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第6章 運命の時は近い

211話 対熾天使戦 其の4

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「待ってたぜぇ、テメェが来るのをなぁ!!」

 血気盛んな守護者が黒雷の中から生意気そうに挑発すると……

「どうして総帥殺害の真犯人を見逃す真似をした!!話さないならば、力づくで聞きだすッ」

 セラフを押しのける軽薄な男の態度に彼女は昨日の出来事を問い質した。言質を取りたい。激高し、正気とは言い難い守護者ならば口を滑らせるかもしれない。そんな思惑が透けて見える。結局のところ行動する為に積み上げた理由の全ては憶測でしかなく、限りなく怪しいというだけで確かな証拠は一切無い。

「お前達もだッ、何故あの場に来なかった!!」

 戦場の反対側にタケルの怒りが重なった直後……

 ドォン――

 戦場を分断し兼ね回ほどに大きな音と衝撃が地を這い周囲を駆け抜け、更にその後を伝うように無数の叫びと悲鳴が上がった。戦場となったのは転移施設からほど近い場所、主に労働者向けの施設が集約された区画。時刻も相まって相応に人が多い。

「チッ!!」

 黒雷は巨大な剣を振り下ろした位置を見やると舌打ちをした。有る筈の痕跡が無く、また手応えも感じなかった苛立ちの表出。直後、機体が激しく揺れ動いた。

「何ィ!?」

 舌打ちは瞬く間もなく驚きに飲み込まれた。黒雷は衝撃の発生地点、背後を見て愕然とした。ソコにはすらりと伸びた脚で巨躯の背後を蹴り飛ばすルミナの姿があった。圧倒的、人間の反射速度では到底間に合わない不可避の一撃。しかし黒雷も全く怯まず攻撃を再開した。一進一退。一撃でも受ければ人間など跡形も残らず、地面を踏みしめる巨大な脚部に踏まれても同じ状況。しかし怒りが勝るルミナに恐怖は無く、臆することなく攻撃を重ねる。

「ルクレシア=ザルヴァートル……ミカエル、気付かなかったのですか?」

「ラファエル。気づいてはいたが、報告が遅れたのだ。済まない、と言いたいが物理法則を無視する挙動と速度で接近する物体を人間と断定するのは流石の私でも不可能だ」

「そうですか。しかしコレは予定外ですね、どうされますか?」

 戦場の反対側に意識を向ければ、タケルの攻撃を悠々と回避するセラフ達の会話を捉えた。流石に4対1では分が悪く、タケルはウリエルとガブリエルの連携に押し込まれる。現状はまだ十分に凌げているが、このままでは遠からず押し切られるのは必定。

「セラフ共、分かってるだろうなぁ!!」

 ドン、と言う大きな音に黒雷の怒号が重なる。刹那、タケルと鍔迫り合いを繰り広げたウリエルが後方に飛び退き、ほぼ時を同じくして何かが2人の立っていた位置を通り過ぎ、遥か遠方に大きな衝撃を生んだ。驚く両者の視線の先には巨大な銃を構える黒雷。協力関係のセラフ諸共に攻撃するという馬鹿げた行為を前にタケルの意識が一瞬だけ悪辣な男へと向かう。

「承知している。総帥の命令を優先したいところだが、しかしココで背中を見せては後々何を言われるか分からないな」

 一方、ミカエルは一切動じることなく即座に返した。果断の理由はこの事態を予見してたからか、それとも端から信用していないだけか。

「まだ戦うつもりかッ。どうして無益だと理解しなイ!!」

 冷静なセラフが下した結論は戦闘の継続、口調からすれば破綻しかけている協力関係の維持が目的らしい。が、少なくともその決断は黒雷の言葉に押されたからではないことだけは確か。ルミナを討伐した後、その足で伊佐凪竜一を追撃する。忌々しいが、セラフであるならば不可能ではない。しかし、そんな態度に傲慢さを見たタケルが吼え……

