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第6章 運命の時は近い
188話 誰もその男を理解できない
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その声は唐突に響いた。
「おい馬鹿共、コッチを向け」
誰もが困惑する。誰の声か、ソレはとても簡単で、だから大半が直ぐに理解した。が、何を言いたいのかが分からない。言葉自体は単純ながらも、誰一人として真意を理解出来ない。困惑と混乱が全てを支配する。
「は?」
不意に誰かが素っ頓狂な声を上げた。数瞬の後、ソレがクシナダと分かった。彼女は唖然とした。自分達に下卑た笑みを向ける守護者達が無意識的に指示通りの行動を取ったその瞬間に舞った幾つもの光の筋に。いや、彼女だけではない。誰も想像だに出来なかった。そして……
ボトッ――
何かが床に落下した奇妙な音に気付いた守護者達は足元を赤く染め上げるナニカを見つめ、次に己の手、より正確には"つい先ほどまで己の手があった部分"を見て漸く気付いた。己が身に起きた惨劇に、ほんの僅かに遅れる形で気付いた。
「あ……」
「うわぁあぁぁあああッ!!」
瞬く間、視認どころか斬られた事にさえ気づかなかった守護者達は舞い散る血飛沫と共に叫び声を上げ……
「どういうアレだよ!?」
「ちょっと、アンタ何してんのよ!?」
現状を正しく言語化出来ないタガミに続きクシナダが混乱する心中を吐き出す。他の面々も同じく、スサノヲも残りの守護者も一様に驚き戸惑う。無理も無い。誰も目の前の光景を予想出来る訳がない。
その場の全員が絶句する中、血飛沫の中に立っていたのはオレステスだった。
しかも、その男は仲間である筈の守護者達3人の片腕を瞬きする間すらなく斬り落とした。飛沫を飛ばしながら宙を舞い、鮮血を噴き出しながら床に朱い血だまりを作る3本の腕の鮮やかな切り口は男の技量を否応なく証明する。それ程に美しい切断面だった。
「ど、どうして……」
守護者達は混乱する。特に腕を斬りおとされた連中は何が何だかさっぱりという表情でオレステスを見つめるが……
「黙れえッ!!」
暴挙の理由と救済を含んだ懇願を男は怒号で一蹴した。その声には明確な怒りを通り越した濃厚な殺意が籠り、聞いた全ての人間を強烈に威圧する。誰も、誰一人として動けない。その叩きつけられるような剥き出しの殺意は映像と言うフィルターを通す私の動きさえ止める程なのだから、現場にいる全員はもっとはっきりと感じ取っただろう。故に、腕を斬られた者もそうでない者も区別なく行動を止めざるを得なかった。
両者に違いがあるとすればただ1つ、目の前で起きた突飛な光景の理由を探そうと冷静に振る舞うスサノヲに対し、守護者達の顔が一様に恐怖で引きつっていると言う点だ。
「よく聞け馬鹿共ッ。何の為にコードを使ったと思っている!!オイお前、答えろ!!」
激高する男は犠牲者にほど近い位置で呆然とする守護者の男に問いただす。
「は……はい。伊佐凪竜一とルミナ=AZ1を確保する為であります!!」
「では聞くが、このクソ共がしようとした事はソレに関係あるか?」
「はい。いや、しかし……場所を聞きだす為には止むをえ……な」
またしても、だ。一度目は想像だに出来なかった、言ってみれば不意打ちに近いから仕方ないと言い訳出来たが、今度は全員がその瞬間を確かに見ていた。その筈だ。なのに……気が付けばオレステスは刀の柄を握っていた。同時、鞘と鍔がかち合う子気味良い音が響いたかと思えば"ヒッ"、と守護者達の何人かが声にならない叫びを漏らし、質問に答えた守護者は何かに気付き自らの腕を見て……
「あぁぁあああああッ!!」
絶叫した。
全員が愕然とした。誰一人、攻撃した瞬間をその目に捉えられなかった。気が付かなかった、当事者でさえ己が斬られたと言う事実に気づかなかった。出鱈目な速度の斬撃は瞬きよりも短い刹那の時間に男の腕を斬り落とした。混乱するだろう。瞼を閉じ、開けるまでのごく短い間に腕が斬り飛ばされていたのだから。
