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第7章 平穏は遥か遠く

264話 明らかになる目的 其の3

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「オイ!!じゃあお前、試験とか受けてないのかよ?」

「……そうだ」

「ウソでしょ!?仮にも姫を護る守護者がなんでそんな事してるの?」

 信じ難い話を前に堪らず口を挟んだのはタガミとクシナダ。守護者とは常に姫の傍にあって護る者。故に、姫と同じく一挙手一投足が注目されるという性質上、高い実力と同じかそれ以上に高い精神性を要求される。それは如何に実力があろうが精神面に問題があれば失格の烙印を押される程度に厳しい。

「俺達のように、金、名声に釣られ他から来た……連中は多い」

「どうなってんだよ?オイコラ、休むな!!」

 やはり会話も無理だったのか、多少淀みながらも真実を語る口は不意に止まり、同時に呼吸が乱れ始めた。が、内部で進行する異常な事態を浮き彫りにした守護者にタガミは追及の手を緩めず、ズカズカと詰め寄るが……

「その前に、貴方達はフタゴミカボシ生まれではないんですね?道理で想定と微妙にズレがある訳だ。なら出身を教えてもらえますか?命にかかわるので素直に言った方が良いですよ」

 そんな言葉と共に医者が守護者の間に割って入った。男は神経質そうな目つきでタガミを牽制しながら、同時に鞄を物色する。中を覗けば厳重に管理された灰色のアンプルが無数に並んでおり、男の指はその内の幾つかをなぞる。

 ナノマシン治療薬は各惑星の遺伝子情報に基づいて微細な調整が施されており、更に血液型やら体格性別、果ては出身地域によっても効果が微妙に変わる為、更に微細な調整が入る。数から見れば各惑星と血液型分は網羅しているだろう。急な呼びつけだというのにキッチリ全て用意している辺りにこの男の優秀さが垣間見える。

 余談だが、この手の治療用ナノマシンはフタゴミカボシに本社を構えるアスクレピオス社製が採用されている。傷薬レベルの汎用製品から専用品までをカバーする同社製品は圧倒的な市場占有率を誇っており、旗艦の医療機関も恩恵にあずかっている。

「そう言えばアンタ達、私を襲おうとしたんだったわ。ンー、濃度低いけど守護者が欲しがる人材ってなるとオラトリオとかかなぁ?」

「襲う?また随分と馬鹿な真似しますね」

 死なれては堪らないと理解したタガミがすごすごと引き下がった直後、守護者を冷めた目で見つめるクシナダが数時間前の回想から守護者達の出身を予想した。医者は"成程"と何かに納得、厳重に納められたアンプルの1つをケースから静かに取り出しながら……

「濃度が低いほど男女間における生身の身体能力に差が開き、それが男尊女卑の温床となるという事実は研究者の間では常識ですけど、そう言った考えが根付く場所ではなかなか理解されなくて。で、惑星差を考えずにやらかして返り討ちにあってしまった、と」

 少々嫌味っぽい口調で現状へと至る経緯を推測した。守護者達はうんともスンとも答えず沈黙を貫くが、苦虫を食い潰したように渋い表情が言葉以上に心情を雄弁に語った。どうやら図星だったらしい。成程、ならば納得のいく話だ。守護者としての知識も、カグツチに関する情報も欠落しているならばスサノヲの女を襲うという短絡的な行動にも酷く納得できる。また、それ以前に人としてどうなのかという問題も同じく。スカウトの際に能力だけを重視、人格や性格を度外視した結果だろう。

「全員、オラトリオだ」

 やがて、一向に安定しない容体を前に1人の守護者が口を開いた。不意に呟いた一言は出身惑星。次いで……

「黒雷型の、操縦適性を、見込まれた」

 たどたどしい口調でスカウトされた理由を語った。

「やっぱりね。後、返り討ちにしたのは私じゃないけど結果は同じよン」

「おや、違ったのですか。まぁそれよりもオラトリオ、ですか」

 望む回答を漸く得た医者は動きは淀みなく、ケースから取り出したアンプルを先端に針の付いた小型銃のような医療機器にセットすると1人目に注射、続いて針を交換しながら2人、3人、4人と瞬く間に作業を終わらせた。

 比較的安価な治療用ナノマシンは経口薬という形で処方されるが、重傷の場合は即効性を重視して患部に直接注入を行うそうだが、基本的に注射器による治療は滅多な事では行われず、その場合であっても諸々の機能を備えた医療用ベッドに乗せて幾つか操作を行うだけという非常に簡素な作業で事足りてしまう。よって、機器を用いた直接注入となると勤続数十年レベルのベテランであってもたどたどしい手つきで作業する場合も多いそうだが、この医者にその素振りは全くない。