「どうして誰も彼も戦いたがるんだ!!」

 ルミナも続く。戦いたくないが状況がソレを許さない上に、誰も態度を変えない怒りが発露する。

「申し訳ありません、ルクレシア=ザルヴァートル。どうかご納得を」

「全てを話せッ!!」

「理解して頂けるとは限りませんので。特に、冷静さを欠いた今の貴女ならば尚の事。よって、我らセラフはザルヴァートルへの忠義を果たす為に貴女と敵対します」

 戦場を横断する応酬をミカエルは一方的に打ち切った。敵対と、これ以上ない表現で断ち切った。

「必ず止めるッ!!」

「はい、それで結構です。それでこそ……貴女が、貴女こそが……見極めさせて頂きます」

 淡々と無表情で話すセラフ達と激情に駆られるルミナの会話は結局何ら実を結ぶ事なく終了し、両者は再び相対する敵と激突する。轟音が、衝撃が戦闘の発生を検知、起動した隔壁を震わせ、傷つけ、やがて破壊する。最初こそ高みの見物を決め込んだ市民達だったが、安全地帯など何処にも無いと理解するや一転、逃げ始めた。

 戦況が、変化する。黒雷の射線、攻撃方向に意識を払う必要のなくなったルミナは一転攻勢を仕掛ける。速やかに黒雷を排除しなければならない理由は劣勢を強いられるタケルの救援に向かう為。

 如何に連合最新鋭機と言えどもセラフ4機を相手に長時間の優勢を維持できる筈もなく。事実、ミカエル参戦前という状況にも関わらず互角を維持するのが限界。平時ならば十二分と評価したいが、しかしコレは実戦。敗北は最悪の未来へ繋がる。

 そんな戦いを私は冷静冷酷に眺める。理解している。私が助けなければ彼女達は更なる苦境へと落ち込むだろう事実を。私が手助けすればこの状況から脱出出来る事も。しかし、出来ない。私達は主からそう厳命されているから。命じた意味をよく理解しているから。

 監視者の手助けなしでは生きられないという状態は、それは"生きている"ではなく"生かされている"状態に他ならない。この2つは似ているようで全く違う。人は自らの意志で生きなければならないとは主の言葉だ。

 もし私達が手伝ってしまえば、ソレを人が知れば、人は堰を切ったように頼り始めるだろう。だから私達はどれだけ人が苦境に陥ろうが決して手を差し伸べなかったし、そうしてはならないと常に言い聞かせてきた。A-24という男は見事に裏切ってくれたのだが、しかしその理由は止むを得ないと納得できる部分もあった。だが今は違う、その結果がどれだけ悲惨であっても私達は全てを見届けねばならない。

「ゴチャゴチャウルセェんだよテメェ等は!!」

 粗雑で乱暴な言葉が思考を遮った。まるで、私に投げかけられたように聞こえた言葉に映像の先には傲慢に振る舞う黒雷が映る。

「じゃあ死ねよ!!罪状は幾らでも作れるんだからなぁ!!」

 黒雷はそう叫ぶと地面を蹴り再びルミナへと強襲、再び剣を振り下ろす。容易く回避された初撃とは違う、凄まじい加速と共に繰り出された超威力の斬撃は次の瞬間、殊更に大きな衝撃と共に地面を抉り取った。巨大な衝撃に周囲の車が大きく揺れ、その内の何台かは無惨に転倒した。だが……

「てめぇッ!?」

 剣戟の跡に人の痕跡を確認できなかった黒雷は、直後に体勢を大きく崩した。黒雷が何かに気付き背後へと意識を向けると黒雷の背中側を思い切り蹴り飛ばすルミナの姿。

 通常では有り得ない光景に流石の黒雷も動揺する。生身、しかも華奢な身体で総重量百トンを超える黒雷を一撃で転倒させるなど通常ならばありえない。見慣れてしまった私でさえ呆然とする光景は、当然ながら普通の人間が出来る芸当では無い。