4本目の腕は血飛沫を舞い上げながらボトリと床に落ち、やはり青い床を赤く染る。
質問に間違えた哀れ守護者は恐怖で動けずへたり込み、腕から溢れる血をもう片方の手で必死に抑えながら言葉にならない呻き声を上げ始めた。恐怖と混乱に支配された精神状態では正常に言葉を紡げる筈もないが、それでも他と同じく命乞いをしているのだろう。
が、その男の怒りに歪んだ目を見るや全てを諦め俯いた。その態度は他の守護者達にも伝播し、誰もが直視を恐れ視線を逸らす。
傍目に見れば極めて情けない有様だが、果たして誰が責められるだろうか。恐ろしい。誰もがそう感じているが、それはその怒りに満ちた表情だけが原因ではない。見えなかった、というたった一つの事実がソレを目撃した全員に等しく苛烈な恐怖を植え付ける。スサノヲ達も守護者達も、私でさえオレステスが腕を斬りおとす瞬間を視認できなかった。
「お前達、関係あるか?」
幾つもの叫びと嗚咽を掻き消すドスの利いた声がホールに響いた。
「「「「「あ、ありませんッ!!」」」」」
際限なく膨れ上がる殺意を含む声に十数名を超える守護者達の答えは見事一致する。恐怖で震えながらも、オレステスの目を見てそう答える。彼らの本心など関係ない。その男が望む答えを言わなければ今度こそ殺されると言う恐怖心に駆られ、誰もが一様にこの場において最も正しい回答を口走る。
「では次、この世で最も警戒しなければならない敵を知っているか?」
「い……いえ、申し訳……ありません」
「あ、あの。伊佐凪竜一とルミナ=AZ1でしょうか?」
「違う、無能な味方だ。オイ、そこのクソ共とスサノヲから武器一切と携行用治療薬を取り上げろ……早くしろォ!!」
怒りに歪む男は守護者達にそう命令すると、幸運にも両腕が揃っている守護者達は膝を付き許しを請う様にオレステスを仰ぎ見る哀れな同僚達から指示通り武器と治療用ナノマシンを取り上げた。
且つて仲間同士だった者達の目が合う。連中は傷口から零れる血をもう片方の手で必死に抑えながら今度は仲間達に必死の懇願を行うが、悲しいかな全員が無視、あるいは目を逸らすか、ともすれば侮蔑か憤怒の視線を向ける。いずれにせよ誰も耳を傾けず、また語りかけない。与えられた命令以外の行動を取れば視認不可の刃が自分達の腕か、さもなくば頭を斬り落とす恐怖に支配されている。
「あ……あ……お願い……しま……」
進退窮まった1人がオレステスに懇願した。当然だ、オレステスの言葉は端的に"死ね"と言っているようなもの。だから必死で懇願する、助けて下さいと。
が、男の様子に再び俯いた。その視線はもう彼等を見ていなかった。もうそこに存在していないと同じに扱っている。守護者達は死刑宣告を受けた仲間達を見るが、だが誰も何も語らない。顔は恐怖で引きつったまま、淡々と指示をこなすか、ただ黙って成り行きを見守るに終始する。
「では次だ。全員、伊佐凪竜一の追撃に向かえ」
その言葉にまたしても全員が唖然とした。指示を要約すれば何れ失血死する守護者はともかく、スサノヲを放置してこの場から去れと言っているのだ。
「は……承知いたしました。あの……しかし……」
ただでさえ理解不能な状況に輪を掛けるような指示に対し、反射的に1人が口を挟んだ。
「俺に殺されたいのかッ、ゴチャゴチャ言わずとっとと行けェ!!」
「「「「「しょ、承知いたしました。直ぐにッ!!」」」」」
が、結果も指示も変わらず。残った守護者達は殆ど怒号に近い指示を受けると疑問も死にかけの仲間も投げ捨てるように姿を消した。任務への忠実な態度ではなく、ただただこの場から逃げたかったという、それだけの理由だ。
そんな情けない理由で守護者全員が引き上げた後に残ったのは理解不能な現状を前に冷静さを取り戻したスサノヲ達と、腕を切り落とされた挙句に治療薬も取り上げられた事で正常な思考能力を失った哀れな守護者4名。そして、打算も計算も投げ捨てた理解不能な行動に対し微塵も後悔する素振りを見せないオレステスだけとなった。