「一先ず処置は完了です。とは言ってもこれ程の怪我ですから、直ぐに落ち着くとはいきませんがね」

「そうか。しかし時間が惜しいからなぁ、このまま様子を見ながら話の続きと行こうか。文句は無しだぜ?」

「スカウトだったか?そんな事までした理由までは分からんが、嬢ちゃんが感じた守護者の質が低下したってのは間違いじゃなかった訳だ」

「恐らく戦技も教えられていないし、各惑星の知識や常識にも相当に疎いんでしょうね。だからあんな馬鹿な真似した、と」

「そんでもって何の為に守護者になったのか教えられてないって事は数合わせ。いや、使い捨てだなぁコリャ」

 処置が正しく完了するやタガミ達は立て続けに推測をぶつけた。真相を明らかにする為に緩めるつもりのない追及の手は、|(恐らく)彼等が考えないでいたであろう存在理由にまで及ぶ。

「そう……そうだよな。最初は……連合最強の一角の守護者になれるってんで浮かれた、クッ……ゴホッ」

 守護者の反応は露骨。今まで頭の片隅に浮かびながらも認めなかった事実、数合わせの使い捨てでしかないという事実は心を大いに抉る。直後、容体が一変した。精神の動揺が肉体にまで波及した事で守護者は体調を崩し、ベッドをのたうち回り始める。医者はその様子を見るや今度は錠剤型の鎮静剤を取り出すと、やはり手慣れた手つきで口の中に流し込んだ。何処までも冷静で、優秀だ。患者と同時に敵でもあるという葛藤は、少なくともこの男から感じない。

「認めたくない事実とは誰にでもあるモノですが、特にこの人は理解したくなかったようですね。さて、どうします?」

「大丈夫……ゴフッ……次は何だ?」

「じゃあ次は私。目的が聞けないんならオレステスの件ね。アイツ、なんであの時あんな行動取ったの?」

 守護者の様子を見れば未だに呼吸は荒く、目は虚ろ。しかしクシナダは守護者の大丈夫と言う言に躊躇いなく質問を投げた。彼女の心はある意味であの時より止まったまま。つまりミハシラで始まった同士討ち。理解不能。無意味。あの状況はそう表現するが正しい程には何もかもが異常だった。

「それは」

「それも分からないの?」

「……まぁ、そうなる。あの人についても俺達は殆ど知らない。ゴホッ、と、言うより……あの人の、その、情報自体が……ないんだ」

「どういう事よ?」

「その、フタゴミカボシ生まれで、更に聞いた事も……ない小さい田舎で生まれ……たというだけ。教育係が言っていた。出鱈目に強くて、なのに……なのに、今まで誰にも……気づかれ……った。不思議だと……噂されて」

「って事は、ウチの総代と同じ天災テンサイって事くらいか」

「とはいえ、ウーム。その程度ではなぁ」

 たどたどしい口調で語る内容はクシナダの疑問を氷解するには程遠く。現時点で敵の目的は依然として不明で、つまり何を行うか今後の指標も立てられず。またオレステスが目の前で横になる守護者達の腕を斬り落とすに至った理由も不明。疑問の解決を期待したが望むほどの進展はなく、守護者を助けてみたが何も分からない事にクシナダもタガミも頭を抱え、イスルギと医者は椅子に深く腰を下ろす。諦観が4人の周囲を包みかけた時が、矢先……

「あの……いいか?」

 それまで代表で回答をしていた守護者の隣に横たわっていた別の守護者が緩慢に首を動かし、クシナダを見つめた。

「アンタは何か知ってるの?」

「一度だけ……昔の話を教えてくれた事があると人づてに聞いた……記憶がある。ただ……ただ、それが本当かは分からないんだけど」

「取りあえず話してよ?」

「子供の頃……故郷ごと家族を失ったと。両親も……知人も何もかも失ったと、だが特に妹を失ったのが辛かったと……とても仲が良かったそうで、何時も後ろを付いて回って……」

「亡くなった、かぁ。もしかしたら年下の女に妹の影を重ねてた、とか?」

 クシナダは不条理な行動の理由をそう結論すると、タガミも納得したのか"成程なぁ"と小さく零した。所詮は推論だが、納得出来るか否かの二択で言えば納得出来る。オレステスの行動は家族|(の影が重なる女性)を救いたかったが故の暴挙とするならば、十二分な説得力がある程の怒りに満ちていたからだ。事態の進展に寄与しないが、オレステスの行動原理にある程度納得したクシナダは少しだけしんみりとした表情を浮かべた。

 が、イスルギの顔だけは対照的だった。伸び放題の無精髭が生えた顎を触る険しい顔つきには、守護者の言葉に疑惑の欠片を感じ取っているように見えた。
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