない。ともすれば彼らの最後となる姿かもしれないのに。

 そんな彼の行方を追いかけると、たった一度空を蹴っただけなのに凄まじい速度で飛んでいる最中だった……が、アレは空を駆けるというよりも吹っ飛ばされていると表現するのが正しいような気がする。カグツチを利用した空中での機動制御法は教えて貰ったと思うのだが、あの状況を見るにぶっつけ本番どころか実践も初めての様だ。

 足先に力を込め何も無い空中を強く踏み込む、カグツチを足場にするイメージで跳躍する、カグツチを集それを足元から一気に放出するイメージを描く。これ等は全て教本に記載された空中機動制御法だが、言葉にすればたったそれだけをこなすには今の彼には酷だったのか、あるいは彼自身の力が桁外れていたのか。

「うわぁぁっとぉお!!」

 駄目か。その光景を見た私はそんな事を呟いた。一難去ってまた一難、彼の受難はまだ続くようだ。映像の向こうでは彼の周囲に凄まじい量のカグツチが渦巻き、そして次に集めた力の制御に見事失敗するとまるで弾き飛ばされるような勢いで飛び去り、自分の想定以上の速度に驚き情けない叫び声を上げながら、恐らくあれ程に長く滞空した人間などいないのではないかと言う程に跳躍……いや飛ばされた後、高層ビルの屋上庭園らしき場所に着地した。

 カメラを動かせば遥か遠くにミハシラの姿が見える。ざっと1キロ以上を飛んだようだ。屋上を改装したこの場所は、何方かと言えば緑化を通り越しており、その名の通りちょっとした規模の庭園といった感じの趣に見えた。

「ちょ、ちょっと何?何?」

「ちょい待て。何か、人が落っこちてきたように見えたんだけど?」

「いや落ちたっていうか吹き飛ばされたっていうか、どっちにしてもミハシラまで結構な距離あるし他のビルからも離れているよココ」

「見間違いじゃないのか?ってあの服と腕章……スサノヲか?」

「お、おーい、大丈夫……だよね?」

 どうやら今は休憩時間中の様であり、数人が激務の最中に僅かな寛ぎの時間を謳歌していたらしい。誰もが休憩時間を邪魔した謎の男と距離を取りつつも、同時に視線を逸らさない。

 興味と関心が勝ったのか、それとも面倒事に巻き込まれたくないのか、いずれにせよ彼らの誰もが吹っ飛ばされてきた伊佐凪竜一に興味を持ちつつも、一方でそれ以上の行動を取らないでいる。

 複数の視線と声に気付いたのか、吹っ飛ばされて屋上に身体を強打した伊佐凪竜一がムクリと身体を起こした。フラフラと起き上がりながら頭を撫で、"イテテ……"と呟く彼の様子を見た私は一安心した。

 どうやら多少不格好に着地しただけでそれ以外は至って問題ないようだ。しかし、安心は出来ない。彼もそれを理解しており、起き上がると同時に眼下を見下ろせる場所まで駆け寄ると……

「クソッ、早い」

 ストレートに愚痴る。言葉と視線の先、そこには守護者達と思わしき一団の姿があった。追撃の手は、緩まない。
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