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第6章 運命の時は近い

209話 対熾天使戦 其の2

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 抵抗は無駄。伊佐凪竜一の逃亡先を教えろ。戦場に響き渡るミカエルの冷静な声にアックスとミズキの表情が曇る。

「我々は拷問などと言う品性理性知性感性を欠いた真似はしない。故に君達が伊佐凪竜一の向かう先を白状しないと言うならば、旗艦法に則り黄泉へと拘束させて頂く」

 2人の心情を雄弁に語る露骨なまでの変化にミカエルが更に言葉を重ね、また同調するかの如くガブリエルとウリエルが距離を詰める。捕まれば黄泉への拘束は免れず、更に罪状から考えれば……永劫出られないだろう。

「手ぬるいなぁセラフさんよぉ、よく見ておけよ。こういう時はなァ、こうするんだよォ!!」

 直後、乱暴で粗雑な口調の男の声が響く。最悪の状況に待ったを掛けたのは不躾に現れた黒雷。ソレは白川水希とウリエルの間に割って入る形で戦場に降り立つと左手に持つ巨大な銃の照準をアックスに合わせた。あれ程のサイズで攻撃されれば人の形など跡形も残らない。もうあと僅かの時間で1人の命が失われる。地面に生きた痕跡を僅かに残してこの世から消える。巨大な銃口を前にすればさしもアックスも軽口を叩けず、また白川水希も無言で臍を噛む。

「その様な指示は総帥から受けていない」

 が、そうはならず。二転三転する状況に私も、当人達もついていけない。ミカエルの声が木霊したかと思えばガチャガチャと何かが崩れる音が幾つも戦場に騒乱を起こす。何が起こったかと言えば、セラフの指揮官たるミカエルが何時の間にか黒雷の側面に居り、更にこれまた何時の間にか握っていた剣を振るい銃をバラバラに切り刻んだ。幸運にも赤い花が地面に咲く事はなかったが、突然の行動に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるアックスも、成り行きを見守るしか出来なかった白川水希も呆気にとられる。

「テメェ、どう言うつもりだ!?」

 守護者の怒りの言葉はごもっとも。この状況を見れば守護者総代アイアースと新総帥を名乗るフェルムの間で共闘、協力関係が成立しているの明らか。なのにセラフはその意に反する行動に出た。

「言葉通りだ」

「それは俺達に逆らうと言う事か?幾らお前達とて俺達と事を構えるってぇなら容赦しねぇぞ!!」

「新総帥から与えられた命令は"伊佐凪竜一の捕獲を手伝え"のみ。よってそれ以外の行動には自由意思が認められ、例え総帥であろうとも我らの行動を制限する事は出来ない」

「チッ、アイツ等ガラクタの行動一つ真面に制御出来ネェとは!!上等だ、ならテメェ等からぶっ壊してやるよォ!!」

 黒雷を操縦する守護者は激高、その感情のままに矛先を守護者へと向ける。思考も、行動も、何一つ、どう考えても真っ当ではない。

「もっと冷静になるべきだと、そう言っている。聞こえるか?コレが最後の警告だ。速やかに私の指示に従う事を勧める。今知った通り、我々以外の誰も君達の命など微塵も気に留めない。指示を無視するならば、最悪君達は守護者により凄惨な拷問にかけられる。彼らは無理矢理居場所を聞き出す事さえ厭わない。伊佐凪竜一を庇う事にどれ程の利益があるか知らないが、命を懸けるに値する行動なのかよく考えるべきだ」

 正真正銘の最終警告が発したミカエルは同型3機に攻撃を停止させ、黒雷を制止するよう指示を出した。四方をセラフに取り囲まれた黒雷は露骨な苛立ちを声に乗せるが、一方でセラフ4機を相手に勝てるとは考えていない。真っ当な神経ではないが戦力差だけはよく理解している黒雷は仕方ないと一歩引き下がった。

 今度こそ最後。黒雷にせよ、セラフにせよ、人間如きに勝てる相手ではない。何かが起こる。その核心の元に行動を起こした伊佐凪竜一と大勢の賛同者は危険を顧みず、無謀と知りながら、ともすれば間違いかも知れないと揺らぐ中、それでも前に進んで来た。無謀ではなく、寧ろ勇敢と評したい。彼等こそが私や主の願う人の形だと、本心からそう思う。

 なのに、私はこの状況に何も出来ない。動けない。主からの命令と自らの中に生まれつつある不思議な感覚、何方を優先すべきか答えが出せなかった。

 ――情けない

 何時からだろうか。自らの意志で進むべき道を決断する英雄と仲間達に劣等感を抱くようになったのは。何時からだろうか。お前はどうしたいのだと、そんな自問自答を繰り返すようになったのは。分からない。誰かに心の内を曝け出したい。だけど相談出来る仲間は傍に居ない。

 映像の先に映るのはミカエルの言葉に窮するアックスと白川水希の姿。2人は無言で互いを見つめる。恐怖、屈辱、あるいは諦観。勝てず、逃げられず、何一つ成せず、その果てに黄泉へと幽閉される。法的、精神的、肉体的な死が待つ旗艦法における最高刑。

「どうして、守護者ならまだしもザルヴァートル財団までもが彼の命を狙うんですか?」

 無情にも時間だけが過ぎ行く中、白川水希が唐突に疑問を投げかけた。

「命令、としか言えない。不可解な事は理解している。だが総帥の命令に従うのが我らの使命。それを阻む者は誰であれ容赦はしない……済まない。我らにも従わねばならない理由があるのだ。財団の為に身を捧ぐ、それが我らの矜持なのだ」