また1つ分からない事が増えた。何を考えて部下の腕を斬り落としたのか。ただ、分からない事だけが澱のように積み重なる。
「おい馬鹿共、コッチを向け」
誰もが困惑する。誰の声か、ソレはとても簡単で、だから大半が直ぐに理解した。が、何を言いたいのかが分からない。言葉自体は単純ながらも、誰一人として真意を理解出来ない。困惑と混乱が全てを支配する。
「は?」
不意に誰かが素っ頓狂な声を上げた。数瞬の後、ソレがクシナダと分かった。彼女は唖然とした。自分達に下卑た笑みを向ける守護者達が無意識的に指示通りの行動を取ったその瞬間に舞った幾つもの光の筋に。いや、彼女だけではない。誰も想像だに出来なかった。そして……
ボトッ――
何かが床に落下した奇妙な音に気付いた守護者達は足元を赤く染め上げるナニカを見つめ、次に己の手、より正確には"つい先ほどまで己の手があった部分"を見て漸く気付いた。己が身に起きた惨劇に、ほんの僅かに遅れる形で気付いた。
「あ……」
「うわぁあぁぁあああッ!!」
瞬く間、視認どころか斬られた事にさえ気づかなかった守護者達は舞い散る血飛沫と共に叫び声を上げ……
「どういうアレだよ!?」
「ちょっと、アンタ何してんのよ!?」
現状を正しく言語化出来ないタガミに続きクシナダが混乱する心中を吐き出す。他の面々も同じく、スサノヲも残りの守護者も一様に驚き戸惑う。無理も無い。誰も目の前の光景を予想出来る訳がない。
その場の全員が絶句する中、血飛沫の中に立っていたのはオレステスだった。
しかも、その男は仲間である筈の守護者達3人の片腕を瞬きする間すらなく斬り落とした。飛沫を飛ばしながら宙を舞い、鮮血を噴き出しながら床に朱い血だまりを作る3本の腕の鮮やかな切り口は男の技量を否応なく証明する。それ程に美しい切断面だった。
「ど、どうして……」
守護者達は混乱する。特に腕を斬りおとされた連中は何が何だかさっぱりという表情でオレステスを見つめるが……
「黙れえッ!!」
暴挙の理由と救済を含んだ懇願を男は怒号で一蹴した。その声には明確な怒りを通り越した濃厚な殺意が籠り、聞いた全ての人間を強烈に威圧する。誰も、誰一人として動けない。その叩きつけられるような剥き出しの殺意は映像と言うフィルターを通す私の動きさえ止める程なのだから、現場にいる全員はもっとはっきりと感じ取っただろう。故に、腕を斬られた者もそうでない者も区別なく行動を止めざるを得なかった。
両者に違いがあるとすればただ1つ、目の前で起きた突飛な光景の理由を探そうと冷静に振る舞うスサノヲに対し、守護者達の顔が一様に恐怖で引きつっていると言う点だ。
「よく聞け馬鹿共ッ。何の為にコードを使ったと思っている!!オイお前、答えろ!!」
激高する男は犠牲者にほど近い位置で呆然とする守護者の男に問いただす。
「は……はい。伊佐凪竜一とルミナ=AZ1を確保する為であります!!」
「では聞くが、このクソ共がしようとした事はソレに関係あるか?」
「はい。いや、しかし……場所を聞きだす為には止むをえ……な」
またしても、だ。一度目は想像だに出来なかった、言ってみれば不意打ちに近いから仕方ないと言い訳出来たが、今度は全員がその瞬間を確かに見ていた。その筈だ。なのに……気が付けばオレステスは刀の柄を握っていた。同時、鞘と鍔がかち合う子気味良い音が響いたかと思えば"ヒッ"、と守護者達の何人かが声にならない叫びを漏らし、質問に答えた守護者は何かに気付き自らの腕を見て……
「あぁぁあああああッ!!」
絶叫した。
全員が愕然とした。誰一人、攻撃した瞬間をその目に捉えられなかった。気が付かなかった、当事者でさえ己が斬られたと言う事実に気づかなかった。出鱈目な速度の斬撃は瞬きよりも短い刹那の時間に男の腕を斬り落とした。混乱するだろう。瞼を閉じ、開けるまでのごく短い間に腕が斬り飛ばされていたのだから。
4本目の腕は血飛沫を舞い上げながらボトリと床に落ち、やはり青い床を赤く染る。
