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第6章 運命の時は近い
234話 穏やかな最期
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『ご名答。分かってみれば意外と単純でしょう?』
勝ち誇った女の声が静寂の夜を掻き乱した。視線が、感情の矛先が、自然とタナトスに向かう。
『でも効果は覿面。旗艦はね、神が与える安寧に堕落しきったゴミ溜めなのよ。自分の意志を持たない、持てない根無し草共は少し煽るだけで簡単に操れる。他者の考えにフラフラと流され、賛同する愚者の群れ。地球も同じよ。精神の成長が伴わない内に便利な玩具を与えられた結果、是正する機会もないまま他人との距離感を狂わされた。結果、狂ったように縋りつく対象を求める烏合の衆が生まれた。だから私は与えた。彼らが信じたい、都合の良い願い、偽りの真実をね』
「お前ッ、地球人までッ!!」
そう暴露した女の表情は正しく勝者の如く、歪な笑みと共に見下す。喜ぶべきか、嘆くべきか。微かに残された状況証拠を積み上げ、導き出した推測は当たっていた。
「当初、ココまで上手く行くとは思っても見ませんでした。えぇ、楽な仕事でしたよ。操られた人間の特徴、教えてあげましょうか?根拠も無く"自分は操られない、利用されない"と考える……いや、己惚れる人間です。ですがその実、そう言う人間が一番操りやすいんですよ」
「他人を理由にするな、どう考えてもお前達が原因だろう!!」
ルミナの批判は至極真っ当だが、振り切れた悪党に正論は意味を成さない。
『何処までも純粋ね。でも、曲がる事を知らない純粋さを人は馬鹿と呼ぶのよ?少しは疑ってみなさいな。旗艦の連中が真面なら、私が扇動したデモになんて引っかからない。でも現実はどう?見事に踊らされ、その癖に自らの有様から必死で目を逸らす』
「だから誰がどうなっても良イと言うのかッ!!」
『ソレの何が問題?ただフラフラと流されるしか能力が無いならば、それは生きているとは言えない。流されるままに英雄を持て囃したかと思えば、次は流されるままに英雄を非難する。意志と言う奇跡を与えられ、自由を保証された人間が……なんでこんな無様を晒せるのよッ!!』
驚いた。誰もが、それは仲間のステロペースでさえ同じだった。冷静に話していたタナトスは、しかし不意に激昂した。怒り。しかも突発的ではない貯め込んだ感情の爆発に女の本心が垣間見えた。演技でなければ、だが。
「何かに縛られているのか?」
演技ではない、そう。オレステスの時と同じく、この女も冷徹な顔の下に何かを隠している。その素顔がルミナの質問に反応して僅かに表出した。火に油を注ぐ如く、女の形相が憤怒に染まる。が、ソレはルミナも同じ。
「これ以上の無礼は謹んで頂き……」
思う以上に結束が高いのか、単純に恐れているだけか定かではないが、タナトスの変容にステロペースが動いた刹那――
「グゥ!?」
呻き声を残しステロペースが消失、直後に施設の外壁に叩きつけられた。瞬きするよりも短い時間の攻防。一足飛びでステロペーへ肉薄したルミナの流麗な回し蹴りに反応、咄嗟に身体を捻り直撃を避けるに止まらず、防壁まで展開した。アレに反応するなどスサノヲでも困難な筈だ。あの男は、決して弱くは無い。
ガラッ
静寂に包まれた夜を壁が崩れる音が破った瞬間、壁に激しくめり込んだ男は姿を消した。高機動。スサノヲが使用する戦闘技術の1つを難なく使用して男は姿をくらまし……
「無駄だッ!!」
「チィ!!」
背後から奇襲する。この男、黒雷の操縦適性が高いだけではなく生身での戦闘能力も図抜けていた。が、男を超える反射速度を持つルミナに容易く迎撃された。蹴り飛ばされ、再び空を舞うステロペース。やはり防壁の展開は間に合っているようだが、しかし無意味だ。ソレを容易く貫通する彼女の蹴りを真面に受け止めた衝撃にステロペースの表情から余裕の色が完全に消失する。
恐らく打算があった筈だ。ルミナは本気を出せない、もし勢い余って殺せばその状況を利用されるのは必定。故に、ステロペースは己が命を盾にするという矛盾に満ちた立ち回りでルミナと交戦する予定だった。想定外だったのは計算外の実力差。加減されても尚、足元さえ見えない桁違いの実力差にステロペースは焦る。