「ま、そう言うこった。諦めなよ。運が良けりゃあ俺達の神が作る世界で生きる事が出来るかもしれないしな?」

 しかし有効な回答が得られず筈もなく、また儚い時間稼ぎも無駄に終わる。

「警告は無駄だったようだな」

 落胆を含んだミカエルの無機質な瞳がアックスと白川水希を捉えた。2人は互いを見つめ、無言でミカエルを睨み返す。

「では始めよう。黄泉路への道案内、スサノヲに代わり我らが仕る」

 最後まで諦めない姿勢は機械仕掛けの天使達にどう映ったのか。しかし判断は覆らず、ミカエルは祈る様に瞼を閉じ、遂に号令を発した。

 どうすれば良いのか、私はどうしたいのか、何をしたいのか、あるいは何を望むのか。もう幾度となく自らに問いかける質問が口から漏れ出した。そう考えた私は何時もの如く仲間の一人に思いを馳せる。A-24。彼はあの地球での戦い以降、明らかにその態度に変化があった。同時に監視者然とした中庸的な態度を崩した挙句に我らの主から仰せつかった任務、"監視する惑星、ないしそれに準ずる地域で何が起きようとも最後まで静観しその様子を克明に記録する"という役目を放棄した。

 いや、彼は元からそうだった。地球を監視していた彼は今から約100年前から少しずつ地球に干渉し始めた。旗艦アマテラスが地球と接触を持った時、その情報を教えられた私がどれだけ驚き、そして非難したかは今でもありありと思い出す。彼はそんな抹消されてもやむを得ない程に不誠実な状態であるにも関わらず、まるで自分の方が正しいかの如く私に言い返してきた。

(貴方は何が正しいかまるで理解していない)

 私の記憶の中に残る彼があの時の言葉を繰り返す。まるで今、隣から話しかけるように私を糾弾する。私の答えは当然決まっている。ココで起こる事全てを監視し記録する。それが私の役目なのだから、私はそれ以上を持たないし必要だとも思わない。だから私の答えは変わらない。主から賜った監視者エノクの名に恥じぬよう、監視する役目を仰せつかった者として当然の役目を全うする。ソレが私の答え。ソレは正しい筈だ。だが、なのに……何故だ。心の底から語り掛ける彼の言葉を聞いていると、何故か心がザワザワと騒ぐ。掻き毟られる。

(私も見るだけにしますよ。)

 "では何が正しいのだ?"。心の内に浮かぶ記憶の中のA-24なかまに問いただすと、彼はそう語り掛けた。私は、酷く驚いた。この状態は一種の自問自答であり、彼の言葉は私が無意識的に用意した回答なのに、私は私の答えに狼狽している。

 なんだろうこの状況は。いや、何と滑稽か。だが私の記憶の中のA-24なかまはまるで私の意志とは違う、まるで本人であるかの様に私の予想外の行動を取る。彼は私を見つめると……ニヤリと笑った。これも私が自らの意志で見せている筈なのに、その不快な笑みに幾度となく苛立たされた筈なのに、だけど私はその笑みに私への嘲笑とは違う何かを感じ取った。

(信じる事にしたんですよ。貴方も知っているでしょう、運命とは決められた通りに流れそれを無理矢理変えようとすると復元しようと働く。全てはあらかじめ決められており、全ては運命のままに流れる。予測、予知とはそう言った流れを読み取る力なのですが、しかし見るだけ知るだけで変える事は出来ない。しかし彼らがもしその運命に抗えるとしたら?その力を持っているとしたら?彼らが死を望まず、そしてカグツチがその意志に応えるならば死を覆す必然が起きる。違いますか?)

 もう驚きはない。私が生み出した幻想、幻影なのにまるで別人の如く私を説教するA-24なかまの言葉に私は堪えきれず、遂に弾けた。

「えぇ。強い意志のみがそれに抗う事を可能とする事……数少ない例外の一つが幸運の星だけと言う事も知っています。それが?彼らがそれを出来ると?運命を切り開けると?必然であると言いたいんですか!!」

 何もない、空っぽで無味乾燥な部屋に私の絶叫が木霊した。当然、答えが返ってくる筈もなく。だけど私はソレに酷く苛立った。必要最低限の物以外の何もない空っぽの部屋が、まるで己の心の内の様に見えて、またそれが苛立ちを加速させる。

 しかしそれが何時までも続く訳では無い。暫くすれば心も身体も落ち着きを取り戻す。激しく脈打つ鼓動も乱れた心も平静に戻り部屋が静寂を取り戻すと、今度は大きな溜息が部屋に反響した。分かっている。分かっている筈なのだ。こんな状態で良い筈が無いと、もう何度も自問自答し答えは出ているのだ。

 だけど行動に移す事が出来ない。どれだけ意気込もうとも最後の最後で行動を起こせず、そして更に行動しない理由を強引に見つけて自分を納得させてしまうのだ。今もそうだ。伊佐凪竜一を助ける為に参じた2人は絶望的な差を覆せず敗北する。その先に待つのは死か黄泉への永久拘束。だから助けても無駄……

「なッ!?」

「なんと」

「オイオイ、どうしてココに!!」

「アナタ……」

 驚き戸惑う声に無価値で無意味な問答を繰り返した私の意識が逸らされた。絶望を覆す予兆に映像を見た私の視界を捉えたのは光を反射し艶やかに揺れる銀色の……
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