質問に間違えた哀れ守護者は恐怖で動けずへたり込み、腕から溢れる血をもう片方の手で必死に抑えながら言葉にならない呻き声を上げ始めた。恐怖と混乱に支配された精神状態では正常に言葉を紡げる筈もないが、それでも他と同じく命乞いをしているのだろう。
が、その男の怒りに歪んだ目を見るや全てを諦め俯いた。その態度は他の守護者達にも伝播し、誰もが直視を恐れ視線を逸らす。
傍目に見れば極めて情けない有様だが、果たして誰が責められるだろうか。恐ろしい。誰もがそう感じているが、それはその怒りに満ちた表情だけが原因ではない。見えなかった、というたった一つの事実がソレを目撃した全員に等しく苛烈な恐怖を植え付ける。スサノヲ達も守護者達も、私でさえオレステスが腕を斬りおとす瞬間を視認できなかった。
「お前達、関係あるか?」
幾つもの叫びと嗚咽を掻き消すドスの利いた声がホールに響いた。
「「「「「あ、ありませんッ!!」」」」」
際限なく膨れ上がる殺意を含む声に十数名を超える守護者達の答えは見事一致する。恐怖で震えながらも、オレステスの目を見てそう答える。彼らの本心など関係ない。その男が望む答えを言わなければ今度こそ殺されると言う恐怖心に駆られ、誰もが一様にこの場において最も正しい回答を口走る。
「では次、この世で最も警戒しなければならない敵を知っているか?」
「い……いえ、申し訳……ありません」
「あ、あの。伊佐凪竜一とルミナ=AZ1でしょうか?」
「違う、無能な味方だ。オイ、そこのクソ共とスサノヲから武器一切と携行用治療薬を取り上げろ……早くしろォ!!」
怒りに歪む男は守護者達にそう命令すると、幸運にも両腕が揃っている守護者達は膝を付き許しを請う様にオレステスを仰ぎ見る哀れな同僚達から指示通り武器と治療用ナノマシンを取り上げた。
且つて仲間同士だった者達の目が合う。連中は傷口から零れる血をもう片方の手で必死に抑えながら今度は仲間達に必死の懇願を行うが、悲しいかな全員が無視、あるいは目を逸らすか、ともすれば侮蔑か憤怒の視線を向ける。いずれにせよ誰も耳を傾けず、また語りかけない。与えられた命令以外の行動を取れば視認不可の刃が自分達の腕か、さもなくば頭を斬り落とす恐怖に支配されている。
「あ……あ……お願い……しま……」
進退窮まった1人がオレステスに懇願した。当然だ、オレステスの言葉は端的に"死ね"と言っているようなもの。だから必死で懇願する、助けて下さいと。
が、男の様子に再び俯いた。その視線はもう彼等を見ていなかった。もうそこに存在していないと同じに扱っている。守護者達は死刑宣告を受けた仲間達を見るが、だが誰も何も語らない。顔は恐怖で引きつったまま、淡々と指示をこなすか、ただ黙って成り行きを見守るに終始する。
「では次だ。全員、伊佐凪竜一の追撃に向かえ」
その言葉にまたしても全員が唖然とした。指示を要約すれば何れ失血死する守護者はともかく、スサノヲを放置してこの場から去れと言っているのだ。
「は……承知いたしました。あの……しかし……」
ただでさえ理解不能な状況に輪を掛けるような指示に対し、反射的に1人が口を挟んだ。
「俺に殺されたいのかッ、ゴチャゴチャ言わずとっとと行けェ!!」
「「「「「しょ、承知いたしました。直ぐにッ!!」」」」」
が、結果も指示も変わらず。残った守護者達は殆ど怒号に近い指示を受けると疑問も死にかけの仲間も投げ捨てるように姿を消した。任務への忠実な態度ではなく、ただただこの場から逃げたかったという、それだけの理由だ。
そんな情けない理由で守護者全員が引き上げた後に残ったのは理解不能な現状を前に冷静さを取り戻したスサノヲ達と、腕を切り落とされた挙句に治療薬も取り上げられた事で正常な思考能力を失った哀れな守護者4名。そして、打算も計算も投げ捨てた理解不能な行動に対し微塵も後悔する素振りを見せないオレステスだけとなった。
また1つ分からない事が増えた。何を考えて部下の腕を斬り落としたのか。ただ、分からない事だけが澱のように積み重なる。
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