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第6章 運命の時は近い

233話 神の道具

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 響く銃声は混乱を呼ぶ。

「もう特定したのか!?」

「でも、たった一発?」

 敵はあらゆる部分において抜け目がない。彼女達がどれだけ足掻こうが常に先手を打ち、最も苦痛を受ける選択を実行する。

「コノハナッ!!」

 ルミナの絶叫……

「何ッ!!」

「まさか、狙いは私達じゃなく!?」

 続いてタケルと白川水希の動揺する声。闇に折り重なる3人の声は互いの無事を伝える。自然、私の視線は残る1人、ルミナ達が見つめる方へと向かう。茫然。敵の狙い、闇の向こうから放たれた銃弾の狙いに誰もが苦虫を嚙み潰す。

「ぐ、ごッ」

 狙われたのはコノハナだった。服の上から主張する大きな胸元は鮮血で真っ赤に染まり、溢れだす血は彼女の白衣を染め上げながら滴り、地面に血だまりを作る。赤いルージュが引かれた唇は意味ある言葉を紡げず、その端には血を滲み出す。

「動かないで頂きたい」

 死の危険。椅子からずり落ち膝をつく彼女の様子から見れば致命傷を受けたのは明白、直ぐに応急処置をしなければ遠からず死ぬ。が、闇からの声が行動を阻む。明確にこちらに向けた声の主はコツコツと足音を鳴らしながら4人の元へと迷いなく進み、程なく光明の下に現れた。男だ。その手に銃を握り締めた男が1人、闇の中からゆっくりと姿を見せた。黄昏から静かに静かに忍び寄って来た悪意のシルエットが星と街灯の中に浮かび上がる。

「お前はッ!!」

「お久しぶりです、ルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートル」

「ステロペース、だったか?」

 その男はステロペースと名乗った男だった。戦闘禁止区域内に黒雷で現れ、堂々と戦闘行動を行ったその理由をルミナと話がしたかったなどと語った敵の1人。この男は戦闘に際しルミナにザルヴァートル財団と接触するよう促した。が、罠だった。まるで見計らったかのように現れたフェルムなる男は現総帥アクィラ=ザルヴァートルを殺害すると、あろうことかその罪状を孫のルミナに擦り付け、己は新総帥の座を手にした。

「覚えて頂き恐縮です、タケル殿。それから初めまして、白川水希様」

「私の顔と名前が一致する人間、旗艦ココには殆どいませんよ。誰ですか?」

「まぁ、ソレは明日にでも分かるでしょう。どうかその時までゆっくりお待ちください」

 男の言動はやはり変わらず。本心を頑なに隠し、周囲を煙に巻くに終始する。

「そんな事はどうでも良いッ、彼女はお前達の仲間じゃないのかッ!!」

「はいそうです。但し、我々の繋がりはアナタが考えるよりもずっと複雑なのですよ」

「抽象的な物言イはもうウンザリだ、覚悟しろ!!」

「さて、困りましたね。私も上からの命令には逆らえない身、どうかご容赦頂きたい」

 激高するタケルの静かな決意も男の前では全くの無意味。動揺とは無縁、全く、微塵も揺らがない。が……

「ア、アイツ……ね、ゴホッ」

「はい。全ては我らが主のご命令。本当に、申し訳……」

 男は揺らいだ。ほんの僅かだが、尚も傷口から血を零し続けるコノハナを見た男の表情に苦悶の影が落ちた。それは傍目に見れば後悔、あるいは"本当は"こんな事したくない"と言わんばかりに見えた。とても奇異な光景に誰もが目を疑う。何故、凶行に走ったステロペースの顔色が急に濁ったのか。

『無駄口を叩いている暇は無いでしょう?』

 ステロペースが言い淀みながらも、何かを伝えようとした矢先に事態は動く。銃口を向け合うステロペースとルミナの間に割って入るかの様にディスプレイが、次いでその中に1人の女の姿が浮かんだ。

