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第6章 運命の時は近い

210話 対熾天使戦 其の3

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 驚き戸惑う声と視線。そして……

「チィッ、だからとっとと終わらせておけば良かったんだクソが!!」

 隠し切れない苛立ちと怒りがない交ぜになった罵声の先に彼女は立っていた。

「ルミナ!?それにタケルまでッ。そんな、2人の立場も危ういのにどうして」

 呆然と、映像に映る2人の名前が自然と口から零れ落ちる。セラフの前に現れたのは今や堕ちた英雄と仇名されるルミナと彼女の護衛を務めるタケルだった。

(運命は変わる。変えられる。諦めず、足掻く意志の先にその力が……)

 まるで耳元で囁くようなA-24なかまの声は徐々に掠れ、全てを語り終える前に消失した。それっきり、声はもう聞こえなくなった。

「何故、私を追わない?」

 直後、凛とした女の声が耳を掠めた。セラフに冷めた視線を送るルミナは私と同じく己の進むべき道を決めかねる彼女が、ザルヴァートルの名に翻弄されるルミナがセラフと黒雷の前に立ちはだかる。翼状推進機構が一際強く輝かせ、臨戦態勢へと移行する直前だったセラフ達は突如現れたルミナの姿を見ると大層驚き、同時に何故か臨戦態勢を解除した。

「これは、驚きましたね」

「今更驚かないが、やはり繋がっていたか」

 驚くセラフと口汚い守護者を無視する彼女はセラフを睨み付けながらそう呟いた。映像をほんの少しだけ巻き戻せば、電光石火の速度で戦場となった場所に強襲するルミナと僅かに遅れるタケルの姿。

「どうして此処にッ!?」

「近かった」

 狼狽する白川水希に対するルミナの回答は余りにも手短で、ともすれば冷酷ささえ感じる。が、その態度の本質は質問に気を回す余裕が無いと言う方が正しい。不条理な死を許さないと、眼に己が意志を籠め立ちはだかる彼女の視線はずっとセラフを睨んだまま微動だにしない。目の前に悠然と佇むは連合最強の一角、僅かに晒した隙を見逃すほど甘くは無いと肌で感じ取ったが故の言動だ。

「只でさえ少ない戦力を各個撃破されるのは得策では無イ。例え君達であってもだ。戦えるか?」

「任せとけよ、バッチリキッチリ働くぜ」

「承知した。だが、その口調と性格は早急に直すべきだ」

 一方、男共の方は随分と空気が緩い。かと思われたが……

「色々と聞きたイ事がある。素直に話せ」

 タケルはそれまでの柔和な語り口から一転、話を強引に結ぶやショルダーホルスターから抜き去ったプレートから身の丈ほどもある大太刀を実体化させ、その鋭い切っ先をセラフに向けた。怒り。無垢で無感情、機械的に物事を処理するよう設計された彼は、今や身を焦がす程の怒りを宿す程に豊かな感情を持つに至った。

 機械の利点は感情に左右されない事。感情ソレは物事を決断する際には邪魔、ただのノイズでしかない。

 タケミカヅチ計画。意志に反応するカグツチを操る人間と即断即決する機械の利点を併せ持つ兵器が生み出された理由は全宇宙、全知的生命体の敵、マガツヒと戦う為。しかし計画唯一の生き残りである彼の刃はただの一度として怨敵に向いた事はなく、己が意志で同族であるセラフに向ける。

「構わない。しかし我らセラフを相手に英雄1人と最新鋭1機、しかもお荷物を庇いながらとは少々見積もりが甘いのでは?」

 切っ先を向けられたミカエルは動揺の色を微塵も浮かべず、寧ろそよ風の如く怒りを受け流した。忌々しいが確かに言葉通り分が悪い。が、同じ結果を導き出している筈のタケルも、ルミナも顔色一つ変えない。

「半年前の事、知らないのだな。未来とは決まるものではなく、決めるものだ!!」

 知った事かとタケルが吼えると……

「勝手に話を進めるな!!オイ、テメェ等!!俺達と敵対するってどういう意味か分かって言ってるんだろうなぁ!!」

 それまで蚊帳の外にいた黒雷が粗雑な口調で割って入って来た。口振りからやはり共同歩調を取っているのは間違いないらしいが……

「弱い犬ほど威勢が良イと言う言葉が地球にあるそうだ」

「ンだとコラァ!!ぶっ壊してやるよ!!」

 タケルの安い挑発を真に受けた黒雷は更に激昂すると大きく前に一歩踏み出した。心理状況を雄弁に語る粗雑で乱暴な物言いは本当に協力関係にあるのか疑わしい程に低レベルだ。