弱くはなく、寧ろ桁違いに強い。防壁越しとは言え直撃を受けながらもなお動く異常な打たれ強さ、被害を最小限に抑える立ち回り、狡猾な性格諸々を総合すれば、スサノヲや各惑星の英雄に比肩する程に強い。ソレはこれ程の実力を持ちながら、どうして連合に捕捉されなかったのかと驚くほどだ。が……
「このままッ!!」
そんな相手を彼女は一方的に叩き伏せる。視認できない速度で四方八方から蹴り飛ばされるステロペースは正しく手も足も出ず、防戦一方のまま一方的に滅多打ちされ、遂には固く握り締めた手を解いた。
瞬間――
視線が、落下する銃を自然と追う。回収の成否に関わらず濡れ衣は着せられるだろう。しかし、それでもステロペースの指紋がべったりと付着した銃を捨て置く理由にはならない。ルミナは空を蹴り、空を踊る銃に手を伸ばすが……
バンッバンッ
立て続けに轟いた重く鈍い銃声に伸ばした手が硬直する。カメラを音の方角に向ければ、遥か遠くに銃を構える人影が2つ。が、正確にルミナを狙った筈の銃撃は不自然に逸れ、施設の壁にめり込んだ。
「止めろッ!!」
影の迂闊な行動にステロペースがらしくない怒号を飛ばす。しかし影は動じることなく再び狙いを定め、直後に崩れ落ちた。2つの影の背後からゆらりともう1つの影が動いた。タケルだ。銃撃を己の防壁で逸らした彼は影の背後へと瞬時に移動、一撃で昏倒させていた。
「流石に……グゥッ!?」
臍を噛むステロペースは腹の内に滾る苦悶を全て吐き出し終える直前、ルミナによって地に叩き伏せられた。援護はタケルに阻まれ、さりとて一対一では手加減されたルミナの足元にも及ばない。圧倒的な優勢。コノハナの自白だけでも十分な成果だが、更に敵の捕虜が加われば文句なし。
「ゴホッ」
不意に、背後から聞こえたくぐもった声にルミナの意識は揺らいだ。ほんの一瞬の隙。だがステロペースは決して見逃さず、渾身の一撃でルミナを蹴り飛ばすと大きく跳躍、距離を取りつつ背後に出現した灰色の光の中に吸い込まれる様に消失した。"また、お会いしましょう"、呻くように小さな、それでいて不快な余韻を静謐な夜に残して。
「状況は!?」
長いようで短い邂逅の終わり、再び静寂を取り戻した夜をルミナの張り詰めた声が切り裂く。が、彼女を抱きかかえる白川水希は無言で首を横に振る。蒼白なコノハナの周囲を見れば、真っ赤な血だまりの中に治療用ナノマシンを内包したカプセルが沈んでいる。必死で抑える胸元から未だ血が流れ落ちる様子と併せれば、既に薬を飲み込めないほどに衰弱しているようだ。
「もう……駄目……医者……だ……もの。これ位……言えた義理じゃ……ゴメ……ン」
「どうして、どうしてあの女はああも人間を憎んでいるんだ?」
「それ……ね、私達の問題だから……よ。貴女、もし……なら……彼女を、私達を助け……グッ、ゴホッ、私の部屋……鍵は」
最後の時が近い。コノハナは死力を振り絞り、血塗れのネームタグをルミナに押し付けると息を引き取った。ルミナは事切れた亡骸を呆然と眺める。哀しみか、あるいは怒りか。彼女の身体が小刻みに震える。
自然、私の頬を涙が伝った。コノハナの人となりを思い出せば、身形にはズボラなところがあるが仕事振りは極めて真面目で誠実であったし、人柄も良く周囲の人間ともそれなりに打ち解けている光景は監視する私もよく知るところで、だからこそこんな真似をするとは思わなかった。理解出来なかった、彼女を理解出来なかった悲しさが胸から溢れ、涙となって溢れる。
静かで穏やかな夜にコノハナの姿が重なる。裏切り、裏切られ、その果てに非業の死を迎えたというのに、なのに彼女の顔はとても穏やかだった。同時、コノハナだった肉体から肉眼では見えない位に微かな光が抜け出た。カグツチの光だ。人が僅かに生み出すその粒子が身体から抜け出たと言う事は、彼女の死が決定した事を意味する。
3人共に、ただ穏やかに眠るコノハナを見下ろす。誰もが悲壮な表情で彼女を見つめている。穏やかで安らかな最期を迎えたと言わんばかりの顔を、ただジッと。まるで、自らが背負った重石が外れた様に、自らを操る糸から解き放たれたように。だが死を悼む静寂の時は長く続かない。遥か遠くを見ればヤタガラスの接近を告げる警報が鳴り響く。ルミナはコノハナの遺体に後ろ髪惹かれながら急いでサクヤへと向かった。彼女から託されたモノを受け取る為に。