「タナトスッ!!」

 闇を照らす輝きに浮かぶ顔にルミナは激昂した。タナトス。半年より前はフタゴミカボシに本社を構える超巨大製薬会社アスクレピオスのCEOを騙った女。本物のCEOオオゲツを殺害し、本人に成りすまし、当時のアラハバキを良いように操り、切り捨て、自らは見事に逃げおおせた女。正体不明、異形、化け物etc、形容する言葉だけには事欠かない私達の敵。

『御機嫌よう、ルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートルとその他大勢の皆様。お久しぶり、と言いたいところだけど、まぁ随分としぶとい事で。フフッ』

「これは、今はお忙しい筈。どうして連絡を?」

『元気かなって。顔、もう随分と見てませんしね?』

「ふざけるなッ!!」

『あらあら、でも本当よ?あの日から再び会うその日を指折り数えて待ってたんですよ。本当はそちらにお伺いしたかったんですけど、急に来客の予定が入りまして。映像越しで御免なさいね』

「相変わらず喰えなイ奴ッ。だが今はそれよりもッ、何故このタイミングで仕掛けた!!口封じならもっと早くに出来た筈だ!!」

『用が済んで無価値になった道具にもう少しだけ価値を与えてあげた、ソレだけよ』

「お前達は人を何だと思っているんだッ!!」

『言ったでしょう?道具よ、全部。全部ね。人間なんて1人の例外なく、全部神の道具なのよ』

 激昂するルミナの問いを淡々と、平然と往なすタナトスは答えた、"神の道具"と。神とは何者を指すか、真意も含め何一つ分からない。しかし、目の前の女が仲間を、人の命を踏みにじった事実に変わりはなく。ルミナはその行動と理念にこれ以上ない程に怒る。

 恐らく初めてであろう感情を剥きだすその様にステロペースは勿論、仲間のタケルと白川水希でも動く事が出来なかった。特にステロペースは恐怖したのではないだろうか。彼女の周囲にカグツチの光が淡く舞い始めたのを見たからだ。強い感情により火が入ったカグツチはそれを吸収した人間の戦闘能力を爆発的に引き上げる。

 しかし、状況は常に動く。それも悪い方向にばかり。銃声に怒号が混ざれば嫌でも目立ち、程なく何人かがこの場を訪れ、警備とヤタガラスに連絡を入れるよう叫びながら姿を消した。ステロペースを殺すだけならば容易い。が、出来ない。今のルミナがステロペースを攻撃すれば恐らく肉片すら残らないが、もし殺せばそれさえも利用し、更に状況を悪化させるのは火を見るよりも明らか。

『さて、周囲が騒がしくなりそうですから用件を手早く済ませましょうか?分かっているわね?』

『無論です。さて、賢明な貴方達ならば次に私が何をするかお分かりでしょう?』

 タナトスの指示を受けたステロペースは無表情のまま、その手に持つ銃を見せびらかす。白川水希はその意味が理解出来ず呆然とを見つめるが、ルミナとタケルは言葉の意味を即座に理解した。男が持つ銃はフェルムと全く同じ型、つまり……

「まさか、また堂々と濡れ衣を着せるつもりかッ!!」

 そう。アクィラ総帥の時と全く同じ手口に、目の前で祖母を殺されたルミナの怒りが再燃する。

『準備に時間は掛かったけれど、全て完了して見ればこれ程楽な事は無い。そうでしょうルミナ?』

「影響力の強い富裕層、又は大企業重役に山県令子が作り出したナノマシンを注入、デモを起こす準備を水面下で推し進め、一斉に命令を出した。影響力の高い極少数の人間を操り多数を扇動する、これが活発化したデモの真相か?」

「ついでにその口振りからすれば司法局とヤタガラス上層部にも使ったようだな」

 回答は無し。が、事実であることは両者の顔に張り付く不敵な笑みを見れば明白。コノハナとの接触を機に、雪崩のように事実が明らかとなる。
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