 一方、セラフは冷静沈着そのもの。タケルと同じ式守シキガミである一方、意志が無い故に兆発と言う行動に動じることはない。全機がタケルの兆発を涼やかに受け流し、淡々と粛々と臨戦態勢に移行する。

 セラフは意志を持たない。それは疑いようのない事実だ。しかし、冷静な筈のミカエルが少し前に呟いた"済まない"という言葉と、その後に見せた何とも言い難い苦痛に満ちた表情を目の当たりにした私の心に疑問が浮かぶ。

 セラフが意志に目覚めたという話は噂レベルで耳にした程度で、財団は頑なに認めていない。それぞれが独自のOSと模擬人格によって自律起動し、改竄する事は何人も叶わず。例え総帥であっても彼らの人格を矯正する事は出来ないほどに強固に守られた権利。そして更に財団はセラフ達に独立権を与え、与えられた命令が不当であると判断した場合にコレを拒否する自由を許した。故に、セラフ達は自らを"物"では無く"一つの存在"として扱う財団に対し忠誠を誓う。

 独自OS、改竄不可能な模擬人格、超長期間の自律稼働中に収集した情報、そして総帥との絶対的な信頼関係が生み出す鋼の忠誠心。ソレ等が複雑に絡み合い、まるで感情の発露のように振る舞う。それこそがセラフであるいうのが私を含めた大勢の認識。

 しかし今、セラフ達は揺らいでいる。まるで人間の如く財団の在り方に疑問を持っている。

 今まで有り得なかった事だ。指揮官機であるミカエルを筆頭に、よく見れば彼以外の3機も同様に困惑している。ほんの僅かだが、鉄面皮の如き無表情の中に浮かぶ僅かな困惑の色を私は見逃さなかった。

 長きに渡り見守って来た財団が今、岐路に立っている。同様に、セラフの在り方もまた同じく岐路に立つ。

 滑稽だと、そう零した。セラフではない、滑稽なのは私。勝手に期待して、裏切られた事に絶望している私だ。神の命令通り、正しく機械の如く冷徹に目的を遂行するセラフの存在にほんの僅か仲間意識を持っていたのに、その実彼等の誰もが神たる総帥のやり方に疑問を持つ。今は止む無しと指示に従っているようだが、その中で最大限己が信義を貫こうとしている。確固たる信念が彼等には有る。私と同じなのに、全く違う。

「ちょっと、どういうつもりなの!!」

「何を怒っている?生きる可能性があるならば足掻くべきだ」

「その話は後だ、じゃあ頑張りますかね」

 恐らく計画外であろう行動を咎める白川水希の怒号にタケルは努めて冷静沈着に返すと今度は銃を実体化させ、更にクナドを周囲に展開した。直後、後方で微動だにしなかった黒雷が動く。突然の強襲に驚きはしたものの何か行動を起こす気配を見せなかったソレは新たな武器を転送、握り締めると臨戦態勢を取った。

 チグハグだ。

 黒雷が追うのは伊佐凪竜一であり、セラフが追うのはルミナの筈。しかし黒雷は挑発されたとはいえ主目的を忘れルミナと交戦を開始した。セラフ達も言わずもがな、濡れ衣とは言え前総帥を殺害したと伝わるルミナを無視する形でタケルと交戦する。

 しかも、だ。両者は全くと言って良いほどに意思統一が図れていない。お互いが好き勝手に暴れ、被害などお構いなしだ。集団戦における戦術セオリーは状況により様々であり、コレという確実な答えは無い。が、少なくとも互いに反目して良いという馬鹿げたモノは無い。

 両者の協力関係は恐らく相当以前からの筈だ。フェルム達が協力する理由は総帥の座を強引に獲得する為の戦力確保で、守護者はその見返りに財団の影響力を求めた。連合経済圏を牛耳るザルヴァートル財団の協力があれば大抵の無理は押し通せる。

 筋は通っている。が、1つ疑問が残る。守護者が手を組んだ理由だ。ソコだけが空白のまま。フェルムが守護者達を利用する事で財団総帥へと昇り、守護者達は見返りに財団を利用するならば、利用する理由は一体何か。前総帥を殺害し、御しやすい3流の新総帥に挿げ替えてまで何を成したいのか。

 協力関係の片側の目的は不明。とは言え互いに利を見込んだからこその協力関係。ならば戦場でも協力して然るべきだ。なのに互いが全く共同歩調を見せない。いや、もしかしたらセラフ側は黒雷の操縦者の傲慢な態度に思うところがあるのかもしれないが。

 何故?どうして?まただ。何も分からず、ただ疑問だけが膨れ上がるが、この戦場では答えを探せそうにない。黒雷も、セラフも目的など捨て置けとばかりにルミナと撃ち合い、タケルと打ち合う。銃撃の轟音と斬撃がかち合う甲高い音が居住区域の一角を戦場色に染め上げる。
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