勝ち誇った女の声が静寂の夜を掻き乱した。視線が、感情の矛先が、自然とタナトスに向かう。
『でも効果は覿面。旗艦はね、神が与える安寧に堕落しきったゴミ溜めなのよ。自分の意志を持たない、持てない根無し草共は少し煽るだけで簡単に操れる。他者の考えにフラフラと流され、賛同する愚者の群れ。地球も同じよ。精神の成長が伴わない内に便利な玩具を与えられた結果、是正する機会もないまま他人との距離感を狂わされた。結果、狂ったように縋りつく対象を求める烏合の衆が生まれた。だから私は与えた。彼らが信じたい、都合の良い願い、偽りの真実をね』
「お前ッ、地球人までッ!!」
そう暴露した女の表情は正しく勝者の如く、歪な笑みと共に見下す。喜ぶべきか、嘆くべきか。微かに残された状況証拠を積み上げ、導き出した推測は当たっていた。
「当初、ココまで上手く行くとは思っても見ませんでした。えぇ、楽な仕事でしたよ。操られた人間の特徴、教えてあげましょうか?根拠も無く"自分は操られない、利用されない"と考える……いや、己惚れる人間です。ですがその実、そう言う人間が一番操りやすいんですよ」
「他人を理由にするな、どう考えてもお前達が原因だろう!!」
ルミナの批判は至極真っ当だが、振り切れた悪党に正論は意味を成さない。
『何処までも純粋ね。でも、曲がる事を知らない純粋さを人は馬鹿と呼ぶのよ?少しは疑ってみなさいな。旗艦の連中が真面なら、私が扇動したデモになんて引っかからない。でも現実はどう?見事に踊らされ、その癖に自らの有様から必死で目を逸らす』
「だから誰がどうなっても良イと言うのかッ!!」
『ソレの何が問題?ただフラフラと流されるしか能力が無いならば、それは生きているとは言えない。流されるままに英雄を持て囃したかと思えば、次は流されるままに英雄を非難する。意志と言う奇跡を与えられ、自由を保証された人間が……なんでこんな無様を晒せるのよッ!!』
驚いた。誰もが、それは仲間のステロペースでさえ同じだった。冷静に話していたタナトスは、しかし不意に激昂した。怒り。しかも突発的ではない貯め込んだ感情の爆発に女の本心が垣間見えた。演技でなければ、だが。
「何かに縛られているのか?」
演技ではない、そう。オレステスの時と同じく、この女も冷徹な顔の下に何かを隠している。その素顔がルミナの質問に反応して僅かに表出した。火に油を注ぐ如く、女の形相が憤怒に染まる。が、ソレはルミナも同じ。
「これ以上の無礼は謹んで頂き……」
思う以上に結束が高いのか、単純に恐れているだけか定かではないが、タナトスの変容にステロペースが動いた刹那――
「グゥ!?」
呻き声を残しステロペースが消失、直後に施設の外壁に叩きつけられた。瞬きするよりも短い時間の攻防。一足飛びでステロペーへ肉薄したルミナの流麗な回し蹴りに反応、咄嗟に身体を捻り直撃を避けるに止まらず、防壁まで展開した。アレに反応するなどスサノヲでも困難な筈だ。あの男は、決して弱くは無い。
ガラッ
静寂に包まれた夜を壁が崩れる音が破った瞬間、壁に激しくめり込んだ男は姿を消した。高機動。スサノヲが使用する戦闘技術の1つを難なく使用して男は姿をくらまし……
「無駄だッ!!」
「チィ!!」
背後から奇襲する。この男、黒雷の操縦適性が高いだけではなく生身での戦闘能力も図抜けていた。が、男を超える反射速度を持つルミナに容易く迎撃された。蹴り飛ばされ、再び空を舞うステロペース。やはり防壁の展開は間に合っているようだが、しかし無意味だ。ソレを容易く貫通する彼女の蹴りを真面に受け止めた衝撃にステロペースの表情から余裕の色が完全に消失する。
恐らく打算があった筈だ。ルミナは本気を出せない、もし勢い余って殺せばその状況を利用されるのは必定。故に、ステロペースは己が命を盾にするという矛盾に満ちた立ち回りでルミナと交戦する予定だった。想定外だったのは計算外の実力差。加減されても尚、足元さえ見えない桁違いの実力差にステロペースは焦る。
弱くはなく、寧ろ桁違いに強い。防壁越しとは言え直撃を受けながらもなお動く異常な打たれ強さ、被害を最小限に抑える立ち回り、狡猾な性格諸々を総合すれば、スサノヲや各惑星の英雄に比肩する程に強い。ソレはこれ程の実力を持ちながら、どうして連合に捕捉されなかったのかと驚くほどだ。が……