「うぉおおッ、化け物が何しやがる!!」

 黒雷の中から予想外の衝撃に驚く情けない声と同時、巨躯はドシンと大きな地響きと共に情けなく地面に膝を付いた。優勢。当然、攻撃をソコで終わらせるルミナではなく、彼女は隙を晒した黒雷に躊躇いなく止めを刺す。刀を実体化させ、抜刀の姿勢を取りながら無防備な胴体へと駆け上がる。刹那……

 ガキン――

 対黒雷戦のセオリーである胴体を両断しようと滑らせた刃は黒雷に届く前に阻止された。舞い散る火花とカグツチの輝きの中に立ちはだかったのはウリエル。

「早いッ!?」

「お褒め頂き恐縮です。ルクレシア=ザルヴァートル」

「違うッ、まだ決めてないッ!!」

 出鱈目な速度で黒雷との間に割って入ったウリエルの言葉に対し、いやザルヴァートルと呼ばれる事に対し彼女は何故か途轍もない不快感を露わにする。

「そうですか、失礼いたしました。ですがルミナ=AZ1、どうかご理解いただきたい。我らの誰もが前総帥の血縁たる貴女を記号と数字という合理的で無慈悲で冷酷な名前で呼びたくはないのです」

「そんな事はどうでも良いッ、どうして助けに来なかったッ!!」

 彼女はウリエルを激しく非難しながら切り結んだ刃を横薙ぎに切り払い、無防備となった腹部を蹴り飛ばそうと試みた。が、圧倒的な反応速度の前に無駄に終わった。

 ウリエルは大振りだが凄まじい速度の回し蹴りを容易く回避すると後方に飛び退き、だが何らの反撃も行わな代わりに自らを睨み付けるルミナを見つめ返した。彼だけではない。ルミナの言葉に他のセラフ達も動きを止めた。無機質な8つの瞳が彼女に向かうと、戦場に一瞬だけ静寂が訪れた。

「重ねてとなりますが、今の貴女に言う訳には参りません」

 暫しの沈黙の後、ミカエルが代弁した。無表情の上に言葉にも抑揚は無く、表情も鉄面皮そのものだが、無機質な相貌と瞳の奥には僅かな苦悩が見え隠れする。黙して語らないならば現状は何も変わらず。故に疑惑が膨れ上がり続ける。

 ルミナにかけられた前総帥殺害の罪状は未だ晴れてはいないのにセラフ達はルミナを真面に捉えようとしない。総帥殺害に始まり殺害の証拠を守護者が堂々と抹消するまでの顛末を見れば、セラフ達もある程度は関与している筈だ。ならば真実を知るルミナは邪魔であり、総帥殺害という未曽有の事態の陰で何かを目的に暗躍する守護者達と利害が一致している筈。なのに、セラフ達の行動は守護者と反目している。

 何かが起きている。私が関与しなければならない程の何かが。だけど私は食いしばる様に、自らが課した立場を貫く為に画面を必死で見つめる。

 ……本当は分かっているのだ。手伝うべきだと。だけど私は仲間達の様には変われない。口惜しい。そんな言葉が口から漏れ出る。分かっているのだ。食いしばるのは、変わりたくても変われない、変わる勇気を持てない己の不甲斐なさが原因であると言う事など当に分かっているのだ。

 映像の向こうに広がる戦いは混迷を極める。ルミナと黒雷、タケルとセラフで別々を相手にした戦闘は目についた相手を攻撃する乱戦の様相へと変化した。衝撃が、破裂音が、舞い上がる粉塵に彩られるに戦場にルミナとタケルの影が踊る。が、程なく白い輝きが全てを飲み込み出した。カグツチの輝きだ。

 2対5。数の上の劣勢を覆す為、ルミナに宿る神代三剣"ハバキリ"がその意志に呼応、徐々に力を解放し始める。
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