「このままッ!!」
そんな相手を彼女は一方的に叩き伏せる。視認できない速度で四方八方から蹴り飛ばされるステロペースは正しく手も足も出ず、防戦一方のまま一方的に滅多打ちされ、遂には固く握り締めた手を解いた。
瞬間――
視線が、落下する銃を自然と追う。回収の成否に関わらず濡れ衣は着せられるだろう。しかし、それでもステロペースの指紋がべったりと付着した銃を捨て置く理由にはならない。ルミナは空を蹴り、空を踊る銃に手を伸ばすが……
バンッバンッ
立て続けに轟いた重く鈍い銃声に伸ばした手が硬直する。カメラを音の方角に向ければ、遥か遠くに銃を構える人影が2つ。が、正確にルミナを狙った筈の銃撃は不自然に逸れ、施設の壁にめり込んだ。
「止めろッ!!」
影の迂闊な行動にステロペースがらしくない怒号を飛ばす。しかし影は動じることなく再び狙いを定め、直後に崩れ落ちた。2つの影の背後からゆらりともう1つの影が動いた。タケルだ。銃撃を己の防壁で逸らした彼は影の背後へと瞬時に移動、一撃で昏倒させていた。
「流石に……グゥッ!?」
臍を噛むステロペースは腹の内に滾る苦悶を全て吐き出し終える直前、ルミナによって地に叩き伏せられた。援護はタケルに阻まれ、さりとて一対一では手加減されたルミナの足元にも及ばない。圧倒的な優勢。コノハナの自白だけでも十分な成果だが、更に敵の捕虜が加われば文句なし。
「ゴホッ」
不意に、背後から聞こえたくぐもった声にルミナの意識は揺らいだ。ほんの一瞬の隙。だがステロペースは決して見逃さず、渾身の一撃でルミナを蹴り飛ばすと大きく跳躍、距離を取りつつ背後に出現した灰色の光の中に吸い込まれる様に消失した。"また、お会いしましょう"、呻くように小さな、それでいて不快な余韻を静謐な夜に残して。
「状況は!?」
長いようで短い邂逅の終わり、再び静寂を取り戻した夜をルミナの張り詰めた声が切り裂く。が、彼女を抱きかかえる白川水希は無言で首を横に振る。蒼白なコノハナの周囲を見れば、真っ赤な血だまりの中に治療用ナノマシンを内包したカプセルが沈んでいる。必死で抑える胸元から未だ血が流れ落ちる様子と併せれば、既に薬を飲み込めないほどに衰弱しているようだ。
「もう……駄目……医者……だ……もの。これ位……言えた義理じゃ……ゴメ……ン」
「どうして、どうしてあの女はああも人間を憎んでいるんだ?」
「それ……ね、私達の問題だから……よ。貴女、もし……なら……彼女を、私達を助け……グッ、ゴホッ、私の部屋……鍵は」
最後の時が近い。コノハナは死力を振り絞り、血塗れのネームタグをルミナに押し付けると息を引き取った。ルミナは事切れた亡骸を呆然と眺める。哀しみか、あるいは怒りか。彼女の身体が小刻みに震える。
自然、私の頬を涙が伝った。コノハナの人となりを思い出せば、身形にはズボラなところがあるが仕事振りは極めて真面目で誠実であったし、人柄も良く周囲の人間ともそれなりに打ち解けている光景は監視する私もよく知るところで、だからこそこんな真似をするとは思わなかった。理解出来なかった、彼女を理解出来なかった悲しさが胸から溢れ、涙となって溢れる。
静かで穏やかな夜にコノハナの姿が重なる。裏切り、裏切られ、その果てに非業の死を迎えたというのに、なのに彼女の顔はとても穏やかだった。同時、コノハナだった肉体から肉眼では見えない位に微かな光が抜け出た。カグツチの光だ。人が僅かに生み出すその粒子が身体から抜け出たと言う事は、彼女の死が決定した事を意味する。
3人共に、ただ穏やかに眠るコノハナを見下ろす。誰もが悲壮な表情で彼女を見つめている。穏やかで安らかな最期を迎えたと言わんばかりの顔を、ただジッと。まるで、自らが背負った重石が外れた様に、自らを操る糸から解き放たれたように。だが死を悼む静寂の時は長く続かない。遥か遠くを見ればヤタガラスの接近を告げる警報が鳴り響く。ルミナはコノハナの遺体に後ろ髪惹かれながら急いでサクヤへと向かった。彼女から託されたモノを受け取る為に。
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